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傭兵と皇女  作者: X-rain
芽吹きの章
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第二話「傭兵マスティマ」



 アマルテア帝国――それはこのイムヌス大陸において、最大領土の国家である。

 拡大政策と移民政策、同族化によってその支配権を拡大してきた国家だ。

 度重なる反乱と独立も経験し、その枝分かれした国家は同じ大陸にある。

 その歴史に、終焉が訪れた。

 尤も帝国自体は存続しており、民衆の暮らしも変わらない。


 変わったのは、玉座だった。


 それまでの拡大政策を終え、内政に取り組んだのが前皇帝――ヒルダの父がいた。

 諸問題を解決しながら、時には周辺国に譲歩する形でことを収め、国民の収入は歴代皇帝から倍以上に増え、結果税収も増大。

 帝国領は小さくなったにも関わらず、収益は増えたのだ。


 そのため前皇帝は民衆と議会からは賢帝と、貴族たちからは臆病者と呼ばれた。

 それもつい先日、凶刃に倒れた。


 新たに帝位についたのは傀儡の皇帝、その後ろで人形の糸を振り回す者がいる。

 今回の政変を企てた貴族連合会とやらが、完全に玉座を占領したのだ。


 そして、かつての帝国の威光と領土を取り戻すべく、隣国にして定刻より独立した過去を持つ、メティス騎士王国へと宣戦布告する。


 前皇帝の治世では、決して行われなかった隣国への武力行使。

 新皇帝の擁立からわずか一週間足らずで、数十年ぶりの戦争が大陸に広がっていった。


 そして、開戦から一年近く。

 帝国と騎士王国の戦いの最前線。

 幾度の戦いと、数々の要塞の陥落を経て、首都に続く街道を背後に控えた最終防衛地。

 アマルテア帝国と対する戦士たちの指揮に立つのは、敵陣を睨みつけるヒルダの姿だった。


 その傍らに、マスティマの姿はなかった。


   ***


【大陸暦798年:春一月】


 ヒルダのパーティーが開かれたのは、冬の二月目。

 それよりおよそ一年前である春一月に、ある出会いがあった。


 マスティマと彼女の――ヒルダとの出会いは、春の初めのころだった。


 雪が溶け消え、動物たちが目を覚ます。

 人ならざる者たちもまた、眼を覚ましやすくなる時期だ。


 山々に囲まれた盆地の中、荘厳な建物の最上部にある一室で、マスティマは机を挟んで法衣の女性と額を突き合わせていた。


「というわけで、マスティマ。あなたに学生たちの援軍を頼みたいのです」

「俺は依頼料さえ真っ当なら素直に受けるが、そんなに心配ならそもそも出発させなければよかったでは?」


 イムヌス大陸西部には、三つの国家が存在する。

 西端のアマルテア帝国。

 北方のメティス騎士王国。

 南方のベルト都市連合。

 三つの勢力が世にはびこる魔物を討滅することを約束して、大陸宗教『カリタス教会』主導のもとに建設されたのが、大聖堂士官学校である。


 ここには、各方面の有力者、諸侯、王侯貴族に至るまで、様々な少年少女が学びに来る。

 その立地も各国の国境が接する山脈中央にある盆地という、どの国にも配慮した場所だった。


「遠征実習といえども低級の魔物対峙。危険が付きまとうと思いませんか」

「だから、それなら行かせなきゃいいって話でしょう。というか、俺たちのころにそんな配慮、学長がしたことあったか……?」

「国同士の争いがこの十数年途絶えて等しい中、魔物と人類の戦いだけは一向に終わりが見えないのです。ならば、若い者たちに経験を積ませることは何より重要でしょう。教会騎士団を動かすには相応の理由が必要ですが、傭兵を雇うのにさほど理由はいりません」


 大聖堂で言葉を交わすのは、学長にして大聖堂司祭長エウロパと、マスティマだ。

 二人は顔見知りというか、教師と元学生だった。

 一介の傭兵と、大陸全土に浸透する宗教の大幹部ともいえるエウロパが、護衛らしい護衛もなく、机を挟んで話していたのはそういうわけだ。


「いくら俺が元教え子だからって、毎回しょうもない依頼をされても困ります」

「他の子たちはそれぞれの国や団体に帰っていて、自由に動けるのはあなたくらいですもの。その分報酬は弾みますよ」

「……母さんがあなたの同期で、一応の恩師だから、受けるんですよ」


 この士官学校に集まるのは階級の上から下までより取り見取りだ。

 教師の多くも士官学校出身で、思わぬところで人脈が広がることを望まれて、難関入試に挑む者がいる。


 尤も、繋がった縁が時に面倒なことの要因になるのも、覚悟しておかなければならない。


「地図と馬を用意させます。魔物たちが頻出する魔洞(スポット)が見つかっていますがごく小規模、士官学校生の研修にはちょうどいいと思われています」

「騎士団を動かすには、予算と都合が合わないぐらいに小さいんですか」

「はい。ですので、あなたや学生たちに頑張ってもらいたいのです」


 大陸に浸透した宗教の一大拠点であるとは言え、周りの国の影響力から逃れることはできない。


 特にこの士官学校の運用にも、各国からの寄付金が深く絡んでいるからこそ、余計な出費はごめんこうむりたい。

 特に各地に派遣して大聖堂の名声を広め、寄付を募り続ける騎士団を呼び戻すのは出費が大きい。


「出撃した生徒の数は?」

「今期士官学校の優等生クラスの上級生十一名です。リストはこちらに」

「……なるほど、帝国皇女様に王国王子、連合代表の娘、有力貴族の子女が複数名か。そりゃ学長が配慮するわけだ」

「引率の教師も通常二名を倍にして率いてもらっています。でも、懸念材料は他にもあるの」


 エウロパの言葉にマスティマは眉を顰める。

 政治が関わることかと、言い淀む彼女の様子から察した。


「皇女も王子も親が親。政治的敵対者の報復の矛先になりえるのです」

「当然ですね。今までにその事例は?」

「ありませんでした。でも最近両国の首脳陣に暗雲が立ち込めているのは、ご存じで?」


 マスティマは首を横に振る。


 大難の兆しあり。


 各国家と深く繋がり、情報網を広げている大聖堂の主が言うのだから間違いない。

 間違いなく、あと数年内に――早ければ一年以内に――政変と戦争が起きる。


「だから、そのきっかけになりそうな者を守れと」

「ええ。場所を把握したなら馬は入り口に用意させてありますから、さっそくお願いね」

「もう依頼受けていることは確定なんですね。わかりました」


 文句を言いながらすぐに荷物を手にしてマスティマは立ち上がる。

 これ以上話している場合ではないかもしれない。そう判断したのだ。


 馬に乗り、合流地点へと駆けていく。


 それが、いつか大陸を動かす、大切な出会いになる。




少しでも気に入っていただけたら幸いです。




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― 新着の感想 ―
[良い点] 初めまして! 傭兵と皇女というワードに引かれました。 冒頭から波乱含みの展開で世界観に引き込まれました。 面白かったので、ブクマさせて頂きました。 [一言] 銀英伝好きだったりしますか?…
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