極彩色の未来
ルナティック・カフェの窓に、街の喧騒を反射した極彩色のネオンが映り込んでいる。
メアリーがこの世界に転移してきてから、半年が過ぎた。
季節は冬のはずだが、このメガロポリスは環境制御ドームによって一年中適度な気温に保たれている。もう、あの冷たい酸性雨に濡れることもない。
メアリー・チフスの日常は、穏やかな忙しさの中にあった。
親父さんの淹れる不格好だが味わい深いコーヒー。
最新鋭のホログラフィック・メニュー板を拭き掃除する、自分の緑色のスライムの手袋。
カウンターに座る電脳義体のハッカーや、角の生えた魔族のビジネスマンたち。
彼ら全員が、言葉数は少ないが、完璧に仕事をこなす「有毒のメイド」に親しみを込めて接してくれていた。
(……不思議ね)
メアリーは窓辺に立ち、外の雨を見つめながら内心で反芻した。
十五歳のあの日、私はすべてを失って、すべてを呪った。
皇帝の喉に自らの命を削った漆黒の猛毒を流し込み、帝都を腐海に沈めたあの怪物のような私が、今こうして、平和な街角でコーヒーカップを磨いている。
「おーい、メアリー。七番テーブルに特製ブレンド、追加だ」
親父さんの声が響く。
「かしこまりました」
メアリーは振り返り、トレイを手にした。
她的腕から太ももを流れる緑がかった有毒の粘液は、今や完全に透明に近く、柔らかな光を帯びていた。憎悪も、悲しみもない。それは純粋な生命活動の産物。チフス人である彼女の、ただの血潮と同じ「息吹」だった。
「いつもありがとう、メアリーさん」
七番テーブルの常連の老婦人——生粋の魔法使い——が、微笑みながらコーヒーを受け取る。
「この緑のお手手、最初はびっくりしたけど、見慣れると翡翠の宝石みたいで綺麗ねえ」
「……恐れ入ります」
メアリーは深くお辞儀をした。
ふと、店外のガラスに自分の顔が映った。
相変わらずの、精巧なビスクドールのような顔立ち。
だが、その光を反射しない翡翠の瞳の奥底に。
ほんの一瞬だけ、外のネオンの光が反射したのか、あるいは彼女自身の魂が再び鼓動を始めたのか。微かな、星の瞬きのような「ハイライト」が宿ったように見えた。
それは、失われた五歳の少女から地続きの、今のメアリーの姿だった。
「メアリー!」
「はい、旦那様」
メアリーは振り返る。
過去の炎は灰になった。復讐の漆黒は洗い流された。
今、有毒のメイドの白と黒のエプロンの下にあるのは、どこまでも透明で、少しだけ不器用に世界の彩りを吸収し始めた、新しい心だった。
彼女は小さくステップを踏み出し、極彩色のネオンとコーヒーの香りが混ざり合う、サイバーパンクの夜へと歩き出していく。
この奇妙な世界で、彼女の『完璧なるご奉仕』は、まだ始まったばかりなのだから。
(有毒メイドのメアリーさん 完結)




