そして今日も丸め込まれる
ミカエリスは勝負運が強い。
わたくしは王太女ですが、受け持つ公務は少ないです。
今のところは、書類の執務が主なもの。女性の王族は孤児院の慰問や、国内外の貴賓への対応、騎士団への慰労視察などが主要でした。サンディス王家の過去を紐解けば、王太女や女王もいましたが多くありません。ここ数代は男児に恵まれていたので、久方ぶりの女性後継者なのです。
メイドの噂によれば、元王妃のメザーリン様やオフィール様、元王女のエルメディア様は派手な催しは好みましたが、地味なことは極力やりたがらなかったそうです。本人らの 強い意向により、本来あった仕事量よりかなり削っていたんですって。
周囲はお父様の様子を窺いつつ、わたくしの仕事量はかなり調整されているっぽいのよね。そのうえジュリアスが目を光らせてくれているので、それほど苦労はしていません。
いいのかしら? こんなに楽をさせてもらって。
ありがたいけれど、どんどんヒキニート化が進んでいる気がするの。
でも暇じゃないのよね。以前はお仕事や学園の都合で、物理的に距離が離れがちだったお父様やキシュタリアたちは傍にいるの。ラティお義母様やフォルトゥナ公爵家の方々も顔を出してくれるし、ジブリールも来てくれるし、以前より来客がずっと増えているの。
そして、本日の来客はミカエリス。
わたくしの紅茶は大好きなフレーバーだけど、茶菓子はミカエリスの好みにしています。定番のスコーンやクッキーは押さえつつ、サンドイッチやミートパイと割とお腹の膨れるものも入れています。
今は優雅に紅茶を啜っていますが、本来なら多忙なはずですのに……嫌な顔一つせず、丁寧に私の相手をしてくれます。歓待しているのはわたくしのはずなのに。
ちょっとした移動でもしっかりエスコート。完璧にお姫様扱い。あ、わたくしお姫さまでした。生まれは公爵家ですし、現在は王家。一応お姫様ですね。
そんなミカエリスの姿に、やや色めき立つ気配です。ミカエリス単品というより、わたくしとセットでいるとなにやら燃え上がる気配がします。
きっと、ラブロマンス的なものを期待しているのでしょう。すみません、期待させて申し訳ないのですが、どっちかというと介護やおこちゃま向けのお世話だと思います。
ミカエリスは王宮でも将来を嘱望された若者の筆頭に上がる有名人ですわ。
長くのばされた鮮やかな赤髪と、力強い眼差しの深紅の瞳。鼻筋はすっと伸び、その下には柔らかな弧を描く唇がある。背が高く鍛えられた体躯、華やかな容貌。美丈夫という言葉がぴったりな幼馴染です。
とても素晴らしい剣の腕前で、大きな剣術大会で優勝したこともあるすごい人です。
この人がわたくしの婚約者。王配候補。
…………もったいなくないか?
シゴデキなイケメンがなんでこんな出世株がポンコツヒキニート未満王太女という、面倒くささ役満女に引っかかったのでしょうか。
紅茶のカップを傾ける仕草にすら男性の色気が漂うTheモテ男なオーラ。
うん。なんで? どうしてかな? 女の趣味最悪なのかな? こちとら美点と胸張って言えるのは外見だけよ? かなりのファザコンでファミコンなのはバレているはずなのに……もしやミカエリスはゲテモノ大好きゲテリスト?
「どうしましたか、アルベル?」
穏やかに微笑みかけられる。こんなに素敵なのに異性の趣味がゲテリスト……いえ、この言葉はよろしくありませんわ。
優しいミカエリスなら、聞いても怒らないよね?
「どうしてミカエリスほどの方が、数いる相手の中からわたくしを選んだか分からなくて……」
妥協で選ぶにしても、もっと良い方がいると思うの。
エルメディア様に求婚を仄めかされていた時、剣術大会にわたくしを呼ぶくらい女性の知り合いがいないのかしら? 結構な産業を持つ領主かつあのイケているモテフェイスで?
この世にはたくさん男性がいて同じくらい女性もいるのです。
そう思って彼の顔を見ると、ぴしりと凍りついていました。先ほどの笑顔のまま、硬直しているのです。あ、あれ? まずいことを言ってしまいましたか?
だって疑問なんですよー! 学園にだって綺麗で可愛い女子生徒はいるでしょうし、社交界にはもっといたはずですのよ?
あれ? 何故か周囲の騎士やメイドも固まっているような?
空気がよろしくないような気がします。わたくしは盛大に何かを間違えてしまった気がします……!
「アルベル……」
「ふ、は、ひゃいっ!」
どもったー!
「……前からこういったやり取りがあったと思いますが、私は子供の頃から貴女以外に興味がありません。両親に心配され、私は結婚できないだろうと呆れられるくらいには、一途に想い続けていました」
「ありがとうございます?」
それは良いのでしょうか? ミカエリスのご両親に多大な心労をおかけしたのではないでしょうか。そもそも、反対なさらなかったの?
「先に宣言しておきますが、王配を降りる気はありません。百歩譲って、第一からの順位変動は致し方のない理由があれば許容できますが、アルベル以外を娶れというなら生涯独身でいます」
ドミトリアス元伯爵! いえ、元辺境伯? ミカエリスの代で陞爵したからどっちで呼べばいいの? とにかく息子さんがとんでもない乱心をしております!
わたくしが青くなったり赤くなったりしていると、それを見てミカエリスが苦笑します。なんでそんな平気な顔をしているの……! ドミトリアス家の後継者はどうするつもりでだったんでしょうか。
「おうちは、その、ご両親は?」
「王配の話を両親は喜んでいますし、安心していますよ。孫を抱ける可能性ができただけで、舞い上がっているでしょう。自分たちの息子が、とんでもない高嶺の花を欲しているのを知っていましたから」
高嶺の花なのは見てくれだけですわ。中身はポンが詰まったヒキニートです。
お父様やジュリアスたちの仕事ぶりを見ていると、己の凡人ぶりに勝手にへこんでおりますもの。前世ブーストなんて、本当にポテンシャルの高い人の前では塵みたいなものです。
「あ、あの……わたくしは一妻多夫制になる可能性が高いのですが」
純愛ゼロの政略結婚ですのよ? いいの、そのへん。元日本人のわたくしの感覚として、違和感たっぷり。ふとした時に現実に戻される気がしますの。
わたくしの質問にミカエリスは面白そうに目を細めます。身を乗り出し、わたくしに顔を近づける。
「キシュタリアやジュリアス以外に、増やすと?」
「え、いらない。気持ち悪い」
シンプルに、おえーっですわ。演技でも無理ですわ。ヴァンやコーディーで分かりましたけれど、家柄や顔面良くても嫌なもんは嫌ですの。
無理ですわ。大事なので重ねて強調させてもらいます。
そもそも、王配を複数選ぶのは避けられないことですわ。だから三人を出しましたもの。
今、王族がすごく少ないのも原因ですわ。王色であるサンディスグリーンの瞳を持つ王族はわたくしと陛下だけという詰み具合。
先代、先々代の国王が好色だったのでちょっと前はたくさんいたのですよ。それこそ鼠のように増やした王族は、メギル風邪で夭折してしまっています。
わたくしの即答に、ミカエリスは顔を押えて俯く。よく見ると、肩が震えています。泣いている?
わたくしが泣かせてしまった。自分の顔が青ざめるのが分かりました。
「ご、ごめんなさい。言い方が良くなかったですわよね、その、どうも……ミカエリスたちに好意を向けられるのは大丈夫なのですが、他の男性からのはちょっと……親愛や友愛などの人間的にならともかく、恋愛とかは受けがたく邪魔でしかなくて――」
必死に何か取り繕うとして、墓穴を掘っている気がする! だって、わたくしにそういう視線を向けてくるのって、わたくしの都合をお構いなしな人が多すぎたんだもの!
ろくでもない記憶しかないのです! あれでどーやって好きになれと? 世に火遊びを楽しむ方はいるそうですが、わたくしはご遠慮したいですわ。
あたふたしていると、口を押えたミカエリスがくつくつ笑っていることに気づきます。
「分かりました。それだけ言質が取れれば問題ありません」
言質……? 何ですの、その不穏ワードは。わたくしは何か余計なことを言ったのでしょうか。どの辺がやばかった?
でもいいか、とりあえずミカエリスは泣いていないのです。わたくしの迂闊な言葉で、彼を傷つけてはいなかったことに安心する。
「ミカエリスはいいの? 何度も言うけれど、わたくしは―――」
「何度もいますが、私の意思は変わりません」
そう言うと、向かいに座っていたミカエリスがこちらに来ます。
不機嫌どころか、どこか嬉しそうな気がしますわ。陽の光を浴びた赤い髪が、鮮やかに燃え上がる炎のように輝いて見えます。ぼんやりとその様子を見ていると、ミカエリスは傍に膝をついて頭を垂れます。流れるような所作でいつの間にか手を取られていて、茫然と一連の様子を眺めていました。
手の甲に、ミカエリスの唇が触れる。
「この手を取る権利を、自ら手放すはずはない。ずっと希っていました」
少し顔上げると、髪に隠れて見えなかった表情が少しだけ見える。ミカエリスの瞳は絡めとるような情熱がある。見ていると引き込まれてしまいそうで怖いのに、目が離せない。
「貴女の傍を望む者は多い。その中で、私は選ばれた。この上なく名誉で誇らしい。私がただ嬉しいというだけでは、理由にはなりませんか?」
「わたくしは、貴方が嫌でなければ……良いのですが」
この優良物件にわたしという不良債権かつ事故物件を並べていいのでしょうか?
ミカエリスが人生を捧げるだけの価値、わたくしにあるのかと問われれば首を振るでしょう。ここまで望まれる理由に、まだ納得できていないのです。
それでもミカエリスの圧倒的な熱意の前に、次の言葉が出てこなくなります。
負けています! わたくしはミカエリスの強い意志に完敗しています。何ということでしょう。
黙り込んでいるわたくしに、ミカエリスは笑みを浮かべて見上げています。あああ! いくらわたくしが俯いても、表情も顔色もまるっと見えている。モロバレですわ。
「……まだ心の整理に時間がかかるようですね。ゆっくりでいいのです。私の気持ちをどうか受け入れてください」
労るような優しい言葉に、真っ赤になりながら小刻みに頷くことしかできない。
とっくに覚悟の決まっているミカエリスと、優柔不断なわたくし。怒るどころか優しくされて、ますますもって説得は不可能。
ミカエリスはわたくしがいいという。
わたくしが納得していなくても、彼の中では変わらないのです。
……わたくしより素敵な女性はいっぱいいるのに、それでもわたくしがいいというの?
意味が分からないけれど、ミカエリスの意思は尊重したい。そう思うけれど、まだわたくしの自信のない心が「それでいいの?」と心の弱いところをチクチクと刺してくる。
わたくしの根性なしー! ミカエリスの人生を要介護メンタルヒキニートに消費させたくなくて、それを説得するって決めていたのにー!
……簡単に言えば、自分を下げてディスにディスを重ねた現実を丁寧に説明するというネガティブキャンペーン極地な苦行ですが。
結局、わたくしはミカエリスに蝶よ花よと大切に扱われ、自室まできっちりエスコートされて戻りました。
何の成果も得られません。むしろ実績が凹んだ気がします。
読んでいただきありがとうございました




