覚悟
ヘルの囁きにその場の全員が《死》と言う言葉の重みに打ちひしがれた。
「まだだ!逃げ延びる可能性はあるっ」
金輪が口を開く。娥門の《能力》を知っているのはこの中で自分をおいて他にいない。学長室に居なかったということは娥門から逃げ回っている、あるいは捕まってしまい、既に……という答えに行きつく。自分では分かっていても認めたくない。故に信じたくない。
「たわけ…主よ、いつ妾が娥門が殺すと言うた?」
「…なんだと?」
それを聞いた途端、場の雰囲気が一瞬にして張りつめたものに変わる。
「…じゃあ誰が?」
殺切と寄り添うように立っていた刹那はヘルの言葉に疑問を抱き、やや急かし気味に問い掛ける。正体を知らずとも、この場にいる全員は娥門が…と想定していた筈だ。しかし、ここでそれが違うとなると、アマラスに迫る第三者は誰なのか…
もしかして…!
「魔族の気配が先程からこの学園を中心に取り巻いておる」
刹那が発するよりも早く、ヘルは鋭利な歯を覗かせながら淡々と答える。
「魔族だと!?」
刹那とヘルの会話を縫って後方で唐突に声がする。見れば、兄のルーネスにしがみ付いていたクーウェンが怒りに顔を歪めていた。これには孝巳もルーネスも仕方がない、といった感じでため息混じりに首を横に振る。
魔族の介入…
学園にはそれなりの強硬結界を敷いている筈だ。それ故にこの学園の生徒は入るための定められたパスを常時所持している。勿論、それの意味する事はわかるだろう。脅威、不審物の回避。関係者以外の介入の妨げとする為だ。それを破る魔族となればただごとではない。
「魔族…ねぇ。…ヘルさ…」
「ヘル《ちゃん》で良い。そう畏まるな、人格は違えど、師匠と愛弟子の間柄ではないか」
鎌火の眼が静かに細められる。ヘルを相手に口を開いたのをヘルは手で制すと、他人行儀が気にくわないのか、そんな申し出をたてる。
「じ…じゃあヘルちゃん、気配がわかるなら位置の特定もわけないんじゃないか?位置さえ分かりゃ殺りようは幾らでも広がるんだからよ?」
殺る前提かよ…
刹那は鎌火の相変わらずさに呆れる。
「もうやっておる。じゃがな…どうも手応えがない。もしや、彼方も此方の動向に気づいてるやも知れぬ」
ヘルはそう言うと、見た限りでもわかる程に眼を深紅に染める。それに鎌火達は何事かと困惑して首を傾げる。ヘルはその眼で左右を見渡し、溜め息をつく。
「たわけ者…。鎌火、汝はその魔力値で如何に魔族と一戦交える気じゃ?八割がた空ではないか」
「うっ…」
鎌火は呆れ果てているヘルの指摘に首根っこでも掴まれたかのようにバレてました?と畏縮する。
「バレるにきまっておるわ、妾にはその程度お見通しじゃ。故に汝はこの刻時まで魔力を使いっぱなしじゃからのう」
「お母さん、無理してる…」
「確かにいつもの覇気が感じられねぇ」
ヘルに続き、その返答に賛同する孝巳と殺切。気絶していた刹那にしても、記憶は曖昧なものの、思い当たる節は多々ある。少なくとも、体力的にも限界に近い筈だ。
「それにな、今しがたこの話の意味はなくなった」
そう言ってヘルは全員が落ちてきた崩落の跡を見上げる。
一体どういう…?
意味深い発言をするヘルにその場全員が顔をしかめる。そして真似るように崩落の跡を見上げるのだった。
…けぇ…!
…?
「どけぇぇっ!」「いやあぁぁぁー!」
「うおぁぁっ」
ズタンッ
叫び声と悲鳴を響かせながら上からアマラスを担いだ娥門が地面に着地する。三階からの落下飛行により、着地した地面が半ば捲れる。
数瞬の沈黙…。
「「「アマラス!?」」」
孝巳、鎌火、そして金輪はアマラスに向かって指を差して驚く。
生きている…
多少傷だらけながらもアマラスは生きていた。ただ、そのアマラスを担いで落ちてきた人物にヘルと金輪以外の全員が敵意を剥き出しにする。この可能性として考えられるのはアマラスが《人質》として利用されているかもしれないという事。
「おい、誰だ貴様は」
クーウェンが氷で作った剣を前に突き出すと、娥門を睨んで尋問のごとく喉元に突き付ける。
「おいおい、着いたと思いきゃえらく好戦的なメス餓鬼にあっちまったもんだぁ!まぁ、でもよ…」
娥門はアマラスを右手で胸に抱くと、左手を握り締める。
ピシィッ…
それと同時に、クーウェンの氷にヒビが走り、ネジれるようにして剣が砕け散る。
「なっ」
「そういう性格、嫌いじゃないぜ?」
クーウェンが手元を見て驚愕の顔をするのをよそに、娥門はアマラスを降ろす。一通り辺りを見回し顔を確認すると、最後に一人だけ異質さを垂れ流しにしている《吸血鬼》に娥門は身体を向ける。
「ちっ…。てめぇが居るんじゃ正体は隠せねぇな…ったく、殺しても死なねぇたぁ全くもって気に食わねぇぜ」
「ほう?理解したか。主の頭もようやく使える物へと開花したようじゃのう?」
「んだとテメェ…!」
刹那達がポカンと呆けている最中モゾモゾとアマラスは娥門の側から抜け出ると、鎌火達の元に駆け寄る。被っていた仮面を額まで押し上げ、殺切の胸に飛び付く。
「殺切!どうしよう、ラハールさんが…殺されてもうたっ!」
アマラスは顔を歪めて今にも泣きそうにする。それを見て殺切は大丈夫、とやさしく包み込むように頭を撫でる。
「大丈夫、生きてるよ。と言うよりは生き返ったというほうが正しい…か…?」
刹那はアマラスを落ち着かせようと、口を開いたはいいが、ラハールの不可思議な生態性に表現の仕方がわからず語尾を濁す。
まぁ…どっちでもいいか…
もう済んでしまった事なのだ。いつまでも引きずっていては拉致があかない。それに異世界混入の時も何やら怪しい動きを見せていたのだ。もはや《今更?》と言われても仕方がない。
「まぁ、今はあんな姿になってるけど、元はラハール学園長だから」
刹那は頭を掻きながら、不審な《子供》と戯れているバイオレット髪の偉そうな少女を指差す。
「ほ、ホンマかいな…?全くの別人ちゃうん?私の知ってるラハールさんは何か…こう、もっと子供っぽいで?」
「それはそれで学園長に失礼だぞ…」
アマラスは怪訝な顔をするも、殺切の膝から降りると、テテテッとヘルの方に駆けていった。
「元気なヤツ…」
刹那は溜め息をついてその場に座り込む。
「刹那」
「ん…どうした?」
殺切はモゾモゾと動いてきて刹那の隣に腰掛ける。長い赤色の髪が頬にあたり、仄かな甘い香りが鼻をつく。
「大事な、話がある」
「大事な話?それって今言わないと駄目なのか?」
殺切は刹那の顔をましまじと見つめなからそんなことを言ってくる。刹那はその視線にややドギマギするも、何とか言葉を絞り出す。
「それは、この状況と何か関係があるって事か?」
「違う、私と刹那の話」
「えっ?」
刹那は今度こそ心臓が高鳴り出す。これはあれか?告白というヤツだろうか?いや、まてまてまて!俺に!?有り得ない…。というか、自分を否定する自分が有り得ない!そもそもこんな夢見ガチな事考えてる自分がありえなーーい!
ふしゅーーー…
刹那は頭から湯気がのぼり、その場に突っ伏す。
「せ、刹那…!?」
「ご、ご心配なく…俺の思考回路がオーバーヒートしただけなので…」
「何で…?」
「死んでも言えませんっ!」
刹那は何とか起き上がると、コホンッと、一度咳払いをする。我ながらこの現状で一番有り得ないフラグを打ち立ててしまったと少しだけ反省する。
「刹那、ふざけてる…?」
「い、いや!?それで?話は…」
「…もう、いい」
殺切はムスッとしてその場から立つと、何やら孝巳と腕組をして話している鎌火の元に歩いていく。
「えっ?殺切…」
刹那は薄れていく甘い香りと共に離れていく殺切に手を伸ばすが、怒らせてしまったらしく、掴んだ手を振りほどかれてしまった。
ヤっちまった…
視線を感じ刹那がクーウェン達の方を見ると、ルーネスが笑い転げるクーウェンを見て呆れていた。
「すまない、クーウェンはデリカシーというものが欠けていてな…」
「まぁ、見ればわかります…」
刹那がハァと溜め息をついて立ち上がり、名も知れない少年をポコスカ叩いているアマラスを見る。それを見て、ヘルは愉快とでも言うようにケタケタと笑っている。
「アイツは只者じゃない」
笑うのに飽きたのか、クーウェンは刹那の視線の先を見る。そして少年を細目に見てポツリと言った。でも、それは皆が知っていることだ。それに、結論付けるとするなら、ヘルのことを《てめぇ》と言ったところだろうか。何の縁あってかは知らないが、仲は良くないらしい。
「あぁ、確かに氷の剣粉々にれてましたしね」
「…バカにしてるのか?」
「バカにされましたので」
刹那がクーウェンの述べた事に対して嫌味を言うと、返す言葉がないのか、口を引き結んでプルプルと身体を震わせている。
普通にしてれば可愛いのに…
刹那はクスッと笑う。ルーネス達は見るからに異世界の住人だろう。鎧等という身体を覆う防具的なるものは今のこの世界においては《魔力》を練り込んだ衣服として売り買いされているからだ。それに関して鎧など現代に着ているとなれば、《はぐれ》か《異世界人》だろうと予想がつく。
ズダァンッ
「っ!?」
「しまった!妾としたことがっ」
アマラス達が降りてきた天井から盛大な音と土煙を撒き散らし、何者かが侵入してくる。
クソッ!前が…!
刹那は咳き込みながら辺りを見回すが、煙が立ち込めて全く視界が開けない。
「ぐっ!…て、てめぇ…何者だ?」
「鎌火さんっ!?」
何処かで鎌火が敵の不意打ちを受けたらしく、呻く声が刹那は聞こえた。
「兄上、こいつは…!」
「あぁ、間違いない!」
「ルーネスさん?クーウェンさん!?」
また何処からともなくルーネス達の声が刹那に届く。ここはまがいなりにも《保健室》なのだ。いくら患者ベットがあるとはいえ、そう遠く離れていない筈…
面倒だっ!
「出ろっ!《抗魔の剣》」
刹那はジリジリと下がり、壁際に着いたのを確認すると、右手から剣を錬成して頭上に構え、背後にある壁に向かって思いきり振り下ろす。
「歩法-立の型《真空砕牙》!」
剣が壁を裂くと同時に、その回りを幾重もの斬跡が取り巻く。瞬く間に目の前の壁は瓦礫と化し、煙が開けた新たな場所へと引かれるように吸い込まれていく。
ひらけたっ!
刹那は急いで先にある金輪の教卓まで駆けると、それを背に周りを見渡す。
「っ!鎌火さん!」
向かって左奥にある患者ベットの真下で鎌火が呻きながら突っ伏していた。見ると、左の脇腹が何かに喰われたかのように深く千切られている。
「マズッたぜ…刹那、お前は逃げろ!あの速さは尋常じゃない!」
「で、でも…」
[見つけた、逃がさない、皆殺しぃぃぃ]
突然後ろから声がして刹那は振り返る。そこには鬼の仮面をした麻黒い何かが一振りの大鎌を刹那目掛け振り下ろしていた。
ズバッ
刃は軽々と斬り裂き、右手を飛ばす。
「歩法-迅の型【映せ身】」
「グガァァァァ!」
鬼面は振り下ろした鎌をよけられ、いつの間にか背後に回った刹那に右手を斬り飛ばされる。血しぶきを上げ、鬼面が消えた右手を見て絶叫しているのを他所に刹那は鎌火の元に戻り背に背負うと、可能な限り遠くへと足を運ぶ。
お、重い…
刹那は上手く鎌火を背負うことが出来ず、引きずる形になってしまう。
「わりぃな、刹那…。守る側が守られてちゃ世話ねぇよな」
「そ、そんなこと…」
ドンッ
「えっ…?」
鬼面が冷静さを取り戻していく中、刹那は鎌火に突き飛ばされ前のめりになる。鎌火は刹那の背から離れると、脇腹を押さえて立ち上がる。
「ここは保健室に似てるがヘルちゃんの固有結界《錯路》の中だ。逃げ場は幾らでもある、お前は殺切達と合流しろ!コイツは俺が引き受けらぁ!」
「で、でも…!」
「さっさと行けっ!」
その金切り声と同時に地面を砕いて跳躍してきた鬼面を鎌火は受け止める。
「オラァァ!」
鎌火は血が吹き出すのもお構いなしに振りかぶると、地面に思いきり叩き付ける。
[ギャキャッ!]
鬼面はその衝撃に奇怪な声をあげる。しかし、全体に亀裂が入る程の攻撃を受けたにも関わらず、鎌火の手をわし掴みにすると、メキメキと握り潰そうとしてくる。それを鎌火は無理矢理引き剥がすと、地面に押さえつける。
「必ず戻ってきますっ!それまでは何とか持ちこたえて下さい!」
刹那は傍にあるベットからシーツを引き剥がすと、鎌火に投げつける。
「気が利くじゃねーか」
刹那は鎌火とアイコンタクトをとると、その場を離れて切り崩した先のエリアに脚を運ぶ。
これって…
そこはちょうど保健室の裏手のようで、競技場がある。生徒が一人も居ないのはここが結界の中だからだろう。実に本格的な再現で本物の世界と全く変わらない。あえて違うとすれば、場の空気とこの異様なまでの殺気だろうか…。
[生存者、発見、殺すゥゥ!]
「ちぃっ!」
さっきとは違う鬼面がCブロックの方向から普通では有り得ない速さで此方に向かって突進してくる。一体ではないとは思っていたが、こうも簡単に出くわすということは最低でも十数体は覚悟しておいた方が良さそうだ。
「そう易々と殺されてたまっかよ!」
刹那は鬼面の横凪ぎにしてきた大鎌を剣の逆刃で何とか受け流す。刀身同士が拒絶し合い、凄まじい火花を辺りにバラ撒く。
ガシッ
「ヤバッ!」
鬼面は大鎌を持っていないほうの手で刹那の脚を掴むと、軽々と空に放り投げる。数メートル上空に投げられるが、刹那は突発的な動きで体勢を立て直して安定させる。
[ガァァァァ!]
「おいおいおいぃ!」
そっちが本命かっ!
鬼面は大鎌を振りかぶると、刹那に向かって思いきり投げつけてくる。凄まじい回転速度と勢いで当たりにきた鎌を受け止めるが、さっきとは違う力の差に弾くことも受け流すことも出来ない。
「くっ…うぅ…!」
ガキィンッ
押しに耐えきれず、受け身をとれないまま地面に叩き落とされる。
「っ~!」
背中から叩きつけられ、激痛に刹那はその場で悶える。
息が…出来ない…!
鬼面は飛んで空中で鎌を掴むと、追撃と言わんばかりに刹那の頭目掛けて鎌を振り下ろす。引っ掛けるように弧をを描いている切っ先を寸でのところで頭を傾けて避ける。
格が違いすぎるっ!
鬼面が大鎌を引き抜く隙に刹那は転がって逃れると、大幅に距離をとる。明らかに見てわかる程さっきの鬼面よりもスピードとパワーが桁違いだ。
「まさかコイツ等…!」
刹那は向かってきた鬼面から逃れる為、鬼面が来たCブロックの方向に駆ける。この先には拓けた敷地がある。そこになら誰かいるかもしれない!
早くしないと鎌火さんがっ!
刹那は後ろからくる鬼面が振り回す大鎌を避けながら、競技場と校舎の間を駆け抜ける。
「!?あ、頭が…!」
刹那はいきなりの頭痛に足が絡まり、その場に這いつくばるように倒れ込む。それに勝敗を決したとでも言うかのように鬼面は大鎌を振りかぶる。
前と同じだ…
刹那は頭を押さえる手の間から鬼面の振りかざす大鎌が振り下ろされるのが一つ一つ鮮明に…いや、スローモーションと表した方がいいだろうか。はっきりと見えた。鬼面の見下したような笑い声。それは強者が弱者に対する蔑みの声。
呪いの解呪
刹那はここで確信した。確かに偶然であれど、呪いを一つ解放して実力は間違いなく向上しただろう。親父の要《歩法-武式剣術》を元として、《玄武》首席も難なくねじ伏せた。しかし、それは所詮模擬試験でしかない。形ある…定められた法式をただままごとの様に振る舞っているに過ぎない。試験?なんて生温い行いなのだろうか。記憶からの知識、身体能力の向上、亡き父からの魔法具。言ってしまえば自分自身で会得したものはなに一つないではないか。つまり、強くなった、変わったという以前に己自身の力ではないのだ。伝達されるのは記憶や底無しの魔力だけであり、心まで同体してしまうということは最早、人間ではなくなってしまう…。経験の差は、その場に居合わせる己自身にしか埋める事は出来ない。
ならば…
バシュッ
刹那は《常闇の剣》を消すと、右手で振りおろされてきた大鎌の側面を的確に弾き、軌道をずらす。
「これが俺の初陣だ!」
[ギギッ!?]
鬼面から笑い声が消える。刹那は地面に深く突き刺さった鎌の柄を掴むと、固定して鬼面の顔に飛び蹴りを食らわせる。
「歩法-【凶】の構え…」
刹那は空中で回転して後方に着地すると、股を開き低い姿勢で左腰に手を添える。仮面を割られ、浅黒い顔が露になった《鬼》は一度は警戒して数歩下がるも、さっきまでの死合のやり取りを通して察したのか、大鎌を掴んで引き抜くと原型を留めていない顔の口がニタリと笑う。
…グロテスクッ!
刹那は顔が引きつるも、姿勢を維持する。
「頼むぜ…?」
刹那は自分に言い聞かせる。正直、この技はこの現状で使うものではないと思う。それにこれも記憶の伝達の一部であり、ついさっき脳の中で更新されたもので、慣れていないのもまた然り。
ヴゥゥンッ
型だけ模していた右手に淡い光が宿る。
[ギャハッ!]
≪鬼≫は退くどころか、刹那の放つ光に吸い込まれるかのように近づいてくる。
速くはない
スピードに身を任せるわけでもなく、ただ単純にヒタリヒタリと確かな足取りで一歩また一歩と此方に近づいてくる。鎌はまるで生きているかのようで、刹那の血を浴びたがっているようだ。しかし、刹那はここでくたばる気は更々ない。世のため人類の為…ましてや、殺切を置いては死のうにも死にきれない!
「来やがれ!汚物野郎!」
[ギャギャッ!]
刹那の二メートル前まで来て≪鬼≫は立ち止まると、数瞬の間を置いて鎌を降上げた。
いまだっ!
さっきとは違い、今は≪鬼≫の動きがはっきりとスローモーションのように鮮明に目が捕らえている。刹那は魔力を解放して右手の光に溜める。
「凶の型-ゼロ閃!」
淡い光が交差して、右手に巨大な大剣を錬成すると、それを腰から抜き放つように目にも止まらぬ早さで≪鬼≫の腹部に叩き付ける。
[ギャキ!?]
≪鬼≫は何とか咄嗟に降下ろした鎌を寸止めしてガードに徹するも、刹那の放った一撃は止まることを知らず、見るも無惨に鎌ごと≪鬼≫の体をまっ二つに切り裂いた。
やった…!
刹那は目の前で鎌を落として上下を切断された≪鬼≫が動かなくなるのを見届けると、光の剣を消してその場に崩れるように座り込む。
「た、倒せた…」
刹那は深く溜め息をつく。土壇場で開拓された記憶の欠片。まさかそれが生死をわける切り札になろうとは…。
精神法…
歩法を使うに至っての要の精神統一法とでも言っておこうか。どうやら父は≪漆黒の手袋≫を使う際にこの技を築き上げたようだ。甲の魔方陣により錬成される≪抗魔の剣≫と≪常闇の剣≫は試験の際にも驚いたが、どうやら剣の形状はさだまりが決まっていないらしい。集中とその間に願う思いの力が剣の姿形を変えさせるようだ。
「また一つ進歩したかな…。と言っても、この調子じゃ挑んだところで一捻り。より良く闘いを進めるにはどうしたら…」
フッ…
ー!?
「刹にぃ、避けぇ!」
刹那がその声にハッとなり、背後から感じた殺気に気付き振り返った時には≪鬼≫が刹那に向けて鎌を振り上げていた。
「舞踏銃迅脚っ!」
[ゲハッ…]
いきなり空から降ってきたアマラスは容赦なく≪鬼面≫の腹部に弾丸の如く、強烈な蹴りを叩き込む。メキメキ、と言う音とともに≪鬼面≫はくの字に折れ曲がり、数十メートル先の地面に転がる。刹那があまりの蹴りの威力に口を半開きにして呆然としていると、アマラスが近づいてきて刹那を引っ張る。
「探したで!早よ逃げな…」
「あ、あぁ…それよりアマラスお前、何処から降ってきた!?」
「何処って…」
アマラスは刹那からそう言われて空を見上げる。刹那もそれにつられて見上げると、鎌火とクーウェン達を除くメンバーが宙に浮いたままこちらを見ていた。
≪浮力操作≫か…!
どうりで見つからないわけだ。
「おい、クソガキ、他の奴等はどこだぁ?誰のでもいいから居場所教えろ。」
なっ!
スタッ、とアマラスの横に着地した娥は、辺りを見回して刹那を見ると、気だるそうに吐き捨てるかの如く聞いてくる。
「そ、そうだ!早く鎌火さんを…」
刹那は娥門の口の悪さに少しムッとなりはしたが、今は押さえようと息をゆっくり吐いて落ち着く。今は優先させなければならないことがある。自分を信じて耐えている鎌火の為に少しの時間を無駄にするわけにはいかない!
「鎌火?あぁ、タンクトップの。さてはあの程度の敵に遅れとってんのかぁ?話になんねぇーな…」
…は?
「全く世話の焼ける…」
娥門は頭を抱えてハァーッ…と溜め息をつく
。刹那は駄目だとわかっていても、その感情を抑えることが出来ない。
その程度…?
「…撤回しろ」
「あぁ…?」
刹那は拳を握りしめる。鋭く、冷徹さを添えて娥門を睨むと、娥門の顔から笑いの色が消え失せる。アマラスがオドオドする中、その様子を見かねて金輪が止めに入ろうと全員を地面に降ろす。しかし、足を出したところをヘルに止められた。
「大丈夫じゃ、黙ってみておれ。すぐに済む。」
ヘルはあたかもこの先何が起こるか分かっているかのような意味深な言い方をする。金輪はヘルに目先で促され、刹那達の方に視線を戻す。金輪だって≪婚約者≫にケチ付けられるのは当然いい気はしない。だが、その相手が≪序列階級≫のハイランカーとあっては手のだしようがない。
まぁ、その件はこのまま刹那に任せたほうが良さそうだ。
「撤回しろと言ったんだ!豆狐っ!」
「…テメェ、今なんつったよ…!」
娥門は眉間にシワを寄せる。刹那が≪抗魔の剣≫を錬成すると、渦巻いている娥門に対しての憎悪に共鳴するかのように剣は形状を変え、赤黒い長剣に変貌する。
「後悔すんなよ…!」
そう言いながらも娥門の顔は満面の笑みに満たされる。アマラスが叫ぶのも聞かず、娥門は目を見開く。蒼く爛々と光る眼光が刹那を捉える。
スパッ!
「なっ」
風を切るかのような音が聞こえた次の瞬間、娥門の眼から力が抜ける。
「な、何が…」
「次は俺の番だ!」
「くっ!」
刹那が振り回した大剣を娥門は軽く避け、後ろに数歩後退する。娥門は訳がわからないと言うように目を見張る。今までに合間を縫うように先手を撃って出た輩は数えるに絶えないほどいた。しかし、今のは何だ?斬撃…だろうか?
「テメェ、今何しやがった…?」
娥門が焦るのを見て、刹那は大剣を突きつけたまま淡々と答える。
「≪寄代≫を断ち斬っただけだ」
「断ち斬るぅ?おいおい、冗談はよせ。確かに≪断つ≫事に至っては希少価値の高い能力なれど少なからず存在するが…」
娥門の眼から淡い光が消え失せる。それを見て、刹那も大剣を消失させる。娥門は頭を掻きながら一言口にする。
「お前、人間か?」




