第61話「数字は線となり、俺の背中を押す」
朝。
俺。
目を覚ます。
◇
天井。
◇
江戸。
◇
家。
◇
もう。
驚かない。
◇
俺。
起きる。
◇
着替える。
◇
そして。
見る。
◇
地図。
◇
俺たちが。
作った。
地図。
◇
「…………」
◇
今日。
これを。
持っていく。
◇
最後。
一%。
◇
【第一次測量】
【測量進捗率:99%】
◇
九十九。
◇
何度。
見ても。
九十九。
◇
でも。
◇
今日で。
終わる。
◇
たぶん。
◇
いや。
◇
終わらせる。
◇
俺。
地図を。
持つ。
◇
「行こう」
◇
門倉隼太。
頷く。
◇
「はい」
◇
◇
歩く。
◇
久しぶりに。
江戸を。
歩く。
◇
でも。
◇
測らない。
◇
歩数。
数えない。
◇
方角。
測らない。
◇
ただ。
歩く。
◇
「…………」
◇
楽。
◇
普通に。
歩くって。
こんなに。
楽なんだ。
◇
俺。
ちょっと。
感動。
◇
その時。
思い出す。
◇
今日。
会う。
人。
◇
「門倉」
「はい」
◇
「今日、高橋先生もいるんだよね?」
◇
「はい」
◇
高橋至時。
◇
その名前は。
門倉から。
聞いた。
◇
伊能忠敬の。
師匠。
◇
天文方。
◇
俺が。
測量へ。
向かうことになった。
◇
大きな。
きっかけを。
作った人。
◇
らしい。
◇
「…………」
◇
俺には。
実感。
ない。
◇
当然。
◇
俺。
伊能忠敬じゃ。
ない。
◇
向こうは。
俺を。
知ってる。
◇
俺は。
向こうを。
ほとんど。
知らない。
◇
「門倉」
「はい」
◇
「高橋先生って、どんな人?」
◇
門倉。
少し。
考える。
◇
「大変優れたお方でございます」
◇
「それは聞いた」
◇
「先生が天文を学ばれているお方でもございます」
◇
「それも聞いた」
◇
違う。
◇
もっと。
こう。
◇
怖い?
◇
怒る?
◇
細かい?
◇
そういう。
情報。
◇
「まあ」
◇
俺。
前を見る。
◇
「会えば分かるか」
◇
今さら。
逃げられない。
◇
【99%】
◇
こいつ。
いるし。
◇
行く。
◇
最後の。
一%。
◇
俺たちの。
旅を。
見せに。
◇
◇
着く。
◇
俺。
地図を。
持つ。
◇
少し。
緊張。
◇
蝦夷地。
歩くより。
緊張。
◇
いや。
◇
それは。
言い過ぎ。
◇
中へ。
◇
いる。
◇
幕府側の。
役人。
◇
そして。
◇
高橋至時。
◇
「…………」
◇
この人が。
◇
伊能忠敬の。
師匠。
◇
俺。
頭を。
下げる。
◇
「伊能忠敬にございます」
◇
変な。
感じ。
◇
今さら。
だけど。
◇
俺。
伊能忠敬。
なんだよな。
◇
地図を。
広げる。
◇
記録も。
出す。
◇
役人。
見る。
◇
至時も。
見る。
◇
静か。
◇
「…………」
◇
長い。
◇
何か。
言って。
◇
怖い。
◇
俺。
じっと。
待つ。
◇
役人の。
指。
◇
地図を。
なぞる。
◇
俺たちが。
歩いた。
蝦夷地。
◇
西別。
◇
厚岸。
◇
函館。
◇
松前。
◇
全部。
ここに。
ある。
◇
やがて。
◇
役人。
顔を。
上げる。
◇
「伊能忠敬」
◇
「はい」
◇
「大儀であった」
◇
「…………」
◇
胸。
何か。
入る。
◇
嬉しい。
◇
たった。
一言。
◇
なのに。
◇
嬉しい。
◇
「そなたより最初に申し出があった折には」
◇
役人。
地図を見る。
◇
「正直に申せば、いささか荒唐無稽と思えるところもあった」
◇
「…………」
◇
俺。
ちょっと。
頷きそうに。
なる。
◇
分かる。
◇
俺も。
思った。
◇
五十五歳。
◇
蝦夷地まで。
歩く。
◇
測る。
◇
地図。
作る。
◇
普通に。
考えたら。
◇
無茶。
◇
「されど」
◇
役人の。
指。
止まる。
◇
「そなたは、それを形にした」
◇
俺。
地図を見る。
◇
形。
◇
そう。
◇
形に。
なった。
◇
毎日。
測った。
◇
数字。
◇
一つ。
◇
また。
一つ。
◇
それが。
今。
◇
地図に。
なってる。
◇
「ここに結実した地図」
◇
役人。
俺を見る。
◇
「誠に見事である」
◇
「…………」
◇
俺。
何も。
言えない。
◇
嬉しい。
◇
素直に。
◇
嬉しい。
◇
俺たちが。
やったこと。
◇
認めて。
もらえた。
◇
でも。
◇
役人。
もう一度。
地図を見る。
◇
「一つ、聞きたい」
◇
「はい」
◇
「なぜ、ここまでの精度を求めた?」
◇
「…………」
◇
俺。
止まる。
◇
「蝦夷地の地理を知る。それだけであれば、ここまで細かく測る必要があったのか」
◇
「…………」
◇
分からない。
◇
俺。
伊能忠敬が。
何を。
考えていたのか。
◇
知らない。
◇
俺。
この人じゃ。
ない。
◇
だから。
◇
答え。
分からない。
◇
俺。
横を見る。
◇
高橋至時。
◇
この人なら。
◇
知ってる?
◇
伊能忠敬が。
何を。
考えて。
いたのか。
◇
でも。
◇
至時。
何も。
言わない。
◇
ただ。
俺を。
見ている。
◇
「…………」
◇
俺が。
答えるの?
◇
いや。
◇
そうか。
◇
俺たちが。
歩いたんだ。
◇
俺たちが。
測った。
◇
だったら。
◇
俺が。
答える。
◇
俺。
地図を見る。
◇
そして。
◇
口。
開く。
◇
「最初は」
◇
声。
少し。
震える。
◇
「無理だと思いました」
◇
役人。
俺を見る。
◇
「こんな距離を歩いて、測って、地図にする」
◇
俺。
少し。
笑う。
◇
「できるわけがないと、思いました」
◇
本当。
◇
何回。
思った?
◇
歩きたくない。
◇
帰りたい。
◇
まだ?
◇
何で。
俺が。
◇
何度も。
思った。
◇
「でも」
◇
俺。
地図に。
指を置く。
◇
「歩くと、それは数字になりました」
◇
一歩。
◇
また。
一歩。
◇
測る。
◇
記録する。
◇
数字。
◇
「その数字が」
◇
指を。
動かす。
◇
「こうして、線になりました」
◇
俺たちが。
歩いた。
線。
◇
「…………」
◇
見る。
◇
すると。
◇
浮かぶ。
◇
景色。
◇
違う。
◇
人。
◇
「この線を見ると」
◇
俺。
ゆっくり。
言う。
◇
「助けてくれた人たちの顔が浮かぶんです」
◇
道を。
教えてくれた。
人。
◇
食べ物を。
分けてくれた。
人。
◇
泊めてくれた。
人。
◇
送り出して。
くれた。
人。
◇
そして。
◇
一緒に。
歩いた。
みんな。
◇
「私たちだけでは、ここまで来られませんでした」
◇
俺。
地図を見る。
◇
ただの。
線。
◇
でも。
◇
俺には。
違う。
◇
この線の。
向こう。
◇
人が。
いる。
◇
「だから」
◇
俺。
顔を。
上げる。
◇
「私たちがまとめたこの地図で」
◇
息。
吸う。
◇
「助けてくれた人たちが、少しでも笑顔になれば」
◇
俺。
役人を見る。
◇
「私たちの旅は、成功です」
◇
静か。
◇
誰も。
何も。
言わない。
◇
俺。
最後。
頭を。
下げる。
◇
「その結果が」
◇
「幕府のお役に立てるのであれば」
◇
「これ以上、嬉しいことはありません」
◇
沈黙。
◇
「…………」
◇
俺。
急に。
不安。
◇
言い過ぎた?
◇
変だった?
◇
もっと。
難しいこと。
言うべきだった?
◇
俺。
顔を。
上げる。
◇
高橋至時。
◇
俺を。
見ている。
◇
そして。
◇
ほんの少し。
笑った。
◇
「…………」
◇
何で。
だろう。
◇
それだけで。
少し。
安心。
した。
◇
役人。
地図を見る。
◇
長く。
見る。
◇
そして。
◇
頷く。
◇
「よく分かった」
◇
俺。
待つ。
◇
「この成果」
◇
役人。
地図に。
手を置く。
◇
「確かに預かった」
◇
「上へも申し伝えよう」
◇
「…………」
◇
その。
瞬間。
◇
視界。
光る。
◇
俺。
息。
止まる。
◇
【第一次測量】
◇
【測量進捗率:100%】
◇
「…………」
◇
百。
◇
俺。
見る。
◇
【100%】
◇
もう一度。
◇
【100%】
◇
百。
◇
本当に。
◇
百。
◇
ずっと。
見たかった。
数字。
◇
二十五。
◇
動かない。
◇
何で?
◇
四十八。
◇
中途半端。
◇
五十。
◇
まだ。
半分。
◇
九十九。
◇
あと。
一。
◇
そして。
◇
今。
◇
百。
◇
「…………」
◇
俺の。
目に。
涙が。
たまっていた。
◇
止めようと。
思った。
◇
でも。
◇
やめた。
◇
いい。
◇
今日くらい。
◇
いい。
◇
俺。
地図を見る。
◇
ここまで。
来たよ。
◇
本当に。
◇
ここまで。
来た。
◇
みんな。
◇
ありがとう。
◇
俺。
やり遂げたよ。
◇
「…………」
◇
違う。
◇
俺だけじゃ。
ない。
◇
門倉。
◇
宗平。
◇
一緒に。
歩いた。
みんな。
◇
旅の途中で。
助けてくれた。
人たち。
◇
誰か。
一人でも。
いなかったら。
◇
この線は。
◇
ここまで。
続かなかった。
◇
俺。
涙を。
拭う。
◇
もう一度。
地図を見る。
◇
そして。
笑う。
◇
俺たち。
◇
やり遂げたよ。
◇
【第一次測量 完了】
ここまで浩哉の旅を見守っていただき、本当にありがとうございます。
私の作風は、一般的な小説とは少しかけ離れたものかもしれません。
短い文章。
多い改行。
そして、浩哉と一緒に一歩ずつ進んでいく物語。
これは、ただ伊能忠敬の物語を「読む」のではなく、浩哉たち登場人物の歩みを、一緒に「体感」していただきたい。
そんな思いから、この形で書いています。
作中における測量の行程や伊能忠敬の足跡については、可能な限り史実を調べ、それに準拠して制作しています。
つまり――
浩哉が「まだ歩くの!?」と叫んでいたあの距離を。
伊能忠敬たち測量隊は、本当に歩きました。
調べれば調べるほど、
「この人、本当にすごいな」
と思わされます。
そして気づけば、作者である私自身が伊能忠敬という人物を好きになっていました。
第一次測量は終わりました。
ですが、浩哉の旅はまだまだ続きます。
時に熱く。
そして最高にバカバカしく。
日本地図完成まで、あとどれくらいかかるのか。
ぜひ浩哉と一緒に、その長い道のりを体感していただければ幸いです。
ここまでお付き合いいただき、本当にありがとうございました。
そして、これからも浩哉たちの旅をよろしくお願いします。
もし、
「浩哉の旅をもう少し見守ってやろう」
「続きも一緒に歩いてみよう」
そう思っていただけましたら、ブックマークや評価で応援していただけると、とても嬉しいです。
皆さまからいただく応援が、作者の背中を押してくれます。
浩哉は、まだまだ歩きます。
たぶん本人は嫌がります。
それでも日本地図が完成するその日まで。
これからも、一緒に歩いていただけたら嬉しいです。




