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悪女のその後

投獄、リターン。流石に今回は脱獄できなさそう。



 王宮を震わせた事件から早一月。関わった犯罪者が収容された牢獄では、とある問題が発生していた。

 日に日に不気味な姿になる罪人がいる。恐ろしくてたまらないと兵に嘆願され、ヴァニアは牢獄にやってきた。相変わらず薄暗く辛気臭い場所だ。叡智の塔とは違う陰惨な空気がある。

 件の罪人は酷い状況だった。自覚なしに魔道具に憑いた悪魔と取引したが、その悪魔自体が消滅して、魔法が解けた。妖艶な美女の姿だったレナリアは、仮初の姿を失った。元の姿には戻らず、全身が爛れてアンデットのような有様である。

 自業自得だが彼女は全くそう思っていないらしい。尋問の時は猿轡を外すのだが、そのたびに冤罪だと訴えている。すぐに暴れるので、常に手足も縛られている状態だ。

 稀少な悪魔使いと、その対価による後遺症の事例として観察しに来ただけだ。悪魔は忌避される存在だが、魔法を専攻する者として興味があった。最初からレナリアに便宜を図りに来たのではない。

 この人選にだって理由はある。ヴァニア以外に他に対応できそうなのはグレイルとゼファールのみ。

 レナリアは二人のような絶世の美男子を目にすれば、目の色を変えて媚びてくる。ベルナやジェイルの話から、筋金入りの面食いでグレイルに入れ込んでいると情報は入っていたのだ。

 グレイルとゼファールは兄弟だけあってよく似ている。黙っていれば、それはもう貴公子と評して過言ではない素晴らしい見目をしているのだ。

 しかし、二人はめちゃくちゃ忙しい。先の事件で貴族が多く処罰された。文官や役職に就いた貴族もごっそり減り、人材枯渇に陥った王宮の執務をこの二人が要となって動かしている。

 対してヴァニアは暇だった。一番の仕事として占めていた王太女アルベルティーナの健康状態は劇的に回復した。定期健診とは名ばかりのお茶会と化している。

 それでもヴァニアは毎日せっせと通っていた。ヴァユの離宮で出てくる茶菓子は、王都どころか国一番だと思っている。花の形のジャムクッキーや砂糖衣のついた謎のフライが定番のその辺のお茶会にはもう戻れない。

 先日出てきたアイスケーキの試作品も最高だった。バニラ香る濃厚なクリームの合間にぱりぱりとしたチョコレートの食感。チョコレート自体もほろ苦く薫り高いので、味のアクセントとして抜群だ。何層にもなって、砕いたクッキーやナッツやアーモンドが口の中に千変万化のハーモニーを奏でてくるのだ。

あれは美味しかった。あれで完成でないのだから、恐れ入る。冷たいものを食べすぎて頭痛がしても、腹痛がしても貪り食べたくなる味をしていた。

 目の前で激しく睨みながら何やら呻いてびちびち動く囚人の相手より、笑顔のアルベルティーナと新作の意見交換をしているほうが楽しいに決まっている。

 稀代の悪女と呼ばれているのを、レナリアはいまだに分かっていないらしい。彼女の様子を見る限り、今日も反省が見られない。謝罪どころか罵声のオンパレードだ。表情からして反抗的なのだ。猿轡でもごもごしていても理解できる。

 この状況でもアルベルティーナへの憎悪と悪態は健在だし、まだ自分が被害者だと騒いでいた。

 あれだけのことをしておいて、そんな訴えが通じるはずもない。


(つーか、姫様ってすごい人気だから下手に批判しないほうがいいと思うんだけど?)


 悲劇の王太女とか、慈愛の美姫などと言われているアルベルティーナ。

 過大な表現は多少あるが、性格は温厚である。高貴な生まれ特有の高慢さはない。何より顔面が凶器のように美しいので、微笑むだけで周囲の心をデストロイする。流れ弾までも仕留めてくる。鋼の精神がないと、だいたいの老若男女がクラリとコロリで陥落だ。

 何が言いたいかと言えば、王宮では彼女を天使や女神のように崇めている層が一定数いる。過激派も多い。

 ヴァニアも結構好きだが、友人か妹のような感覚だ。そもそもヴァニアは魔法オタクの変人なので『好き』や『興味』の大半が魔法関連に注がれている。恋愛にまで感情のリソースが行かないのだ。

 だからこそ主治医のポジションにいるのだが。


(ほっとくと、姫様シンパに殺されそうだな。まあ魔王閣下が放置しているんだから、用済みなんだろうけど)


 殺さないのは、あの生き地獄状態を長引かせるのも罰の一環だからだろう。

 四肢が腐り落ちかけているあの状態では、歩くこともままならない。自力脱獄は不可能だし、危険を冒してまでレナリアを救おうとする者はいないだろう。


(肉体だけじゃなくて、精神もそろそろヤバそうだし。いや、性格のほうは元々か?)


 虚言が多いと聞いていたけれど、その通りだ。

 アルベルティーナを悪役令嬢とか言っていたし、彼女を溺愛する三人の王配候補たちはアルベルティーナを恨んでいると叫んでいた。本人たちの耳に入ったら、前者はともかく後者は危険だ。

 あの罪人曰く、レナリアは聖女であり王妃になるらしい。この世界の主人公で、レナリアのためにすべてはある。完全に頭がいかれているとしか考えられない。脳内お花畑ではなく、花が脳内に収まりきっていない。どちらかと言えば、お花畑の中に脳味噌が飛び散っていそうな思考をしていた。

 たまに選民ドリーム満載な人間はいる。家で蝶よ花よと育てられた令息令嬢がたまに発症してしまうのだ。大体は社交界に揉まれて現実を思い知るのだが、レナリアは違ったようだ。田舎貴族出身だそうだから、学園で半端に成功したせいで完成してしまったのだろう。その後で落ちぶれたが、受け入れられなくて斜めに爆発したならあり得る。

 もともとの素質か、悪魔に魅入られたからか――何故だろうか。彼女の場合、性格の問題な気がする。

 身体が朽ちてきたせいで、精神汚染が進んでいる。妄言、幻覚、幻聴の兆しも見られた。悪化の傾向にあるし、せん妄もあるようだし、彼女の言葉を真面目に取り合っていたらきりがない。ここまできたら今更な気もする。

 見張りによれば何もない場所に話しかけていることもあるそうだ。体が先か、精神が先か。いずれにせよ、もう長くはないだろう。

 こんな女にヴァニアのライバルは殺された。いいように使われて魔物まで身を落とした。ヴァニアの脳裏を過るのは、叡智の塔で魔溶液に漬かったカイン・ドルイットだったもの。本来なら、彼はヴァニアと双璧を成すに相応しい逸材だったのに。


(こんな、つまらない奴のせいで)


 愚かさに吐き気がする。生きた害悪とはコレのことを言うのだろう。

 懲りずに今はヴァニアの大事なパトロンを目の敵にしているのだから、本当に救いようのない。生かす価値を感じない。

 ほんの一瞬、ヴァニアの心に去来したのは酷く冷たい殺意だった。だが、瞼を閉じてその激情をやり過ごす。


「あー……そーだ! うん、姫様のとこ寄ろう。イヤなことは美味しいモノ食べて忘れるに限るよねぇ~!」


 ぱっと意識も表情も切り替え、顔を上げる。そのまま小躍りしそうなステップでヴァニアは走り出す。

 目指すはヴァユの離宮。今日はミカエリスが来るから、彼の好きなミートパイとアップルパイを焼く予定だと聞いていた。運が良ければ、一切れくらい分けてもらえるかもしれない。

 彼の頭からはレナリアのことなど消えていたのだった。




読んでいただきありがとうございました。

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