第四十七話「子知らず」
たびたび遅れて済みません。
本業が忙しくなってしまったのですが、週1更新は死守します。
シラハ達は補給のために小さな村に立ち寄った。
その村の村長代理であるシアンに「魔物から村を守るために知恵を貸して欲しい」と乞われたシラハは、その願いに応えることとした。
無論、シラハ達の最優先はファスを連れてミュライユ伯爵に会うこと。追われる身である以上、この村に長居することは誰のためにもならない。
実際レゼーレは、
「明日は物資を揃えたらすぐに発つべきでしょう。確かに村の窮状は理解しましたが、それでも私達の目的の方が重要です」
と異議を唱えたが、シラハもそれは承知の上だ。
「安心しろ、優先順位は分かってる……けど、「物資を揃える」にしてもこんな小さな村じゃそう簡単にはいかねぇよ。デカい街みたいに市場があるわけじゃ無いんだぜ。どうしたって時間はかかる。手配は村人の誰かに頼むとしてもだ」
パンが欲しい、燻製が欲しい、油や酒が欲しい。そう思った時、市場や店があるなら比較的すぐに手に入れられる。常に在庫があるからだ。
だがこんな店が一つあるかも怪しい村ではそうは行かない。旅人に分けるほどの在庫や貯蓄があるかは分からないのだ。
パンも頼んで焼いて貰わなくてはいけないかも知れないし、燻製も一から燻して作らなければいけないかも知れない。酒を余らせている村人を探して頼み込まなければいけないかも知れない。
「必要な品が揃うのは早くて昼過ぎだろうな。下手したらそうこうしてるうちに日が暮れてもう一泊の可能性もある。当然手持ち無沙汰な時間はあるだろ。その時間でこの村の魔物対策を考えてやるくらいは問題ねぇはずだ。その代わりに物資をタダにしてもらえばさらに有意義だな」
「なるほど、そういうものですか……」
レゼーレは納得したようだった。ファスは別格として、レゼーレも時折世間知らずな様子が見える。王都暮らしが長いのか、田舎の暮らしがあまり想像出来ないようだった。
そしてファスも、
「そういうことならよかろう。空いた時間で村人達の助けになれるのであれば、それは私も望む所だ」
と頷いた。
「それに今後何かの役に立つやも……いや、忘れよ。とにかくシラハ、そなたの経験と知識を伝えてやるとよい」
そうしてシラハは臨時の「魔物対策アドバイザー」になることになったのだ。
◆
明くる日を迎えたシラハ達は早速、物資の調達をシアンに依頼した。
「どれどれ……へぇ、これならなんとかこの村でも用意出来そうです。こういうのに向いたヤツがいるんで頼んできます」
そう言ってシアンは出かけていった。
「あ、そうだ。裏の道をちょっと行った所に風呂場があるんで、よかったら待ってる間使って下さい」
シラハ達が行くと確かに木桶の湯船が置かれた小屋があった。湯船には既に澄んだ水が張られている。
――わざわざ汲んできてくれたのか。
あとは、ここに熱湯を何度か注げば丁度いい湯加減になるというわけだ。
大きな街の浴場などに比べれば粗末な設備だが、女二人の瞳孔は開いていた。
「レゼーレ」
「はい。速やかに」
『十騎聖』は主君の意図を汲み極めて俊敏に動いた。湯船と小屋に危険が無いかを油断なく調べだす。
レゼーレもファスも育ちが良さそうな割には逞しいが、やはり野宿続きは堪えるものがあったのだろう。
こうなっては野郎は退散するしかない。シラハはレゼーレの代わりに火だけは熾してやると、
「俺は見張りをやっとくさ」
と、湯船のある小屋を出た。
小屋から少し離れた所に大きめの木が一本植わっていたのでその枝の上に座る。
小屋や村の様子が見渡せる位置だ。
――三十人はいないくらいか?
シラハは村の小ささを思う。シアンは村に男が五人しかいないと言った。彼らは村を守るために体を張らねばならないが、同時に決して死んではならない。一人でも欠ければもう村が維持出来なくなるだろう。
いや、男に限らない。女達も各々役割を一生懸命果たしているに違いない。
誰一人として替えがきかない。
――いや、んなこといったら替えがきく人間なんざ……。
などと考えていると、
「出歯亀かい」
と木の下から声をかける者があった。若い、とはもう言えなくなりつつある年齢の女……シアンの母、フェリシーだ。
「残念だったね。あの小屋に覗けるような隙間はないよ。ボロく見えるかもしれないが、あれでもあたしたちが本気で作った風呂場だからね」
フェリシーの言葉にシラハは笑った。
「エールに覗きを許す隙があると思うか? ラダだって一緒なんだ。あり得ねぇよ。それに……」
実のところシラハはあまり女の裸体に興味が無かった。健全な青年であるはずのシラハがこうなったのは聖職者という女のせいなのだが、シラハはそれをわざわざ語ろうとは思わなかった。
「まぁともかく、覗きがしたいわけじゃない。一応俺はあの二人の用心棒でな。あいつらの風呂が邪魔されないよう見張ってるだけだ」
「そうかい。まぁ、うかつなことは言えないか。エールさんにもあたし達の声は聞こえてるわけだしね……」
『格』が高い人間は聴覚も鋭い。本来聞こえるべきでない音も聞こえてしまうのだ。
例えばあの小屋の中で入浴を楽しむファスの声だとか、レゼーレが水を掬った音だとか。そう言ったものまで聞こえるのである。
が、シラハはそれを「聞かない」。音として聞こえるのは仕方が無いが、その音を意識に上らせないようにしている……が、やはりふとした拍子に「聞いて」しまうことは避けられない。
そうした時に感じる気まずさというのはシラハに限った話ではないようだった。シラハはフェリシーが少し顔を曇らせているのを見て、
「あぁ……あんたも苦労してるな。こんな小さな村だ。何でも聞こえちまうだろ」
「分かってくれるかい」
フェリシーは頷いた。
「だから昨日、うちのシアンとお三方の会話もうっかり聞こえてしまって……すまないね。あたしはあんた方を村から追い返そうとしたのに、あんた達はむしろ手を貸してくれようとしてる」
フェリシーの口元には自嘲するような笑みがあった。きっと自己嫌悪の発露だろう、とシラハは思った。
村を守りたいフェリシーはよそ者を信用することが出来ない。おそらく今になってさえシラハ達への警戒を解いてはいない。
息子の命の恩人を「外敵」と認識し警戒する……フェリシーはそんな自分を嫌悪し、それが顔に出たのだ。
「手を貸すとか、そんな大それた事をしてやるほど暇じゃない。ちょっと魔物について、あんたの息子と世間話をするぐらいのつもりだ。だからあんたもそこまで警戒するなよ……って言っても無理か」
シラハはもう一度、村の方へと目を向けた。まだ朝早い時間だが、皆各々仕事を始めているようだ。畑の方に村人達の姿が見える。
「いい村だな。なんつうか一体感みたいなのがある……俺の生まれた村の奴らはここまで仲良くはなかったよ」
「「仲良く」しなきゃ生きてけないからね。もちろん喧嘩はするが、内輪揉めをずっと続けてられるほど余裕はないってのを皆分かってるのさ」
「昨日のあんたとシアンみたいにか?」
「繰り返しになるが、すまなかったね」
「繰り返すが、気にしてねぇよ。この村、一度賊に滅ぼされたっていってたな」
シラハは村人の数を数えていた。護衛としてその辺りは気にしておくべきだろうと思ったからだ。
そうして村人達の背格好などを見ている内に気付いた。村人達の性別と年齢が大きく偏っているのだ。
村人の大半を占めるのは中年の女達だ。残りは二十歳前後の若者達……これは男女いるようだった。そしてそれ以外は無し。
老人はいない。そして何より、男が少なすぎる。
――出稼ぎに行ってる……それならまだいいが。
シラハはそこまで脳天気にはなれなかった。より残酷な想定が浮かんでいた。
村が賊に襲われたのは二十年程前だという。
きっと男達は女子供を守るために命懸けで戦っただろう。老人達はせめて若人の盾になろうとしただろう。その結果、彼らは誰も生き残らなかった。
生き残った女達は絶望しただろう。親も夫も、それ以外もありとあらゆるものを奪い尽くされ……だが、子供達だけが残されている。遺されてしまっている。
彼女たちは諦めることさえ許されず、必死で村を再興しようとこの二十年を生き延びてきた。それがようやくこの平穏な光景をもたらしたのだとすれば?
「お察しの通りだと思うよ」
フェリシーが淡々と言う。
「ハンゾさんが想像した通りのことがあったのさ。ありふれた話だろうけどね」
「ふぅん、顔に出てたか? ……まぁいいや。とにかく本当に「そう」だって言うなら、あんたが過敏になるのは「分かる」よ」
「ハンゾさん、あんた……」
「ありふれた話、なんだろ? ちょっと違うのは、あんたは守るために強くなったってところだな。この二十年、村にやってくる魔物も賊も、全部あんたが始末してきたのか」
「……」
フェリシーはシラハから目線を切って、自身の手の平に落とした。
フェリシーはもう若くはないが、老けている、というのも違う微妙な年頃である。だが、彼女の手の平だけは「老けていた」。あかぎれ、たこ、ささくれ、歪み……彼女の潜ってきた修羅場が刻まれているようであった。
「……あたしは『格』を上げる方法を二十年前に知った。絶望しかないような戦いを生き延びれば良いんだ。そうなんだろう? 夫を殺されて、生まれたばかりのシアンさえ殺されそうになったあたしは、たまたまそこにあった鎌を握って……そして「生き延びた」。それで『格』が上がったんだろうね。武器を持ったことすらなかった小娘が、あの日を境に村で最強の戦士になっちまったんだ。笑えるじゃないか、え?」
「笑ってほしいのか?」
「……いや、違う。バカだねあたしは。なんでこんな話をしてるんだろう」
「寂しいからじゃねぇのか。知らねぇけど」
どんな分野、どんな世界でもいい。何かしらの「最強」を張っていると、必ず孤独を感じる瞬間があるものだ。シラハにも覚えがあった。
だからその孤独を紛らわす方法も知らないではない。
「あんた、『十騎聖』を目指してみたらどうだ。そうすりゃ強いのはあんただけじゃないって実感出来るはずだぜ」
「はっ、なんだいそりゃ。考えたこともなかった。そうだねぇ……ロカマドゥールは武人の国だからねぇ。きっとあたしくらいの腕のヤツなんてゴロゴロいるんだろうね。あんた方みたいなのがいるくらいだし。そうした人達と腕を競ってみるのも悪くないのかもね。けど」
フェリシーがシアンの家の方角を向いた。
「まだまだあたしは村を離れられないよ。あの子達だけじゃ村を守れない」
シラハは言葉を返さなかった。
「あの子達だけじゃ村を守れない」……その言葉を否定するために、シアンはシラハに助けを求めてきたのだから。
――そうだな。ちゃんと魔物から自衛出来るようにアドバイスしてやらねぇとな。




