激励の拳
刹那達が商店街に着くと、案の定殺切は真っ先に肉屋に直行して行った。今日の晩のおかずが肉料理と決まったわけではないのだが。だが、安心だ。何故なら…
肉屋は今日御休みだからだ。
夢で見た事は本当なのだから、肉屋に至っては開いている筈はない。今日は野菜オンリーのようだ。スーパーは廃墟であるが故、何も買えない。
殺切、忘れてたな…?
ふふんっと刹那は鼻を鳴らすと、肉屋の前で棒立ちになっている殺切をなだめる。
「よし、今日は野菜だなっ!?」
「嫌だ」
「いや、嫌だってお前…」
閉まってるんだよ、気付けよ…
周りを見ると、雑貨店や八百屋の方から視線を感じる。こういう視線は学園で向けられる視線より精神的にしんどい。正確に言えば、この視線は俺ではなく殺切を見ているのだが。
傍にいる以上標的にされるのはそう遠くないように思える。
「殺切、早くしないと鎌火さんが…」
刹那が目をそらした間に殺切が忽然と姿を消した。姿を消したというよりは見失ったという方が正しいかもしれない。
「勘弁してくれ…」
行き先は何となく予想がつく。刹那はげんなりして肉屋の裏手に回る。前にも似たようなことがあったからだ。あの時は今日より時間的にも遅く、閉店という一つの決められた規定でだったが…。
今日は駄目だろ、普通。
予想は的中し、刹那が裏手に回るとやはりいた。
ピンポーン…。
「直談判か?無茶やり過ぎだぞ…」
「肉の為なら、何でもする…!」
「怖いな、おいっ!」
刹那は殺切の隣に遠慮気味に立つと、板チョコのようなドアに向かって留守を御祈りする。肉が嫌いなわけではないが、御休みの日に押し掛けるなど言語道断。しかし、押してしまったからにはもう、祈るしかないではないか!
「……」
「……」
「……居ないんじゃないか?」
「居る」
その根拠は何処から?と聞きたいのもやまやまだが、刹那は後ろを向くと内心ホッとする。出てこられると押し掛けといてなんだが、対応に困る。
それから約二分程待ったが、肉屋は現れない。これは留守と思って間違いないだろう。
「留守だろ?さっさと野菜買ってかえ…」
そこで言葉が途切れる。振り返ると、殺切が斷頭刃を頭上に掲げているではないか。
「ちょっ、何やる気!?」
「強行突破」
「ほんっといい加減にしてっ!」
俺は背後から殺切を取り抑える。斷頭刃の先端が氷刃化してきている。この現状をよそに殺切は至って冷静沈着のようだ。
これなら買い溜めしとくんだった!と刹那は嘆くも、とりあえず殺切をドアの前から引き離す。家を破壊されては晩御飯どころじゃなくなってしまう。
ズルズルー…
「刹那、離して」
「離せるか!こんな危険人物っ」
危険なのは前からだが、居ないのはどうしようもない。壊したところで、出てくるのは賠償の請求書と、警備隊だけだ。そして俺達からは信頼感と金が飛んでいく。
俺は嫌だからね?
「兎に角、肉は諦めてくれっ」
「嫌だ。壊してでも奪うっ」
「もう何この子!?スッゲー恐いっ」
時間は六時半を回り、薄明かるかった空も影が見えないほどにまで濃くなってきている。流石にそろそろ帰らないと、鎌火さんの鉄拳を食らうことになる。
「…いい加減にしないと鎌火さんに鉄拳お見舞いされるぞ?」
「うっ…それは…嫌だ」
やはり殺切も嫌なようだ。それもそうだろう、鎌火さんの鉄拳をまともに喰らった暁には立つことすらままならない。
人間じゃないよな…。
「さ、じゃあ帰ろ…」
ガチャッ
殺切がようやく断念して斷頭刃を光分子化した直後、タイミング悪く肉屋の家のドアが開けられる。
「誰だ?っんな時間に。シャッター口の貼り紙ちゃんと見たんかコノヤロー!」
居たんかい!
俺は心の中で叫ぶ。全ての悪い事柄がチェーンされ、状況が一変して最悪になってしまった。こうなってしまってはもう示しがつけられない。
「お肉くださいっ」
「第一声がおかしいよっ!」
隣にいた筈の殺切は中から出てきた小太りの男の前に進み出ると、そんなことを言う。
こりゃ駄目だ。
刹那は怒声を予想したのだが、男は殺切を見るや、意外にも反応は不機嫌から上機嫌に変わった。
「なんでぇ殺切ちゃんかい、肉ならあるぜ?買って行きなぁ!」
「御苦労」
殺切はそう言うと表に向かって歩き出す。俺は状況が飲み込めず、とりあえず殺切の後に付いていく。殺切はあまり独りで買い物には行かない筈なのだが、如何にも親しげだ。
どこで知り合ったんだ?
俺の脳内は鎌火さんの握られた拳と、殺切と肉屋の件でぐるぐると掻き回される。それに何だか俺だけ除け者状態ではないか?
いや、別にいいけどね。俺って何かと影薄いし。自覚してるしっ
まぁ、怒鳴られる心配は無さそうだ。これで一つ肩の荷が降りたと言うものだ。それに正直、俺も今日は肉が食べたかった…ような気がする。
ガラガラッ
殺切と共に表に出ると、シャッターが開いて中からさっきの男が出てきた。
「さぁ、いいぜぇ?買って行きなぁ!」
「では」
男はガハハと笑うと、店内に入るよう促してくる。殺切は遠慮なくズカズカと入ると、めぼしい肉のグラム計りを始めた。
「せつ(刹)、お前はどうするよ?」
「あれ?見えてんだー。てっきり除け者だと思ってたんだけどなー」
「んなわけねーだろがっ」
肉屋の店主《太堂・弥一郎》は俺の生まれる前からこの店を営んでいる。年齢で言えば、大体三十代後半だろう。彼は、幼い頃からの俺の知り合いで、鎌火さんの手伝いとして買い物にくっついて来ていたから、いつも良くしてもらっていた。
「ヤっさん、殺切と知り合いだったの?」
刹那はレジ前の壁に背を預け、殺切が真剣に計りものをしているのを見た後、刹那は隣に立つ太堂を見る。顎髭を触りながら目をつむると、太堂はむぅ、と唸る。
「あれはー…確か二週間ぐらい前だったと思うんだがよ、助けてくれたんだ」
「助ける?」
刹那は首を傾げる。二週間前と言えば、俺が風邪を引いたぐらいの時だ。殺切は授業を放棄して付きっきりで看病をしてくれた筈なのだが。
「あぁ、何やら今多発してる魔族っつー奴等が付近に潜伏してたらしくてよぉ」
「魔族が…」
刹那は夢の出来事に思考を向ける。確か、ラハール学園長は後程俺にこの魔族関連の事を伝えるつもりでいたようだった。仮にそれが殺切の幼馴染みと言う理由だったとしても、何処か引っ掛かるところがある。
まさか、俺の《異能》がバレてるんじゃ…
あり得ない話ではない。少なくとも教官の中で秀でた実力者の金輪の眼力を難なく破るのだ。どちらかと言えば、知ってて当然かもしれない。殺切と話し合って、明日ラハール学園長を訪ねる事になっている。不本意ではあるが、魔力無しで二次試験は乗り越えられるものではない。最後の綱がラハール学園長しかいないのだ。
微量でも魔力が解放出来れば…
「せつ(刹)?」
「えっ?な、なに?」
思考を深堀りし過ぎて話し中だった事をすっかり忘れていた。
「ったく…。そんで、それが商店街方面に逃れてきたらしくてよぉ、連絡は回ってきてたんだが俺も腰やった直後で…」
「何で店開いたの!?」
「まぁまぁ、最後まで聞けって」
ガハハと弥一郎は笑って誤魔化す。商人とはいつ何どきでも店を開きたがるものだ。それは分かっているのだが、時と場合を把握するのも商人の要だ。
そこがヤっさん抜けてんだよなぁ…。
「あっ、今何か失礼な事思ったろ!?」
「別に?」
弥一郎が訝しげに刹那を見てくるが、刹那は笑って受け流す。
「で?その後はどうなったの?」
話を路線に戻して聞き返すと、弥一郎は多少ムッとするも続きを話し始める。外見はやや強面だが、中身はとても繊細なのだ。
「そこにタイミング悪く魔族が来やがってよぉ…。もう駄目かって時に目の前の空間が歪んで中から殺切ちゃんが…」
「あー…。もういい、分かった」
刹那はそれを聞いたとたん頭を抱えた。これには間違いなくラハール学園長も絡んでいる。俺が寝てる間に異空間魔法を使い空間を乗り越えて殺切が任務を遂行していたのだ。
「おい、言えっつーから話してんのに…」
「いや、いいよ。察しがついたから…。それと俺が聞いた事は殺切には内緒の方で」
「ったく…なんだってんだよ」
弥一郎はブツブツと言いながらも何とか了承してくれた。ラハール学園長が今はまだ殺切には内緒にするよう言っていたのだ。教えるわけにはいかない。
それに謎も解けたな。
何故ラハール学園長は俺の事を知っていたのか?殺切が俺の事を事前に話していたとしても、生徒と会う機会が少ないのだから外見までは分かる筈がない。恐らく、異空間を維持する合間にでも俺の顔を拝見していたのだろう。
そりゃ気付かない筈だ。
刹那は頭を掻く。
「刹那」
「ん…計り終わったのか?」
刹那が聞くと、殺切はコクンと頷く。
「一キロ」
「マジかっ!そんな金持ってないぞ…」
「大丈夫、鶏肉っ!」
殺切がどや顔でふふんっと鼻を鳴らす。自慢するところではないが、持ち金を計算に入れていたことはささやかな進歩なのだろう。
…って有り金尽きましたー。
一キロどころか一・三キロあったのだ。買い物分しか持ち合わせがなくて、危うく取りに帰らないといけなくなるところだった。
「今まで何やってたんだ!?」
「肉で遊んでた」
「肉は玩具かっ!遊ぶなっ」
それから五分程談笑した後、刹那と殺切は弥一郎に御礼を言うと、肉屋を後にする。空は濃い色から漆黒へとなりを潜めた。これはもう明らかに七時を回っている。切り上げるつもりが居た事によってえらく長引いてしまった。しかし、有力な情報は得られた。
「刹那…」
「ん?」
「鉄拳…怖い…」
見ると、殺切の表情がひきつっている。刹那もその事を思い出して表情がこわばる。
「し、仕方ないだろ?肉を買いたがったのは殺切なんだから」
「だ、だって…」
殺切は家の前の曲がり角で立ち止まった。鶏肉の入った袋を抱きしめたままその場にうずくまる。
「おいおい…」
刹那は溜め息をつく。確かに鎌火さんの鉄拳は凶器…いや、兵器だ。だからといってここでモジモジしていても何も終わらないし先にも進まない。
潔く受けるのみ。
刹那は殺切を引っ張る。しかし、軟弱な刹那には殺切を動かすことすら出来ない。
「諦めも肝心だ。第一、嫌なら何であそこまで……っ!」
刹那はそこまで言ってはっとなる。
「まさか、俺の為に…?」
刹那がそう言うと、殺切はコクンと頷く。明日が俺にとってのある意味では生きるか死ぬかの境目になる。この年で大一番の行事となるのだ。そんな俺の為に殺切は励まそうとこんな…。
「刹那にやめて欲しくないから…」
刹那は殺切の言った一言で何かが込み上げてくる感覚に襲われる。温かくて、それでいて何処か懐かしさを感じる感覚だ。
なんだ、これ…
気付けば、刹那は泣いていた。拭いても拭いても後からポロポロと頬を伝う。口では受かりたいと言っていても、心の何処かでは諦めていたのかもしれない。
でも、今は違う。
殺切のお陰で学園に残りたいという気持ちが更に強く、強固になった気がする。
「ありがとな、殺切」
「…うんっ」
刹那が手を差し伸べると、殺切はそれに掴まり立ち上がる。
「鉄拳は…俺が受けてやるよっ」
「えっ…でも…」
「いんだよっ!」
刹那はそう言ってそそくさと角を曲がる。殺切は俺の為を思ってやったのだ。それなのに殺切が罰を受けるのは刹那としては納得がいかない。二発受ける事にはなるが、それは明日に向けての激励として受け取っておこう。
「ありがとう…」
「それはお互い様だろ?」
そう言って二人は家に入る為、家前で仁王立ちしている鎌火に向けて足を運んだ…




