-20『すべては、少女のために』
「なんで……。死人兵なのに、これじゃあまるで普通の人間じゃないか」
自らに死霊魔術をかけて肉体を復活させたワドルドは、むしろ生前よりも強大な力を擁しているようだった。
内に秘める魔法力はより増大し、パーシェルの与えた傷の痛みすら気にしない。せっかくの隙を突いた一撃が意味を成さなくなってしまった。
それどころか、その圧倒的な気迫に押され、リリオたちはすっかり尻込みをし始めていた。
その迫力は、キメラ魔獣どころではない。
人間の知性。魔獣よりも強大な力。
二つが合わさるこの畏怖に、彼女たちが恐れを抱かないはずがなかった。
「どうした。俺を殺すのだろう」
ただの一言にも凄みが混じる。
ぴりぴりと逆撫でるように肌がざわついた。
あまりの魔力の強さに、彼の周囲が淀んで見える。それはまるでボクの黒い靄のようだったが、綺麗な円を保っており、しっかりと管理下におかれていることがわかる。
膨大すぎる力を完全に制御しきっている。
「これが悪魔どもに教わり、研究を重ねてきた死霊魔術の完成形。自己という魂を定着させたまま、死してもなお生き続ける究極の生物。俺が、その最初の一人になったのだ」
玉座に寄り添って一連の光景を眺めていた詠美は、眼前で起こったそれを受け止めないといった風に目を見開く。
「ワドルド……貴方……」
「安心しろ。お前のお父様も、死霊魔術でしっかりと生き返らせてやる。大事な大事な、俺のお義父様だからな。操った彼の言葉ならば、民草は俺を盲信し、支持することだろう」
「……最低よ」
「今はそれでいい。夜にでも静かに語り合おう。王城のベッドはさぞかし高級だろうな」
憎悪を剥き出しにして睨み返すエイミを欠片も気に止めず、ワドルドはゆったりとした動きでパーシェルに指先を向ける。
その指先が微かに光ったかと思ったその刹那、まるで光のような速さで風船の爆弾が射出された。
「ふぁっ?!」
一瞬にして向けられた歯牙に、パーシェルは慌てて翼を広げ、包み込み体を守るようにして前に折り畳む。自分への直撃こそは避けたものの、吹き飛ばされ、はるか後方の壁にまで叩きつけられていた。
ほんの小さな魔法攻撃のはずなのに、威力が段違いになっている。
舞い上がった砂埃も止まぬ間に、ワドルドは一発、二発とまた攻撃を放つ。
今度のそれはミレーナを襲った。
「いけないのです!」
咄嗟にリリオが気付き、抱きつくように飛び掛って彼女の庇う。爆発を背中で受けた彼女は、ミレーナを抱えたままくすぶる煙を上げて地に倒れた。
「リリオ、リリオぉ……しっかりしてよぉ」
懐に抱えられたミレーナは、身代わりとなった彼女に泣きつく。その心はすっかり折られ、ただのひ弱な少女に戻ってしまっている。
一瞬の決着。
残されたのは、ほとんどの力を使って疲弊しきったボクだけ。
すかさずボクの足元にも風船爆弾が現れ、ボクの体を大きく吹き飛ばした。
壁に打ち付けられ、瓦礫と共に崩れ落ちる。
「これでおしまいか、アンセル?」
余裕を少しも崩さないワドルドの表情が、彼の勝利への確信を物語っていた。
「……もういい」
零れた言葉が聞こえた。
エイミだった。
ずっと見ていることしかできなかった彼女の、食いしばるようなくぐもった声が響いた。
「アンセル、もういいわ。私のことは諦めて、命があるうちに帰ってちょうだい」
「何を、言ってるのさ。エイミ。そんなこと――」
「いいから!」
牽制するような鋭い声だった。
エイミが、強がったような、優しい笑みを浮かべる。
「私は大丈夫よ」
「エイミは、それでイヤじゃないの?」
「イヤというなら嘘になるわ。けれどこれは私がまいた種でもある。責任は自分でとらないと」
精一杯の強がった言葉。
けれど、彼女の手が震えていることをボクは見逃さなかった。
「どこにいたってこの空は続いているもの。どこかで同じ空を見ていると思えば寂しくはなくなるかもね」
そんな、声を震わせながら、わざとおどけて言う彼女を見て、ボクは、痛みで四肢が千切れそうな体を立ち上がらせた。
「そんな綺麗な言葉なんてどうでもいいよ」
「……え?」
「どんな景色だっていい。綺麗だって、汚くたって。たとえ地を這うみたいだって。キミと一緒に見ていることに意味があるんだ」
生きていられること。
誰かと一緒にいること。
その嬉しさを教えてくれたのは、エイミだ。
「だからボクは、キミと一緒にいたい!」
「…………アン、セル」
弱々しく萎んだエイミの瞳から、大粒の涙が零れ落ちる。
「エイミはどうなの」
「私は……」
「ずっと自分を貫いてきたんでしょ。できなかったことを後悔したくないんでしょ。それが『エイミ』の答えなの?」
「わたし……は……」
「もっと、ボクを信じてよ!」
ぐっと、大きな唾を飲み込み、エイミは顔をしわくちゃにして言った。
「私も、こんなのはイヤ! もっと色んなところを旅して、色んな物を見て、色んなことを経験したいわ! 貴方と……一緒に……」
エイミの言葉を聞いて、ボクは目頭が熱くなるような感覚を覚えた。
やはり、彼女はボクを救ってくれる人だ。
誰からも遠ざけられて、森の中で独りぼっちだったボクをどん底から引き上げてくれる人。
「だったらどうするか。答えは最初から決まってるよ」
ボクはにっと笑む。
「絶対に連れ帰る。エイミは、絶対にだ!」
偶然の隙を突いてじゃない。
真っ向から、彼女をボクの隣へ連れ戻す。
胸糞悪そうに顔をしかめるワドルドへ、ボクはそう睨み返すように強く向き直っていた。




