-15『こうしてボクたちの旅がはじまりました』
赤くなった頬を腫らしながら天幕を出ると、焚き火の爆ぜる音が聞こえてきた。
昨日消し忘れただろうか。
いや、それでも朝まで燃え続けるなんて不自然だ。
そう思っていると、
「あ、おはようございますです」
爽やかな声と共に、鍋を手に持ったリリオの姿がそこにあった。
「どうしてここに?」
尋ねるボクに微笑を返しながら、彼女は焚き火に鍋を提げ、スプーンで中をかき回していく。
「お二人のために朝ご飯の用意をしにきたのです」
「そんな、悪いよ」
「いえいえ。昨日のお礼ということなのです。これでも足りないくらいではありますですが」
なるほど、とボクは納得した。
わざわざそのために訪ねて来てくれるなんて、甲斐甲斐しいにも程がある。
寝起きの頭に香辛料の香りが染み入る。
どうやらスープを作ってくれているらしい。
それにしても、念のため手を繋いだままでよかった、とリリオが無事なことに安堵した。
「こんなところまでありがとうね」
ボクと並んで天幕から顔を出したエイミは、リリオにそう言って微笑んだ。
それから三人で朝食を取った。
やはりボクは右手を繋いだままで、左手に食器を持って食べさせられた。
少し慣れてきたけれど、やはり不便だ。とはいえボクに選択権は無いらしい。
「お二人は、その……非常に仲睦まじいのでありますですね」
手を繋ぎ続けていることに気付いたのか、リリオが言う。
「別にそういうわけじゃないわ」とエイミにあっさり否定された。
それもそれで哀しい。
リリオが作ってくれたスープは、目覚めの朝に丁度良いあっさりとした味付けだった。
少し薄味だが、身体が温まってとても良い。
「朝は身体が起きたばかりですから、優しいあっさり味なのです。朝だけに、あっさ、り。えへへ……」
頬を染めて恥じらいながらリリオが言う。
強く突っ込みたいところだが、可愛らしい仕草に水を差す気になれない。
寒い駄洒落は気になるものの、とにかく味は安心だった。
なによりエイミの吐瀉物のような料理でない分ずっと良い。
リリオがここに来てくれて本当に感謝だ。
「随分幸せそうに食べてるわね」
エイミに横からそう言われ、
「ボクは普通に普通の食事を楽しんでいるだけです」
と、普通に美味しい食事を噛み締めた。
◇
食事も終え、てきぱきとリリオが片付けを済ませる。
道端でこけたりしていた頼りない雰囲気の彼女だが、こういった世話は随分手際良い。
「普段、ご主人様のお屋敷でやっているので慣れていますのです」
なるほど。
リリオは、あの傲慢そうな人間のところで家政婦として働いていたようだ。
素早い所作で食器などを片付け、鞄に詰め込む。
荷物をまとめた鞄は彼女の腰回りの二倍くらいに膨らんでいて、それを「よいしょ」と担ぎ上げていた。
獣人だから筋力はあるのだろうか。
「ご飯を作りに来るだけなのにすごい量だね」
その大きさに圧倒されながらボクが言うと、リリオは不敵に笑んで返した。
「私、仕事を辞めてきましたです」
「ええ?!」
突然の言葉にボクは素っ頓狂な声を返してしまった。
犬のような耳をぴょこりと立て、ふさふさの尻尾を揺らしながら、リリオが胸の前で手を組んで上目遣いにボクたちを見てくる。
「それでなのですが……私も一緒に、旅に連れて行ってほしいのです」
「えええ?!」
また変な声が漏れてしまう。
「私のやりたいことは私で決めるのです。だから、いま、こうして決めたのです」
そう言うリリオの顔はとても晴れやかだった。
町で見た、仕事のことを思って憂う彼女とは大違いだ。
それを見てか、エイミがふふっとほくそ笑む。
そして、
「いいわ。ただし条件が一つ」
「な、なんなのです?」
「一緒に来る間、私のメイドとして従事すること。お給料は弾むわよ」
結局働かせるのか、とボクは内心で呆れたが、リリオはかえってどこか嬉しそうに口許を緩ませる。
自分で選んだ居場所を認めてもらえたことが素直に嬉しいのかもしれない。
「わかりましたのです!」
そうリリオは頷いていた。
こうして、ボクたちは三人でカイックの町から次の町へ向かうことになった。
エイミに連れ出されて突然始まった、何のためかもわからない不思議な旅。
どこに向かうのか。
なにをしに行くのか。
本当に何も聞かされていない。
ただ流されて頷いてしまったけれど、それが正解だったのかもわからない。
けれどその行き着く先に、いつの間にか、少しのわくわくを織り交ぜているボクがいた。




