-14『可愛い女の子がそこにいました』
束の間の天国と地獄を味わった後、ボクとエイミは野営のためにそのまま町を離れることにした。
「貴女はまた、あの男の所で働くの?」
リリオとの別れ際、エイミが尋ねる。リリオは複雑そうに笑んで返した。
「お仕事でございますですし」
「この町の獣人たちは、仕事だったら自分の身を投げ出すのね。それは自分から奴隷に成り下がっているのじゃないかしら」
「それは……」
リリオは苦しそうに口ごもっていた。
きっと彼女だってわかっている。
それでも、ずっと自分達の常識として存在してきた考え方は変えづらいものだ。何年、何十年と凝り固まっているのだ。
「人間だろうが獣人だろうが、上の者だろうが下の者だろうが、自分の気持ちは持つべきよ。周りに流されるままいるのじゃあ、それこそ魔獣と変わらないわ」
そう厳しくも言うエイミの言葉を、リリオは伏せた顔で受け止めていた。
しばらくしてリリオと別れ、ボクらは天幕を張れそうな木陰に落ち着いた。
ユーなんとかはどうやら無事に生きていたようで、顔中を傷だらけ泥だらけにしながらも強がって平然を装っていた。
「貴女のためにがんばりました!」とあの後エイミに擦り寄ってきたが、
「ご苦労様。もういいわよ」とあっさり一蹴されていた。
情けないほど無様である。
うな垂れて気落ちしながら去っていく彼の行方は誰もわかっていない。
少し可哀想には思う。
けれど、ちょっと面白くもあった。
それからボクとエイミは天幕を設営し、眠りに付いた。
雨風を避ける薄い布の下で、手を繋いだまま二人きりで眠った。
◇
目が覚めると、目の前に美少女の寝顔があった。
エイミだ。
薄暗い天幕の中でも、彼女の白い木目細やかな肌は綺麗に見える。
昨夜は魔獣騒動の疲れもあってすぐに眠ってしまったが、よくよく考えると今の状況も相当にドキドキする。
密室――と言うには隙間風の入る天幕だが、あまり腕を広げて寝られない程度には狭い。そんな空間に同年代の少女と二人きりで、しかも手まで繋いでいる。
目の前には凛とした整った顔出しの少女の顔。
瑞々しい唇が震え、吐息の音まで聞こえるような近さだ。
しわのよった服の隙間からはすかすかの胸元が見え、覗き込もうとすれば中が見えてしまいそうなほど弛んでいる。
イヤでも緊張せざるを得ない状況だった。
「ああ、まずい」
また手汗が噴出してきそうだ。
この状況で起きられたら、また冷めた目で見られてしまいかねない。
――女子の寝顔を見て興奮してた変態。
だとか罵られてもおかしくないだろう。由々しき事態だ。
「んん……」
くぐもった吐息がエイミから漏れる。瞳が微かに開き始めた。
まずい。
起きようとしている。
もう外に誰かいようが知ったことではない。
ボクが慌てて手を離して逃げようとすると、しかしエイミの繋いでいないもう片方の手によって腕をがっしりと掴まれてしまった。
まるでボクの腕に抱きつくような形になる。
「……エル」
ぼそりとエイミが呟く。
彼女の目はやや半開きのままで、うっとりと蕩けたような顔をしている。
ボクの腕を引き寄せると、表情を砕けさせて頬ずりしてきた。
「ふふっ。エル、甘えん坊さんね。そんなにほっぺにキスをしてほしいの?」
呂律の回りきっていない調子で彼女は言う。すごく甘えるような囁き声だ。
エルとは誰だろう。と思うが、それどころではない。
間違いない。
どうやら寝ぼけているようだ。
「もう、我侭さんなんだから。じゃあ一回だけね……ちゅっ」
腕を引き寄せられ、肘にそっと彼女の唇が触れる。
――ふああああっ!
心臓が飛び跳ねそうなほどに騒いだ。
手汗どころではない。
額、背筋、全身から大量の汗が噴出する。
体中が熱くなって逆上せてしまいそうなほど顔も赤くなっている。
このままでは本当にまずい。
寝ぼけているとはいえ、彼女が目を覚ましたら大惨事だ。
いつもの凛とした彼女からは想像もできないほどに蕩けた口調。更にはキスまでしてしまったとなれば、それをもしエイミが知ればどんな事態になるだろうか。
ユーなんとかみたいに平手打ち程度で済めばいいが、それ以上の恐怖に押し寄せられる。
けれど、逃げようにも彼女の腕が艶かしくボクの腕を絡んで離さない。
引っ張られた勢いで、ボクの腕が寝そべったままのエイミの胸元にこつんと触れてしまう。
「もう。私の柔らかい胸が気持ち良いからって枕にしないの、エル」
――なにもしてません、ボク、なにもしてませんよ!
ボクのせいではないと必死に心中で否定する。
いや待て。彼女の夢の中でのエイミは枕にできるほどの胸があるということか。
見てはいけないコンプレックスの顕現を垣間見た気がして、申し訳なさに血の気が引いた。
いや、でもやはり、今のエイミでもそれなりに柔らかいのかもしれない。
女の子だし、脂肪ものっているはずだ。
ちらりと彼女の胸元を覗き見てみる。
ふくらみは――ない。やっぱりない。
身体のラインは肋骨をなぞったようにまっすぐで滑らかである。
「やっぱりぺたんとしてるよなあ……」
まるで鑑定士のようにしみじみとそう呟いたときだった。
「それは私に喧嘩を売っているのかしら」
低く、ふつふつと沸き立つような怒りの帯びた声と共に、握られたボクの手に痛みが走る。
気が付くと、いつの間にかエイミの目はパッチリと開いていて、冷ややかな笑顔でボクを睨みつけていた。
吐き気までするような悪寒が全身を走る。
非常に心地よいビンタの音が響いたのは、それから間もなくのことだった。




