父娘の告解
少し長めですが、きりが良いところで
お父様の執務室は、ヴァユの離宮から近いです。
わたくしがこちらに来る前は別室だったそうですが、わたくしにすぐに会いに行けるようにと王宮の一部を改装したそうです。
王宮は現在、色々と改修しております。点検と警備の見直しを兼ねて、色々と工事中なんですよね。
ちなみに、ラウゼス陛下の部屋の近くにもお父様用の執務室があります。ダレル・ダレン元宰相の使用していた場所ですが、宰相の引き継いだお父様が使うことになりました。
一つに纏めたらと言いたいところですが、お父様の受け持っている仕事が多いので分けているそうです。
……しょっちゅうわたくしとお茶をご一緒し、食事をともにするので忘れていました。お父様、すごく働いております。なのに、わたくしは離宮でヒキニート王太女をしています。
いいの? これいいの?
最近、わたくしの仕事が少ないのです。ジュリアスが持ってくる量がガクッと減ったのですよ。いったい何があったのでしょうか!?
今更になって心配していましたが、引っ掻き回す元老会がごっそりいなくなり、人事の関係もあってわたくしの出番が減っただけだそうです。
サンディスに残る四大公爵当主らは、誰にも横やりを入れられずスムーズに仕事ができるうえ、司令塔には頭の切れるお父様という最強布陣。
以前の一枚岩どころか千枚岩みたいなバームクーヘンやミルフィーユも真っ青なバキバキ状態ではないのです。
お父様がわたくしへ行く書類を監視して、強く規制している気もしますが……お父様の判断なので、大丈夫なはず!
ああー! ずっと暢気に過ごしていた己が憎い! 後ろめたいですわ。今から、お父様と大事なお話をせねばならないのに、勝手にジャブを食らって足元をふらつかせています。
この扉の向こうにお父様が……会いたいけれど顔を合わせたらどこから何を言えばいいのやら……気まずい。
ずっとずっと、避けていたから。
もしわたくしがアルベルティーナだったらここまで気にしなかった。お父様も過保護に守ろうとしなかったでしょうか。
先触れを出していないし、ここはやっぱり出直しましょう。
そう思った時、蝶番が微かに鳴り、わたくしに影がかかりました。
何かが、頭にのる。わたくしの髪を崩さぬよう、ゆっくりと撫でるその重さと温もりをわたくしは知っている。
「私の可愛いアルベルティーナ。こんなところで立ち止まってどうしたんだい? さあ、入りなさい」
その優しい声音に、喉奥が絞られたような気がして声が出なくなる。
お父様がこんなに優しい声を出すのは、わたくしにだけ。もし他にいるとしたら、クリスお母様くらいだろう。
残念ながら、わたくしの記憶にはない。
アルベルティーナの記憶もあるものの、ぼんやりとしているのです。姿を見れば、名前や関係はすんなり出てくるのですがクリスお母様は故人。幼き日に亡くなり、五歳の頃から更新されない。時間は残酷に過ぎていき、記憶は薄れていく一方です。
お声すら、わたくしは思い出せない。
わたくしを見て何か察したのか、お父様はそっと背中に手を添えてくださる。優しく促されて、わたくしは部屋に入った。
「随分と悩んでいるようだね、私の天使。その悲しげで不安な顔を見ると、幼い頃を思い出すよ……誘拐事件の後は、そういう表情をしていた」
ソファに向かい合うのではなく、隣同士で座る。
お父様の眼差しは優しい。でも、わたくしは知っています――ここで迂闊な発言をすれば、関係ない人たちに飛び火するのです。下手をすれば小火で済まされず、焼け野原が出来上がります。焦土を作る趣味はないので、無言でお父様の肩に頭を預ける。
甘えてしまいます。だって、これが一番落ち着くのです。
……………はっ! 違う! 落ち着くあまりうとうとしかけていましたわ! どれだけバブちゃんしていますの、わたくし!
成人近い淑女としてあるまじき行動ですわ……お父様、なんて恐ろしい包容力ですの。
一人でじたばたしていると、お父様がその様子をにこやかに眺めていました。そうですよね、隣でこんなに挙動不審な娘がいたら見ますよね。
これは状況を立て直さねばなりません。
「お父様に、大事なお話があります」
お父様のほうを向き、真剣に言うと少しだけ首を傾げたお父様。きょとん顔が可愛いですわ。もうアラフォーな年齢なのに、どうして可愛い仕草が似合うのかしら。
わたくしの高精度ファザコンフィルター? それとも年齢を感じさせない美貌?
「それは、二人きりがいいかい?」
「……できれば、お父様だけに」
そう言うと、お父様は返事代わりに微笑みました。そして一瞥すると、一緒に来たアンナたち、そしてお父様の補佐をしていたセバスが退席します。
仕上げとばかりに、パチンと指を鳴らします。お父様の魔力がふわっと周囲に広がり膜ができました。
「これで音漏れもしないだろう」
内緒話にはとても重宝する魔法ですわね。
お父様は色々な魔法を使えるとは知っていましたが、羨ましい。わたくし、結界魔法はそこそこできますが、それ以外はちょっと治癒魔法が使えるくらいですわ。特に攻撃系はからっきしですの。
お父様に似て魔力量が多いはずなのに、何故にわたくしはこんなにもポンコツなのでしょうか? ヒーラーには回復量が足りないですし、攻撃は論外。結界魔法が、使いようによっては特殊ギミック系で出番があるかなくらいの二軍キャラ、もしくは余り枠に入れとくと便利的なタイプ?
戦略系ゲームは得意でなかったので、なんとも言い難し。
お父様を見上げると、いつもの穏やかな笑顔。わたくしだけの、特別な眼差し。優しい空気。わたくしは、この関係を壊そうとしている。
口の中が渇き、喉が引きつる。言いたくないと心臓が騒いでいる。
「お父様……わたくしは異世界人です」
お父様は表情を変えない。ただこちらを見つめている。
「間違いなく、アルベルティーナは私の娘だ。クリスは不貞を働く女性ではないし、容姿は似なくとも、間違いなく私の血筋を感じる。ヴァニア卿の調べでも、それは明らかだ」
「肉体は確かにそうです。ですが精神は異世界の記憶があります」
間違いなく、そういう意味ではお父様の子供だろう。この肉体はアルベルティーナなのだから。
でも、中身は?
わたくしの懺悔の如き告白に対し、お父様は軽い口調で言う。
「ああ、なるほど。だから面白い発想が色々と出てきたんだね」
「わたくしは、誘拐事件以降から人格が大きく変化しました……前世を思い出したのです。あの時以前の人格はほぼ消えて記憶は残りましたが、精神は前世の影響が強く出ています。この世界で生まれ育った本来の人格を上書きしてしまったのです」
誘拐前のアルベルティーナとはかけ離れている。性格、嗜好、好悪などは全く似ても似つかない。
精神が混合したにしても思考の基礎となり、性格への影響が強く出ているのは日本人としての人格。
本物のアルベルティーナを踏み台にして、わたくしはいる。
「ふぅん、そうなのか」
「……お怒りになられないのですか? わたくしはお父様……いえ、閣下の娘を殺したも同然です」
その時、お父様の空気が初めて変わった。
温度の消えていくアクアブルーの瞳がわたくしを捕える。今まで晒されたことのない、値踏みするような眼差し。
心臓が縮み、血液が嫌な方向へ飛び出ていくような気がする。血の気が引いてくのが自分でも分かる。今、わたくしの顔は真っ青だろう。
「気にする必要はない」
「どうしてですか!」
あまりにもあっさりと言うので、思わず声を荒げてしまう。怒っていいのはわたくしではない。慟哭し、責め立てる権利があるのはお父様なのに。
「誘拐事件の時……私が娘を見つけた時には、もう壊れていた」
その言葉に目を見開く。その裡を見ることを許さないお父様の微笑は、ぞっとするくらい美しい。
水よりも柔らかく、氷よりも冷たい。誰にも侵害されることのない空気。お父様が魔王と恐れられる理由が分かる。何を考えているのか、わたくしには分からない。
手を伸ばせば届くのに、とても遠く感じる。
もう娘が、アルベルティーナが壊れていた? 確かに誘拐され、一か月近く犯人と共に逃亡生活を強要されていた……わたくしには、その記憶が断片的にしかありません。
ただ、怖くて辛くて痛くて、心も体も限界でいつ砕けるか分からない、そんな危うい状態だった気がする。
わたくしは真っ暗な場所が苦手。狭い場所も好きではない。幼少期よりはだいぶマシになったけれど、それでもまだ残っている。
アルベルティーナの心の傷が、記憶としてわたくしの中に残っているからこその後遺症。
公爵令嬢としてはあり得ない扱いを受け、時には狭く真っ暗な場所に押し込まれていたからでしょう。幼い少女が恐怖に苛まれるには十分な理由です。
だからと言って、お父様がわたくしをお許しになる理由にはならない。
壊れていた? お父様は何が言いたいの? 確かにとても心身ともに傷ついていたけれど、壊れていたって……気づいてはいけない、何かに至りかける。それを突き詰めたくない。わたくしの考えていたより、恐ろしい何かを知ってしまいそうな気がした。
「アルベルティーナが五歳の時、コーディーと元老会の一派と共謀したのは、コニアム・バランス。どうして、彼はアルベルティーナを殺さなかったと思う? かなりリスクを背負うのに」
「……王家の瞳を持つ、公爵令嬢だから」
「そう、そして彼は禁術の一つである隷属の魔法で、アルベルティーナを手中に収めるためだった」
隷属魔法は、主に奴隷などが反抗しないように使われる。人道に悖る魔法だ。どの国も原則的に禁止されている。原則的なのは、凶悪犯や重犯罪者でも、簡単に処刑できない特殊な立場である場合に使用されます。
確か、他国ではとある王族が毒殺されかけたことがあった。解毒薬の作成法を知るのは危険な錬金術師だったのです。彼は人格には問題があったけれど、調薬能力は天才であり、国内で彼を超える技量の持ち主はいなかったという事例です。
無辜の人間に使うのは禁止されています。
いくら将来極悪な悪役令嬢となるアルベルティーナでも、五歳の時点では罪のない少女だったはず。我儘があったとしても、年齢からして公爵邸内で収まるでしょう。
誘拐犯のコニアム・バランスがコーディーや元老会の協力を得ていたなら、禁術や禁呪と呼ばれる類のものを入手できたはずです。
「処刑された元王子ルーカス、そして元王女エルメディアは彼の子供だった。誘拐事件も、不貞の露見を恐れたメザーリンが、コニアムにけしかけた。きっと、エルメディアは母親似ではなかったのだろうね」
エルメディア様はややふくよか……いえ、かなりの肥満体型でした。お化粧も派手で濃くて、本来の顔立ちを塗りつぶしていた。金髪と青い瞳、そして苛烈な性格から母親似だと勝手に思っていました。
何一つラウゼス陛下に似ていないのも当然のはず。きっと、メザーリン様は赤子の頃から気づいていたのでしょう。エルメディアが実父と似ていると。
エルメディア様は言動も短絡的で愚かで、王家の直系だということに固執していた気がします。彼女の言葉は嘘とは思えなかった。少なくともエルメディア様は本当の父親を知らなかったのでしょう。
どうして王女たる彼女があんなに浅はかで強烈な姿かと疑問に思いました、納得もできました。顔立ちや体形を隠すため、メザーリン様はわざとそのように教育したのでしょう。
周囲を欺くためなのはもちろんのこと。聡明であれば、己の顔立ちに違和感を覚える可能性があった――そう考えれば、納得です。
当時のコニアム・バランスは大臣です。国の重鎮と言えます。
ラウゼス陛下と友人関係で、覚えも良かったはず。登城される機会が多ければ、エルメディア様の目に留まっておかしくない。
エルメディア様が気づかなくても、誰かが二人が似ていると気づいた可能性もある。
わたくしが誘拐された時、エルメディア様は二歳……いえ、三歳。その時から体格もよろしかったそうです。幼少期できつい化粧を施すことほとんどありません。白粉、頬紅、口紅を引く程度でしょう。
どうして、あの二人の王妃を処刑したのか。
あのお優しいラウゼス陛下が許さなかったのか。
それらの答えが、わたくしの中で繋がってしまう。
二人とも、同罪だから。
王妃という身分でありながら、不義密通をした。不義の子を王の子と偽って王座に就けようとしていたのなら十分な理由です。
ましてや、王と王族はサンディスの守りを担う結界魔法を重要視されます。陛下のお子でないなら、それが断たれてしまう。国の最終防衛手段を失うということです。
考えなくちゃいけない。でも、頭がくらくらする。重大すぎる情報に感情も思考もついて行かない。血が巡りすぎて、脳も心臓もどうにかなってしまいそう。
「当時の状況的に、ルーカスの婚約者として最も望ましいものをアルベルティーナは持っていた。四大公爵家の娘。年齢も近く、ルーカスの持たない王家の瞳だったのが決定打だろう。
ただ、反抗的だと困る。王家の瞳の信者は多いから、ルーカスを差し置いて、王家を組み敷くような娘だと今後困るから、支配しようとしたのだろう。
でも、アルベルティーナを御せなかった。精神的な強さか、それとも魔力に対する抵抗力か……結果、支配する精神を壊してしまった。私が見つけたのは、娘だった壊れた何かだった」
「壊してしまった……? では、わたくしは?」
「異世界人なのは、確かだろう。その精神の根ざすところは」
アルベルは、壊れたのに。どうしてわたくしは? わたくしだけが無事に?
確かに影響は強く残ったけれど……何か、何か違和感があるの。お父様のその冴え冴えとした眼差しが、何か重要なことを黙っている気がする。
「コニアムはアルベルティーナを支配したかった。精神より深く、魂を隷属させることで」
「たま、しい?」
「そう。異世界からの無防備な魂を呼び出して縛り、それを子供の器に無理やり入れて本来の邪魔な精神を壊してでも成し遂げたかった」
一か月の逃亡生活は、アルベルを追い詰めるため?
お父様譲りの強い魔力で、魔法に対して高い抵抗力を持っていた。だから追い詰めてすり減らして、最後に壊したの?
ちょっと待って、それだと違う。
わたくしは転生していたと思っていた。
でも、違うの? わたくしは別の世界からきて憑依していたの?
「アルベル、知っているかい?」
優しくて冷たい声。怖くて怖くて仕方がない。お父様の語る、その後が怖い。
「精神が壊れた魔力持ちはね、生きた爆弾みたいなものだ。いつ爆発するか分からない、不良品のね。
無意識下でコントロールされている魔力が、いつどうなるか分からない。零れ、溢れてしまったらおしまいだ。その蓋のためにも、別の魂が必要だったんだろう。
私も、そうだったからね。どうしても娘を生かしたかった。必要だったから、その役割ができる存在を呼んだ――それが『君』だ」
息ができない。何もかも前提が違った。どういうこと。お父様は知っていたの?
わたくしが本来のアルベルティーナでないことも……どうして可愛がってくださったのか分からない。
その言い方はまるで、どうでも良かったように聞こえるの。
本来のアルベルティーナでも、赤の他人でも――中身なんてどうでもいいと思っているみたい。
考えたいのに、空回る。舌ももつれて、お父様を見つめるのが精一杯。何が起きたのでしょうか。
「コニアムは作戦を立てながら魂の召喚、もしくは隷属が成功しなかったのだろうね。アルベルが壊れてしまったら、もう後には引けない。
そこに私が乗り込んできて目的は失敗に終わった。だから、そこにあった魔法陣や素材を使って私が『君』を入れた」
素材。朧げに思い出します。確か、わたくしは箱の中に入っていた。
周囲には血が飛び散って、死体が散らばっていた。吊るされていたのもあった気がする。それらは召喚に対する贄だったということ?
お父様は誘拐犯ごとを贄にし、儀式を乗っ取ったと言った。何のために?
きっと、その時のお父様は日本人の『私』などしらない。ただ、蓋の役目になる存在が欲しくって、たまたまそれが――
「アルベルに拘っていなかったのなら、どうして?」
「どうしても、必要だったから」
「なんのために?」
そんなの、そんなの分かり切っている。でも、お父様の口で、言葉で、聞かなくてはいけない。
「復讐に。クリスを死に至らしめたすべてを、壊すために」
王家の瞳を持つ公爵令嬢が必要だった。
血筋、美貌、魔力。すべてが揃った逸材。
絶対に、メザーリンが欲しがる、元老会たちも切望するとっておきの餌。あの妄執ぶりを知っているからこそ、痛いくらい分かる。わたくしはお父様の復讐のための布石。最高のカードとなるはずだった。
わたくしを見つけた時、あの人たちは狂信的なまでに手駒にしようとしていました。それぞれの思惑のために、わたくしが必要だったのです。
胸の前で手を握る。ずっと握りしめていたから、真っ白です。痛いはずなのに、その感覚すら遠かった。
頬が冷たい。わたくしは泣いている。悲しかった。
「……ごめんなさい」
ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。
何度謝っても、重みも意味もない。わたくしの謝罪はなんと薄っぺらく、陳腐なのでしょう。
「どうして謝るんだい?」
お父様は首を傾げた。
「お役に立てず、ごめんなさい」
わたくし、役立たずだった。
お父様の復讐の道具にすらなれなかった。どこまでも落ちこぼれな、ダメ令嬢。
もっと賢ければ、体が丈夫だったら、もっと勇気があれば――ルーカスやレオルドを誘惑して、堕落させるような毒婦だったら良かったのに。
すべてを壊して、奪って、遊び尽くしてクリスお母様を死なせた連中に、これ以上にない毒を撒き散らかす娘をお父様は望んでいたのでしょう。
「……わたくしが王太子妃を望めば、お父様の計画はもっと」
誘拐後に打診が来ていた。
二人の王子、どちらかを差し出すと。傷物令嬢だったわたくしが、王太子妃候補として最も近かった。
贖罪という形の婚約だったけれど、わたくしは何も叶えずにただ嫌だったから断ってしまった。
「そこまで理解するか。普段はおっとりしているのに、こういう時は鋭いね」
「王家を、サンディスを壊すのはもっと容易だったはず」
お父様、どうして言ってくださらなかったの。
教えてくだされば、わたくし頑張りたかった。お父様の最愛を奪った相手を、そしてのうのうと娘の振りをするわたくしを利用してよかったのに。
「確かに、最初はその予定だった――でも、君を連れ帰って」
わたくしがダメな子だったから、諦めざるを得なかったのでしょう。
泣き虫で甘ったれなわたくしは、すぐにお父様に頼っていた。
「気が変わった」
…………なんですと?
「な、なんで? どうしてですの? クリスお母様の敵を」
「そもそもクリスは仇討ちを望む人ではない。そんなことより、前を向いて歩けというはずだ。完全に暴走。私怨だったよね」
「お父様の怒りは正当です!」
わたくしが殺されても文句を言える立場ではありませんが、お父様の受けた仕打ちは復讐に走るに十分な理由です。
わたくしの声に、お父様は少しだけきょとんとした。先ほどの冷たい空気は霧散し、ふと解けるように笑みを浮かべた。
「閣下と言ったり、お父様と言ったり……呼び方が忙しないね、私の天使」
つい、お父様と呼んでしまった。
わたくしが隠し事を言うはずが、それ以上の大きなお父様の隠しごとに完全に飲まれてしまっていました。
どこから言えばいいのか分からない。何を、何から言えばいいの? たくさんありすぎて、切り口が行方不明なの。
「……私が父親なのは、嫌かい?」
そんなわけあるかー! わたくしは自他ともに認める超絶ファザコンですわよ!
拗らせ切ってトリプルアクセルより回っていますわよ!? フィギュアスケートも真っ青ですわ!
わたくしは、わたくし、わたくしは! そんなことを言える立場でないと分かっていてもそんな風に優しく問われたら……!
「お、おとうさまがいい~! ぜんせの、まえの、かぞくなんてもう分からない……! 顔も思い出せない、お父様は、お父様だけで、お父様がいいの!」
誘拐されて、絶望で真っ暗だったわたくしを見つけてくれたお父様。
外に出してくれたグレイル・フォン・ラティッチェ以外に『父親』と思える人がいない。ラウゼス陛下はお優しくても、まだそこに至らない。
不変の拠り所。私にとって、お父様は絶対の存在なのです。
「それなら、そうしなさい。私の娘でありなさい」
なんでそんなこと言うの。お許しになるの。わたくしはずっと、十年以上騙していたのに。
拒絶して、否定して、もっと酷い言葉を吐く権利があるのに。お父様には、それだけ迷惑をかけ続けていた自覚がある。
「う、うう……うわぁあああん! おとうしゃまのびゃかああ! ずるいいいい!」
「馬鹿でもズルでも結構」
笑っているー! なんでー! お父様はこんなにポンコツで泣き虫な娘でいいの!?
わたくしにクリスお母様への復讐を諦めさせる価値があるの? わたくしには理解できないけれど、お父様がそう思ってくれたのなら――嬉しいな。
お父様の胸をポカポカ叩いた後、思いきり抱き着いた。
読んでいただきありがとうございました




