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01 襲撃

人々が生まれるよりも、はるか昔……


創造神は、大地を作り、大気を作り、水を作り……そして魔力に満ちた世界を作りました


やがて何もない大地に1本の木が生まれました


創造神は、その木を祝福しました

するとその木は魔力と生命力に満ちた世界樹となりました


世界樹は森を作り動物達を生み出しました

そして自然を守護するドラゴンを生み出しました


森を守護する深緑竜

海を守護する白氷竜

火山を守護する獄炎竜


ドラゴンは普段その姿を見せないのですが、守護する地を害そうとすれば国を滅ぼす脅威となります


世界の自然との調和はこうして守られているのです……


これはバートン王国の設立以前から伝わるという創世の神話です




バートン王国……


ここはスミス・バートンを王に頂く王国です


東には隣国チロリア王国、西には深緑の森に挟まれた緑豊かな国です


広大な面積を誇る深緑の森には、深緑竜さまと呼ばれるドラゴンが住んでいると言い伝えられ、人々は恐れ敬います


伝説によれば深緑竜さまは、かつて深緑の森を焼き尽くし支配しようと森に攻め入った国を、一晩のうちに焼き尽くし滅ぼしたと言われています


ただ現在、その存在は確認されていません


深緑の森とバートン王国が存在している大陸は広大な面積を誇ります

その割に隣国と合わせても、それほど人口は過密ではありません

よって領土を取り合う争いなどはなく、チロリア王国とは概ね良好な関係を築いています


私はそのバートン王国に第2王女として生まれたロキシーです


私には第1王女のお姉様がいますが、既に他国の王家に嫁いでおります

そのせいか、お父様は私に対してやや過保護なところがあり、ちょっと困っています

それでも15歳になった私にも、少しずつ公務に関わらせてくれるようになってきました


今はその公務の一環で地方領地に赴き、領地の視察と領主様主催の夜会に出席してきた帰り道です

もっとも公務と言っても、顔見せが主たる御役目でしょうか


帰りの馬車の中で、私は自身の日記帳を眺めながら侍女と雑談を交わしていました


「正直疲れました……」


最近の日記には視察の愚痴ばかりが書かれています

出発前の希望に満ちた私からは酷い変わり様です


「公務お疲れ様でした。」


侍女はそう言いますが、あれは公務なのでしようか?


「何というか……お見合いの話ばかり聞かされていたような気がするのですが……」


私がそう言うと侍女は、


「それも立派な公務です。」


と言い切ります


「本当にそうなのでしょうか……」


私は深い溜息をつきました


視察は領地の特産品についての説明や魔獣への対応などそれらしい内容をこなし、意義あるものと感じました


しかし夜会はと言うと、次々と紹介される殿方、その方々と順次行われるダンス、そしてお見合いの申し出の数々……と、もはや流れ作業でした


「お姉様もこのような苦行を乗り越えて嫁いだのかしら。」


侍女は可笑しそうに笑いました


「まだ地方の視察は始まったばかりですよ。これから他の領地にも回るわけですから覚悟してくださいまし。」


そう言ってまた笑いました

私は少々不貞腐れてしまいました


馬車は深緑の森の脇を通る街道を走っています


深緑の森


深緑竜さまが支配していると言われている広大な森

私は侍女に聞きました


「深緑竜さまって本当にいるのかしら?」


「伝承ではいろいろと記録がありますね。ただ実在するかを確認するのは中々困難ですわね。」


深緑竜さまは森の奥深くに住んでいると言われています

侍女の言う通り確認は難しいでしょう


すると突然馬車が止まりました

外では何やら護衛の騎士達が指示を出しているようです


「何かあったのでしょうか?」


私は不安を覚えました


「ひとまず落ち着いて護衛の報告を待ちましょう。」


そう言う侍女も不安顔です

しかし、待てども護衛からの報告はありません


痺れを切らした私はカーテンをめくり外の様子を伺いました


目にしたのはたくさんの大きな魔獣の姿でした

窓からは正確な数は分かりませんが、大きな狼のような魔獣が何匹も見えたのです


話には聞かされていました

森の近くでは魔獣が出てくることがある……と


でも聞くと見るのとは大違いでした

私は怖くなり震えてしまいます


しかし私は王女

いかなる時も気を確かにしていなくてはなりません

私は冷静さを装い侍女に言いました


「こうなる事態も想定しての多めに用意した護衛です。大丈夫です。」


「そうですね。勇敢な護衛が守ってくれています。心配はありません。」


侍女も平静を装い言いました


しばらくすると馬車は動き出しました

来た方角に戻るようです

後方では護衛の騎士たちが魔獣と戦っています

馬車には3人の護衛が付いてきてくれています


私は魔獣と戦う為に残ってくれた護衛の騎士達の無事を祈るばかりでした


しかし事態はこれだけで収まりませんでした

戻った道を塞ぐように、さらに魔獣が現れたのです


「待ち伏せ!?」


これ程の大きな魔獣が連携を取り襲ってくるという話は聞いたことがありませんでした

それでも3人の護衛達は勇敢に戦い、私達の馬車を守ってくれています


叫びたくなるのを我慢して、私は皆の無事を祈りました


「神さま……どうか……どうか私たちをお守りください。」


しかし事態はさらに悪化します

先程逃げてきた方角から数匹の魔獣がやってきました

最初の襲撃場所からやってきた魔獣のようです


護衛を突破してきたのか………


護衛が全滅してしまったのか……


その魔獣は護衛のいない私達の馬車に襲いかかりました

私達の馬車は堅牢な作りをしてます

簡単なことでは壊れません


とはいえ大型の魔獣の攻撃に、いつまでも耐えられるわけでもありません


私は叫び声を上げることはなかったのですが、恐怖で涙し侍女と抱き合い震えていました


「神さま!神さま!どうかお助けください!」


何故か外が静かになりました

私は恐る恐る外を見ます

何故か魔獣達は、馬車の前方を見て威嚇しているようです


護衛達……ではないようです


さらにその前方……


そこには1台の馬車がいました

魔獣達はその馬車を……何故か恐れているように見えます


その馬車は普通の馬車……いや、私と同じぐらいの歳に見える男の子が笑顔で立っています

たくさんの魔獣に睨まれているのに笑っています


恐怖で頭がおかしくなってしまったのでしょうか?

しかし魔獣達はその笑顔の男の子を威嚇しています


護衛達はこれを好機と捉えたのでしょう

静かに……とても静かに、魔獣達に気が付かれないように馬車を後退させました


(それではあの人が犠牲になってしまう!)


そう思いました

思ったのですが……言葉に出ませんでした


私は怖かったのです


逃げたかったのです


結果、あの人が犠牲になったとしても……


私達は危機を脱しました

あの笑顔の男の子を囮にして……


私は王女

その王女が民を犠牲にして逃げました


世間はそれが正しいと言うでしょう

でも私は自分自身が許せませんでした

自分の無力さが許せませんでした

自分の心の弱さが許せませんでした


「あああぁーーー!」


逃げる傷だらけの馬車の中で、私は大声で泣き叫びました


「人を見殺しに!私と同じぐらいの歳の!囮にして逃げた!守るべき民を!グググアアーー!」


もはや王女でも何者でもありません

狂ったように暴れ泣き叫びました


「王女さまのせいではありません!どうしよもなかったのです!」


侍女が私を抱きしめました

侍女も泣き叫んでいます


堅牢なはずの馬車は傷だらけ

護衛にも犠牲者が出ました

それでもなんとか私達は王都に到着しました




門兵は近付いてくる馬車を見て絶句しました

魔獣に襲われたのか傷だらけでした

そして疲弊した護衛の騎士


ただならぬ状況を察した門兵は、王城に応援を呼ぶよう兵士を走らせました

そして護衛の騎士に事態を聞きました


「その馬車は王家の馬車とお見受けする。いったい何があったのですか……それよりも要人はご無事でしょうか!?」


すると騎兵は力なく答えました


「馬車の要人はロキシー第2王女である。魔獣どもに襲撃を受けたが王女は無事だ。だが……かなりお疲れの様子。いち早く王城へお戻りいただきたい。」


すると門兵は了解の意を示し兵士を集めました


「王城まで道を開けよ!馬車を先導せよ!」


兵士はキビキビと行動しました

馬車は王城に向けて走ります

王都の人々は皆驚き道を開けました

そして馬車は王城へと到着しました




門兵が緊急事態を叫びながら王城に走ってきました


「視察に出ておりましたロキシー王女が戻ってきましたが馬車が魔獣に襲われた様子!護衛にも死傷者が出ております!急ぎお出迎えの準備を!!」


一気に城内が慌ただしくなりました

それはそうです

王女の馬車が魔獣に襲われたのです

しかもスミス王が溺愛するロキシー王女


たまたま城内にいたノルディカ副騎士団長は声を上げました


「ロキシー王女には私が対応する!皆は落ち着き自らの任務を果たせ!」


このひと言で、城内にいた全ての人々が落ち着きを取り戻し行動しました


ノルディカ副騎士団長


エルフの女性騎士


その容姿はとても美しいのですがバートン王国最強の騎士と言われており、猛獣のような眼光で睨まれると、誰しも恐怖で身動きできなくなる恐ろしい戦闘狂


しかし、とても優しい面もあり、ロキシー王女が心許せる数少ない人物です

そのノルディカ副騎士団長が王城に到着した馬車を出迎えました


ノルディカは驚きました


王女が乗っている馬車は堅牢な作りで、敵襲を受けても跳ね返す程の鉄壁の守備力を誇ります

それが傷だらけになって戻ってきたのですから


ただ王女は無事と聞いているのでノルディカは平静を装いました


「ロキシー王女。ノルディカです。」


そう声をかけて扉を開けました


馬車の中には今まで見たことのない王女の姿がありました

そこには王女の顔ではなく、ただ泣きじゃくる少女がいました

侍女も王女の涙を拭いながら、自らも涙を流していました


普段の凛とした姿の王女とは思えない様子にノルディカは狼狽しました


「いったい……何があった……」


ノルディカに気が付いた王女は、彼女に抱きつき泣きながら懺悔のように言いました


「私は……私は……少年を囮に……少年を見殺しに……私は王女でありながら最低の行動を……」


「王女様のせいではありません!どうしようもなかったのです!」


侍女は取り乱しながらも王女を擁護します


修羅場だ……


傷だらけの馬車

取り乱す王女と侍女

ただならぬ事があった事だけはわかりました


今はとにかく王女を休ませなくては……

そう思いノルディカは王女の肩を抱き王城の中に連れていきました


王女を城内で待機していた侍女達に引き継ぎ、ノルディカは同行していた護衛に話を聞くことにしました


「王女のあの狼狽ぶり、只事ではないな。いったい何があったのだ。」


護衛の騎士は状況を話しました


「視察を無事終え王都に向かっている途中でした。森の街道を進んでいるところで巨大な狼の魔獣の群れに襲撃を受けました。二手に分かれ一方はその場で魔獣を食い止め、一方は撤退する馬車の護衛を。すると魔獣どもは連携しており別の魔獣の群れが襲撃してきました。」


見れば護衛の騎士も魔獣との争いで傷だらけです

ノルディカはゴクリと喉を鳴らしました


「なんとか踏み止まっていたのですが、最初襲撃してきた魔獣が護衛を突破し後ろから襲ってきました。その魔獣どもが馬車を襲い始めた時です。行商人と思われる男性と少年らしき者が現れまして。どういう訳か全ての魔獣どもがその少年に敵意を向けたのです。魔獣が行商人に敵意を向けている間に私たちは逃げました。行商人を囮にして……。騎士にあるまじき行動でした……。」


護衛の騎士は力なく項垂れました


「その行商人たちがどうなったかはわからないか?なにか特徴とかはなかったか?」


ノルディカは何か手掛かりがあればと護衛に聞きます

おそらく行商人を囮にして逃げた自分を王女は許せなかったのでしょう

せめてその行商人がどうなったかを把握したいとノルディカは考えました


「あの魔獣の数です。恐らく……だめでしょう……少年……少女にも見えるような中性的な子供でした。あのような状況でもニコニコとしていましたが……」


護衛の騎士は悔しそうな表情です

が、ノルディカは何か引っかかりました


ニコニコした中性的な少年

ひとりの少年の姿がノルディカの脳裏に浮かびました


タイヨー君


あの深緑竜さまがいると言われる深緑の森に住み、森の管理者たる精霊のドライアド様の弟子というその少年は、ノルディカの全力の攻撃をものともしない、とても人間とは思えない力を持っていました


そして、おそらくまだ何かとてつもない秘密を隠しているに違いない少年……


「……名前などは言ってなかったか?」


「いえ、そこまでは……」


「そうか……すまない。今のは気にしないでくれ。まずはゆっくり休んでくれ。ご苦労だった。」


ノルディカはその場を後にします


「……まさかな。だが彼であったなら魔獣ごとき敵でもないだろう。もしもそうであったのなら王女の心も晴れるのだろうが……」


僅かな期待を胸にしまい、ノルディカは報告のため王のもとに向かうのでした




スミス王の執務室にノルディカは赴きました


「失礼します。ノルディカです。」


そこには国王ではなく、ひとりの父親として娘を心配し右往左往しているスミス王がいました


「おお!ノルディカ!娘は!ロキシー王女の様子はどうだ?」


スミス王には既にロキシー王女の乗った馬車が魔獣に襲われた事は伝わっています


「はい。怪我などはしておりませんが……かなり精神的に参っているようです。今は入浴と着替えを済ませ寝室で横になっております。」


ノルディカは現状を報告しました


「そうか……ひとまず無事で良かった……。」


スミス王は娘の無事を聞くと、デスクの椅子にドカリと身を投げ出しました


「精神的的に参っている……との事だがやはり魔物に襲われた恐怖からくるものか?」


スミス王の問にノルディカは答えました


「もちろんそれもあります。しかし理由は別のところにあるようです。」


「別の理由……だと?」


「はい。王女の乗る馬車が魔獣どもに襲われ危機的な状況の中、1台の行商人と思われる馬車が現れたとのことです。」


スミス王は続きを即します


「その馬車にはロキシー王女と同年代と思われる少年が乗っており、何故か魔獣どもがその少年を一斉に警戒し動きを止めたそうです。その隙を伺って護衛達は馬車を静かに後退させその場を立ち去ったそうです。」


スミス王は驚きました


「なんと……そのような事が……してその行商人はどうなったのだ?」


「はい。どうやらその少年が王女の馬車が逃げ切るまで魔獣どもを引きつけていたようで、無事に逃げ切った護衛達はその後行商人達がどうなったのかまで確認していないとのことです。王女は自分達が助かる為に少年を囮にしたことに心を痛めてしまいました。」


「……何ということだ……心優しいロキシーの事だ。絶望してしまったのだろう。報告ありがとう。ノルディカよ。ロキシーはそなたを信頼している。今しばらく側に付いていてくれ。」


そう言うとスミス王は項垂れてしまいました


「わかりました。」


それだけ言うと、ノルディカはロキシー王女の元に向かうのでした


王女の寝室の前で深呼吸をしたあとノルディカはドアをノックしました


「失礼します。ノルディカです。」


しばらくすると、王女のお世話をしていた侍女がドアを開けてくれました

侍女も王女に寄り添い涙したようで目が赤くなっています


「王女の具合はどうだ?」


静かにノルディカは聞きました


「ひとまず落ち着いてはいますが……心ここにあらずといった感じです。お食事も取られておりません。」


目を赤くした侍女が答えました


「わかった。ありがとう。貴方も少し休むといい。」


そう言ってノルディカは王女の元に向かいました


ベッドに横になる王女は、まるで廃人のように目は虚ろで顔色は真っ白でした

可愛らしく快活でいながら凛として、国民に愛されている普段の王女の面影は全くありません


ノルディカは優しく声をかけます


「王女。ご加減はいかがかですか?」


ノルディカの問い掛けにロキシー王女は虚ろな目を目そちらに向けたかと思うと、再び涙を流しました


「私は取り返しのつかないことをしてしまいました。何が王女でしょうか……このような情けないものが王女を名乗る資格などありません……」


目の前にいるのは確かに王女です

しかしそれ以前に15歳になったばかりの少女なのです

その少女に課せられた、何という重責でしょうか


私は横になった王女の頭を抱えました


「貴方だけの責任ではありません。魔獣に対してもっと警戒をしなくてはならなかったのに、それを怠った私達にも責任があります。どうか全てをひとりでお抱えにならないでください。」


しばらくそうしていると王女は疲れ切ったのか、静かに寝息を立て始めました


疲弊し、やつれた少女

ノルディカは唇を噛み締めました

そして侍女に後のことを頼み退室しました


「まだ15歳の少女に何という仕打ちなのだ……」







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