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迷宮保険  作者: 井上啓二
第五章 一〇〇〇年王国の怪人
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ドワーフの大隧道

「――遊ぶのも結構じゃが、まずは自分の食い扶持を稼ぐのが先じゃぞ」


 不意の声が響いて、わたしたちは振り返りました。

 そこにいたのは、ひとりのドワーフでした。

 筋骨隆々の頑健な短躯に、新雪を盛ったような真っ白な眉と豊かな編み髭。

 わたしはこの人に会ったことがありました。

 

ボッシュさんボッシュ・ザ・グレート!」


 わたしは叫びました。

紫衣の魔女(アンドリーナ)” を|最初に討滅したパーティ《オリジナルシックス》 “穏やかな会話(ソフトーク)” の一角にして、古の名匠の鍛えし業物 “旋風剣(ミキサーブレード)” を縦横に振るう “狂王(トレバーン)の試練場” 最強の戦士。

 比類なき勲功により近衛騎士に叙されながらも、貴族としての華美で不自由のない生活よりも、(いち)工兵隊長として城塞都市の強化と後進の育成に余生を捧げた、現代の工匠神。


 本人ではないはずです。

 本人は “運命の日” に盟友であるトリニティ・レインさんらとマグダラ陛下の下に参陣し、共に地底湖岬の記念碑(モノリス)に名前が刻まれています。

 ですからこの人もベルキ女王と同様、英傑の血を引く子孫なのでしょう。

 陛下と同様、まさに生き写しでした。

 

「兎の耳より土竜(もぐら)の目。外からの人間がいると聞いて、今の御時世そんな奇特な話があるものかと確かめにきてみれば、輪をかけて突飛な状況じゃわ。その髪、その姿。さらにそこで曾々祖父さんの名前が出るところを見ると、もしやおまえさんが到来を予言された “黒髪の聖女” か」


「おいコラ、失礼なことを言うなよ。この方は紛れもなく聖典に記されしところの “銀髪の聖女” 様の再臨だ。いいか “銀髪” だぞ」


 老ドワーフの言葉を、わたしへの侮辱と受け取ったのでしょう。

 イランさんが声色を強めて訂正しました。


「それこそ土竜の目よな。わしの家系では代々 “黒髪の聖女” と伝わってるんじゃ。現にそこな娘の髪はどこから見ても(シルバー)ではなく黒瑪瑙(オニキス)じゃろうが」

 

「だからそれは――」


「いいのです、イランさん。この方が偉大なるボッシュさんの血筋に連なる方なら、そのように伝わっているのはむしろ自然なことです。あの尊き御老公は、常々眼前の事象をあるがままに受け入れていました」


 今にして思えば、わたしは “真龍の試練(ドラゴンクエスト)” の中程から、聖女を演じる(ロールプレイする)ようになっていました。

 それは意識的に、周囲の必要に応えてのことでした。

 “周囲の期待” ではなく “必要” 。

 誰も最初はわたしに期待などしてはいなかった。

 ただ目的地である “リーンガミル” を目前にして、“真龍(ラージブレス)” の不意の召喚を受けて混乱し不安に苛まれていた。

 だから成長(レベルアップ)にしたがって増大する力を、あの大変な状況で役に立てたかった。

“銀髪の聖女の再臨” は、わたしが自らの意思で始めたこと。


(……それが今になって途方もない重荷になってしまった)


 でも、あの時もボッシュさんは、わたしを “黒髪の聖女” と呼んでいた。

 決して “伝説の再来” とは受け取らなかった。

 今ならわかります。

 あれがボッシュさんの強さであり、思いやりであり、優しさであったと。


「あなたのご尊名をお教えください。尊き御老公」


 わたしは尊敬の念を込めて、偉大な血筋に連なる老ドワーフに頭を垂れました。


「ふむ、そこまでドワーフ流の礼儀を通されては答えねばなるまいて。わしの名は “ダロス” 。ここでは “石割りのダロス” と呼ばれておる」


「ダロスさん。やはりあなたはボッシュさんの……」


「然り。先も言ったとおり英雄 “偉大なるボッシュ” はわしの曾々祖父さんよ。曾々祖父さんは故郷から “トレバーンの城塞都市” に家族を呼び寄せていた。そのせいで運よくトリニティ・レインを通じて、マグダラ四世(フォース)の “方舟計画” に便乗することができたんじゃ。あとの一族は皆地上で滅んだ」


 一族のつながりを何よりも大切にするドワーフの悲劇に、わたしは答えようがなく黙ってうなずくしかありませんでした。


「一〇〇年も前の話よ――それよりも仕事だ。ついてこい」


 恬淡(てんたん)に肩をすくめると、ダロスさんはくるりと背を向けました。


「待てよ、仕事ってなんだ。俺たちはここを見て回らないとならないんだ」


 イランさんが慌てて、歩み去る逞しい短躯を呼び止めます。


「だから “ここを知る” には “仕事をする” のが一番なんじゃ。黙ってついてこい」


 振り返ることなく答えるダロスさん。

 わたしたちは顔を見合わせると、腑に落ちないままに後に続きました。

 

◆◇◆


 ダロスさんが真っ直ぐに向かったのは、階層(フロア)の西でした。


「あの、どこへ向かっているのですか? この先には外壁があるだけで――」

 

 座標 “()00、()05” 

 分厚い岩盤の外壁が南北に続く、迷宮第一層の外縁です。

 強化煉瓦(レンガ)製の内壁と違い扉などを取り付けることはできず、通過は叶いません。

 また東西・南北の両端の外縁をそれぞれつなぐ、いわゆる次元連結(ループ)もこの座標にはないはずです。

 わたしの記憶では次元連結がなされているのは、ここから三区画(ブロック)ほど南のはず。


「ダロスさん、いったいどこに――あっ!!?」


 疑問は衝撃とともに氷解、いえ打ち砕かれました。


「これは隧道(トンネル)ですか!?」


 眼の前に現れたのは “永光コンティニュアル・ライト” に煌々と照らし出された、巨大な隧道の入口でした。

 高さと幅は、それぞれ五メートルはあるでしょう。

 内側には硬度の高い石を丁寧にはめ込み、崩落を防いでいます。

 建築の知識はありませんがこんなにも緻密で大胆、そして美しい仕事ができるのはドワーフ以外にいないでしょう。

 その巨大な隧道が、どこまでも真っ直ぐに伸びています。


「これを掘ったのですが?」


「いかにも。これを掘ったのじゃ」


 そこでようやくダロスさんが振り返りました。


「曾祖父さんたちが始めて、祖父さん、親父、そしてわしと受け継いだ家業よ」

 

「すごい……まるで迷宮支配者(ダンジョンマスター)の仕事です」


 迷宮の(ことわり)を自在に支配する、迷宮支配者。

 その力は自分の造り上げた迷宮では神にも比肩するのが、この世界(アカシニア)の理です。


「別段そこまで驚くものでもなかろう。人間必要に迫られれば誰だってこれぐらいの仕事はするものよ。おまえさんたちだって、()()()の間取りを拡げるくらいはするじゃろう?」


「確かに我々の暮らす迷宮も、この一〇〇年の間に当初とはまるで様変わりしているらしいが、好き勝手に掘り進めたせいでどこもかしこもとにかく雑然としていて……ここまで整然とした仕事ではない」


 水を向けられたドッジさんが、自分たちの “一〇〇年後の呪いの大穴” と比較して嘆息します。

 魔人 “僭称者(役立たず)” が作り上げた大迷宮 “呪いの大穴” は、その “僭称者” 自身の帰還によって “林檎の迷宮” へと変容し、さらには “悪魔王” の復活から逃げ延びた人々に隅々まで掘削され、今や “不定形” の、まさしく迷宮と化しています。


「ふん、美しくない仕事か。それは確かによくない仕事じゃな」


 ダロスさんは興味をなくしたように鼻を鳴らすと再び背を向けて、隧道へと入っていきました。

 こうなればわたしたちも、行き着くところまでいくしかありません。

 遅れじと後に続きます。


 隧道は、どこまでもどこまでも果てしなく、まっすぐに伸びていました。


「わたしはドッジさんたちの迷宮の第四層で、“永劫回廊” とでも呼ぶべき長い長い回廊を歩きましたが、その時を思い出します」


「その報告は聞いています。まる三日歩き通してようやく抜けることができたとか」


次元連結(ループ)などはなく、距離にしても半キロほどでしたが、迷宮特有の時間と空間の歪みが酷かったのです」


 隧道の両脇には等間隔に休憩所とも避難所ともいえる “玄室” が設けられていて、休息する作業員の姿がありました。

 他にも、食料や工具などの物資を備蓄していると思しき玄室も見て取れます。

 有様(ありよう)こそまるで違いますが、その構造はどこか高速道路を彷彿とさせました。

 同時にわたしの中に、違和感が芽生えます。


「ダロスさん。お訊ねしてもよろしいでしょうか?」


「なんじゃ」


「現在この地下の王都(リーンガミル)で生活する人々の数は一〇〇〇〇人に達していて、この迷宮の許容量(キャパシティ)をオーバーしつつあると聞きました。ですがこの隧道は新たな居住空間を開拓しているようには……」


 そうなのです。

 所々に休憩所や避難所、倉庫などは点在しているものの、それ以上の広さはなく、人々が生活している様子もありません。

 それでも隧道はまっすぐに掘り進められていて、これではまるでどこかに――。


 脳内に散る火花(スパーク)


「――まさか!」


「ようやく気づいたようじゃの。いかにも。この隧道はおまえさんたちがいた迷宮を目指して一〇〇年もの間、掘り進められている。真なるリーンガミルに戻るために。そして、そこで生き延びる同胞と再び抱き合うために」


 驚愕するわたしたちの耳に、隧道の石壁に反響する歌声が聞こえました。



作者多忙につき、長く更新が滞りもうしわけありませんでした。

しばらく時間を見つけての執筆・更新となりますが、なにとぞよろしくお願いいたします。

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