第四話「大聖堂士官学校」
倒れ伏すリンノルム。
その首に両手で穂先付き旗を突きつけた少女は、裂帛の声とともに押し込んだ。
吹きだすのは血ではなく黒い瘴気、痛みの叫びを残し、リンノルムの体は消滅した。
すると、少女は疲れ果て槍に縋るように体を預けた。
「お、終わったわね……」
「見事な一撃だったよ。さすがは大聖堂士官学校の生徒だ」
「……これで、あなたのことについて話を聞けるわね。傭兵さん」
肩で息をするヒルダは、抜き放った戦旗を杖代わりにして立つ。
たなびく戦旗が、この戦いへの勝利を物語っていた。
彼女の立ち姿に周りの生徒たちも勝利を確信したのか、拳を振り上げて歓声を上げた。
「改めて、お礼を言いたいわ。私はヒルデガルト、このクラスの級長をしているわ」
「俺はマスティマだ。さっき言った通り、君たちの学長から、君たちの救助を依頼されてきた」
「救助って、学長はこうなることを予見していたとでも?」
「いや、君のクラスには帝国の皇女、王国の王子、有力貴族の跡取りたちが多く在籍しているから、見守る者を増やしたかったそうだ。彼女の心配性が功を奏した」
マスティマの言葉に、ヒルダは納得といった様子で額を抑える。
「正直助かったし、ありがたいし、学長の先見の明には頭が下がるばかりだわ」
「もっとも、教師の実力についての見立ては、甘かったようだな」
マスティマはヒルダに向けてハンカチを出す。
頬を指差せば、彼女は返り血が飛んでいることに気づいた。
「災難だったな。魔物討伐の実習が、まさか竜種との実戦になるなんて」
「これが本物の戦場だったら、どんな魔物が乱入してきたとしても文句を言うことはできやしないわ。実習だからって、危険がないわけじゃないんだから」
「だが、君たちを保護するべき教師が役に立たなかったらしいな」
「他の三名の先生方は、別の竜種を相手取っていたの。一人補助講師を護衛に回したけど、それはゴブリン相手にまで怯えて真っ先に逃げ出したわ。まさか、遺体になって戻ってくるとは思ってなかったけど」
なるほどそういうことか、とマスティマは合点がいった。
生徒を見捨ててしまった講師には、悲しい末路が舞っていたのだ。
しかし、気丈な態度で答えていたヒルダだが、その手の震えは収まっていない。
おそらく、これが初めての実戦だったのだろう。
「学長からは君たちの身の安全の確保を依頼されている。はぐれた生徒はいないか?」
マスティマはヒルダから視線を横に滑らせる。
「問題ないよぉ。いやぁ、助かったな」
答えたのは青髪の少年だった。
ハネた髪型は幼さを感じさせるが、立ち上がれば身長はマスティマより高いだろう。
体格もよく、整った顔立ちは貴族的気品を持ち合わせている。
尤も、今は疲労したのか地面に寝転んで、腕だけで挨拶をしているが。
「負傷者はいけるけど、行動可能よ。早く帰らないと、食堂が閉まっちゃうわ」
仲間に肩を貸しながら歩いてきたのは、赤みがかった金髪の少女だ。
太い三つ編みにした髪を揺らす彼女は、口の端に保存食の干し肉を加えている。
健啖家だと思わせる彼女に、むしろマスティマは策謀家の加える煙草を思い出した。
「ヴォルフ、アンネ、負傷者の報告を」
立ち上がったヒルダはマスティマから離れると、左右の報告に耳を傾ける。
この二人が先ほどの左右の部隊を指揮していたのだろう。
魔物相手、少人数とは言え問題なく指揮が執れていたのは優秀な証だ。
殿を務めたヒルダの部下はどこだろうと思うと、眼前を影が一つ駆け抜けた。
「で、殿下ぁ。ごめんなさいぃぃぃ。あたし、足引っ張ってばっかでぇ」
「きゃっ!? グリゼルダ、戻ってきたのね」
突然彼女の腰に飛びつく薄紫の髪の少女がいた。
背の低さと泣きっ面のせいでずいぶん幼い印象だが、士官学校の生徒である以上さほどこの場にいる者たちと変わりないだろう。
「もう、気にしなくていいのよ、グリゼルダ。あなたを活かせない状態に陥った、私の指揮が問題だったんだから」
困ったような顔をするヒルダは、そう言って少女の頭を撫でる。
彼女が来た方向から、気難しそうな顔で、眉間にしわを作った黒髪の青年がやってくる。
「ヒルデガルト様、この度は竜種が相手とは言え、御身を危険に晒したこと、弁解のしようもございません。どうか処罰は、全てこのわたくしに」
学生とは思えない低い声の青年は、懇切丁寧な所作で頭を下げる。
「エメリッヒ、堅苦しい」
「はっ、え、いえ! しかし、あなた様を守ることこそがわたくしの任務で」
「私は生きているわ。この通り、手の皮はちょっと破けて、正直とても痛いけれど……問題ないわ」
「大ありではございませんか!?」
エメリッヒは、ヒルダに仕える従者なのだろうか。
彼女の手の負傷を見て真っ青になると、ポーチから包帯やら軟膏やらを取り出して早々に手当していく。
その様子を見る仲間たちは温かい眼差しで、ヒルダの治療が終わるのを待った。
包帯に包まれた手を隠しながら、ヒルダはマスティマに向き直る。
「改めて、ミスターマスティマ、大聖堂士官学校のヒルデガルト班班長として、お礼を言わせてください」
「そこまでかしこまらなくていいさ。俺は任務をこなしただけだ」
そう言って集まった生徒たちを見る。
ヴォルフ、アンネ、グリゼルダにエメリッヒ。
マスティマは、脳内の資料と目の前の人物たちを照合していく。
アマルテア帝国の皇女だけではない。
各国の有力貴族や領主、大商人の子息たちが並んでいた。
「全員無事なようだな。メティス騎士王国王子、都市連合全権代理、これで誰か一人でも欠けていたら国際問題だったよ」
一人ずつの顔を見たマスティマは、資料に書かれていた特徴から、誰がどの人物かを把握する。
身体的特徴のみで、絵の描かれていない文章だけの資料だが、髪の色や体格、性別など違いが多く、マスティマにとって見分けるのは簡単だった。
「あら、もしかして私たちの名前、事前に全部覚えててくれたのかしら」
「もちろん、救助対象十一人の特徴と名前くらいは。でないと敵を助けてしまう」
「優秀な傭兵で助かりました。見たところ、私たちとあまり変わらない年頃のようだけど」
事実、ここの生徒の中にはマスティマより年上の生徒もいるだろう。
卒業生としては先輩だが、人生まで先輩かどうかは別の話だ。
「帝国皇女としてお礼を言いたいところだけど、あまりここに長居はしたくありませんね」
「ああ、気を緩める前に士官学校に戻ることを考えてくれ。まだ、君たちの教師とは合流できていないんだから」
皇女とマスティマの言葉に、それもそうだと気を入れなおす生徒たち。
さすがにリンノルムのような狂暴な魔物と遭遇は早々ないだろう。
哀れなる教師の亡骸を丁寧に包むと、馬の背に乗せて歩き出す。
教師たちとの合流は、その後まもなくだった。
彼らも相応に傷つき、激戦を繰り広げた痕を全身に作っていた。
亡くなった同僚を運ぶ彼らの肩は、ひどく落ちている。
結局、マスティマが生徒たちを引き連れて学校の門をくぐった時には、太陽はとっくに山間の向こうに消えていた。
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