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カゴノトリ ―Another Sky―  作者: 灯夜 雪
第一章 出会い

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プロローグ

──遥か昔。

神に愛された自然豊かな大地で人々は平穏に暮らしていた。

人々もまた神に愛され、 深い敬愛をもって神を崇拝していた。


しかし──平穏は突如として壊れてしまった。


ある日突然、天が裂け、光の中から背中に大きな傷を負った存在が星のように大地に堕ちた。

大地に堕ちた彼らは、その傲慢な心で神に逆らい、翼を焼き切られた元天使だった。


彼らは神に愛された人間に嫉妬していた。

自分たちよりも劣る無力な人間が愛されることが理解できなかったからだ。


だから、彼らは神に異議を唱えた。


『人間など愚かな存在です。

今は神しか知らないからこそ清らかでいられるのです。

本来、光だけではなく、闇も存在します。

彼らが現実に直面すれば、愚かな人間たちは神を忘れ、冒涜し、保身に走るでしょう』


そして、こうも続けました。


『私であれば人間たちの本性を暴くことができます。

神に作られた存在の中でより相応しいのは誰なのか、証明してみせましょう』


神は自ら生み出した天使が、同じく愛した人間を蔑む発言に心を痛めました。

同時に、神よりも自身の方が全ての理を知っているような口ぶりに憤慨しました。


そして、神は愛故に彼らに命じたのです。


『そこまで言うのであれば、あなたたちを地上に堕としましょう。

地上で人間と共に生き、人間の心を知りなさい。

確かに世界は光と闇があり、心もまた同じように光と闇がある。

でも、覚えておきなさい。

どんなに心が闇に染まろうとも、決して光が消えることはない』と──。


予想だにせぬ言葉に天使たちは慌てましたが、時は既に遅く、美しい翼は天の光に焼き切られ、肉体という牢獄へ魂を押し込まれ人間が住まう大地に堕とされたのです。


彼らは大地に堕ちた時に、絶望と憎悪を抱きました。


──神は我々を裏切った。


こんなにも愛し、尽くしてきた存在をよりにもよって憎き人間の肉体に押し込め、息苦しい大地に追放した。


堕ちた天使たちは心に復讐を誓いました。

神が言った言葉を否定するために世界からあらゆる光を奪うことを決めました。


彼らは「悪魔」と名乗り、人々の心を惑わし、時としてその命を奪い、魂を自身の糧として取り込みます。

またある時は人々の心を操り、その肉体と精神を、堕落させました。


最初は復讐心のみで動いていたはずの彼らは、年月と共に人々が苦しみ藻掻(もが)く姿が何よりも楽しく感じるようになってしまいます。

穢れた魂を求め、その魂を喰らい尽くすようになりました。


抗うすべがない人間たちは、簡単に心を闇に染め、時として自らの命さえも悪魔に差し出すようになりました。


悪魔たちの影響か──人間たちもまた闇に魂を落とすと、その命を散らせ、魂が変異し、悪魔や凶悪な魔物のような姿に化けるようになりました。


悪魔たちは闇に堕ちた元人間たちを率い、美しかった大地さえも蹂躙していく。


そんな地獄へと変わり果てた大地を見守っていた天に残っていた天使たちは嘆き悲しみました。

我らの兄弟が、同胞が闇に染まり、神が愛した大地と人々を汚し壊していく姿が耐えられなかったのです。


天使たちは、神が愛した全てを守るべく、自ら肉体という牢獄に入り、悪魔を止めるために大地へと舞い降りる決意をしました。


神は言います。


『我が子達が闘うのは悲しい。

しかし、それがあなたたちの望みであれば私は全てを許しましょう。

私は信じております。

全ての光と闇が手を取り合い、共に生きる世界を信じております』


天使たちは神の願いを叶えるために、悪魔との戦いが始まりました。


これが──天地戦争の始まりです。


「ねえ、兄さん。人間は、どうなっちゃうの?」


銀髪の綺麗な髪を揺らしながら、興味津々といった様子で瑠璃色の瞳を輝かせる幼い少女。

彼女は兄の膝の上で座り、無邪気に問いかける。


その問いに答えるように彼は絵本を一ページ捲る。


「ここからは少し悲しいお話だ。

神が愛した大地で天使と悪魔は争った。

無力な人間は戦争に巻き込まれ、その儚い命を散らせていく」


でも、彼の口から語られる人間は、蹂躙されるだけではなかった。


人間たちは戦争から身を守るため、力を欲するようになりました。

そこで大地に降りてきたばかりの一人の天使を捕まえ、世界平和の名の下に兵器として利用しました。


その天使は神の遣いにして、光の眷属であるにも関わらず、人間の手により無理やり悪魔と同じ闇をその肉体と魂に刻まれました。


そうして完成した存在──光と闇を持ち合わせる天使。

人間たちはこう呼びました。


──「堕天使」と。


堕天使の力は強大で、悪魔も天使さえも退ける力を持っていました。

その力は奇しくも神が言っていた「光と闇」を象徴したような存在でした。


堕天使の力と、神が求めたような存在に一人の悪魔が恋焦がれました。


そして、欲したのです。

堕天使を己のものをしたいと。

神の愛など既にどうでもよくなっていました。


しかし、悪魔に堕天使の力が渡ってしまえば、間違いなく天使は負けてしまう。

天使たちも必死に堕天使の力を渡さない為に、闘いを続けました。


気付けば戦争の中心には一人の堕天使だけがいました。

堕天使は嘆き、悲しみました。


堕天使もまた、神と同じように人間を愛し、仲間であった元天使も、天使たちも愛していたからです。


──自身が戦争の火種になるのであれば、その身を裂いて消してしまおう。


そう考えた堕天使は、せめてもの罪償いとして悪魔たちを道連れにしました。


悪魔たちの肉体を滅ぼし、魂を大地の闇の中に封じたのです。

そして、己の肉体も滅ぼし、魂さえも消すために引き裂きました。


しかし、堕天使の魂は裂かれた瞬間、消えることなく世界に散らばりました。


「悲しい出来事を繰り返し、やっと天地戦争が終わったのです。

しかし、世界には沢山の闇が溢れ、悪魔たちが残した闇の存在が世界を恐怖に陥れます。


そこで天使たちは誓いました。

天に戻ることはせず、この大地が平穏になるその日まで、戦い続けよう──と。


それが巻き込んでしまった人間たちと大地への贖罪だと信じて」


語り続ける兄の口調は少し暗く落ち込んだように聞こえた。

少女はそんな兄の様子に気付き、わざと明るい声で問いかける。


「その後は?どうなったの?堕天使さんは、死んじゃったの?」


兄は少し息を詰まらせた後、少女の頭を撫でてから更に一ページ絵本を捲る。


「その後はね、天使と人間が互いの手を取り、平和のために一緒に生きることを決めたんだ。

そして、長い年月と共に人間と天使は交わり、魔法を使える人間が生まれるようになった。


その後、地上に残った天使たちは「大天使」と呼ばれるようになり、魔法を使える人間を「天使」と呼ぶようになったんだ。


悪魔もまた名前を変えてね。

封じられた悪魔を「大悪魔」と呼ぶようになり、大悪魔に使役されていた闇の存在は、その力や姿に合わせて悪魔や魔人、魔物という名前に変わったんだ。


そして──堕天使は魂が裂けても尚、消えることはなかった。

散らばった魂は人々の体に宿り、闇の力を宿して生まれてくるようになったんだ」


その言葉に少女はぱっと明るい笑顔で振り向き、勢いよく兄に飛びついた。


「わわ!」

「兄さんは堕天使だもんね!だって、綺麗なお目々してるもん!」


彼女は大好きな兄の赤い瞳を見つめる。

兄は無邪気な妹の言葉に瞳を潤ませた。


そのまま愛しい妹をぎゅっと抱きしめて、眉を垂らしながら少し悲しそうな声を漏らす。


「……そうだね。私は堕天使だからね。

瑠璃がそう言ってくれるから、この目が少しは好きになれそうなんだ」


その真意は幼い少女にはよくわからなかった。

でも、その温もりは少女にとって掛け替えのない大好きな兄そのものだった。


「兄さん、大好き!」

「うん、私も大好きだよ」


私は、この温もりを守るためなら、どんなことだってしてやる。

例え──この身がどれだけ闇に汚れようとも。



◆◆◆



──これは過去の記憶。守れなかった誓い。

幾ら絶望しても、幾ら自身を罰しても戻ることはない日々。


だって、彼女は……私が殺してしまった。

もう彼女の笑顔を見ることもなければ、温もりを感じることもできない。


そのはずなのに──これは何の冗談だろうか。

雪が降り(しき)る森の中、私の妹にそっくりな銀髪と顔立ちをした少年が倒れている。


私は恐る恐る彼に手を伸ばす。

すると──急に腕を捕まれ引き寄せられる。


「な!?」

「……けて」


微かな声が私の耳に届いた。


「た、すけ……て……」

「──っ」


これは、何の罰なのだろうか。

妹にそっくりな少年が私に助けを求めている。


きっと……ここで見捨てれば私は悪魔以上に悪魔になってしまうだろう。


私は歯を食いしばった後、どうにか呼吸を整える。

再び意識を失った少年を、そっと抱き上げ、家に連れ帰ることにした。


「……君だけは、必ず助けるよ……必ず」


男性の声が雪の中に静かに溶けていった。

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