第41話 聖女の力
ギルド会議室には、いつもより多くの記録水晶が置かれていた。
ギルド側のものが二つ。
神殿監査側のものが二つ。
さらに、外部記録の写しを保全するための小型水晶が一つ。
机の上には、これまで集めた証拠が順番に並んでいる。
禁書棚の貸出記録。
削られた閲覧欄。
使用禁止の文字が残った禁書資料の写し。
その裏に書かれた覚え書き。
祈りの箱から出た湿地関連の紙片。
鐘楼の仮予約記録。
告知札工房の文案。
掲示板管理所の再祈祷告知控え。
そして、予定表の余白に残っていた一文。
『救いは、続くほど信仰になる』
証拠は増えた。
線も見えてきた。
だが、まだ足りない。
ミコト本人の力。
聖女としての浄化。
その正体に踏み込まなければ、あいつはまだ言える。
私は救いたかっただけだ、と。
俺は椅子に座り、机の上の証拠を見ていた。
クララは俺の隣で、緊張した顔をしている。
マーヤは試薬箱を膝に置き、紙片の記録を何度も確認していた。
バルトは壁際に立ち、腕を組んでいる。
エルハルト監査官は、神殿側の記録水晶を確認していた。
いつもより顔色が悪い。
無理もない。
これから彼は、聖女ミコト本人へ正式に質問する。
ただの不正ではない。
聖女の力そのものに関わる聴取だ。
「レンさん」
クララが小声で言った。
「今日は、何を聞くんですか?」
「ミコトのスキルだ」
「スキル……」
「あいつの力が、本当に湿地を救う力なのか。どこまで救える力なのか。そして、本人がその限界を知っていたのか」
クララは唇を結んだ。
「そこが分かれば、見える穢れだけ消した意味が変わりますね」
「ああ」
見える穢れだけを消したのか。
それとも、見える穢れしか消せなかったのか。
似ているようで、違う。
知らずにやったなら過失だ。
知っていてやったなら、演出になる。
そして、その演出によって信仰を得たのなら。
それは、もう救いではない。
バルトが低い声で言った。
「聖女様が素直に話すと思うか?」
「話す」
俺は答えた。
「ただし、自分が白く残れる範囲でな」
バルトは鼻で笑った。
「らしい答えだ」
その時、扉の外から足音が聞こえた。
軽い足音ではない。
何人もの神殿兵と、侍女の足音。
やがて扉が開く。
聖女ミコトが入ってきた。
白い衣。
淡い金の髪飾り。
清らかな表情。
その姿だけを見れば、彼女は疑われている者には見えなかった。
むしろ、疑いを受けてもなお逃げずに説明へ来た聖女に見える。
ミコトは静かに一礼した。
「お待たせしました」
エルハルトが立ち上がる。
「聖女ミコト様。本日は、湿地浄化および再祈祷準備に関する正式聴取です。記録水晶は常時起動します」
「承知しています」
「虚偽の証言が確認された場合、監査記録として扱われます」
「はい」
ミコトは少しも乱れなかった。
そして、俺を見る。
「レン・クゼ様も、同席なさるのですね」
「当然です」
「あなたが望むなら、私は答えます」
その言葉は柔らかかった。
まるで、俺が彼女を一方的に疑い、彼女はそれを受け止めているだけのような言い方だった。
俺は動かない。
この場で感情を出せば、あいつの白さを強めるだけだ。
エルハルトが聴取を始めた。
「まず確認します。聖女ミコト様。あなたの浄化の力について、正式名称をお答えください」
ミコトは少し目を伏せた。
「一般には、《聖浄の祈り》と呼ばれています」
エルハルトが書記へ目を向ける。
書記は資料を確認し、眉を寄せた。
「聖女認定記録では、派生技能として《聖浄の祈り》とあります。ただし、主加護欄には別名が記載されています」
部屋の空気が変わった。
ミコトは表情を崩さない。
だが、ほんのわずかに沈黙が生まれた。
エルハルトが問う。
「主加護の名称は?」
書記が読み上げた。
「《白き信仰》です」
白き信仰。
その言葉が、会議室に落ちた。
俺はゆっくりとミコトを見る。
ミコトは静かに答えた。
「はい。正式には、そう記録されています」
「なぜ最初に《聖浄の祈り》と答えたのですか」
「民に知られている名だからです。《白き信仰》は、神殿の記録上の加護名にすぎません」
刃は鳴らない。
少なくとも、本人はそう言える。
だが、隠した。
主加護を。
自分の力の根にある名前を。
俺は口を開いた。
「《白き信仰》とは、どういう力ですか」
ミコトは俺を見た。
「人々の祈りと信仰を受け取り、聖性へ変える力です」
「それだけですか」
「はい」
その瞬間、俺の内側で刃が微かに鳴った。
小さい。
だが、鳴った。
ミコトの答えは、足りない。
嘘というより、隠している。
「それだけではない」
俺が言うと、ミコトは静かに首を傾げた。
「どういう意味でしょう」
「《白き信仰》は、信仰だけを受け取る力なのか」
ミコトは答えない。
エルハルトが資料をめくる。
「聖女認定記録には、詳細な説明がありません。主加護名と、浄化適性、聖性増幅率のみが記録されています」
「聖性増幅率?」
マーヤが反応した。
エルハルトは頷く。
「聖女の祈りが、周囲の信仰や祈願によってどれほど強まるかを示す数値です。ミコト様は、認定時から極めて高かった」
「どれくらい?」
「通常の聖女候補の三倍以上です」
クララが息を呑んだ。
マーヤは顔をしかめる。
「三倍……」
エルハルトは続けた。
「ただし、数値が高いこと自体は罪ではありません。むしろ聖女としては優れた資質です」
「その聖性は、いつ強くなる?」
俺が聞くと、エルハルトは資料を確認した。
「通常は、民衆の祈り、感謝、信頼、信仰心が集まった時です」
「通常は、か」
俺はミコトを見る。
「ミコト。あなたの力は、本当に祈りと感謝だけで強まるのか」
「もちろんです」
刃が鳴った。
今度は、はっきりと。
クララが顔を上げる。
バルトの目が細くなる。
エルハルトは手元の記録水晶を確認した。
ミコトはすぐに言い直した。
「……少なくとも、私はそう教わりました」
今度は刃が鳴らない。
そう教わった。
それは本当なのだろう。
だが、本人が知っているかどうかは別だ。
俺は机の上の証拠から、一枚の記録を取り出した。
湿地浄化時の祈祷台記録。
聖性反応の波形だ。
神殿の祈祷台には、聖女の力を測る聖紋石が組み込まれていた。
元々は、認定式や大規模祈祷の記録を残すためのものらしい。
その写しを、エルハルトが神殿から押さえていた。
「湿地浄化の聖性反応です」
俺は言った。
マーヤが横から説明する。
「最初の浄化で、聖性が大きく上がっています。これは民衆の祈りや歓声と一致してる。そこまでは普通です」
彼女は別の箇所を指した。
「でも、もう一か所、不自然に上がってる」
エルハルトの表情が硬くなる。
俺はその時刻を読み上げた。
「マルドゥクの罪が《証明成立》した直後だ」
部屋が静まり返った。
湿地で、マルドゥクが断罪された。
民衆が声を上げた。
トビーは盗んでいなかった。
湿地を汚したのはマルドゥクだった。
聖女様は知らなかったのか。
聖女様は騙されたのか。
聖女様はおかわいそうだ。
その空気が流れた直後、祈祷台の聖性反応が上がっている。
マーヤが静かに言った。
「この時、ミコトは新しい祈りを始めていません。浄化も終わっていた。民衆の感謝も一度落ち着いています。なのに、聖性だけが上がった」
ミコトは紙を見つめていた。
表情は変わらない。
だが、指先がほんの少しだけ動いた。
「聖女様」
エルハルトが重く問う。
「この聖性上昇について、説明できますか」
ミコトはゆっくりと顔を上げた。
「民が安心したからではないでしょうか」
「安心?」
「はい。罪の所在が明らかになり、民は不安から解放されました。聖女の祈りが届いたことを、改めて信じてくださったのだと思います」
刃は鳴らない。
まただ。
言葉が綺麗に通る場所を選んでいる。
民が安心した。
罪の所在が分かった。
聖女を信じ直した。
それは、完全な嘘ではないのだろう。
だが、俺は聞く。
「罪の所在が、他者に向いたからではないのか」
ミコトは俺を見た。
「他者に向いた、とは」
「マルドゥクが疑われ、断罪された。民衆の疑いと怒りは彼へ向いた。その直後、あなたの聖性が上がった」
「それは、民が真実を知ったからです」
「トビーが疑われた時はどうだ」
俺は別の記録を出した。
トビーが神殿管理金窃盗の疑いをかけられていた時期の祈祷記録。
直接の祈祷台記録ではないが、神殿の礼拝堂で測られた聖性残滓の数値がある。
エルハルトが補足した。
「これは、神殿内部の礼拝記録です。トビー少年の疑惑が広まった翌日、聖女様への祈願数が増加しています」
クララが資料を見て、顔を歪めた。
「トビーくんが疑われて、聖女様への祈りが増えてる……?」
マーヤが低く言う。
「みんな、不安だったんだと思う。神殿でお金が盗まれたってなれば、信じるものが揺れる。だから逆に、聖女様だけは信じたいって祈った」
「そうだ」
俺は言った。
「誰かが疑われるほど、人は別の白いものにすがる」
ミコトは何も言わない。
俺はさらに記録を並べた。
サーシャ拘束後の礼拝記録。
オルグ拘束後の祈願記録。
リーネが「混乱している」と扱われた日の聖女への見舞い祈願。
すべて同じ傾向を示していた。
ミコト周辺の誰かが疑われる。
その直後、ミコトへの同情、祈り、信頼が増える。
そして聖性反応が上がる。
「偶然ですか」
俺は聞いた。
ミコトは静かに答える。
「人は、不安な時ほど祈ります」
刃は鳴らない。
「誰かが罪を犯した時、民は清らかなものを求める。だから聖女へ祈る。そういうことではありませんか」
それも正しい。
だが、正しい言葉は、時に一番厄介な逃げ道になる。
俺は次の問いを投げた。
「あなたは、その仕組みを知っていたのか」
ミコトは答えた。
「民が不安な時ほど祈りを求めることは、知っています」
「違う」
俺は首を振る。
「誰かが疑われるほど、自分への信仰が強まることを知っていたのか」
その瞬間、会議室の空気が冷えた。
ミコトは黙った。
わずかな沈黙。
長くはない。
だが、彼女にしては長すぎる。
「……そのような言い方は、民に失礼です」
刃は鳴らない。
答えていない。
俺は続ける。
「知っていたのか」
「私は、民の祈りを利用したことはありません」
刃が鳴った。
鋭く。
ミコトの瞳が一瞬だけ揺れた。
エルハルトが重く言った。
「聖女様。正確に」
ミコトは目を伏せる。
「……利用、という言葉は違います」
「では、何ですか」
俺が聞く。
ミコトは顔を上げた。
「導きです」
その言葉に、刃は鳴らなかった。
ミコトは本当にそう思っている。
利用ではない。
導き。
民が不安になる。
その不安を聖女へ向ける。
聖女を信じる。
祈る。
救われる。
彼女の中では、それは導きなのだ。
俺は胸の奥が冷えるのを感じた。
この女は、ただ嘘をついているだけではない。
自分の歪みを、白い言葉で信じている。
だから強い。
だから刃が鳴らない。
「導きのために、誰かが疑われる必要があったのか」
俺が言うと、ミコトの目が細くなった。
「必要だったとは言っていません」
「だが、起きている」
俺は机の上を指した。
「トビーが疑われた。あなたへの祈りが増えた」
「マルドゥクが罪を被った。あなたの聖性が上がった」
「サーシャが断罪された。あなたは騙された主になった」
「オルグが記録を消した。あなたは悲しむ聖女になった」
「誰かが黒くなるたびに、お前は白く残った」
会議室に沈黙が落ちる。
エルハルトが息を止めている。
クララは拳を握っている。
マーヤは唇を噛んでいた。
ミコトは、静かに俺を見ていた。
怒ってはいない。
泣いてもいない。
ただ、悲しそうだった。
「レン・クゼ様」
「何ですか」
「あなたは、私を憎んでいますね」
来た。
俺は分かっていた。
証拠が積まれると、ミコトは俺自身へ視線を向ける。
俺の私怨。
俺の憎しみ。
そこへ話をずらす。
「憎んでいます」
俺は答えた。
クララが息を呑む。
エルハルトもこちらを見る。
だが、俺は続けた。
「でも、それは証拠ではない」
ミコトの表情がわずかに変わる。
「俺があなたを憎んでいることは、記録して構いません。だが、机の上の記録は俺の憎しみではない」
俺は聖性反応の記録を指した。
「これは祈祷台の記録だ」
次に礼拝記録。
「これは神殿の記録だ」
次に外部告知記録。
「これは町の記録だ」
そして湿地の試薬記録。
「これはマーヤの調査結果だ」
俺はミコトを見た。
「俺の感情で、この記録は書き換わらない」
ミコトは黙った。
その沈黙が、少しだけ長かった。
エルハルトが資料を一つ取り出した。
「聖女ミコト様。こちらは、聖女候補時代の認定前記録です」
ミコトの視線が動く。
それまでで一番、はっきりとした反応だった。
エルハルト自身もそれに気づいたらしい。
声が慎重になる。
「記録には、あなたが正式認定前に一度、異界修行へ出ていたとあります」
異界修行。
その言葉を聞いた瞬間、俺の指がペンダントへ伸びた。
胸元の銀色の飾り。
美琴が現世で落とし、俺と一緒にこの世界へ来たもの。
白い石は、かすかに熱を持っていた。
エルハルトは続ける。
「信仰の薄い異界に身を置き、聖女候補として魂を鍛える修行。神殿の古い記録には、そうあります」
クララが俺を見る。
マーヤも。
バルトは低く呟いた。
「異界……」
俺はペンダントを握りしめた。
美琴がいた現世。
魔法も、神殿も、信仰もない世界。
あいつは、そこに修行として来ていた。
その先で、俺に罪を着せた。
エルハルトがミコトへ問う。
「聖女様。その異界修行の記録について、後ほど確認が必要です」
「……今、この場で必要でしょうか」
ミコトの声は穏やかだった。
だが、ほんの少しだけ硬い。
「必要になる可能性があります」
「湿地の件とは、関係ありません」
刃が鳴った。
短く、鋭く。
会議室の全員が、その反応を聞いた。
ミコトの顔から、わずかに血の気が引く。
俺は立ち上がった。
「関係ある」
「……レン・クゼ様」
「お前は、異界修行で何を学んだ」
ミコトは答えない。
俺は胸元からペンダントを取り出した。
銀色の鎖。
白いはずなのに、淡く濁って見える石。
ミコトの目が、そのペンダントに向いた。
初めて、はっきりと揺れた。
これだ。
この反応。
俺はペンダントを机の上に置いた。
「これは、お前が現世で落としていったものだ」
クララが息を呑む。
マーヤの目が見開かれる。
エルハルトは立ち尽くした。
ミコトは、ペンダントを見ていた。
白い聖女の顔で。
だが、その瞳だけは、ほんの一瞬、白くなかった。
「なぜ、それを……」
その声は小さかった。
俺は答えた。
「俺が拾った」
会議室が静まり返る。
ミコトはすぐに表情を戻した。
「それは、私のものではないかもしれません」
刃が鳴った。
強く。
逃げ場を失う音だった。
俺は静かに言った。
「言い直せ」
ミコトは唇を結んだ。
数秒の沈黙。
そして、言った。
「……私の聖具です」
刃は鳴らない。
認めた。
ペンダントは、ミコトのもの。
現世と異世界を繋ぐ、最後の証拠になるかもしれないもの。
エルハルトが震える声で言った。
「聖具……?」
「異界修行の際、聖性を保つために持たされたものです」
ミコトは静かに説明した。
「信仰の薄い世界では、聖女候補の加護は不安定になります。そのため、聖具で聖性を保持する必要がありました」
俺はペンダントを見る。
聖具。
現世にあったはずのない、異世界の物。
美琴が落としたもの。
俺の手元に残り、この世界へ来たもの。
そして、さっきから《白き信仰》の話に反応しているもの。
マーヤが恐る恐る言った。
「調べてもいい?」
俺は頷いた。
「頼む」
ミコトが口を開く。
「それは聖具です。扱いには――」
「丁寧に扱います」
マーヤは遮った。
その声はいつもより冷たかった。
「でも、調べます」
ミコトは何も言わなかった。
マーヤはペンダントに試薬を近づける。
通常の試薬では反応しない。
次に、聖性反応を見る小さな石を近づける。
その瞬間、石が白く光った。
そして、すぐに黒い線が走る。
マーヤの顔色が変わる。
「何これ……」
「どうした」
バルトが聞く。
「聖性反応がある。でも、混じってる。普通の祈りじゃない。疑念とか、恐怖とか、誰かに向けられた責めの痕みたいなものが絡んでる」
ミコトが静かに言った。
「異界の穢れでしょう」
刃は鳴らない。
ミコトは本当にそう呼ぶのだろう。
異界の穢れ。
現世での疑い。
人の視線。
俺へ向けられた声。
あれを、あいつは穢れと呼ぶのか。
マーヤは首を横に振った。
「違う。穢れだけじゃない。流れがある」
「流れ?」
クララが聞く。
「この石に、疑いみたいなものが集まってる。でも、その先が白く変わってる。誰かに向けられた黒い感情が、別の何かの聖性に変わった跡」
会議室に沈黙が落ちた。
俺はペンダントを見る。
心臓の音が、やけに大きく聞こえる。
まだだ。
ここで決めつけるな。
証明には足りない。
だが、見えた。
現世で起きたことと。
異世界で起きていることが。
同じ線の上にある。
誰かが疑われる。
誰かが黒くなる。
その分、ミコトは白くなる。
《白き信仰》。
周囲の疑いと罪を対価に、自分の聖性を増幅する力。
まだ言葉にはしない。
ここで言えば、ミコトは逃げる。
必要なのは、さらに記録だ。
このペンダントに残った反応を、聖女候補の修行記録と照合する。
現世での発動痕を、異世界の聖具記録で証明する。
そうすれば。
俺の過去にも届く。
エルハルトが重い声で言った。
「聖女様。異界修行の記録、聖具貸与記録、帰還後の聖性測定記録を提出してください」
ミコトは静かに目を伏せた。
「古い記録です。残っているかどうか」
刃が鳴った。
エルハルトの声が低くなる。
「残っていますね」
ミコトは答えない。
俺はペンダントから目を離さなかった。
ペンダントは白く光っている。
だが、その光の奥に、黒い濁りが見えた。
あの日の駅。
俺へ向けられた視線。
誰も聞かなかった否定。
白羽美琴の涙。
そして、あまりにも軽い笑み。
「なら、よかったじゃない」
俺は拳を握った。
まだだ。
まだ、終わらせない。
ここで感情を爆発させるな。
このペンダントは、最後の証拠になる。
俺がずっと証明できなかったものを、証明するための。
ミコトは椅子に座ったまま、ペンダントを見ていた。
白い顔のまま。
けれど、初めて、その白さに小さな亀裂が見えた気がした。
俺は静かに言った。
「次は、異界修行の記録だ」
誰も反対しなかった。
嘘は、全部を消せない。
たとえ世界を越えても。
あの日の疑いは、まだこの石の中に残っている。




