2-1 『変な人たちに見られてました』
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とある一室の円卓を囲み、しわの寄った老人たちが顔を向け合っている。
「もはや一刻の猶予もないのではなかろうか」
「いや待て。それは尚早すぎる。これは場合によってはこの世界に有り方を変えかねない一大事だ。慎重にならねばならない」
「彼の言う通りだ。どのような思惑が錯綜しているのかもはっきりしていないのだ。下手に動けば、世界の調停者である我々が世を乱すきっかけになりかねん。故に、冷静であり続ける必要があるのだ」
「しかしそれでは遅すぎるのではないか!」
煮えを切らした老人が席を立って言い立てる。
白い髪に、深く生えた白い髭。肌も白く、羽織った外套も白い彼は、全身が漂白でもされたのかと思うような外見だ。それだけで奇妙ではあるが、彼の背中には更に白い翼が生えている。
しかし同じような風貌の、これまた同じように髭を生やした別の老人が諌める。
「まあまあ落ち着くのだ。危険の予兆があればすぐにわかる。それから対処をすればよい。そのためにも、怪しい行動をすればすぐわかるよう、こうして監視虫をつけておるのだぞ」
「それは、そうだが……」
威勢を欠かれ、いきり立った老人は苦虫を噛んだ顔で椅子に落ち着く。
老人たちの視線は、中央に置かれた広い円卓の真ん中へと注がれる。
おおよそ十人ほどが囲んだそこにあるのは、宙に浮かんだ球体。そこには映像が映し出されていた。
監視虫という、虫の瞳を通して遠くの光景を映し出す魔法だ。
そこに映っていたのは、アンセルという少年――つまりボクだった。
その球体に映し出される中で、まさか盗撮されているとも知らないボクは、呆けたように空を見上げていた。
カイックの町を出発してしばらく。
次の町まであと少しというところで、飲み水が切れてしまった。
もともと二人分で用意していたから、リリオの分を想定していなかったのだ。
『水の流れる音がしますです。私、聴覚には自信がありますですよ』
そう言うリリオにお願いして、今は彼女に水の調達をお願いしているところだった。
リリオが戻ってくるのを待つ間、ボクとエイミは街道から逸れた木陰に腰を下ろして一休みしている。
『なんだか暑いわ。日差しのせいかしら』
『風がないからじゃないかな』
『ああ、そうね。じゃあ風を起こしてよ』
『ええっ、ボクにはそんな力ないよ』
湿気が高いせいか、体感気温が高く、エイミはとてもテンションが低い様子だった。茹ったタコのように顔を蕩けさせている。
まさか監視されているとは思いもしないボクたちは、腑抜けた様子でだらりと足を伸ばしていた。
「本当にこやつがあの『森の魔王』なのか」
「間違いない。報告にもある。先日、カイックの町で暴れた魔獣を一瞬にして消し去った者がいるとのことだ。目撃者によると、その魔獣を殺したのは年端もいかない少年だという。それを聞いてもしやと思い調べさせてみれば、森には魔王の姿はないとのこと」
「確かにこの少年、背格好は『森の魔王』とよく似ておる。しかし些か……ちんちくりんすぎやしないか」
「顔も女みたいになよなよしておる」
「腕も折れそうなくらい細いのお」
届かないとはいえ好きに言いたい放題である。
これを知ったらボクは心の中で泣く自信がある。
『ぶえっくしょい』
映像の中のボクが悪寒を察してくしゃみをした。
その音に驚き、老人達が慌てて席を立つ。
「なんじゃ! 攻撃か!」
「ま、待てい。ただのくしゃみだ」
老人たちが騒ぎ立とうとしたところ、冷静を保っていた一人によって場がなだめられる。
「もっと詳しく様子を見る必要があるな。この者がいったい何ゆえに森から出てきたのか。この世界を壊す存在であるのかどうか。見定めねばならん」
「そうだ。ではもっと観察虫を近寄らせるのだ」
「うむ」
虫の羽音と共に、球体の映像が動き出す。
ボクとエイミの姿が拡大されるように迫ってくる。
『貴方、ずいぶん大きなくしゃみをするのね』
『ご、ごめん。急に寒気がして』
『別に良いけれど。ハンカチはいるかしら』
『あ、大丈夫だよ。すごかったのは音だけだから』
あはは、とボクは笑ったけれど、ただ空しくなっただけだった。
そんなボクたちの周りを、観察虫がより近づこうと飛び回る。
『なんだかうっとうしい虫がいるわね……あ、そうだ』
羽音に気付き、エイミが観察虫を振り払おうとした時。ふと、彼女が思いついた風に口許を緩める。
突然、ぱっ、と手を離した。
瞬間、ボクの周囲に黒い靄が立ち込める。
無差別に命を奪ってしまう強大な力である。
それはもちろん、周囲を飛び交う虫も例外ないわけで――。
……ぶつり。
観察虫は一瞬にして息絶え、映像も途絶える。
「…………」
「…………」
眺めていた老人全員が、何が起きたのか理解も追いついていない様子で呆ける。
「……む」
上座でずっとなりを潜めていた重鎮らしき老人が、そうゆっくりと口を開いたかと思うと、
「謀反でああああああああああああああある!」
先ほどまでの沈黙が嘘のように、猿の叫びのような声で、かつりと目を見開いて彼はそう言い放っていた。
その声に、他の老人達が一斉にざわつく。
「ぞ、族長が声を張られたぞ!」
「これはいかん! 本当に一大事やもしれん!」
「今すぐに使いを出すのだ! そして、あの『森の魔王』の悪事を暴き、世界の平和を保つのである!」
阿鼻叫喚のように騒ぎ立つ円卓の老人たち。
よもやこのような大騒ぎになっているとは、ボクたちはまったく知りもしないのである。
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