ローラー作戦
本日二回目
ドミトリアス家の保有するタウンハウスに戻ったミカエリスは連絡用の魔道具を使った。
一見すると普通の鳩に見えるが、それは魔法で作られた伝書鳥。あまり長距離は飛べないのは難点だが、近い相手ならローコストで即座に起動できるのが利点だ。
王都にいる知り合いとすぐに連絡を取りたい場合は、重宝する。一人で送れるので、使用人も挟まず、外部にも滅多に漏れない。
ここ数日は、見かけても話し合える機会がなかった。共有すべき情報もあることだから、定期的に交流の場は作っていた。
ほどなくして、ドミトリアス邸に二人の訪問者が現れる。
来るはずだと周知してあったこともあり、使用人たちは驚かない。見知った相手でもあるので、滞りなく通される。応接室では、すでにミカエリスが待っていた。
やってきたのはキシュタリアとジュリアス。二人とも貴族の礼服を着ているので、この時間に来たということは彼らもミカエリスと同じく王宮にいたのだろう。
王宮は広いので、同日に出仕していても会わないことはままあった。
今はそれより、情報共有だ。
「アルベルが、王配について気にし始めた」
その一言で、二人はミカエリスの言わんとしたことが分かったようだ。それぞれソファに座ると、確認も込めて鋭い視線を送ってくる。
「ちゃんと丸め込んだよね?」
「当り前だろう。下手を打てば、すぐさま閣下が動く」
キシュタリアの言葉に即答する。話を拗れさせたら、どこで魔王が暗躍するか分かったものではない。
「我らの姫君はどうして、自分は異性として論外という考えから始まるんだか。性格は素直なのに、何故か自己評価だけはマイナスに捻じれているんですよね」
呆れた表情のジュリアスは、長年アルベルティーナに仕えていただけある。まるで今日のやり取りを見ていたような口ぶりだ。
「その都度しっかり対応すれば問題ないだろう。我々以外からの懸想は気持ち悪いらしい。あの反応を見る限り、ヴァンやコーディーが相当嫌だったのだろうな」
アルベルティーナはとても素直な人柄だ。純粋すぎて、時折心配になる。閉じ込めて、どこの誰にも見せたくないと思ってしまう。
ミカエリスの思慕は気持ち悪くない。そう言われて、実はかなり舞い上がった。自分は特別扱いだとは思っていても、本人から明確に言われると格別の喜びがあった。
「確かに嫌がってたね」
「露骨に拒否していましたね」
逆にヴァンとコーディーはすごく嫌われていた。それを知っているキシュタリアとジュリアスは「ああ、いたなそんな奴」と論外野郎どもを思い出す。
強引に言い寄って、毎回墓穴を掘っていた。誰だって心を許した相手以外、距離を詰められるのを恐れるし、踏み込み過ぎると拒絶する。傾向的にそういった恐怖心は、男性より女性のほうが強くみられる。
アルベルティーナは一度懐に入れれば人懐こい反面、気を許す前に近づけば怖がる。
「多分だが、お前たちにも確認が来るぞ」
タイミング的に、今回はたまたまミカエリスが先だっただけだ。
アルベルティーナにとって三人は同じ位置にいる。それぞれ立場にあった親愛や距離感はあるが、異性としての近さは同じくらいだ。
「あの様子では、王配を三人もというのをまだ気にしているようだ」
箱入りどころか結界育ちのアルベルティーナは、年若い少女らしい潔癖さがある。
グレイルも前妻クリスティーナへの愛を変わらずに貫いているし、それに憧れがあった。本来は一夫一妻が望ましいのだろう。淑女としても模範的で貞淑な考えである。
だが、そうなるとその唯一の夫はグレイルからイビリの集中砲火を当てられることは明白。三人でぎりぎり何とか耐え凌げるかという強烈なものだ。
グレイルは己を上回る者しか、愛娘の伴侶として認めない。今回は色々な条件が重なった結果、三人で妥協しているのだ。予断は許さない状態だが、誰かが欠ければ確実に死亡率が上がる。
それが過労死か謀殺かは微妙なところだ。
魔王グレイルを説得など無理である。それなら、最初から婚約者を懐柔したほうが楽しいし難易度もずっと低い。
アルベルティーナは大切な人にはチョロ可愛いのだ。
「えー、どうしよっかな」
「楽しみですね。どうやって言いくるめて差し上げましょうか」
キシュタリアとジュリアスは、いつその問答が来るか楽しみにしている。
悪戯どころか、アルベルティーナを困らせそうなあくどい表情だ。ミカエリスは少し心配になってきた。
「いじめるなよ」
「しないよ」
キシュタリアはしないだろう。問題はもう一人だ。
「婚約者同士の可愛いらしい戯れですよ」
いじくりまわす気満々である。このジュリアスという男は、アルベルティーナを慕っておきながらからかうのが大好きなのである。
アンナに睨まれている原因の一つだと自覚しているはずなのに、直す様子が見られない。
確かに、アルベルティーナがむくれ、泣きそうな顔で睨んでくる姿は愛らしい。しかし、その代償は時に重くつく。アンナやセバスにしばかれるくらいなら可愛いものだが、運が悪いと魔王が出てくる。
使用人の頃からずっと続いているのだから懲りない。
「ジュリアス、お前はなんでそうギリギリを攻めるんだ」
「愛情表現ですよ」
そんな愛情表現はやめてしまえ。
キシュタリアとミカエリスは、ジュリアスと手を組んだことを少し後悔した。ジュリアスだけが怒られるならともかく、とばっちりは受けたくない。
「フォルトゥナ伯爵夫人に、また顔面を握られたいのか?」
釘を刺しておいたほうが良いと判断し、ミカエリスが窘める。
出てきた名前に、ジュリアスの顔が苦々しい表情へと変化した。パトリシア伯爵夫人は、小柄でぽっちゃりとした女性だ。朗らかで愛嬌のある外見に似合わず、社交界の異名は『フォルトゥナの狂犬』だ。
ポメラニアンのガワを被ったケルベロス。それがパトリシアなのだ。小型犬と侮れば、地獄の番犬が喉笛を狙って喰らいついてくる。その牙に倒れた者は少なくない。
そのパトリシアは、義姪のアルベルティーナを溺愛している。義妹であり、親友クリスティーナの忘れ形見を大切に思っていた。
フォルトゥナ公爵家の養子になったジュリアスの義姉でもあるパトリシア。さすがのジュリアスも躱すのが難しいのだろう。
「……どこから聞いたんですか」
この様子だと、何度か絞られていそうだ。そして、ろくに抵抗できず一方的な大敗を重ねていると予想できる。
絶対に勝てない相手からの叱責。今のジュリアスは、ラティーヌに叱られた時のキシュタリアに似ている。
そう思いながらも、とりあえずは情報源を言う。
「アンナ」
ぐっと黙り込むジュリアス。確かに彼女ならやりかねない。むしろやるだろう。
アルベルガチ勢の筆頭だ。常に推している。そしてジュリアスを毛嫌いしていた。
キシュタリアやミカエリスとの交友は反対していないから、シンプルにジュリアスが気に食わないのだ。アルベルティーナに対する気安すぎる態度が原因だろうけれど、思い当たる節が多すぎて、どれが決定打なんて分からない。
「いつになったら、私のことを認めるのでしょうか」
呆れと疲れの滲むジュリアスだが、なんだかんだ言いつつも強く出れない。
アンナはアルベルティーナにとって右腕だ。姉のような立場であり、拠り所。グレイルともジュリアスとも違う、特別な地位を築いている。
ジュリアスがどう騒いでも、アンナがアルベルティーナの傍を離れることはない。
すでに状況的に、ジュリアスの王配の座は確定だ。なのに、アンナの強硬な反発姿勢は変わらない。いつだって殺意と敵意をみなぎらせている。
周囲がそれを咎めないのは、アンナと近い感情を持っている推奨派とジュリアスがやりすぎだと傍観に回る中立派が多いからである。
「無理だと思う」
「まずはからかい癖を直せ」
幼馴染のキシュタリアとミカエリスが、正論をぶつけてきた。
頭で理解していても、やめられないのがジュリアスだ。腕を組んで、目を伏せて黙り込んだ。
一種のキュートアグレッションに近いが、やる相手がまずい。リスクが高すぎる。本人より、その周囲の火力が強すぎる。
それは分っている。よく分かっているのだ――だが、目の前でアルベルティーナがぽやぽや笑っていると、どうも突きたくなる。
ジュリアスの言葉に一喜一憂し、表情や顔色をコロコロ変える姿が大変愛らしい。
「…………善処します」
なんとかその一言を絞り出したが、迷いがたっぷりで露骨な濁し方に二人の顔が険しくなる。
「「やめろ」」
珍しくキシュタリアとミカエリスが語気強めに反応した。
鋭い視線を感じたジュリアスは、避けるように眼鏡の位置を直す。気まずい表情を隠すような形となった。
「それより、お二人は最近どうですか? そちらも閣下の突き上げが始まっているのでしょう」
「めっちゃしごかれている。仕事の後に物理的にも精神的にもゴリゴリに」
新米公爵だが、ラティッチェの魔公子の恐ろしさは一部の界隈では有名だ。
一部なのはキシュタリアの逆鱗に触れた人間の末路を知るのが少ないからである。優美な所作や人懐こい笑みを使い分けながら社交界を悠々と泳ぐのがキシュタリアのやり方だ。
敬意を払うなら、キシュタリアも無暗に攻撃したりしないが、アルベルティーナへ無礼を働けば、キシュタリア本人に喧嘩を売るよりずっと執念深く計画的に追い詰める。
そんな彼も、グレイルの前ではまだまだ小僧である。尻に卵の殻をつけっぱなしのヒヨコ同然で、簡単にあしらわれてしまう。
「でも、やっぱり父様との稽古は勉強になるよ。戦闘スタイルは近いけれど、剣も魔法もずっと上だもん」
そう言って眦を下げるキシュタリアは嬉しそうだ。なんだかんだ言いつつ、グレイルを尊敬しているのが分かる。
キシュタリアは魔法がメインだが、剣術も嗜む。その辺の騎士よりも動ける。
グレイルはキシュタリアの教育を惜しまなかった。遅い、ぬるい、未熟だと辛辣な評価をするが、その後に必要なことは教える。どんな家庭教師より、グレイルを師にして学ぶほうがいい。
そこにいるだけで、多くの面で素晴らしい手本なのだ。
「ミカエリスは? なんか縁談持ち込まれてるらしいじゃん」
急に話題を変えるキシュタリア。ミカエリスやジュリアスから贈られてくる、生ぬるい眼差しが恥ずかしくなったのだ。
普段はアルベルティーナの強烈なファザコンでかすみがちだが、キシュタリアも結構なものである。
話題を振られたミカエリスは、ほんのりと耳の赤いキシュタリアに笑いを噛み殺す。ここで声を上げて笑ったら、きっと不貞腐れてしまう。
「丁重にお断りした。かなりしつこく食い下がられたが……」
「が?」
「アルベルと一緒にいたところを見て、諦めたようだ。何度か舌打ちされたが、まあ……」
確か、ミカエリスに言い寄っていたのは他国の姫君だったはずである。それなりの地位にいるはずの女性が、そのような露骨な悪態をついていいのだろうか。
しかし、そう思う反面、相手の気持ちも分からなくはない。
落とす気だった男性が、別の女性に露骨に入れあげているのだ。自分にはのらりくらりとした態度なのに、特定の相手にだけ溺れるような愛情を注いでいる。
学園や社交界などで見ているから、キシュタリアたちには分かる。ミカエリスは妹のジブリールを除き、妙齢の女性に対して一線を引いている。例外はアルベルティーナだけなのだ。
「あー、ミカエリスってアルベルの前だと好き好き大好き~ってオーラ凄いもんね」
にやにやと茶化すような笑みと共に、キシュタリアが言う。
しかし、ミカエリスは涼しい顔だ。いつだって好きだし、もっと伝わって欲しいと願っている。それに、自分がアルベルティーナにアピールしていれば、周囲への牽制にもなった。アルベルティーナに想いを寄せる者や、ミカエリスに色めいた視線を送る者への警告である。
圧倒的にメリットが多い。
それに、キシュタリアやジュリアスも似たようなものだ。
ミカエリスに負けず劣らず、甘い顔をして溺愛している。
正直、いつものことなので今更である。ジュリアスは身分差という壁が消えたから、かなり大胆になった。以前は使用人と仕える家の令嬢だったのだから、大半を自重していたのである。根底の熱量に変化はない。
「じゃあ、ミカエリスは父様の課題をクリアしたってことか」
「閣下には自力でなんとかしろと言われたが……結果的に、アルベルに協力してもらった形になってしまったな」
縁談を波風立てず断るよう、グレイルから命じられていた。
正直、ミカエリスはキシュタリアやジュリアスほど腹芸が得意ではない。己の本質が真面目で堅物だとは分かっている。その不器用さを、グレイルは叱責しているのだ。
若くして伯爵当主の座に就いたミカエリス。当然、かなりの苦労があった。その若さゆえ侮られ、馬鹿にされることもあった。
今があるのはミカエリスのたゆまぬ努力だけでなく、グレイルの助力と家族の協力があってこそできたことだ。
何でもかんでも一人でやったなんて、口が裂けても言えやしない。
「ミラルカ嬢はかなり強情そうだったのに、よく引っ込みましたね」
「アルベルが……地位もあるうえに美しい。それが少なからず関係しているのだろう」
ミカエリスの懸想する相手が悪かったから引いた。美しくても下級貴族だったら潰しにかかっていただろう。逆に、地位が高くても凡庸な顔立ちだったら、劣等感を刺激して離れていくように仕向けたはずだ。
相手は両方を持っていた。次期国主と有望視されている王太女。張り合うのは得策ではないと判断しただけだ。
「次の狙いはクロイツ伯爵らしい。あの人も独身だからな」
「バツ三でだよね。地雷女を連続引き当ててる」
「有名ですね、かの御仁の女難は」
酷い言われようだが、それくらい伝説的な女難の持ち主である。
ミカエリスからの地雷パスを強制的に受け取る羽目になったゼファールに、僅かな同情はあるが助けようとするほどではない。
薄情に見えるが、彼らの優先順位はアルベルティーナ。迂闊に動けば、彼女に火の粉が飛ぶ可能性がある。
あと、シンプルにグレイルと似ているゼファールが苦手だった。それは申し訳ないが、グレイルがトラウマ生産機すぎる。
(((悪い人じゃないんだけど、顔がな……)))
完全なとばっちりである。
後日、ミカエリスの振った件の令嬢は、ゼファールとグレイルを間違えて話しかけた。顔立ちが似ていても、中身は完全に別物。相手は柔和なゼファールではなく、アルベルティーナ以外には絶対零度の魔王である。
どんなやり取りがあったのかは不明だが、翌日からぱったりとどこにも姿を現さなくなった。とりあえず、実家に帰ったのは確からしい。
読んでいただきありがとうございました。




