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 -13『誰が悪いのかわかりません』

 町を出て街道横の広い空き地に出たところで、ユークラストバルトは華々しく散った。


 分け目も振らずに必死に逃げ続け、落とし穴のように凹んでいた窪みに気付かず、そこに足を取られて落っこちていた。


「ふげえっ!」と盛大に上げた悲鳴が追いかけるボクたちにまで届いていた。


 急に姿を消した獲物を見失い、魔獣は戸惑った風に周囲をうろついている。


「良い仕事をしたわね、ユーなんとか。見直したわ」

「こ、光栄だ……ぜ……」


 追いついたエイミが労いの言葉をかける。


 名前すら覚えられていないのは可哀想だが、呼びやすいのでボクもユーなんとかと呼ぶことにしよう。


 ユーなんとかは深い窪みの下から返事をしつつ、目一杯に格好つけた風に親指を立て、歯茎を見せて笑う。


 余裕そうな表情だ。けれど複雑骨折でもしていそうなくらい不自然に足や腕が曲がっている気がするが、大丈夫だろうか。


 まあ魔獣に喰われるよりはずっとマシだろう。


 窪みに落ち着いたユーなんとかを横目に追い越し、獲物を見失って右往左往している魔獣へ駆け寄る。


 広い平原。

 まわりには誰もいない。


 絶好の場所だ。


「アンセル」

「うん」


 魔獣を目の前に相対した。


 ぎらついた赤眼がボクたちを捉える。

 鋭い牙を光らせ、低く唸る声を向けてくる。


「見せてあげなさい。貴方の力を」


 エイミがそっとボクの手を離す。

 途端、ボクたちの周りを真っ黒い靄が包み込む。


 夜の闇の中、より深い暗闇が、まるで全てを蝕むかのように広がっていった。



   ◇



「大丈夫でございますですかー!」


 声が聞こえ、遠くからリリオが駆け寄ってきていることに気付いた。


 わざわざ追いかけてきたのだろう。

 しかし蹴躓き、顔面から盛大に転げていた。


 ははっ、とボクは笑みをこぼした。


 足元には、生気が抜けて倒れこんだ魔獣の巨躯。


 ボクはその魔獣の顔を撫でながら、哀愁の目を浮かべる。

 そんなボクに、もう片方の手を繋がせたエイミが言った。


「町中で人を傷つけたのだもの。もし貴方がやらなくても、いつかは別の誰かがこの魔獣を殺していたわ。だから、仕方のないことだと思うべきよ」

「この子も、住んでいるところから連れてこられなければ、こんなことにならなかったのかな」


 もともとは、人間とは関わりのない場所で暮らしていたはずなのだ。


 それが、人間の都合で無理やり町に連れてこられ、逃げ出した途端に害獣として殺される。


 そんなの、あまりに都合が良すぎるではないか。


 人間は、強すぎる存在と相容れない。恐れ、遠ざけようとする。


「やっぱり、恐がられながら、森のずっと奥でひっそりと生きるべきなのかな」


 そう言うボクの手を、エイミは痛いほどにぎゅっと握ってきた。


「それはこの子と意思疎通が出来ないからよ。魔獣は人に懐かない。餌か、敵としてしか認識しないわ」


 エイミはまっすぐに言葉を続ける。


「でも貴方は違う。だって貴方は同じ人間だもの」

「…………」

「私は貴方が優しいことを知っている。だから恐がりはしないわ」

「……エイミ」


 繋いだ手は温かくて、ボクの気持ちをそっと温めてくれるようだった。


「お二人ともー! 大丈夫でございますですかー!」


 ボクたちの元へたどり着いたリリオが飛び跳ねるように抱きついてきた。


「とても心配しましたのですよ」

「ふふ、ありがとう」


 泣きじゃくるように抱きついてきた彼女に、エイミがそっと頭を撫でる。


 リリオは脇に倒れている魔獣の姿を見て、涙を浮かべながら、驚いた顔をしてみせた。


「まさかお二人が魔獣を?」

「私じゃないわ。アンセルがやったのよ」


 言われ、リリオの視線がボクへと注がれる。

 ボクの顔が映ってそうなくらいに大きな潤んだ瞳を向けられ、ボクは思わず尻込みしてしまいそうになった。


 顔が近い。

 息がかかるような距離だ。


 またドキドキしてしまう。まずい、手汗が。


「ありがとうございます、アンセル様!」


 思い切り抱きつかれ、ボクの心の中の防波堤はあっさりと決壊した。


 大きく柔らかい胸が薄い布越しに当たっている。

 すべすべな肌の感触と、エイミとはまた違う、少し日に当たった香草のような心地よい香りを感じた。


 これが、女の子の感触。


 なにより、エイミにはまったく感じられなかった胸元の柔らかい感覚がボクの頭を埋め尽くす。


「……スケベ」


 エイミに冷めた目で見られた。


 けれどこれは仕方がないと思う。

 まだ年端も行かない少年が、異性の柔肌を意識するなと言うほうが無理な話だ。


 長らく人と会わず、女の子に対する免疫が無いのなら尚更だ。


 エイミがもう片方の手で繋ぎなおし、さっきまで握っていた手でボクの頬を摘んでくる。


 ボクの手汗で濡れていて気持ち悪かったし、相当力を入れているのかとても痛い。けれど、彼女のすべすべな指先は少し気持ちよかった。


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