這いよる影2
ー午後3時時半過ぎ、商店街付近ー
ざわつき、人で蒸せかえる中、見るからに怪しいナリをしたローブ姿の女と男児は、 昨日から一晩かけて歩き回った挙げ句、下僕どころか寝床すら見つからず、朝から長い溜め息をついていた。
「は、腹が…」
「申し訳ありません…。金銭等で売り買いされているとは露知らず。生憎、私めは持ち合わせておらぬ故…」
「仕方がない、此方の世界の事など知らないのだからな…。兎に角、【ラハール】を探し出して何かしら食べ物を…」
二人はお腹をさすりながら、中央地点に樹木とともに添え付けられているベンチに腰を降ろす。
「しかしながら、貴方様が魔力を封じられているとなると、追っ手が掛かった場合の対処に少々不具合が生じますね?」
「ふむ?と言うと?」
長く、端の擦りきれたローブの懐から公園の生水を入れた容器を取り出すと、口元に当てながら質問を質問で返す。
「貴方様を守りながら戦わなければならないという配慮です。全く、面倒くさい…」
「っ!?」
吹いた。
口に含んだ生水を水鉄砲かの如く盛大に辺りにぶちまく。
「ケホッケホッ!」
噎せて涙目になりながら女を睨む男児。しかし、女はそれを受け流すかのように視線を睨まれているのと反対方向に向ける。
-さっきのは本音…だろうか?-
男児の額から一筋の汗が頬を伝う。
「ほ、本音じゃないよな…?」
「……」
「おいコラァ!クソガキッ!」
いきなり後ろから声がしたかと思うと、背中越しに蹴られ、樹木に顔からビタァンとぶつかる。
な、なんだ!?
鼻から血を滴ながらもと居た方を見上げると、二人の引き締まりのある肉体を有した大男が虎でも臆するかのような鋭い眼光で此方を睨んでいた。
「何しやがんだっ!服が濡れちまっただろうが!」
「そうだっ!金払え!」
二人は指をパキポキと鳴らすと、そのうちの一人が座り込んでいた男児の胸ぐらを掴んで持ち上げる。
-たかが水だろう…?何故そこまで怒る?-
「む?これは悪い事をしたな、すまない…。しかしながら我は金銭なる物を持ち合わせておらん」
そう言って男児は掴み上げられたままペラペラとこの現状についての謝罪と弁論を述べる。
「そういう事だ、ここはひとまず公衆の面前だ。離してくれるか?」
「テメェ、今の自分の置かれている状況わかってんのか!?」
「勿論だ、把握した上で言っている」
「このっ…!」
-口の達者なガキだ!-
男は眉間にシワを寄せると、がらあきの男児の腹部に向かって膝を入れる。うっと呻き声を上げて悶絶するのを向のベンチに放り投げる。ガタンッ!という騒音に周りの視線が此方に向けられ、野次馬たちがワイワイと群がり、辺りを覆いつくす。
「大丈夫ですか?」
「これが大丈夫に見えるなら、お前の眼は鉛か何かでできているのであろうな」
ベンチに打ち付けられて木屑の残骸に埋もれる形になっているのを上から覗き込むようにして女が状態を聞いてくる。
「多少腹部が痛むが、問題はない。それより、何故あの者達は怒り沸騰なのだ?」
そう言って男児は傍らに侍る女の手を取ると、ぐいっと引っ張って力任せに起き上がる。
「確かに。幾ら唾液混じりの水を吹き掛けられたとはいえ、あの怒り方は不自然です」
「おい、唾液混じり言うな」
「では、汚ならしい≪水≫で」
お前急に言うようになったな!?と、呆れてしかめっ面をし、放り投げられたのにケロッとしている男児に対して、置き去りにされた男は顔を真っ赤にする。
「!っ…これは……」
「どうした?」
「間違いないですね…」
「だから何が!?主題を言えっつの!分からんだろが!あ、やべっ…口調戻さねーと…」
凍晴の気候とは対照的に、つい熱が入り突っ込みをいれてしまった男児は口を閉じて表情を引き締めるとともに軽く咳を打つ。
-イカンイカン、冷静さを欠いては時期魔王の名に傷がついてしまう-
男児は絅眼な目つきで女を見て手招きすると、耳寄りに囁く。
「あの二人、魔族の可能性は?」
「…私からするに、ほぼ断定しても良いと思われます。如何なさるおつもりで?」
女が睨み気味に男達を見やると、先程まで限界にまで閉じられていたであろう魔力の封鎖が今まさに自分達によって断ち切られ、その異様なまでの禍々しい邪気を辺りに撒き散らしている。
「決まっている、追手の可能性が高い以上放っておくわけにはいくまい。人気の無いところまで誘導するぞ」
「了解しました。では…」
女はそう言って男児を庇うように前に出ると、帽子とローブを脱ぎ捨てる。
「なっ!」
男達は驚愕する。
「いやーん、許してぇ??もしぃ許してくれるらぁ、良い事してあ・げ・る…」
パチンッ
そう言って女は誘うようにウィンクする。すると、男達の顔が怒りの形相からアリクイの口のように鼻の下を伸ばした嘆かわしい表情へと変貌する。
性格変わりすぎだろっ
男児は呆れつつも、後ろから女にだけ聞こえる程度でもう一つの呆れ事を囁いた。
「お前、下にそんな服を着ていたのか…それじゃ此方の狙いがバレバレではないか…?」
「いえ、それはないでしょう。見た限り、彼らは私の体に興味があるようですので」
女が着ていたのは胸元を大胆に開いた短めの黒いジャケット。体のラインに沿ってピタリと張りついた黒いズボン。そして、左腰にある鉄屑のような鞘に収められた一本の刀だ。
「一つ聞いていいか?」
「何でしょう?」
「お前…この状況楽しんでるだろ?」
「…はて?申し訳ありません、今一つ理解性に欠けるのですが…」
女はそう言って満面の笑みで小首を傾げる。
そんな仕草をしながらも、男達二人を誘うように身体をくねらせ強調し、人気の無いところまで誘い出す。
-わざとらしい…-
男児は溜め息を長々とついた。
「まぁいい。とりあえず、その馬鹿共を拠点の≪公園≫まで連れていけ」
「了解しました。≪ゼブル≫様はどうなさるおつもりで?」
「愚問だな。我が付いていけば奴等は警戒するのは当然、ならば、≪隠勁≫を使って行くしかあるまい」
「左様ですか」
女はペコリと頭を一度下げると、甘い声色を発しながら男達を奴隷のごとく従え、見下し、付いてくるよう促しながら右後ろの商店街終地点を左の細い街道に抜けていく。男達は常に≪ミーユ≫の身体しか見ておらず、ゲヒヒッと、気色悪い笑い声を振り撒きながら何処とも聞かず後を付いていく。
「雑魚共が…」
ゼブルは血の味のする唾を吐き捨てる。
どの≪派閥≫の奴等かは知らない。だが、あの短気さと無防にも呆れる程の単調さ。魔界にある領土域≪ヘルズブラット≫でするなら、恐らく暴虐や殺戮、地で染め上げた日常を好む…
「東方≪地盤砕牙≫のアマイモンか…!」
アマイモンは東を覇する≪地力の王≫であり、配下にアスモデウス、セーレと並みの勢力では足元にも及ばないであろう牙と爪を従えている。この世界の人種は見た限り爪も牙もない、如何にも貧弱と言う言葉の代名詞のようなナリをしている。考える余地も要らない程無謀に等しい。代えて言うなら≪カモ≫だ。
ゼブルの頬を一筋の脂汗にも似たヒヤッと冷たい何かが伝う。
-落ち着け…!-
口の中に残る唾を呑み込んで燕雀な考えを振り払う。
だからなんだ?いずれは殺り合う相手だ。魔界の秩序を乱す反逆者として魔界から追放された身で唯一言えるのは、向き合う事。逃げ続けることはその成そうとしている事柄から目を背け続けると言うことだ。
「我は逃げない!≪エンド≫との誓いを果たすために逃げるわけにはいかぬ!」
脆弱で戦う術をもたず、数日の間にこの世界に滅びがやって来ることを知らない人間達がハラハラと散っていく中、ゼブルは意を決して、見失わないうちに自身に≪隠勁≫を張り三人の後を追った…
・・・・・・
午後5時頃、刹那達は夕日の照る街道を自宅目指してスタスタと歩いていた。
「わりぃな、孝巳。世話かけちまって」
「今更だな。気にするな、俺も助けに行けなくて悪かったな」
孝巳は鎌火が礼を言うのを自分の方こそと苦笑混じりに言葉を投げ返す。あの後、刹那は娥門の一言に答える事が出来なかった。
正論だからだ。
そう問われても仕方がないかも知れない。自分は人には無い、悪魔の五体遺物の一つを右手に宿しているのだから。
-お前、人間か?-
この言葉の意味は、お前は≪人間として生存しているのか?≫それとも≪魔族として生存しているのか?≫と言う事を聞いているのだろう。
-答えられるわけがない…-
自分が【魔人】になってしまっただなんて…
「しっかし助かったぜ!あんままじゃ流石に生き延びた気がしねーぜ」
「「よく言うぜ…」」
鎌火さんの助かった今だから言える笑い話を金輪と孝巳は溜め息をつきながらやれやれと首を振る。
-綺麗な夕焼けだな-
空は橙色に焦げる太陽を東の下に押し込みながら、太陽と同じ色に輝いている。自分が産まれた頃にはこの光景は既にあった。一体、どれ程の数登り下りを繰り返してきたのだろうか?と、そんな事を考えていると、げんなりしたジャグとゼウピトが刹那の横に並ぶ。
「全くです!あれじゃ助けに行った私たちが馬鹿みたいじゃないですか!」
「いや、そんな事ねーってっ」
「酷いですよ…私も怒るときは怒るのですからね!」
そう言ってゼウピトはふわふわと飛びながら頬を膨らませてそっぽを向く。
「しっかし、お前が≪白銀≫と≪黒鉄≫引き抜くとは驚いたな」
「しゃーねぇだろ、窮地だったんだ、抜かざるおえねぇ…」
そう言って鎌火は腹の底から息を吐き出す。
≪白銀≫と≪黒鉄≫…
それは普段…いや、いつ何時でも鎌火が身に付けている両脇の32㎜経口の二丁拳銃である。拳銃を見る機会事態が極稀なのだが、普通の拳銃に比べ、とにかく重い。自分にはとてもではないが振り上げきれない。色は黒鉄が黒、白銀が白の対照色だ。
一体、鎌火はどれだけ規格外なのだろうか。
自分と娥門が対立している最中、不可止な魔力に気づいていたヘルはそれが鎌火だと感知すると、孝巳と金輪にゼウピトとジャグを向かわせるよう促した。金輪達は互いに睨み合ったまま動かない自分達を止めるように残ったらしい。
-大体が娥門を止める為だろうが。正直に言って、敵対した時は生きた心地がしなかった。なに、力の差が圧倒的なのは分かってたのさ。ただ、鎌火さんを侮辱されたのが許せなかった-
しかし。
「刹那、荷物持ってやるぜ。何?気にすんな、仲間だろ!?」
「ま、まぁ…そうなる…かな?」
今のこの状況。
恩を仇で返す、という言葉がある。しかし、隣で胡麻をすっている娥門にしたらそんなもの!と切り捨てられることだろう。
燐条颯斗。
父の名前だ。
昔、とある町の内部で起きた抗争で捲き込まれて負傷していた娥門を≪狐人≫等と差別せず、傷の治療を施してくれた事があったらしい。ヘルがそういえば、と間を見計らったかのように刹那が颯斗の息子だと口にした途端、娥門の態度は急変した。義理堅いのはありがたい事なのだが、何も自分にまで仕えなくても、と刹那は一人思ったりする。だが、これからある総力戦には必要不可欠の存在になると思う。金輪が言うには大戦力候補らしいのでこの気持ちは心に留めておくとしよう。
-意外といい奴なんだろう。ただ、不器用なだけで…-
状況が一段落したところで俺達は錯路から抜け出ると、Aブロック競技場前に全生徒を呼びつける。試験どころではなくなった事態を収束かつ効率的に金輪が力のこもっていない大声で説明すると、何一つ状況がのみ込めない生徒プラス数人の教官達はポカン、と驚いた時の赤ん坊のような顔をしていた。しかし、鎌火が睨んで顎で促すと、そそくさと散って試験の締めに入たのだった。
スタスタスタッ
「金輪副長官、これは一体どういう事なのです!?いきなり私に用務を任せたかと思えば、試験の中止など…」
「悪いな、後日にしてくれ。ちゃんと話すから今日は休む。色々ありすぎた。帰らせてもらう」
「そんな!我々はどうすれば…!」
散り散りに生徒達が分かれていく中、Aブロック付近にあるテントに集まった教官達の中から代表して≪天津・天津≫がやって来て焦り気味に言葉を投げ掛けてくる。
あぁ…と金輪は頭を掻く。
「撤去終了後第一校舎F3の学長室の瓦礫撤去、その後突き抜けた真下F2、F1の修復作業。その後は生徒を牽制して在席をとった後解散だ。期待している」
金輪は最後の言葉だけ天津の目を見て真剣に言い聞かせると、焦りと不安で覆われていた顔が次第に驚きと期待されているという興奮に覆われる。
「わ、わかりました!必ずやご期待に答えて見せますっ」
天津は先程の焦りにまみれた表情を一変させて綻ばせた表情でいそいそと教官達の集団に戻っていった。
扱いやすい奴。
金輪は自分の辞任後の後任として天津をと考えていたのだが、これは少々検討する必要があるらしい。
「とまぁ、そんなわけで帰るぞ!」
意義なし!
この有り様で否定する理由もないので皆それに賛同すると、校門からさっさとおいとまする。
「鎌火よ、傷はどうじゃ?痛むか?」
「いや、それほどでもないぜ。ただ、銃に籠めていた≪氣砲≫を使ったのはまずったかもしれねぇ…」
「氣砲って、なに?」
誰もいない歩道を歩きながら、横二列になって歩いていた刹那達の二列目右端から殺切が疑問の眼差しを鎌火に向ける。
「≪魔力≫や≪気力≫があるのは知ってるだろ?それ事態は感じはしても目には見えない。そして俺等が魔法を使う時魔力を攻撃や防御に変換して放つ。つまり、この銃はいわゆる≪変換器≫みたいな物だ。そして氣砲とは、溜め込んだ魔力を放出することを俺はそう呼んでる」
成る程、と刹那は思う。
相手の出だしを慎重に読み取り、先手を撃たんとする俺達を他所に後方でけたたましい爆発の咆哮が響いた。それは一瞬にして刹那達の頭上を覆い尽くし、通過していったのだ。それには流石の娥門も口を半開きにして驚愕していた。そしてその爆発でぶち開けられた壁から出てきたのが脇腹を押さえた鎌火だった。
「あれは恐ろしく魔力を喰らうんだ。常時身に付けているのは、魔力を充填する為。これは総力戦までとっておくつもりだったんだが…」
そう言って鎌火は溜め息を漏らす。
「まぁ、それは置いといて…」
鎌火は支えの孝巳を突き放し、刹那と殺切を捕まえて目の前の地面に指でガリガリと境界線を刻むと、後ろからコソコソ付いてくるクーウェン達と目の前に居るヘルや孝巳、娥門を見回して腕を組む。
「まさかとは思うが、家に付いてくるつもりじゃねぇーよなぁ…?」
「……」<全員>
鎌火の顔が引きつる。
「そういうことじゃ。鎌火、頼むぞ?」
鎌火は殺切と俺を見てどうする?と、言いたげな視線を向けてくるが、どうしょうもない。あの面子と手負いの鎌火、殺切、それと自分とでは逃げ切るのは無理に等しい。
-それに、俺は正直別に構わない-
「しゃーねぇ…か。」
苦笑して見返したのが効いたのか、鎌火ははぁ、と溜め息を漏らすと家ではなく、向かって前方の交差点を商店街の方に曲がる。人数が増えた事により、夕飯の食材を追加で購入する羽目になったのだ。その後を皆共々ついていく。まるで蟻の行列だ。
「んじゃ、夕飯のおかずについてだが…」
「肉」<過半数>
「血じゃ」
「私は洋菓子に興味があるのですが…」
「マハラド・シャークの血肉」
鎌火はバラバラに答えるmy family以外に額に青筋をたてる。
「あのなぁ、食材買うのはただじゃねーんだよ!統一しろ!後、血は無理っ!ピトのについては…まぁ、考えとく。」
「え!?良いのですか?楽しみです!」
えー!と他が不満がる中、ピトは満面の笑みで宙をクルクルと旋回している。ピトの艶のあるブロンドの髪が夕焼けに照らされてキラキラと光をバラまく。
「私は鎌火さんの案に賛同します。泊めて貰う身として、ワガママは無粋…なので…」
「俺も同じだ。鎌火殿に立案は任せよう」
列の後方から周りのだらけぶりを見かねて、クーウェンとルーネスがペコリと頭を下げながら敬意を示す。
「私も鎌火さんの提案でええで?マトモな食事にありつけるんや、楽しみやで!」
「ケッ、飯ぐらいでグダグダ言ってんじゃねーよ。腹に下せば一緒だろーが。食えりゃそれでいいんだよ」
それを聞いて、鎌火はうんうん!と、腕組をして頷くと、未だに不満そうな孝巳と金輪を見やる。
「孝巳、テメェは飯抜きな」
「んな殺生なっ!」
孝巳が口をあんぐり開けて顔を青くするのを見て金輪は笑うと、冗談だよとあっさり鎌火の提案にと賛同した。どうやら金輪はただからかっていただけのようだ。金輪の笑いに鎌火もつられて笑う。
-少しでもこの先行く未来への不安を和らげたかったんだろうな-
不器用だが、金輪のそういうところは嫌いではない。父親としては少々問題がありそうだが。
「着いたぞ」
鎌火に言われるまま≪皆の町-商店街アーケード入口≫と書いてある看板をくぐると、いきなり敵地の真っ直中に駆り出されたように一瞬にして辺り一面人で溢れる。それに、なんだか人口密度のせいか気温が若干高いように感じる。
-やはり夢の中とは現実味が違う-
新鮮な魚、無農薬の野菜に文具店。どれもがその店を構えている独特の匂いや存在感を放ち、行き交う通行人や買い物客を店に誘い入れている。この雰囲気が普通であり、今まで通り。いつもと何ら変わりはない。
ただ一つ、廃墟と化したスーパーを除いて。
「じゃあ、今日の晩飯は……これなんてどうだ?シャキシャキして旨いぞ、きっと!」
「≪シーザーサラダ≫はメインディッシュの添え物だろ?ご飯とは相性悪いぜ」
「しゃーねーだろ!弥一郎の奴店閉めてやがるんだからよ?肝心の肉はないし、スーパーは何故かオジャンだし、訳わかんねぇ…」
鎌火は作り置きで店頭にあったサラダのパックを片手に頭を掻く。
「直談判、効果的…!」
「お、その手で行くか?」
-えー…-
この展開は昨日見たばかりだ。昨日の今日で再現されるとは…!やはり血は争えない。同じ血が流れていると、やることも似るらしい。
-やっさんも災難だな…-
刹那は溜め息をついた。でも、こんな毎日も嫌じゃない。
「直談判?それって旨いのか!?」
「お前は黙ってろ」
後方でジャグを突き離す孝巳の声がする。クーウェン達は格好のせいで周りの視線を集めてしまい、二人ともキョロキョロと挙動不審になってしまっていた。
「大丈夫かな、この調子で…」
刹那は後方から歩いてきて隣に立った金輪に言葉を投げる。
「いいんだよ、きっちりしてても何か気持ち悪いだろ?人それぞれ違うから互いに気付かされる事がある。だろ?」
「そりゃ…そうだけど…」
「それになぁ…」
金輪は空に向かって伸びをすると、欠伸した顔を刹那に向ける。
「今を楽しまないと損するぜ?」
そう言って金輪はニヤッと産毛の生えた口元をつり上げる。
「…金輪に言われたくない」
「何で!?」
刹那はそう言うと、プッと笑う。確かに今というこの時間はその時にしか味わう事が出来ない。それに、敵の動きが読めないうちに作戦や算段を計画するのはあまりよろしくない行為だ。皆の実力を疑っている訳ではないにしろ、恐らく長期戦になるだろう。それはつまり、魔力の枯渇が問題として出てくる。それをふまえる必要もあるだろう。武器、大軍、魔法。それらはその場の臨機応変でしか対応出来ないのだから。
-でも今は…-
「それもそうだな…」
肉屋横の切り置かれた丸太に腰を下ろして刹那は呟く。この世に絶対的な自由なんて存在しない。それは今も昔も変わらず、ふと、思い至った時には人は戦争と言う名の≪殺戮≫を始めていた。人の欲望とは恐ろしい。その欲望の為なら恋人や家族等も平気で傷つけてしまうのだ。
「違う…」
力は人を殺める為にあるんじゃない。大切な何かを守る為にあるのだと刹那は思う。
「今は今を楽しめ。これはこれで御最もな意見だよな…!」
「だろ?だから、一人で色々考え込むな。力を合わせる、その為の仲間だ。心配すんな、必ず勝つ!」
「今更だな。それは当たり前だろ?」
「言うようになったな、刹那!」
「別に?吹っ切れたのさ」
刹那と金輪は拳を合わせる。
「何してんねん刹にぃ、行くでぇ?」
「モタモタするでない。妾はそんなに辛抱強くないのでな、肉で腹が満たされなければ汝らの血を頂く」
「テメー…アマラスの血を吸ったらスクラップにして廃工場に棄てるからな…?」
金輪と刹那が拳を合わせている下をちっちゃい三人がアマラス、へル、娥門の順番で潜り抜けていく。先の方で、辺りの視線をものともせずシャッターを無理矢理こじ開け、慌て出てきた弥一郎を確保して何やら喋っている鎌火達を金輪は見やり、先に行くと頭を抱えて走っていった。
「刹那君、私達も行こうか。この格好は人の目を引き付け過ぎる」
「え?あ、はい」
後ろから早足で近付いてきたクーウェン達に刹那は促され、ルーネスにしがみ付いているクーウェンの横に並ぶ。
「こ、これはけっして周りが怖い訳じゃ…」
「はいはい、分かってますよ」
「むぅぅぅ!さては信じてないな!?」
クーウェンはムッと頬を膨らませる。
それを見て刹那とルーネスは笑った。
総力戦までは今日を抜いても未だ6日猶予がある。その間にやらなければならないことは山という程ある。生徒への魔族戦争の志願希望要請、戦力源の特定生徒への協力要請…。それ等で集まる人数でも戦況は変わる。魔具の調達、整備。小隊の編成等も欠かせないのだ。均衡の保たれた各隊を決めなければ、時に混乱を起こしかねない。
「成るように成らせてやるさ!」
世の為人の為。そして世界存続の為。刹那は拳を握り締めると、日が落ち、満天と輝く星々を仰いだ…
・・・・・・
ー午後5時48分、無人公園ー
「で?貴様は何の目的があり、この世界を襲うのだ!喋った方が身の為だぞ…?」
「いえ、どちらにしろ殺しますので」
「おい、ミーユがその様な事を言うからいつまで経っても話そうとしないのだ!全く!っ」
商店街を抜けた後、誰も居ない公園に無事魔族の男二人を誘い込んだミーユは、中央まで来ると腰に差していた剣をシャランと抜き放つ。
「!?貴様…っ?」
「あらあら、スキだらけですね」
シュパパパッ
ミーユは男達が距離を取るよりも早く剣を閃かせると、両腕、両脚を肘、膝の部分からまるで紙を切るかのように身体から断欠させる。
「ぎゃあぁぁぁ!」
「汚い声で鳴きますね。さて、次は…」
ミーユは目の前に這いつくばる巨体二つを公園の公衆トイレまで蹴り飛ばす。
「や、やめろ!俺達が誰の部下か知っての…」
「知らないし、知りたくもないですね。後、私も≪ゼブル王子≫の側近なので。一応」
横たわって奇声を上げていた男をミーユは、吐かせるだけに二人もは必要ありませんね、と右側の茶毛の魔族の口を無理矢理こじ開け、剣を突き立てる。
「ま、まさかお前≪刺技無双≫の…!」
「あら、私は以外に有名人なのでしょうか?」
「か、勝てるわけねぇ!助けてくれぇ!」
「ふん?貴方はいい声で鳴きますねぇ…」
ミーユは必死の形相の男の首を締め上げて持ち上げると、再生を始めている茶毛から剣を引き抜き、細切れにして剣風で吹き飛ばす。
「貴方はどうします?鳴かされたい?それともじわじわとなぶり殺されるのが御好きで?」
ミーユは剣を左手の先でもがく小太りの魔族に満面かつ、薄汚い戯物を見るような目で見ながら首元に添え付ける。今にも軋み始めて折れてしまいそうな腕が自分の数倍の重さはあるだろう巨体を持上げている。それでいて、ミーユは苦痛に顔を歪めるどころか余所見をする余裕を見せる。
-遅いですね…-
一足先に出たとはいえ、これは幾ら何でも遅すぎでは?と、ミーユは来た道の方向に視線を向ける。
「……迷子?」
「…んな訳なかろうが!」
「いたッ!」
コツンと、後ろから頭を小突かれてミーユは短く悲鳴を上げると、それがゼブルだと分かるなり向きを変える。
「ゼブル様、今お着きで??」
ミーユは壁際に男を下ろして剣の切っ先を突き付けると、一メートルと四十八㎝の目の前に居るじき魔王を見下ろす。
「そうだ…地形や…その、道順を確認しながら来たのでな?」
-…それを迷子と言うのでは?-
ミーユは目の前で、どーだ?偉いだろう!と言わんばかりに胸を反らせるゼブルに聞こえない程度の声で呟く。
「それはいいとしてミーユ、何か聞き出せたのか?推測ではどうやらアマイモンの一派の確率が高いが…」
「そうですか。これまた厄介な敵が出てきましたね…」
むぅ、と唸るゼブルをミーユは横目に見ると、息を切らせながら此方を見て怯えている男の方に視線を戻す。
「あらあら、図体のわりには軟弱な精神ですね。興ざめです。これはなぶり殺しの方が楽しめそうですね?」
「や、やめてくれ!わかった、話す!話すから命だけは…!」
剣を首筋に食い込ませてくるミーユに男は悲鳴じみた嘆願を申し立てる。肉だるまのような隆々とした筋肉を纏っている体をブルッと震わせ、顔をくしゃりと歪ませる。
「そ、総力は七千、進行は今日を抜いて六日後だ」
「首謀者は誰です?」
その問に男はあからさまに答えるかどうか迷う仕草をする。しかし、余程生きたい、もしくは生き延びなければいけない何かがあるのか男は一瞬の迷いの後、口を開く。
「≪地盤砕牙の王≫だ!もういいだろう、解放してくれ!」
「やはりアマイモン様ですか…。幹部には≪セーレ≫に≪アスモデウス≫がいるはずです、いかがなさいますか?ゼブル様」
「ふんっ、決まっている、我に逃げるという選択肢は存在しない!」
「申し訳ありません、その様な質問は不要だったようですね。わかりました、御共致しましょう。この体尽きるまで…」
そう言ってミーユは剣を男の首筋から外し足元に突き立てると、方膝をつきゼブルに深々と頭を下げる。
「馬鹿めっ!」
次の瞬間、後方で添えられた剣を見て震えていた筈の男が隙を見て後方へと飛び退る。いつの間にか、切り落とされた筈の手足が快復しているではないか。
「魔族の偽善者が!我等に逆らったことを後悔させてやるぞ!貴様等はアマイモン様によりこの世界の汚物と化すのだっ」
男はそう言うと、突然口を開いて黒い霧を吐いて辺りを黒一色に染め上げる。
「ちぃっ!目眩ましか!このままでは逃げられてしまう…!」
ゼブルは舌打ちすると、目の前にかがんだままのミーユを避けてヘドロガスにも似た黒い膜を掻き分けて脚を踏み出す。
ガシッ
「ぐへぇっ!」
「御待ちくださいませ、ゼブル様」
一人勝手に焦り、後を追おうとするゼブルをミーユは横目に見やると、地面についていた左手で首根っこを掴み、ズルズルと引き戻す。ビィンッと勢い良く背中から転んだゼブルは何をするか!と、涙目で噎せながらミーユの頭をベシッと叩く。そうしている間に霧は晴れ、当の犯人は忽然と姿を消してしまっていた。
「ミーユ!何のつもりだ!気でも触れたか!?今お前がしでかした事はこれから起こる事態に尊大な影響を…」
「ゼブル様、落ち着いて下さい。私は至って正常です。」
「なら何故…!」
問い詰めてくるゼブルを手で制すると、ミーユはそれなりに世の闇に染まり、悪事や殺戮をこなして来た外道でも臆すような狂喜に満ちた顔でミーユはクスッと笑う。
「追う必要がないからです。言ったでしょう?≪どちらにしろ殺す≫と…」
すると、もと来た商店街へと続く街道の方から悲痛な叫び声が響いてきた。その叫び声は徐々に枯れ、声が小さくなるにつれて次第に聞こえなくなった。
「まさか…」
ゼブルはミーユの手を振り払い、辺りに散らばる茶毛の男の消えかかった残骸を踏みつけて街道に出ると、目先の曲がり角を右に曲がる。すると、数十メートル先に赤黒い血溜まりがあるのを目視する。頭、手足、胴ともに欠落。生死は確認するまでもない。それは紛れもない、さっきまでブルっていた巨漢の男だと判別できた。
「私はゼブル様に仕える者。あの程度の魔族の取る行動など高が知れています。激しい動作をすれば八つ裂きになるよう付加魔法を予め付与しておきました。此方は少しでも長生き出来るようにと動かぬよう刃止めして差し上げていたのですが。滑稽ですね」
「では、最初から…」
「ええ、逃がしません。私は魔人である以前に貴方さまの忠実な犬、命令の絶対遵守は当然です」
ミーユはニコリと笑う。
ゼブルはそれを聞いて、感心していいのかどうか悩む。ここまで対応が良すぎるとかえって反応に困る。これだけの逸材を何故王宮で侍女なんかさせているのか全くの謎だ。
-でも、これだけの力があれば魔族の視線を気にせずラハールを探せそうだ!-
ゼブルは左掌を強く握りしめる。
「流石だな、王宮から我の付き人に選ばれるだけはある。すまない、取り乱してしまったな…情けない」
「いえ、ゼブル様はその時点では現場に居なかったのですから無理もないことです。ゼブル様は私めが必ず御守りしてみせますので、安心して引き続き下僕のお探しを」
「それは心強いな。だが、まず先にラハールを探す。下僕探しはそれから……ん?待てよ?」
ふと思い至ったように、ゼブルはミーユの顔を覗き込む。その突然の仕草に驚いたのか、ひぁっ!と叫んでミーユは後ろに尻餅をつく。赤くなっておろおろとするミーユにゼブルは問いかける。
「さっき商店街で言った≪守りながらの闘いが面倒臭い≫…というのは?」
その問にミーユはへ?と言う感じで意味がわからない、と首を傾げる。
「あ、あれは一種の誘惑です…よ?魔族は先程の様な輩が大半を占めているので、注意を惹くために行った作戦に過ぎません」
「んなっ!じゃあ、我の今までの苦悩は…」
ゼブルはあー…と、その場で脱力する。張り詰めていた妙な緊張感がスゥッと抜けていく。すると、振り回された感じがしてきて段々と腹が立ってきた。
「この馬鹿っ!本気にしただろ!」
「も、申し訳ありません!どんな罰でも受ける所存です!仰せのままにっ」
「いや、そこまでは言ってない…」
元から罰など受けさせるつもりなど更々なかったのだが、ここまで潔いと自分が悪人みたいで気分が悪い。
-てか、何かキャラが変わっているような…?-
「まぁいい、先に進むぞ。我等が進まなくても時間は待ってはくれない!」
「は、はい!」
身を翻し、暗くなり始めた辺りに夕日で揺れ動く影をちらつかせるゼブルの後ろをミーユは慌てて追いかける。見上げる先には黒く渦巻いた夜と言う名の闇が橙色の夕焼けを侵食し始めている。今日も後一時間も経過すれば辺りは闇に包まれることだろう。そして明日になればまた朝がやって来る。この繰り返しの6日後にはこの世界は存亡を成しているのか?この答えはその日になってみないと誰にも分かり得ない。自分は本当にこの世界を救ってあげられるだろうか?いや、そうじゃない。言い方が違う。
≪救わなければいけない≫だ。
今ラハールは何処で何をしているのだろうか。元気にしているだろうか?気が進まない。自分とてラハールを捲き込むのは本意ではない。だがしかし、力を失った今頼れるのはラハールしかいないのだ。全ての総力を他の八代王子達に削がれ、一人弾き出された自分は唯一残された領土の王宮からミーユを従え魔界から逃げてきた。確かに今は未だ何もない。だが、こんなところでは終わらない。全てのクソッタレなエセ王子どもを魔王候補の座から蹴り落として自分は≪エンド≫との約束を果たしてみせる。
-何の祈念も持たず魔王に成ろうとする奴等に魔王の座は渡さない!-
ゼブルは今日この時、改めて決意を胸に刻んだ。
「ゼブル様?どうしました?」
「え?いや、何でもない」
「そうですか…?」
ミーユはくりっと小首を傾げてみせる。
……んん?
やはり何だか先程から態度が一変して愛らしくなった気がしてならない。冷たい言動も、クールな言い回しも最初からなかったかのような…。まるで別人だ。この様な妙な感覚を維持するのも別に無理ではないが、先程の様に無駄に精神を削り取られるような羽目になるのは勘弁なのでいっそそれならば、この場で問いただす事にする。
「なぁ、ミーユお前、さっきと何か違わないか?何と言うか、性格が」
ゼブルがふいに立ち止まり、後ろから付いてくるミーユを振り返って見上げると、一瞬キョトンとしていたが次第に顔を綻ばせ、頬を紅く染めてミーユは柔らかそうな桜唇を開く。
「だってゼブル様、仕草が可愛すぎて…。私、子供には目がなくて…つい接し方が変わってしまうんですよぅ」
「………それは、つまり…?」
「ゼブル様って子供みたいで可愛いですねっ!」
「……。」
スゥー…
この後、怒り爆発したゼブルがミーユを淡々と叱りつけたのは言うまでもない……




