2.え?
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仕事は楽しく遣り甲斐があり、恋人も可愛いい。僕の人生はなんて幸せなんだと思っていたある日、仕事中に僕のスマホにみちるからのメッセージが届いた。
『会って話したいことがあるから、明日仕事が終わったら会えるかな』
いつもは文章から明るさや人懐っこさが滲み出るみちるなのに、彼女らしくない遠慮がちな文章だった。
何があったんだろうと、僕は不安を覚えて口実を作って総務部に行くとみちるは有給を取っていた。
聞いていない。――いや、彼氏だからって逐一報告しなきゃいけないわけでもないけど、今日は休んでるとかそのくらいは言ってほしかった。
それとも、言えないだけの理由があるんだろうか?――僕、フラれるの?
「中津、何やってんだ」
先輩の声が聞こえて振り返ると、やはり先輩だった。
「情けない顔してんな。ちょっと来い。タバコ行くぞ」
先輩はそう言うと僕の腕を掴んで歩き出した。
――先輩……胸が当たってます。
この男らしい物言いの先輩は、速水祥子さん。実は女性で、前職から僕を救い出してくれた恩人でもある。
美人なのだが粗雑で男らしい。30前半だったはずだが年齢は不詳だ。なんであんなブラック企業にいたのかわからないけど、彼女がいなくなった途端プロジェクトは大炎上したくらい仕事ができる。
とにかくロジカルで的確な考え方で、指示も適切でわかりやすく仕事がしやすかった。
「多少ブラックな方が経験が積めるから、もう少し耐えてみろ」と言って、入社一年目で辞めようとした僕を引き留め、実際に入社二年目とは思えないほどの経験を積ませてもらって、今こうやってこの会社に引っ張ってもらっている。
「何があった。仕事で失敗――はないな。中津は」
先輩はタバコを咥えると火をつけてから口を開いた。こんな時なのに僕の仕事に信頼してくれてるのが嬉しい。ちがう、喜んでる場合じゃない。
僕はみちるから来たメッセージの事、今日みちるが休んでいる事を告げると、先輩はすぐに
「ここんところ住吉さんの様子がおかしかったとかはないか?」
と言った。
みちるの様子――?
「そういえば」
先週末、仕事の帰りに二人で言ったイタリアンはみちるの一番好きな店だった。
いつもはピザやフリットなんかを喜んで食べていたのに、あの日はガーリックを抜いたクリームリゾットを少し食べただけだった。食欲がないって言っていた。
「夏バテ――ですかね」
僕がそう言うと、先輩はチッと舌打ちして「それだけか?」と聞いてきた。
食事の後、僕がタバコに火をつけると、みちるは「その匂い臭いし気持ち悪いから消して」とイライラした感じで言っていたな。
まるで妊娠した時の姉ちゃんみたいで――え。
「姉ちゃんが妊娠した時も確か匂いに敏感になってイライラ……え?もしかして」
「妊娠?――いや。心当たりがあるんなら、可能性はなくはないな……うん」
先輩にしては歯切れの悪い言い方だったが、すぐに取り直して嬉しそうに微笑んでいる。――美人だよなぁ。可愛いみちるとはまた違った魅力がある人だとは思う。中身がおっさんなの知ってるから女性としては見れないけど。
いや、そうじゃない。何を現実逃避しているんだ。
実家の姉ちゃんが妊娠した時がそうだった。
つわりは軽い方だって言ってたけど、それでも匂いに敏感になって、タバコなんか吸ったらぶん殴られた。
もしかしたらみちるも――?話っていうのはつまり……。
「先輩――僕……頑張ります。父親になっても頑張りますから!」
僕はそう言うと、タバコ消すと残りのタバコを全部先輩に手渡して先に喫煙室を出た。
僕の子供――まだ実感はないけど、もし妊娠したのならタバコなんて吸ってる場合じゃない。
幸いブラック企業にいた頃は、給料なんて使う暇もなかったし、子供の頃から大した趣味もなかったからお年玉やらお小遣いだってほとんど全部貯めてたから貯金はそこそこある。
給料も前職よりも上がっているし、贅沢はできないけど専業主婦がしたいと言われれば何とかなる。家事だって得意じゃないけど頑張るし、育児も姉ちゃんの子供の子守くらいならしてきた。
あ、でも一人っ子はやだな。あと一人くらいは欲しい。うん。僕がんばる。
システム部に戻ると、江坂課長が僕の顔を見て目を丸くしていた。
「課長!僕――もっと頑張りますから!よろしくお願いします!」
課長の前に行くと、僕はそう言って頭を下げた。課長は目を丸くしたまま「うん。頑張ってね」とだけ言っていた。
僕が父親なんて実感はないけど、みちるだって今は戸惑っているに違いない。
26歳と25歳なんて、今の時代じゃちょっと若いパパとママかもしれないけど、大丈夫。きっとうまくやれる。
みちるに『明日は定時で帰れるから、どこかゆっくりできる店で話そう。無理はしないで』と返事をすると、僕は明日の分の仕事も全部片づけて、会社を出たのは22時を回っていた。
久しぶりに遅くなった。こんな時間でも電車は満員で、30分後には僕は自宅の近くまで帰ってきていた。
――疲れた。
今日は帰ったら早く寝て明日のみちるとの約束に備えよう。そう思った時、マンションの物陰で何かが白く光ったような気がした。
――なんだ?
僕はその光を確かめるべく、近付いた。すると、一瞬僕の体を光が包み込んで、あまりの眩しさに僕は思わず目をつぶった。
一瞬の浮遊感を感じて、目を開けるとさっきまで僕は家路についていたはずなのに、なんだか見知らぬ場所にいた。
――え?




