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迷宮保険  作者: 井上啓二
第五章 一〇〇〇年王国の怪人
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後ろ暗き再会

 わたしは凍りつきました。

 迷宮探索者がなによりも第一に考えなければならない仲間(パーティメンバー)

 あろうことか、その存在を忘失してしまっていたのです。

 それは、これまでなら考えられないことでした。

 わたしは自分でも気づかないうちに変質して……破れてしまっていたのです。

 わたしは己の変化に恐怖しました。


「聖女様!」


 わたしの動揺に気づくことなく、三人が駆け寄ってきます。

 真っ先に辿り着いたイランさんが満面に喜色を浮かべて、わたしの手を痛いほどに握りました。

 かつては “砂漠の民” と呼ばれた浅黒い髭面の顔に白い歯が光っています。


「よかった、ご無事だったのですね!」


「え、ええ……あなたがたも」


 強張った笑顔が限界でした。


「運が良かったのです。砂嵐に遮られてわかりませんでしたが、パーティがいたのは “龍の文鎮(岩山の迷宮)”の麓だったようで、ギリギリ “真龍(ラージブレス)” の加護が及んでいたようです」

 

 ゼークリンガーさんの発した “パーティ” という言葉が、後ろ暗さとなって胸奥に突き刺さります。


(いくら結成して間もない急場の救助隊だからといって……)


「その……傷の方はいかがですか?」


 ドッジさんの表情が陰り、まるで罪を悔いるように訊ねます。

 視線がわたしの肩口に注がれています。


「大丈夫です。傷も残っていません」


 貸し与えられた見慣れぬ僧衣の右肩に手を当てます。

 “餓鬼魂(BON BON)” の襲撃の最中にヨシュア=ベンさんの大剣で肺まで切り裂かれた傷は、目覚めたときには跡形もなく消え去っていました。

 “真龍” の加護故か、あるいは奇跡的に間際に嘆願した “神癒(ゴッド・ヒール)” が届いたのか、わずかな痛みも毛一筋ほどの疵痕も残っていません。


「世界蛇の末裔と、なにより女神ニルダニスに感謝を」


 ドッジさんの重々しい感謝の言葉が、今はただ辛いです。

 わたしは女神を信じられなく……信じたくなくなっていたのですから。


「……ヨシュア=ベンさんは?」


 姿の見えない最後パーティメンバーについて訊ねます。

 燃えたぎる憎悪でわたしを切り裂いた救助対象者。


「ここの連中に事情を話して牢にぶち込んであります――あの大馬鹿野郎が!」


 憤怒を吐き捨てるイランさん。


 会わなければならないでしょう。

 会ってヨシュア=ベンさんの抱く憎悪と向き合わなければなりません。

 ですが今のわたしには、その気力も勇気もありませんでした。

 会ったところでいったい何を話せばよいというのでしょうか?

 迷える彼に道を指し示せとでも?

 これまで、()()()()()()()()()()()()()()()()のわたしに。


(……自分のことすらもはや信じられないというのに……)


「……いま会うのはやめておきましょう。逆効果だと思いますから」


 わたしの “逃げ” を三人は肯定的に受け取ったのか、三様にうなずきました。


「その方がよろしいでしょう。鉄格子に遮られているとはいえ聖女様に失礼なことはいえますから」


「頭が冷えるまで何日でも入ってるがいいさ! あの大馬鹿野郎が!」


「幸いなことに、この地下都市を治めるベルキ女王は寛大な方のようです。こちらの事情を理解していただければ、悪いようにはしないでしょう」


「それだ。本当にここは “リーンガミル” なのか? 王都の連中が悪魔王の災禍から一〇〇年も生き残ってたと?」


「我々が会った女王には為政者としての風格があった。あれは(まが)い物ではなかった。ごく短い謁見だったがそれは確かだった。あの若さであの威厳……王統の血のなせる業というべきか」


「そうだとするなら我々は途方もない希望を見つけたことになります! 疾うの昔に滅び去ったと思っていた “リーンガミル聖王国” が存続していたのですから!」


 わたしの発言が呼び水となって、今や全員が一時に話していました。

 イランさんがハッと思い出せば、ドッジさんが腕組みをして慎重に感想を述べ、ゼークリンガーさんが躍り上がるように叫びます。


「死者を完全に蘇生させる “奇跡の泉” の発見があったかと思えば、今度は滅亡した故国の存続か……希望の到来も結構だが、こうも続くと都合が良すぎる気もするな」


「ドッジはこれが――この地下の王国が “イリュージョン(まやかし)” だとでもいうのか?」


 高揚した気分に水をさされたのでしょう。呆れ顔を向けるイランさん。


「そこまではいっていない。だが希望の先走りは先々の落とし穴になる。より大きな失望となって(さいな)むぞ」


「わたしは “まやかし” などではないと思います。ベルキ陛下はマグダラ様の写し身そのものでした。なによりもあの方にはマグダラ様の “魂” を感じました。おそらくベルキ陛下は “転生者” 、マグダラ様の血だけでなく魂まで受け継いだのでしょう。あの方がリーンガミル王家に連なる正当なお血筋であることは確かです」


 強大な力を持つ存在―― “真龍(ラージブレス)” や “悪魔王(パズズ)” であるなら、そのような “幻影(げんえい)” を見せることも可能でしょう。

 実際にわたしは “悪魔王” によって “心の迷宮(メイズ)” に囚われた経験があります。

 ですが今は、善悪いかなる高次元的な意思の介入も感じられません。

 あるとすればさらに高次元の…… “運命” の介在でしょう。


「だとすれば我々が成すべきことはひとつだ。一刻も早く拠点に帰還してこの吉報を届ける」


 ドッジさんが決然と腕組みを解きました。


「それでこそ、ドッジだ! よし、そうと決まれば早速――」


「待ってください。拠点に還れるかどうかは “砂嵐” の次第です」


 わたしは気忙(きぜわ)しく動きかけたイランさんを制しました。

“悪魔王” が気まぐれに吹かせている猛砂が治まらない限り、拠点に辿り着けるかは運否天賦なのです。

 

「それに……ヨシュア=ベンさんのこともあります」


『彼を置いていくわけにはいきません』……と続けかけて言葉を飲み込みます。

 今のわたしには言えない言葉でした。


「確かに……あの砂漠をもう一度越えて戻るのは難事です」


 砂漠で二重遭難寸前になったのを思い出したのでしょう。冷え冷えとドッジさんが答えました。


「焦ってもしかたありませんか。ヨシュア=ベンの救出という目的は達したのです。ここは大きく構えて、この “リーンガミル” についてじっくり調べましょう。文化や技術のレベル。特に我々の拠点と提携をするなら、住人の意識や傾向は重要です」  


 知的好奇心に目を輝かせて提案するゼークリンガーさん。

 魔術師である彼には、この大発見(地下の王国)から足早に去るのは耐え難い選択なのでしょう。


「頭を冷やして考えれば、一〇〇年も別々の道を歩んできた集団同士だ。おいそれと協力できるとは限らないか――いや、むしろ最初のボタンの掛け違いが後々の対立をもたらすことだって十分にありえる」


 ドッジさんの述懐に、わたしはうなずきます。


「ここの人々に何が不足していて何を求めているか。反対にドッジさんたちの拠点が何を提供できて何を要求できるか。まずはそこからでしょう」


 言葉は悪いですが、提携とは相手の弱点を知ることから始まります。

 一〇〇年前のこの迷宮であの人が、第五層に生息していた “十字軍(クルセイダーズ)” を籠絡して、対立する “狂信者プリースト・オブ・ファング” と共倒れさせたのは、まさにその手でした。

 まして今回は永続的な協力関係を築かなければならないのです。

 慎重かつ十分な調査と分析が必要でした。


「わたしは会談の終わり際にベルキ陛下から、この地下王国で自由に行動してよいとお許しをいただきました。おそらく陛下も同じお心づもりなのでしょう」


「それは我々もです」


「我々は斥候(スカウト) であり、この国の女王公認の間諜(スパイ)というわけですな」


 ドッジさんとゼークリンガーさんの顔に生気が漲ります。

 目的が明確になったとき、人には大きなエネルギーが沸き起こるのです。

 そしてそれは……今のわたしに枯渇しているものでした。


「そうと決まれば早速あちこち見て回ろう! ははは、まさか今どき “王都見物” ができるとは思わなかったぜ!」


 破顔一笑するイランさん。

 快活な言葉どおり、“王都見物” はこの世界では最大の娯楽なのです。


「――遊ぶのも結構じゃが、まずは自分の食い扶持を稼ぐのが先じゃぞ」


 不意の声が響いて、わたしたちは振り返りました。

 そこにいたのは、ひとりのドワーフでした。

 筋骨隆々の頑健な短躯に、新雪を盛ったような真っ白な眉と豊かな編み髭。

 わたしはこの人に会ったことがありました。

 

ボッシュさんボッシュ・ザ・グレート!」


 わたしは叫びました。 

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