〇黒影飛門
今回は少し短いです。
≪天文3年(1534年)-陸奥国安積郡-黒影飛門≫
私は1年前まではただの百姓だった。私が生まれ育ったのは月影村という猛獣が多く存在する山の中。私は父が農業をしていた関係上、私も将来は父の農業を継いでそれを息子に託して死んでいくという人生を歩むんだと思っていた。
実際に私は父の農業を手伝いしばらく経ったのちに農業を継いだ。ここまでは想像通りの人生を歩んでいた。別にそれに対して不満はなかった。私は百姓の家に生まれた以上はそれ以上の事を望むのは分不相応というもの。そう考えてそう教わって生きてきた。
そんな時に声を掛けてくださったのが安積紀伊守祐重様だった。こんな危険で辺鄙な村に安積家のご当主様が訪れるとは思わず驚いたし理由が分からなかった。だが、その紀伊守様の来訪により我々の生活は一変する。
我々はそれまででは信じられない程の高い禄を貰う代わりに忍びとなり他国への情報収集や暗殺未遂などなど危険で極秘な任務を行う事となった。
今回の任務は今までで一番危険な任務。それを行う私は死ぬ可能性が高いだろう。しかし私には元服した息子の飛昌と娘の瑠衣がいる。二人は幼いころから金石丸様と鍛錬を共にした結果身体能力が高く今では大人でも勝てない奴がいるほどには強くなっている。今後もどんどん進化し続けるだろう二人がいるのならば私が死んでも黒蛇衆は継続して安積家を支えることが出来るだろう。
「・・・あなた・・・行くんですね?・・・」
「お鈴・・・起きていたのか・・・」
彼女は私の最愛の妻であり飛昌と瑠衣の母でもある。
「当たり前じゃないですか。夫の大事に顔を出さない妻はいませんよ」
「そうか・・・お鈴・・・二人を頼む・・・」
そういう飛門の表情は覚悟を決めた者の表情だった。
「・・・嫌です・・・必ず帰ってきてください・・・」
「・・・お鈴・・・」
「もちろん今回の任務がどれほどの危険な任務かは理解しております・・・しかし絶対に死ななければいけない任務でもないはずです・・・であればどうしてあなたはそんな死ぬ覚悟をしているんですか?・・・」
「・・・・」
「がむしゃらに・・・なにがなんでも生きてやるという生きる覚悟を持ってください・・・子供たちに誇れる父親でいてください・・・」
「・・・生きる覚悟、か・・・ふっ。その通りだな・・・私はいつもお鈴に助けられる・・・」
「それが忍びとして働けない私の役目ですから・・・行ってらっしゃいませ・・・帰りをお待ちしております・・・」
「ああ・・・行ってくるよお鈴・・・飛昌には帰ったら鍛えてやると言っておいてくれ」
「分かりました。あの子も喜びますよ」
そう言って私は死ぬ覚悟ではなく生きる覚悟を持って家を出た。
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私が村を出て数日が経過した。確かに今回の任務は危険であり死ぬ可能性が高い任務となっている。しかし私にも勝算はある。私が忍びについてから鍛えてきたのは戦う戦闘技術ではない。相手の攻撃を回避する術や逃げる術である。そこに関しては私は黒蛇衆一と自負している。
「さて・・・始めるか・・・生きるために・・・」
私は勘助殿が言った通りに伊達郡の柔折西山城の城下にやって来た。すでに伊達晴宗が普段どういう生活をしているかは調べがついておりどこにいれば会える可能性が高いかも理解している。
「(ここならば少し行けば道が複雑になっているし逃げきることも出来るかもしれん)」
私は生きる可能性を高めるためにも様々な可能性を考慮する。そうして数日が経過した時に伊達晴宗が護衛を三人連れて姿を現した。
「(三人・・・しかも一人は鬼庭小十郎良直・・・厄介な・・・)」
鬼庭良直。彼は最近になって伊達晴宗の護衛として周囲を守るようになった人物で特別に武力に秀でているのは確認済みである。他の二人の武士よりも何よりも厄介な人物が今日も護衛として伊達晴宗を守っている。
「(・・・私は任務を果たし生きて帰る・・・生きる覚悟を持って・・・)」
私は任務を開始した。最初の"相手に上手く気付かせる"ことには成功した。次には逃げ遅れギリギリで命からがら逃げるという手段を取らなければならない。この時に必要なのは如何にも晴宗を殺す機会を狙っていたと相手に思わせる事。これには目的を私自身で口にするのではなく相手に自分で気付かせる必要がある。人は自分で気付いたことには疑いが薄い生き物であるゆえに。
そして私はそこまでは成功していた。三人に囲まれながらも鍛錬を積んだ回避術によって回避をしその場にある物を相手の顔に投げつけ視界を奪ったり、足元に投げつけ走行の邪魔をしたりあらゆることをした。武士がやらないような卑怯な術でなんとか必死に殺されないように凌いでいた。
しかし徐々に切り傷は増えていく。幸いなことに深い傷はないものの傷だらけとなっていた。
「(ここらで潮時か!)」
これ以上は体力は持たずいずれ殺されるは確実と私は判断した。さらにその思いに拍車をかけたのはいまだに武に優れている鬼庭良直が晴宗に張り付き私への攻撃に参加していないこと。
「(あの男が出てくれば殺されるは確実!)」
そうして私が勘助に言われた通りにチラリと柔折西山城の方角を見てから逃走を図る。
「!?絶対に逃がすな!?そ奴はいま一瞬我が居城のある方角を見た!?必ず生け捕りとし情報を吐かせよ!?小十郎!?お主も行け!?」
「は。かしこまりました」
出てきた鬼庭良直。十以上も下の満年齢23歳が放つ威圧感に一瞬怖気づき腰が引けてしまう。しかし私はすぐに妻のお鈴が思い浮かんだ
「(違う!生きる覚悟!生きる覚悟を持て生き残る!)」
私に襲い掛かってくる鬼庭良直。その速度や鋭さはそれまでの二人の武士とはレベルが違った。しかし私としても先ほどとは状況が違う。さっきは逃げることが許されなかったが今度は逃げ切ることが最優先のために取れる手段が違ってくる。
まず私は向かってくる鬼庭良直に干していた布を投げつけて視界を奪い苦無を投げつける。
「笑止」
ザン!キキン!
しかし鬼庭良直はすぐさま布を斬りつけ苦無をはたき落とす。先の二人には傷を負わせられたその奇襲も一度見ている鬼庭良直には効果が無かった。そしてこの間わずか数秒。しかし数秒後の鬼庭良直の視線の先には私は存在しなかった。
「・・・逃げられたか・・・申し訳ありません・・・次郎様」
「よい。お主でも逃がすのではしょうがない・・・それより・・・・・・・やはり父上・・・あなたは・・・」
こうして私の任務は成功し晴宗の父親への疑念は高まっていった。それは誰が何と言おうと一切稙宗と会おうとしない徹底ぶりで。
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