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19.酒場にて

お読みいただきありがとうございます

 僕達はまた彼女と鉢合わせしないよう、少し時間をおいてから宿屋に入った。

 会っちゃうと気まずいしね。

 入り口にはカウンターがあったけど、人はいなかった。さっきの彼女もいなかったので、僕は少し安心しちゃった。

 思えば、パージが僕やエイク達以外と話すのを始めて見たけど、女の子相手でも冷たいんだな。――初対面の時のあの冷たい視線を思い出すよ。

 カウンターにはベルが置いてあって、パージが乱暴にそのベルを振ると、奥からぼってりとしたお腹を抱えた中年の男性が現れた。

「おや。お久しぶりですね」

 男性はパージの顔を見ると、明らかに見知った顔を見たとわかるほど表情を柔らかくした。

「今日はお父上様は?」

「村長の所だ。後から来る」

「では、お部屋はいつも通りで?」

「いや、今日はもう一人連れがいる」

「では、いつものお部屋にもう一つ寝床をご用意しましょう。ご用意ができるまで酒場でお待ちいただけますか」

 手慣れた感じでチェックイン?を済ませると、パージは宿屋のおじさんが言った通り、僕を連れてカウンターの左手にある酒場へと進んだ。

 顔見知りになるほど来ているなんて、すごいな。

 僕が尊敬の意を込めてパージを見つめていると、「なに間抜けな顔で見てんだよ」と、眉間に皺を寄せて僕を見返した。酷い。


 酒場には人が溢れていて、美味しそうな匂いが辺りに充満していた。

「この辺は交易品が比較的安く手に入るからな。珍しい香辛料を使った料理なんかもあるぞ。おすすめはマーヴの香草焼きだ。マーヴは俺らの村じゃ食えないがこの辺では食肉用に繁殖してるんだ」

 酒場の奥の小さな4人掛けのテーブルに陣取った僕達は、宿屋のおじさんがサービスで出してくれたヴィーノという果実で作ったお酒を飲んでいた。

 この世界に来て初めてのお酒だ。この世界にもお酒ってあったんだね。

 お酒が入っているからか、少し機嫌のいいパージはよくしゃべる。

「なんだ、酒は初めてか?お前の世界にはないのか?」

「そんなわけないでしょ。僕の世界には数えきれないほどの種類のお酒があったよ」

「数え切れないほどの種類か――いいな」

 パージの目がうっとりしているように見える。お酒好きなのかな。

「僕の世界では大昔は水の代わりにアルコール度数……酒精の低い酒を飲んでいたんだ。この世界みたいに衛生観念がしっかりしていなかったからね。あと、神様に捧げるための供物でもあった。だから、色々な国で色々な酒が造られたんだよ」

「神様――ねぇ」

 パージの顔が途端につまらなさそうになる。神様は嫌いなのかな。――そう言えば、この世界に来てから宗教的な事ってアベル王子の話くらいで、神様とか聞いたことないや。

「宗教ってのはある。でかい町にはそれなりに神殿もあるしな」

「パージ達も神殿に行ったりするの?」

 僕が質問すると、つまらなそうだったパージの顔が一瞬曇ったように思えた。

「あら、あなた達」

 聞いたことのある声に振り返ると、さっきの女の子だった。

「またお前か」

「同じ宿ですもの。仕方ないわ」

 そう言って彼女は、そうするのが当たり前のように僕達のテーブルに座った。

「おい――」

「席がいっぱいなのよ。仕方ないでしょ。他の席は粗暴な男ばかりで身の危険を感じるわ。それなら少しでも見知ったあなた達の方が安全――でしょ?」

 パージの制止を無視して、彼女はしれっと言ってのけた。そして、通りすがった店員に果実水を頼むと、僕達に向き直った。

「私はシルヴィア。シルヴィア・エスクードよ。よろしくね」

 そう言って差し出された手を思わず握ってしまった。

 だって、すごくかわいいんだよ。さっきは鎧を来ていたせいか、きつそうな印象だったけど、鎧を脱いで一目で上等のだとわかるチュニックとパンツ姿の彼女は、とても可愛くて無駄にドキドキしてしまう。――いや、もちろん僕の中で一番かわいいのはみちるだからね!

「エスクード――って事はあんた、貴族か」

 僕が握った手を引き剥がしながら、パージはシルヴィアさんを睨んだ。

「ええ。エスクード侯爵家の三女よ。――それより、私が名乗ったのだからあなた方も名乗るのが当然ではなくて?」

 パージの態度に、明らかにムッとしたシルヴィアさんが小さい体を目いっぱい張ってパージを睨んだ。

「パージだ」

「ぼ……僕はシゲル、です」

 渋々名乗るパージに続いて僕が名乗ると、シルヴィアさんは僕の顔をじっと見つめた。

「黒髪――でも顔つきはこの辺の顔じゃない。あなた、何者?」

「不躾な女だな。同席を許したわけでもないのに勝手に座った挙句、人の詮索か」

 パージ……相手は貴族だよ。捕まったりしちゃうよ……。

「不審者を警戒するのは当然だわ。特に私はエスクードよ」

「俺の連れが不審者だと」

「黒髪を警戒するのはエスクードとしては当然よ!」

 言いながらシルヴィアさんは両手で机を叩いた。

 幸い、酒場の中は騒がしく、歌ったり足を踏み鳴らす人もいたのでシルヴィアさんの小さな手が叩いた程度の音には誰も反応しなかった。ただ、近い席の人達はシルヴィアさんの声が聞こえたようでこっちを見ている。

 30代半ばくらいの3人組の男達だ。

「だったら他所の席に行け。シゲルは俺の連れだ。お前が警戒しようがどうしようが関係ない」

「そうそう。俺達の席も空いてるからさ、こっちに来なよ」

 こっちを見ていた席の人達が、いつの間にか僕達の席を囲んでいた。

「触らないでよ」

 お約束のように男たちはシルヴィアさんの腕を掴んで自分達の席に連れて行こうとしていて、シルヴィアさんは嫌がっている。

「パージ……助けた方が」

「自業自得だろうが。こっちはお前を侮辱されたんだぞ」

 そう言うと、パージは立ち上がって男達に向かって笑いかけた。

「そいつはこの席がお気に入りみたいだ。だったら俺達があんたらと席を交換してやるよ。それならいいだろ?お嬢様」

 パージの言葉に男達は口々に賛同して、今度は立ち上がろうとするシルヴィアさんの体を押さえつけて、パージが立った席に座ろうとしている。

 パージは僕の手を引いて立ち上がらせようとした。――その時。

「お前は何をしているんだ」

 アーノンさんの声がパージの後ろから聞こえてきた。

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