異国の令嬢
三人の中では一番モテるのがミカエリス。
ヴァユの離宮でアルベルティーナと会った後、ミカエリスの気分はだいぶ上昇していた。実は朝から憂鬱だった。今夜、乗り気でない夜会が控えていたのである。貴族である以上、社交は必須だ。日々の情報戦に置いていかれないためにも、避けて通れない。
最近、第二夫人にどうだと娘や妹、はたまた未亡人までひっきりなしに紹介される。初婚が控えているのに失礼だし、不快だが行くしかない。アルベルティーナに癒され、何とか気力を補充できた。
今後、彼女が社交界に出るとなれば、ミカエリスはエスコート役になるだろう。そう思うと、少しだけ心がほぐれる。その日が楽しみだ。
どんなドレスを纏うだろう。彼女の好む淡い青色か。それとも王族らしい深い緑だろうか。もしかしたら、自分の髪や瞳に合わせた鮮烈な赤いドレスを着てくれるかもしれない。
アルベルティーナの白い肌に、きっと赤は映える。
ミカエリスがドレスを贈ったら、着てくれるだろうか。正直、女性の装いにはそれほど詳しくない。センスのいい彼女のお眼鏡に適うドレスを用意したいけれど、難しいだろう。
きっと、そんなことに頭を悩ませるのも楽しい。
「まあ、ミカエリス様。ご機嫌よう」
可愛らしくも自信たっぷりな声に呼びかけられ、ミカエリスは足を止める。上機嫌に水を差された。
内心は不愉快さを感じつつも、表情には出さない。
彼女は隣国ウォリスからやってきた貴族の令嬢だ。由緒ある伯爵家で、代々文官を輩出している。今代の当主は外交官として、この国に来ていた。ヒース伯爵の目的は、大きく体制の変わったサンディスの視察だろう。
一方、ヒース伯爵令嬢の目的は婚活。どこかの社交場でミカエリスを見かけ、気に入ったらしい。最初は社交界でたまに目にする程度だったが、だんだんと大胆に接触するようになってきた。
「ヒース伯爵令嬢。このような場所にいらっしゃるとは珍しい」
機嫌の悪さをおくびにも出さず、ミカエリスは笑みを作って振り返る。貴族当主として身に着けた、社交用の打算に塗れ、隙を見せないための仮面だ。
振り返った先にいるのは赤茶の髪を豪勢に巻いた少女だ。フリルとリボンをふんだんに使った華やかなドレスはやや派手だが、令嬢の華やかな雰囲気には合っていた。彼女はミカエリスの笑みに、灰色の瞳を嬉しそうに細め、幼さの抜けはじめた頬を紅潮させる。
露骨に色めいた表情だ。そんな反応を返されても、ミカエリスには煩わしさしか感じない。これがミカエリスの愛する姫君だったら、違う反応になっただろう。
(彼女に名を呼ぶのを許した覚えはないのだが)
正しくはドミトリアス辺境伯と呼ぶべきだ。ヒース伯爵令嬢の振る舞いは、無礼に当たる。
親しい間柄でもないのに、彼女は何度か軽い挨拶や少ない会話があっただけで、勝手に呼び方を変えてきた。
ミカエリスはずっとヒース伯爵令嬢と呼んでいる。
普通ならば、その意味が分かるのに彼女は変えない。父親も、あわよくば娘を第二夫人へ宛がいたいのだろう。口頭で軽い注意をするだけで、その場を曖昧に濁す。
第一王配の座が決まっているミカエリスだが、アルベルティーナ以外にも妻を持つことができる。ミカエリスは必要性を感じていない。二人以上子ができなかったら、ジブリールや分家から養子を貰うつもりである。
ずっとアルベルティーナ一筋。脇目も振らず突き進んでいた。王配の話が出るまで、両親はミカエリスの結婚も孫も諦めかけていた。
ヒース伯爵令嬢は、ここ最近になってミカエリスに近づいてきた。だからミカエリスが長年恋い慕っていた相手がおり、婚約者を作らなかったことを知らないのだろう。
もしくは、自分の気に食わない情報は聞き流すタイプかである。
「王宮は薔薇園が素晴らしいと聞いて、父についてきましたの」
薔薇園は少し距離がある。迷うにしても、随分と遠出してきたものだなと内心呆れた。
ヒース伯爵令嬢の言葉は建前で、ミカエリスが登城していると聞いて、父親の立場を利用してきたのだろう。
さっきから、ミカエリスを窺うような上目遣いが鬱陶しい。合図のように、やたらと瞬きをしてくる。
「然様ですか。薔薇園はあちらですよ。案内できる者を呼びましょう」
だが、それに乗ってやる筋合いはない。
大袈裟にショックを受け、目を見開いている。今まで、こうすれば大抵の相手は汲み取って、望む通りに動いてくれたのだろう。
「ミカエリス様! ミラルカは貴方様とご一緒しとうございます!」
ヒース伯爵令嬢ことミラルカは、胸の前でぎゅっと指を組み、懇願の眼差しで見上げてきた。やや演技がかった振る舞いだが、彼女の目には「ここまで言わせたのだから、断れないでしょう」と不遜な気配を感じる。
しつこいし、ものすごく面倒である。
折角アルベルティーナで補充した気力が、ゴリゴリ削られていくのが分かった。
「私は婚約者以外をエスコートしたくありません。百歩譲って、妹か母です」
できないではなく、したくない。ここがポイントである。
アルベルティーナが薔薇園に行きたいと誘ったなら、エスコートどころか横抱きして運ぶのも躊躇わない。
思いがけずはっきりと切り捨てられたミラルカは、目を丸くして口をあんぐり開けた。ミカエリスだって、さっさと引き下がってくれればこんなに強く言わなかった。
だが、ミラルカの強引さからして、遠回しな言い方は通じないと理解したのである。むしろ、婉曲な断りを入れたら、変にあげ足を取ってきかねない。
「私は来月、ウォリスに帰らなくてはなりませんのよ!? ミカエリス様は思い出すらくださらないと仰るの?」
「出来かねます」
ここで情を出したらダメなタイプだ。
もっと角が立たないように断るべきだろうけれど、積極的な女性は危険である。
先日、グレイルに出された課題を思い出す。ミカエリスに縁談を打診がきた。隣国の貴族令嬢――このミラルカである。
国内にしか伝手のないミカエリスとしては、他国の令嬢を娶るのは手っ取り早いパイプ作りである。だがしたくない。魔王だって、そんな婿は切り捨てるだろう。
「ひ、ひどい――」
「ドミトリアス辺境伯、こちらでしたか。少々確認したいことが……と、お取込み中ですか?」
泣き出しかけたミラルカを遮ったのは、横から出てきたクロイツ伯爵のゼファールだ。
現在、ミカエリスは彼と仕事をしながら、外交を学んでいる。ゼファールは柔和な笑みと、穏やかな物腰、そして豊富な話題と交渉手札で懐柔する。相手の腹を探り、落としどころを見極めて話を持っていく。ゼファールの上手いところは、相手を不快にさせないで納得のいく方向へ思考を誘導するのだ。
相手は自分で決めたと思っているが、大体はゼファールの用意したゴールに自分の足で向かっているだけ。
正直、今のミカエリスには難しい。
今だって、ミラルカの気分を害さない絶妙な横やりで防いだ。
「ヒース伯爵令嬢、王宮の見学はもうお済みになりましたか?」
優美な微笑を向けられたミラルカは、最初は苛立たし気だったがコロリと表情を変えた。
今日のゼファールはあまり疲れていない。つまり、顔に疲れから来る老け込みが見られず、年相応でチャーミングな美青年なのだ。
今日のジャケットはオフホワイトで、タイは赤にも見えなくもない臙脂。淡い金髪と碧眼もあって絵本から出てきた王子様のようなルックスである。
そんな美形に微笑まれ、ミラルカも悪い気はしないのだろう。全く靡く気配のないミカエリスより、融通が利きそうだと判断した。
「薔薇園に行きたいのですが、ミカエリス様はお忙しいそうでぇ……」
「王配となる方ですから、それは致し方ないかと。よろしければ、私がご案内をしましょうか?」
しおらしく悲しんで見せるミラルカに、ミカエリスを立てつつも自分がエスコートに立候補してフォローするゼファール。
ゼファールも暇なわけがない。グレイルは使える人間は使い倒すタイプだ。ゼファールは使いやすい筆頭なので、しょっちゅう呼びつけている。また、魔王と直接会いたくない文官たちが詰めかけて、窓口になっている。
つまり、多忙。ミカエリスより忙しいかもしれない。
ミラルカをエスコートするゼファールは、そんな様子は微塵も見せない。恭しくミラルカの手を取ると、一礼した。
そして、ちらりとミカエリスを見ると唇だけで「行って」と促すと、ウィンクで合図した。ミカエリスも一礼し、足音を殺してミラルカから一気に遠ざかる。
ゼファールはとても良い人だ。
気が利いて、すぐ動いてくれて――だけど顔がグレイルと一緒。
グレイルに親切にされているような気分になり、背筋がぞわぞわした。
素直に感謝できない自分に、ミカエリスは申し訳ない気分になるのであった。
読んでいただきありがとうございました。
最近誤字修正をするとエラーが頻発する……ブラウザと相性が悪いとかあるのか……




