9.誰だっていうんだ
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「森の中で油断は大敵だと言うのに、山狼達を倒したことで油断していた――すまない」
パージさんはそう言うと、僕に手を差し出した。
僕はまたしても腰を抜かして草竜から転げ落ちていた。――うう。カッコつかない。
パージさんの手を掴むと、パージさんは僕を引き起こして立たせてくれた。周囲にはパージさんが倒した狼たちの死骸が転がっている。辺りに充満する血の匂いが気持ち悪い。
パージさんは黙々と狼たちの死骸を一か所に集めると、さっきの結界のスクロールに魔力を入れて、死骸たちの周りに結界を張った。
「その狼たちはどうするんですか」
「もちろん持って帰る。狼の肉は不味くて食えたもんじゃないが、罠を仕掛ける時の餌になるし、毛皮は売れる。骨も素材になるし、魔石も取れる」
僕の質問にパージさんは丁寧に答えてくれた。――なんて言うか……ファンタジーだ。
「アーミット――さっきの村跡にいたせいで、思ったより奥までお前の魔力が流れちまったんだな」
「それってどういう――」
「森に喰われたあの村は、もう大森林の一部なんだよ。大森林の中は魔獣の領域だ。奴らは森の中の匂いや気配を敏感に感じ取る」
そう言ってパージさんは積みあげた狼の山を見つめて、指を噛むように唇にあてて少し何か考えているようだ。そして、顔を上げて僕を見た。
「確かこの近くでエイク達が狩りをしているはずだ。ついでにこいつらの回収を頼もう」
「パージさんのお知り合いのハンターですか?」
「敬語はいい。――あとパージでいい。俺もシゲルって呼ぶから」
パージさん――いや、パージの心の壁が一枚取れたような気がする。
「あと、お前は早く身体強化を覚えるべきだな」
ゴミを見るような目は無くなったけど、どうしよもない奴を見るような目には変わりない。――僕の方が年上なんだぞ……。
草竜で10分程走らせると、川沿いの開けた場所が見えた。
「エイク!」
灌木の向こうから男の悲鳴のような叫び声が聞こえてきた。――え?めっちゃ不穏なんですけど。
パージさんもそう感じたのか、草竜を急がせて到着すると、バカでかいサイのような化け物が鼻先についた角に男の人をぶら下げて暴れていた。
男の人は肩を貫かれて、だらんとしている。――けど、魔力の揺らぎが見える。まだ生きている。
サイの周りには二人の男性がいて、一人が弓をつがえている。
パージより濃い灰色がかった茶色い髪の射手は、全身に纏った魔力を弓に集めるとサイにめがけて矢を放った。
魔力を纏った矢は真っ直ぐにサイの首を貫き、その足を止めた。
「今だ!キール」
「わかっている」
キールと呼ばれた男の人は、答えるより早く剣をサイの眉間に突き立てて、サイを絶命させた。
倒れた際から投げ出された男の人は、短く刈り上げた栗色の髪を半分ほど自身の血で赤く染めていた。
「治癒のスクロールを!」
「無理だ!傷が深すぎる。治癒師を――」
弓を射た人が服を脱いで男の人の傷にあてている。
「エイク――」
パージは草竜から飛び降りて、彼らの元に駆けだした。
エイクさん達はパージの幼馴染だ。射手のジェイン、剣のエイクとキールの三人でパーティを組んでいるんだってさっき教えてもらった。
駆け付けたパージが魔法陣を展開しているのが見えた。でも――
無理だと言うのが何故かわかる。
――君なら助けられるよ。
さっきの声が聞こえてきた。なんだよ、無責任な事言うなよ。どうやれって言うんだよ。
――私が手伝ってあげるから。やってごらん。
手伝うって――どうやって?
気が付くと、僕はパージを追いかけてエイクさんの側に立っていた。
「ちくしょう!治癒師を呼ぶ時間もない――俺達じゃ無理だ」
血を吐くようなパージの声が、なぜが現実味を帯びない。
「パージ。ダメだよ」
僕はパージの肩を持つと隣に座り込んだ。
展開された治癒の魔法陣がうまく機能していない。
それもそのはずだ。治癒のスクロールは、負傷した個所の細胞を活性化させ、最大速度で再生させたり、免疫機能を高めて敗血症を予防したり、心肺機能を高めて心肺停止を阻止する術式が書かれている。どこがどう損傷しているかを理解していないと意味がない。アベル王子は医学にも精通していたのか。
僕はスクロールをパージの手から受け取った。
すごい勢いで魔力が吸い取られるのが分かる。
それと同時に、エイクさんの体のどこが損傷していて、どう治さなきゃいけないのかが分かる。
僕に医学の知識なんか皆無なのに。
鎖骨が折れて、動脈が傷ついている。肺も先端が破れている。
でも大丈夫。――魔力を使って再生させることができる。
不思議だ。一つ一つの細胞の動きまでわかるなんて。その細胞たちが魔力に促されて分裂して損傷個所をすごい速さで再生していく。
――魔力の調整が乱れている。ゆっくりと呼吸して。慌てないで。
声は僕の側にいるように、そして僕の魔力をコントロールを手伝ってくれるように語り掛けてくる。
やっぱり君はアベル王子なの?そうじゃないなら誰だって言うんだよ。なんで僕はこんなことができるんだよ。
――ああ、考えるのが怠い。とても眠い。
僕の意識はそこで途切れた。最後に、あの声が聞こえてきた。
――私の元においで。君を待っているよ。




