またお会いしましょう
「まあ、めでたい、おめでとう。大聖堂で盛大に結婚式するの?」
「それが……来春になりそうなんだよ」
と兄上が言った。
「え、またえらく遠くない?」
「ヴィンセント様が次期国王になられる戴冠式と共にご成婚もされるから。それらの儀式の予定がぎっしり」
「そうなんだ」
誰も彼もめでたいねえ。
ヴィンセント皇子も初恋が実って万歳だな。
操られていても罪は罪と修道院へ入ろうとしたミス・アンバーをかなり強く引き留めたのはヴィンセント皇子だと聞いた。
「ふーん、あ、じゃあさ、どっか遊びに行かない? 白薔薇も婚約したならもう社交界に顔出さないし、サロンパーティも行かないっしょ。どっか別荘とか行ってのんびりしない?
白薔薇んとこ海辺の別荘とかないの? まだまだ残暑が厳しいじゃん」
とあたしが言うと、二人は微妙な顔をした。
「え、駄目? 忙しいの?」
「忙しいのはマリア様ですわよ」
「へ? あたしは別に忙しくないけど」
カチャッドアが開き、父親の侯爵が入って来て、
「お付きになられた」
と言った。
兄上と白薔薇が立ち上がったので、あたしも立つ。
「わざわざ来ていただかずとも、こちらからお伺いいたしましたのに」
と父親が酷く恐縮してそう言い、その後ろからヴィンセント皇子が入ってきた。
一瞬で広間に緊張が走るのは、ずいぶんと雰囲気が変わったからだと思う。
次の国王になるのが決まり、その為だろう。
ぴりっとした緊張感にもの凄いオーラを醸し出したヴィンセント皇子が目の前にいる。
表情は厳しく、少し痩せたようだ。
じっとあたしを見つめる視線が厳しい。 ま、負けるもんか。
ガンの飛ばし合いにだって負けたことないし。
ヴィンセント皇子は人んちのソファに偉そうに足を組んで座った。
兄上はもじもじしてて、白薔薇はなんだか意味ありな顔で微笑んでいる。
父親は座ったが、兄上と白薔薇は皇子にお辞儀をしてから部屋を出て行った。
白薔薇は部屋を出る寸前にあたしを見てうふふと笑った。
「久しぶりだな、マリア」
とヴィンセント皇子が言い、
「そうですわね」
とあたしは答えて、またソファに座った。
「ヴィンセント様、本日のご用向きは何でしょう? 何かとお忙しいでしょうに」
「ああ、父王が退位すると言い出して、その責務が回ってきて大変なんだ。ローレンスが手伝ってくれるようになり、まだ助かってはいるが」
「そうですか、大変ですね」
「侯爵、すまないがマリアと二人で話をさせていただけないかな?」
ヴィンセント皇子がそう言うと、父親は素早く席を立ち、部屋を出て行った。
え、そんな二人っきりとか困るし。
「怒っているのか?」
「え、いえ、別に。私が怒る筋合いもありませんし」
「しばらく会いにこれなかったのは悪いと思ってる。寝る暇もないくらい忙しくて」
「そうですか。でも、私に会いにくる理由なんてありませんでしょ」
「……」
「次期国王になられて、御結婚もお決まりで、めでてえ事ばっかりですよ。私の事なんぞ忘れてくださいまし」
あたしは膝の上でレースのハンカチをしわくちゃになるほどぎゅうって握りしめてそうやって言うのが精一杯だった。
「何故だ?」
「何故って……御結婚がお決まりなら、その婚約者の所へ行くべきですわ。今となっては私が元カノの立場ですが、ミス・アンバーはいい気はしないんじゃないでしょうか」
ヴィンセント皇子は首を傾げた。
「ミス・アンバー? 彼女なら、やはり修道院へ行ってしまったよ。かなり引き留めたんだが、やはり罪を償いたいと」
「そうですか……操られてただけで、ミス・アンバーは何もしていないと……え? それならご成婚もお預けですか」
ヴィンセント皇子は首を振った。
「父王は退位すると言い出すし、国民も悲しんでいる。王妃の喪に服すのも結構だがな」
「え、じゃあ」
「いっそめでたい話で国の雰囲気を変えてしまうのもいいだろう? そもそも、私がそんなに待てない。今すぐにでも結婚したいと思っている」
「へえ」
「私の戴冠式と共に新たなる王妃も誕生する事になる」
「へえ、では修道院に入るなんて建前ですぐにお戻りになりますわね」
「え?」
「え?」
しばらくヴィンセント皇子はあたしを見つめていたが、立ち上がって移動するとあたしの隣にどすんと座った。
「ミス・アンバーは最低でも三年は修道院で過ごす事になる。資格を持つシスターになるかどうかは分からないが、それでも一度入ったら早々には戻ってこられないだろう」
「え? ではやはり御結婚は延期に?」
「何故だ? 私達の結婚にミス・アンバーが関係あるのか?」
「……え?」
顔がかあっと熱くなった。
「ミス・アンバーと結婚なさるんですよね?」
「私は君と婚約してたはずだが」
「婚約の話は白紙に戻ったと……父が。それに国王になられるなら、身分違いなど飛び越えてミス・アンバーを娶る事もできますわ」
ヴィンセント皇子はまた首を傾げ、
「ミス・アンバーと結婚するつもりはない」
と言った。
「身分違いで結婚を反対されたと聞きましたわ。だからその……今はもう反対なさる方もいらっしゃらないですし。元サヤかな……なんて」
「君が何か誤解しているのか、それとも遠回しに結婚を断られているのか?」
「え、いや、若い時にミス・アンバーとの結婚を周囲に反対されたと伺いましたわ。ミス・アンバーも皇子にプロポーズされたけど泣く泣く諦めたみたいにおっしゃってましたし」
ヴィンセント皇子はコホンと咳払いをしてから、
「ミス・アンバーがどう思ってたかは分からないが彼女と恋人だった事はないよ。男爵家の奥方が厳しい方で肩身の狭い思いをしているのは知っていたが、結婚という手段で彼女を救い出そうとは思わなかった。本が好きらしいから図書館に通い、そこで過ごす事は許可した。私には彼女は友人でそれ以上でもそれ以下でもない」
と言った。
「そ、そうですか……」
だけどミス・アンバーはきっとずっとヴィンセント皇子に恋心を抱いてたに違いない。
唯一の居場所の図書館でずっとヴィンセントを待っていたんだろうな。
え、じゃあ、ヴィンセント皇子のご成婚の相手って。
ぐいっと肩を引き寄せられて、ヴィンセント皇子の唇があたしのそれに重なった。
「婚約解消などしていない。私は君を愛しているから。マリア」
とヴィンセント皇子が耳元で囁いた。
そ、そんな渋い声で囁かれたら。
こう見えて免疫ないし。
「生涯をかけて私が愛する女性は君だけだ。どうか私と結婚して欲しい」
ぎゅうと抱きすくめられてあたしは「はい」と答えかけたが、
「で、でも、あたし、侯爵家の娘っていうより、前世での記憶と人格の方が大きくて、王妃なんて柄じゃなくて、そんな責任重大なの出来る自信ないし」
これが正直な思いだった。
うじうじしてる、自分でもそう思うよ。
ヴィンセント皇子の事もきっと好きだ。
だけど、王妃って。
うちの母親みたいにちょっとした良い家柄の奥様くらいならなんとかなったかもしれないのに。
「知っているよ。君の前世の事は」
とヴィンセント皇子が言った。
「へ?!」
「あれから母上が夢に出てきて全て話をしてくれた。君がずっと母上に寄り添って、母上を殺害した犯人を捜してくれた事や、もちろん前世で君と母上がどんなに大切な仲間であった事もね。喧嘩が強くて、綺麗で、頼もしくて、大好きな友達だったと言っていたよ」
「先輩が……」
「母上は君が王妃になる事を迷うかもしれないと言っていた。だが自分にも出来たことだから、マリアにもきっと出来ると。毒姫真理亜は目の前の困難から逃げ出すような女じゃないだろ? むしろファイトがわくだろうって伝えてくれと言っていたよ。それに私が側にいる。一生をかけてあなたを幸せにすると誓う」
「皇子……」
「だからどうか私と結婚してほしい」
「は……い……」
今、この状態で断るなんて出来る!?
はい一択じゃん!
「ありがとう、必ず君を幸せにする。愛している、マリア」
「ヴィンセント様……」
そんなこんなであたしの記憶を持ったままの転生劇はそう悪いもんじゃなかった。
国王になったヴィンセント皇子と結婚し、五人の子供を皇子、姫、皇子、皇子、姫、の順番で産み、それがまた誰に似たのか言うことを聞かない悪ガキばっかりで、この国の将来は大丈夫かね、と思いながらも毎日楽しく騒がしく暮らした。
そしてあたしは今、死の床についている。
ヴィンセントはあたしのしわくちゃの手を握り、泣いている。
「ヴィンセント様、あなたに会えて幸せでした……」
子供達も孫や曾孫を連れて駆けつけてくれてる。
「マリア、私の方こそ、君に会えて幸せだったよ。ありがとう」
もう寿命はつきそうだけど、少しも怖い事なんかない。
またどこかへ転生して、果梨奈先輩に会ってレディースをする約束してるし。
それにヴィンセント様にも次の世代でまた会えるだろうから。
「また……お会いしましょう……」
了




