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一途な視線

アルベルはランチのラティッチェ率が高くてご機嫌




 ミラルカの付き纏いが一層悪化してきた今日この頃。

 外国の要人の娘とはいえ、ヴァユの離宮近辺にはさすがに出没できないようだ。アルベルティーナの警備は王宮でもっとも厳重にされている。無力そうな一般令嬢であっても、おいそれと近づけない。

 だが、逆を言えば別の場所では出てくる。


「ミカエリス様ぁ~っ!」


 年季の入った石壁に不似合いな、甘ったるい媚びの含んだ声が響き渡る。

 またか、とミカエリスはげんなりする。視線は感じていたが、近づいてくる気配がなかったので油断していた。

 ここは王宮でも、軍属関係の施設である。令嬢が王城見学するには不自然な場所だ。近くに訓練場や、剣術大会などを催す広場もあるのでその関係者が来ることはある。

 だが、ミラルカは隣国ウォリスの貴族。軍部に親戚や婚約者はいない。

 そんなミカエリスの内心など知るよしもないミラルカは、小走りにやってくる。


「こんなところでお会いするなんて、奇遇ですね!」


 奇遇も何も、ミカエリスは騎士でもある。

 日々の鍛錬の場として、訓練場の一角を借りることもあった。現在のサンディスの元帥は、フォルトゥナ公爵ガンダルフである。前任のグレイルは、ラウゼスの補佐をするため宰相に就いているからだ。

 ガンダルフは未来の孫婿が、きちんと妻を守れる男なのか目を光らせているのが分かる。

 時折、じっくりと観察されているの分かる。薙ぎの速さ、突きの鋭さ。全体の太刀筋や、戦い方の癖。そこから導き出されるミカエリスの強さを、丹念に計算している。

 下手な嫉妬の視線や殺気より怖い。

 怠けたりふざけたりしたら、即座に怒号からのガンダルフ直々の稽古になるだろう。


(……なるほど、先ほどまでフォルトゥナ公爵がいたから大人しかったのか)


 巌のごとく険しい顔立ちと筋骨隆々の熊如き巨躯である。眼帯の隻眼でも、気弱な人間は締め落としそうな眼光だ。

 アルベルティーナの前では孫大好き溺愛しまくり不器用お爺ちゃんであるが、それ以外では威圧感が服を着ているような存在である。

さすがのミラルカも気圧されたのだろう。


「何か御用でしょうか?」


「御用といいますか……その、もうすぐ正午でしょう?」


 とっとと用件だけ言ってどこかへ行け。そう思ったが、ミカエリスはぐっと飲みこむ。冷めた一瞥を何と勘違いしたのか、ミラルカは無駄にくねくねして苛立つ。

 ミカエリスはアルベルティーナに会いに行きたかった。昼頃に伺いたいと先触れを出したら、快諾してもらえたのだ。

 この時のために、必死に仕事の調整もした。

 ミラルカは、ミカエリスから昼食へ誘って欲しいのだろう。愛らしい部類に入るだろう顔立ちに、積極的なアピール。普通の男性ならコロリと言ってしまうかもしれない。

 残念ながら、ミカエリスは初恋を盛大に拗らせた男である。彼女の精一杯の媚態は全く通用しない。


「私はこれから用事があるので、ないのであれば失礼します」


「え……行ってしまうのですか!? 誰と約束ですか!」


 するりと脇を抜けようとしたら、思いがけず素早い反応を示すミラルカ。俊敏にミカエリスの腕を掴み、強引に引き留めにかかった。


「私の予定を貴女に開示する理由は? それほどの関りなどないでしょう」


 ずっとミラルカが、しつこく付き纏っているだけだ。他国の貴族令嬢という、面倒な立場を盾に、強引に迫っている。


「私が今、目の前でお誘いしているでしょう? 誰ですの?」


「婚約者です。アルベルティーナ・フォン・ラティッチェ・サンディス王太女殿下と言えば、さすがに分かるでしょう?」


 いくらミラルカでも、訪問先の王太女くらいは知っているはずだ。

 同時に、ミカエリスがその彼女と懇意であると知らないわけがない。王宮において、一挙手一投足が注視されている存在だ。その美貌を一目見たいと、理由を作って登城してくる貴族もいる。

 大半はその願いが叶わず、王宮の廊下にあるシスティーナの肖像画で我慢する。そして、その美貌を目にして、王太女は彼女と瓜二つの孫娘だと聞かされ、会えなかったことを一層に惜しむのだ。

 真正面からミカエリスの視線を受けたミラルカは、ぐっと言葉に詰まる。悔しそうで、苛立ちの混じった反抗的な視線が、一瞬だけ向けられる。

 だが、すぐに態度を取り繕った。


「まあ、王太女殿下のところに? ……今行ったら、思いがけない方と鉢合わせしてしまわれるかもしれませんわ」


 心配するような素振りだが、うっすらと滲むような悪意を感じる。含み交じりの声で、ミカエリスに意味ありげな視線を向ける。


「私ね、見てしまいましたのよ。ラティッチェ公爵とも、フォルトゥナ公爵子息とも違う殿方と親し気にしているあの方を」


 その時点で、ミカエリスの脳裏に二人の候補者が上がった。

 アルベルティーナが怖がらない若い男性は限られている。ミラルカの口ぶりから、十代から二十代くらいが予想される。離れていても三十代前半だろう。それ以降なら、父や叔父や伯父だと考える方が妥当だ。


「親し気に腕を取って! ヴァユの離宮へ迎え入れていましたの! どう見てもただならぬ仲ですわ。……クロイツ伯爵にまで懇意になるなんて、王太女殿下も罪な方ね」


 それはグレイルである。多分ではなく、確定で。アルベルティーナは叔父のゼファールに、お父様の偽物という残念なイメージを持っている。傍目に分かるほど歓待していたなら、グレイルだろう。

正真正銘、アルベルティーナの父親だ。実父である。あの魔王は外見年齢が十年以上前から止まっているので、アラフォーでありながら二十代の見た目をしている。

実年齢相応の外見をした娘と並ぶと、少し年上の恋人に見えるだろう。

 しかも、アルベルティーナは母親似なので外見的にはグレイルとの共通点が少ない。

 この様子だと、ミラルカはグレイルの名前は知っていても、会ったことがないのだろう。よく似た兄弟であるゼファールと先に知り合い、そのまま勘違いしている。

 グレイルはアッシュブラウンで、ゼファールは淡い金髪。陰影次第では、判別を誤ることもある。

 ミカエリスは一瞬でそこまで考えに至ったが、ミラルカに説明する価値があるかと思えばそうでもない。会話する時間も惜しい。

 心配するような表情をしているが、ミラルカの口元は僅かに笑っている。よく見れば気づくことだが、彼女の演技に騙される者も多いだろう。


「然様ですか。今から直接、本人に尋ねることにしましょう。ヒース伯爵令嬢、どうかお気になさらず」


「な……! どうなっても知りませんわよ!」


 人の親切を、と責めるように声高に叫ぶミラルカ。自分の思い通りにならないと、ミラルカの声量は上がる、

 今アルベルティーナと一緒にいるのがグレイルでなく、ゼファールであっても問題ない。叔父であり主治医の一人だ。この様子だと、ミラルカはサンディスの人間関係に疎いと言わざるを得ない。

 するりとミラルカの腕から逃れ、ミカエリスは歩き出す。その方向に、小柄な人影があると気づいて歩みが遅くなった。


「ごめんなさい、お話し中だったかしら? お昼をご一緒したくて、迎えに来てしまったけれど……」


 鮮やかな黒髪が彼女の動きと合わせて揺れる。ほんの少し眉毛を下げて、こちらを窺うように見上げてきた。

 アルベルティーナがわざわざ来てくれた。ミカエリスの口角は無意識に上がり、笑みが浮かぶ。


「アルベル……いえ、王太女殿下。御足労いただき、ありがとうございます」


「いいえ、先触れもなしに来てしまって……」


 そう言って、困ったようにミラルカを見る。

 ミラルカと進んで交流をしようとしないアルベルティーナの姿を見て、ミカエリスは察した。彼女にも、先ほどの会話が聞こえていたのだろう。ミラルカの張りのある高い声は響きやすい。


「閣下はお待ちになられているのでしょう?」


「ええ。今日はラティお義母様もいらっしゃっているの」


 魔王だけでなく、ラティッチェの女傑もいるのか。これは気を引き締めて臨まなくてはいけない。ミラルカなどより、ずっと手強い。

 ミカエリスはアルベルティーナの手を取ると、その指先にそっと唇を落とす。

 ゆっくりだが、流れるような動作にアルベルティーナはきょとんとしていた。だが、ややあって恥ずかしそうに笑った。


「ふふ、昔読んだ絵本の騎士様みたい」


「貴女の騎士ですから」


 視界の隅で、ミラルカが口をぱくぱくとしている。何度も開いて、閉じて、なんといえばいいか分からず、やがて閉口する。

 ここにいるのは王太女と、辺境伯だ。一番身分の低いミラルカは、促されなければ自己紹介すら許されぬのである。

 今まではミカエリスが一人でいる時を狙っていた。だが、王太女であるアルベルティーナは数人の侍女やメイドを引き連れている。護衛を含めればもっと多い。

 さすがのミラルカも、ここで不敬な言動をすればまずいと理解しているのだ。王太女はサンディスの至宝の姫君。伯爵令嬢風情が無礼を働けば、親の首ごと吹き飛びかねない。


「……もうよろしくて? ミカエリスを連れていきたいのだけれど」


「は、はい」


 冗談のように整った顔立ち。無双の美貌を彩るのは、典雅な所作。圧倒的な格の違いを見せつけられる。

 引き篭もりだと聞いた王太女は、生まれながらの姫君だった。ミラルカは先ほどの自分の浅慮な振る舞いや、下品な媚態が急に恥ずかしくなった。

 怒鳴りつけられても、冷ややかに叱責もされてもいない。アルベルティーナは、ミカエリスを連れていくと伝えただけだ。

 何よりも、ミカエリスの声がなんとも恭しく甘い。その表情の艶やかさも、笑顔の眩さも段違いだ。

 彼がこの麗しい姫君に恋をしていると馬鹿でもわかる。嫌でも思い知らされた。


「そうだ。少し薔薇園のほうへ寄ってもよくて?」


「薔薇園ですか? お二人は……」


「何かこみいったお話があるようなの。お義母様が折角だからミカエリスを迎えに行っておどろかせ……こほん! とりあえず来たのですわ」


 もしやこれも、悪い子キャンペーンのつもりなのだろうか。悪意音痴、ここに極まっている。タイミングもばっちりで、ミカエリスを助けていた。


「お父様が、テーブルのお花を凍らせてしまったの。一目見るなり……どうしてかしら? 今日は薔薇園で最近咲き始めたオールドローズだったのだけれど」


「それを取りに?」


「ええ。花瓶に活ける前の、そのままの姿が見たくて」


 アルベルティーナは花が好きだ。

 だが、その凍らされたオールドローズにはあってはならない状態だったと推測できる。

 大方、監視の目を掻い潜って恋文やプレゼントを入れた馬鹿でもいたのだろう。ヴァユの離宮に入る品は、王宮で摘まれた花だろうが検品される。きっと、どこかですり替えが起きたのだ。

 犯人は今頃、グレイルかラティーヌに締めあげられているはずである。

 二人はアルベルティーナが出かけている間に、彼女の目にいれたくないゴミを掃除したかったのだと分かる。

 思いがけず舞い込んだデートの時間に、ミカエリスは浮足立つ。

 その目には、もう愛しい存在しか見えていない。廊下の隅で、羞恥と後悔に苛まれ、棒立ちになっているミラルカなどなかったことになっている。

 ただ、アルベルティーナの横顔を焦がれるように見つめていた。



読んでいただきありがとうございました

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