真実と現実
「おーい」
…?何か聞こえる。この声は…
「ほら、殺切も何か言ってやれよ。」
「寄るな変態」
「いや、俺じゃなく彼に」
目を開けると、俺を囲んで殺切と金輪が会話していた。
俺はボーッとした状態のまま周りを見渡すと、ここが医務室だということは認識できた。
戻って…来れた?
「お?起きたか。い~い夢見れたかぁ?」
「刹那、おはよう」
二人共俺が目を開けると、会話を切り上げ話し掛けてくる。金輪に関しては白々しく夢について聞いてきた。
確信犯め。
よく見ると、殺切はとうに用事を済ませたらしく、帰る気満々だ。俺が上体を起こすと同時にグイっと鞄を渡してくる。
「刹那の鞄」
「えっ?持ってきてくれてたのか?」
「当然」
殺切は俺の寝ている間に寄り道までして鞄を取ってきてくれていた。逆に言えば、寄り道できる程に俺は寝ていたという事だ。
「ほら、いい加減帰った帰った。完全下校時刻とっくに過ぎてんだぞ?」
言われて時計を見ると、六時を回っているではないか。医務室はいつも紫外線防止とか言って金輪がカーテンを閉めるせいで外が把握出来ない。
「ヤバイっ!今日俺晩飯当番だった!」
「大丈夫、手伝う」
「結構ですっ」
俺は寝起きとは思わせないスピードでベットをもとあったように戻すと、医務室を出る。
殺切も刹那の後を付いてくる。
「あっ、そうだ」
刹那は振り向くと、珈琲に砂糖を入れる金輪に呼び掛ける。夢の話ならご想像通りだぞ?などと言って珈琲に口をつけるのを無視して刹那は一言金輪にお見舞いする。
「…変態」
「ぶっ!…おい、それどういう意味だ?」
金輪は刹那の爆発発言に入れたばかりの珈琲を吹いてしまった。
「じゃあ、失礼しますっ」
刹那はそれだけ言うと、問い掛けにも答えずさっさと医務室を後にする。
「刹那…?」
「何でもない。早く帰ろう」
殺切は不思議そうに眉根を寄せるがそれ以上は何も言ってこなかった。学園長からの伝言などとは口が裂けても言えない。
「刹那」
「ん?」
下駄箱に到着し、上履きを靴に履き替えながら殺切が口を開く。今更だが、この学校は成績や能力の熟知度でクラス分けされている。階級は全部で四段階。四大壊呪を元にした下級《玄武》中級《白虎》そして、上級は技術力や細工に特化した《青龍》猛攻、先制攻撃、パワーに特化した《朱雀》を上級魔導師として掲げている。自分は底辺なので下級の《玄武》に在席。殺切の場合は、入学早々突っ掛かってきた《朱雀》の上級魔導師を容赦なくぶちのめし二日目からいきなり《朱雀》へ在席。この一件に関しては前代未聞で、やられた上級魔導師は《白虎》へ下落。、駆けつけた教官等も口をパクパクしていた。そして、階級が違うと下駄箱も違うわけで、間に四つの隔たりを挟む形で喋る感じになる。
「明日、魔導師昇格試験」
「……は?」
聞こえない。聞かない。聞きたくない…。
これは俺の願望。
出来れば聞こえないフリを装いたかった。
…いや、装った。
「明日、魔導師昇格試…」
「聞こえてるよっ」
殺切は下駄箱で縮こまる刹那にわざわざ近寄ってきて耳打ちする。
災難だ…。
昇格試験とは年に三回ある。一回目は入学初期。実行目的は階級分けの為だ。俺はこれで危うく入学を断られるところだった。都合よく殺切が例の事件で目立ったお陰で、幼馴染みの立場にある俺はその後を期待され入学を許された。三回目は末期にある修了試験としてだ。
そして明日ある二回目は…
「刹那?」
俺は力が抜けて下駄箱にもたれ掛かる。二回目は修了試験を受けるに価するかを見極める、いわば生死の境目。これに落ちれば学園を去らなければならない。
「殺切、俺駄目かも…」
「どうして?」
「どうしてって…」
殺切は首を傾げる。確かに殺切にしたら明日の試験は実技訓練と同じだろう。
《朱雀》なのだから。
しかし、自分は違う。《玄武》の下には階級なんて存在しない。
刹那は重々しい口を開く
「俺は…魔法を使わないんじゃない。使えないんだ」
「……っ!」
その言葉に流石の殺切も目を見開く。
刹那は殺切に分りやすく首元と手首を見せる。視認しずらいが、その部分だけが空間を曲げるように渦巻いているように見える筈だ。
「不可視の魔法が掛かってて今は見えずらいけど、俺の五体には封印が施されてる」
刹那はそう言うと、殺切に帰ろうと促す。この封印式は生まれた頃から既に成立していた。五重封印式が組み込まれていて、一筋縄では解くことができそうにない。
もとい、俺では。
「本当?」
「殺切に嘘はつかないっ」
「魔法、使えるって嘘ついてた」
「えっ?いや、それは…」
刹那は殺切の指摘に言葉を濁す。
自分はまがいなりにも魔導師の端くれだ。プライドというものがあるっ
なんて決め台詞的な事は今の俺には死んでも言えない。
落ちこぼれの底辺。
落ちこぼれはどこまで行っても鎖で繋ぎ止められている限り浮上する事はない。
「他に知ってる人は?」
「…金輪教官」
そんな俺をよそに、殺切は質問を続けてくる。
「封印式は?」
「《五縛封呪》の…ようなんだ…」
「…っ!?それって…」
《五縛封呪》は前世紀に存在した超魔法。
身体の五臓六腑を一部だけ媒介として使用し、それを元に五つの箇所に各々違った封印式を施す。かの英雄達、《six》も戦争を沈静化した後、強大な力の抑止力の為己の身体に刻んだとされている。
言わば《黒魔法》の封印式。
「有り得ない…」
「だろうな。誰だってそんな反応するだろうよ…」
校門を抜けると、刹那達は家へ向けて足を動かす。刹那は殺切と話し合い、今晩のおかずを買いに商店街に寄り道することにする。
「殺切はこの封印式について何か知ってる事はないか?」
「…ない。知ってるのは名前くらい」
「そうか…」
刹那はうなだれる。
前世紀の超魔法なのだ。逆に知っている方が何かと怪しい。知らないのが普通に決まっている。
刹那は気を取り直し、献立についてリクエストを聞こうと殺切を見やると、何やら考え事をしているようだった。
「…?」
何か浮かんだのか?
とりあえず、献立は商店街に着いてから考える事にする。
恐らく肉料理だろうが。
俺達はいわゆる同居と言うやつだ。
俺が殺切の家に引き取られたのはいつだっただろうか。幼い頃に両親を事故で亡くし、幼馴染みという事もあり親しみのあった殺切の家に半ば強制的に引き取られた。殺切の母親《赤刃・鎌火》は殺切と共に自分を我が子のように養ってくれた。昔は俺もそれに恩返しがしたくてよく手伝いをしたものだ。今学園に行けるのも、鎌火さんのお陰なのだ。
「刹那」
「ん?」
考え事はもういいのか?と、俺は殺切を見やる。何だかさっきまでとは違い、殺切の目に光が灯って見える。
「一つだけ方法がある」
そう言うと、殺切が急にぐいっと顔を近付けてくる。
「ちょっな、何だよっ」
慌てふためく刹那を無視して殺切は耳元で呟く。
「明日、学園長に会って」
「………えっ?」
帰り道、静寂の中で刹那のとぼけた声だけが孤独に響いた…