10.すべて失った
アレスは立ち上がって鬼のような形相で俺の胸倉を掴み返した。
「やんのかテメェ!!」
一瞬何が起きたのかわからなかった。
ここまで激しく怒ったアレスをみるのは初めてだった。
激しく揺すられて息ができない。ビリビリと全身に電気が走るような感覚が走りヤバイ!と危険信号が出る。
アレスの腕を振りほどこうと両手で掴むがびくともしない。
俺に巻き付けてある布が破れる。そのおかげで拘束は解かれて俺は地面に転がされた。
追い打ちを警戒してすぐに立ち上がろうとするが、手足に力が入らずすぐに立ち上がることができない。
「お前はいつもそうだ!」
「意見が対立すると絶対に引かない!最後には怒鳴り散らす!」
「ボス部屋の前でもやっただろ!それがどれだけ危険な行為かわかっているのか?!」
俺は言い返そうとするが身体がどうにも言うことを聞かない。恐怖で体が震えてしまっている。
その間アレスはどんどんと畳みかけてくる。今までの不満を爆発させていた。
――アレスは一通り言い終わった。荒い呼吸が部屋に響く。
今まで俺が知らないところでパーティメンバーの調整などをいろいろやっていたようだ。だが知らないものは知らない。
「んぐ……ハァ、そんなの……ハァ、そんなの言ってくれなきゃわかんねーだろ!」
また怒鳴ってしまった。冷静になれ。状況は悪い。
このままでは交渉で何も勝ち取れないどころか、下手したら殺されてしまう。
どんな理由があるとしても裏切っていいはずがないが、それでまた言い合いをしても状況は良くならない。
だがこのまま引き下がるわけにはいかない。少しでも何か引き出さなくては。
こちらの要求を声に出そうとするが上手く話せない。身体はガタガタと震えて声も震えてしまっている。途中から何を言っているのか自分でもわからなくなっていた。
布が破れた時からずっとぽたぽたと水が垂れてきている。その水がどこから流れてきているか辿ってみると水の正体は涙だというのがわかった。涙ってこんなに沢山あふれてくるものなのか。
「ならせめて……、置いてきた鉄槌を回収して……」
「鉄槌?帰りにもそう言っていたよな?」
鉄槌は俺にとって武器になる金庫のようなものだった。鉄槌の頭部を取り外すと、中は空洞になっておりそこに物が入る。身に着けるよりも金属で密閉された中に入れていた方が安全だ。
大切なものは何でもしまっていた。確かあの中にギルドの小切手が入っている。それを換金すれば多少はマシになる。
「あ、あれには……ハァ……ハァ……大切なものが入ってるんだ」
「ずっと昔らか持ってるペンダントとか、ギルド証とか……」
「……ハァ……あれは俺の全てなんだ……俺の全部が入ってるんだ……!」
「俺もう……奇跡の力使えなくなって……」
奇跡が使えなくなったというのはハッタリだ。同情を引こうと思わず嘘をついたが、こんなボロボロの状態で奇跡の力無しに動き回れるわけがない。そこを見抜かれると分が悪くなる。
途中で失言かもしれないと気がついて止めたが、この後何と言う? せめて鉄槌を回収するためパーティを結成するお金をくださいとでも言うのか? 裏切られた被害者の俺がどうしてお願いする立場になっているんだ?
アレスは椅子に座り、憐れんだ表情で俺のことを見つめている。
かつての親友がボロボロの姿でガタガタと身体を震わせ、涙を流し、声を詰まらせながら話している。惨めだ。視線が痛い。
俺は呼吸を整えて要求を突きつけようとしたが、声が震えて何を言っているかわからない。何度も呼吸を整えようとしたが体が言うことをきかない。もうだめだ。俺は金貨袋をアレスの足元に叩きつけて部屋から逃げ出した。
全力で走った。素足で石畳の道を走るのは結構痛い。人の視線が届かない場所へとにかく走った。かなり走ったところでぺたりと座り込む。疲労でしばらく立てそうにない。
――どれくらい時間がたっただろうか。太陽が沈んできた。
人は通らない道と思ったが、それなりに人が通る。人は俺に気がつくと驚いた顔をして避けて歩く。物乞いを避けるとかそんな感じじゃない。何かやばい病気を持った奴がいるぞ。そんな感じだった。
腹減ってきたな。金もない。身体もボロボロだ。俺は何もかも失ってしまった。
少しずつ石畳の地面が冷たく感じるようになってきた――




