-21『光と闇』
思い出せ。
ボクはあの時、どうやってキメラ魔獣を倒した?
あの時もボクの力は弱まっていたはずだ。キメラ魔獣に少しも攻撃が通らず苦戦した。
それなのに。どうやってあれだけの魔法を放てたのか。
剛胆なキメラ魔獣を討ち貫くほどの、あの強力な魔法を。
あの時もそうだ。
エイミがボクを庇って、彼女の危機が目の前に迫っていた。
だからボクは守りたいと思ったんだ。
彼女とのこれからの旅路を、これからの未来を失いそうだったから。だからそれを守りたい一心で力を放った。
思えばボクは変わった。
独りきりでいた頃なんて、誰かを守りたいだなんて思ったこともなかった。そもそも、ボク以外には誰もいなかったから。
それがエイミと出会って、リリオたちにも巡りあって。
誰かを遠ざけたいという気持ちから、もっと一緒にいたいという想いに変わっていった。
――ああ、そうか
傷だらけになったボクの体が、ほんのりと、温かくなったような心地よさに包まれた。それと同時に、全身から靄のように魔力が溢れ始める。
しかしそれは、くすんだ黒ではない。
白く、まばゆさを孕んだ神々しいものだった。
懐かしいようで、少し違う。
鬱蒼とした感覚はなく、ただただ清々しい。
力が溢れてくる。
握り締めた拳に活力がみなぎる。
まだまだ、どんどん、胸の奥底から湧き上がってくる。
『魔法というものは心が大きく関係する』
まさにその通りだと思った。
今のボクには、このどんどん湧き上がってくる力を感じてきりがない。
「ボクは、ただ絶望を失くして弱くなったんじゃない。それと一緒に希望をもらったんだ。誰かと一緒にいたいという希望。けれど、その感覚は初めてで、表への出し方がわからなかった……」
そう、それはずっとボクの中にあった。きっと幼い頃から抱え込んでいて、けれど本当の自分と一緒に圧し殺してきた感覚。誰もが持ちえている前へ進む力。
「大切なのはそれに気付くこと。絶望だけが力の根源じゃなく、希望だって心を動かす源になるということ」
自分を信じて火球魔法を実現させたミレーナだってそうだ。
途方もなく自分を信じること。それが魔法の力として顕現した。
魔法というものは、心の力。
「何を言ってやがる」
苛立ちの混じった声でワドルドが尋ねてくる。
当然だ。
圧倒的不利。
窮地の状態であるはずだというのに、ボクの表情は酷く穏やかなのだから。
その余裕ぶりに対し、不快を顕著に表している。
「ワドルド、キミにはわからないだろうね。力ばかりを振るって、それで無理やり全てを物にしようとするキミには」
きっと彼もボクと似ている――いや、同じだった。
生まれてからずっと、豪商の親の元で何不自由なく暮らしてきた少年。金を積めばなんでも手に入ると奢っていたほどに。実際、その財産に擦り寄ってくる友人や大人も多かっただろう。
しかし、エイミという少女は手に入らなかった。
資産、学力、容姿。圧倒的に自分の方が勝っているはずのボクに、彼は初めての敗北のようなものを覚えたのだろう。その屈辱が、今の彼を形成している。
力によって全てを手に入れる。力こそが至上。
誰も信じず、己の殻に閉じこもる。
ボクと、同じ。
彼を取り巻く黒い靄となって現れたその魔力が、まさに証左。
力に溺れ、孤独に浸り、誰にもすがれず孤高に至る。
森の中にいた時のボクは、きっとあんな哀しい顔をしていたのだろうと思った。
「ワドルド、ボクが解放してあげるよ」
「何を言ってやがる。雑魚の分際で」
「――希望は、力」
ボクをまとった白い魔力が手元に集まり、やがて一本の剣になる。
「調子に乗るなっ!」
血の気を滾らせた顔でワドルドが風船のような爆発魔法を放つ。
しかしそれを、ボクは握った剣であっさりと切り払った。水を裂くように、するりと。
爆発が巻き起こるが、光の靄に包まれたボクが煤で汚れることはなかった。
「息を吹き返すような急激な魔力の増加、だと?! いったいどういう手品だ」
「手品? 違うよ。これが、ボクだ」
「なるほど、それが森の魔王様の本気ってわけか。それじゃあ、そいつを打ち砕けば俺が本当の王というわけだ」
ワドルドが腰元の柄を手に取り、剣を抜く。
彼の持つそれは次第に、彼自身を取り巻く黒い靄によって包まれた。
自らの魔力を全て注ぐように、その剣に力を集中させる。
圧倒的な力を見せつけ、これで雌雄を決める。
そう宣言しているかのような威圧に、ボクも剣を構えて対峙した。
もはや言葉は要らなかった。
互いにゆっくりと歩み寄り、距離を測る。
絶対にこいつには負けないという強い意志が視線に乗せてぶつかり合い、静かな火花を散らした。
それは数刻に及ぶほどの沈黙に思えた。
けれど、お互いの生涯を込めたにしては一瞬過ぎる刹那の時だった。
「「はあああっ!」」
息を合わせたように駆け出し、二人の剣先が交錯した。
互いの魔力がぶつかり合う。
白と黒。
希望と絶望。
刃に乗せた想いをぶつけ合うように、それは凄まじい衝撃となって激しく地を揺らす。
やがて、ボクを纏う大きな光は影を明るく照らし、その漆黒を喰らい尽くしていった。




