第25話 拗らせた初恋の行方
「ずっと好きだったのに、勇気がなくて告白できなかった。いつか自分に振り向いてくれるだろうとか思ってた。さりげなくアピールしてたけど、全然気付いて貰えなくて結局失恋したんだ」
淡々と語りだす月姫だが、俺は待ったをかける。
「待て待て、告白された記憶はないぞ!」
ない。あるはずがない。
月姫に告白されていたら当時の俺は迷わず付き合っていた。そこは自信を持って言える。
「告白前に失恋した、が正確な言い方かな。ゆう君が土屋さんと付き合ってると思ってたんだ。だから勝手に失恋した気分になってたの」
月姫が今度は土屋の写真を指さす。
「土屋と?」
「私に素っ気ない態度で接するようになったでしょ。どうしたのか気になってチェックしてたら、ゆう君が毎日楽しそうに土屋さんと話してたから」
あの時はこっちが失恋した気分だった。
イケメン先輩とショッピングする姿を見て俺は月姫を諦めたのだ。二人の恋路を邪魔しないようにと距離を取った。
「言っとくが、土屋とは何もないぞ」
「知ってるよ。でも、好きだったんでしょ?」
否定はしない。
「見てればわかるよ。積極的に話しかけてたし、放課後には偶然を装って待ち伏せしてたりもしたよね。丸わかりだったよ」
バレてたのか。
確かに当時は土屋に惚れていた。月姫に失恋した教訓から積極的に行かなければならないと行動した。傍から見ればわかりやすかっただろうな。
「その頃だよね、ゆう君が急に恰好よくなったのは」
「そうなのか?」
「明らかに変わったよ。お洒落になってたし、眉毛とかも整えてたし。体もがっちりしてきたような気もしたから」
厳密には少し前だ。
月姫に失恋したと思い、自分を磨いた。あの頃の俺は努力が足りないと考え、必死に自分磨きをしていた。
自分磨きをしていたが、目に見える成果が出たのはちょっと後になる。外見に変化が訪れたのは土屋に惚れた辺りだったのかもしれない。そういった意味じゃ誤解されても仕方ないか。
「すぐに気付いたの。ゆう君は土屋さんを口説くために頑張ったんだって」
残念ながら勘違いだ。
厳密には勘違いではないのだが、動機が違う。
「ショックだったけど、私はこの初恋を諦めなかった。ゆう君に好かれようって努力した。髪を伸ばしたのは土屋さんに近づくため。性格も土屋さんを研究して、おしとやかになるようにした。胸も大きくしようと思ってたけど、これは無理だった」
月姫も中学時代に大きく変化した。
元々可愛かったが、少しずつ綺麗になっていった。俺はそれをイケメン先輩と付き合ったからだと思っていた。あの先輩に好みに変わっていったのだと。
土屋に寄せていたのか。言われてみれば長い髪とか清楚な感じとか土屋に通じるところがある。完全に余談だが、別に胸は小さくはない。土屋が大きすぎるだけで、月姫は標準サイズくらいだ。
「前に聞いたよね。今になってゆう君に接近した理由。それって全部勘違いだとわかったからなの」
「……ってことは、土屋に聞いたのか?」
月姫は頷いた。
なるほど、急に土屋と仲良くなった感じがしたのはこれが原因だったわけだ。誤解が解けて仲良くなった。
「本人から聞いたの。二人は付き合ってないし、そもそも彼女はゆう君に対して恋愛感情が全然無いって」
あいつの恋愛対象は同性だから当たり前といえば当たり前だ。
「ホント馬鹿だよね。勘違いで失恋気分になってさ。悲劇のヒロインになって凄い無駄な時間を過ごしちゃった。最初から勇気出して聞けばよかったのに」
……俺と同じだったのか。
月姫に彼氏がいると思い、勝手に失恋した気分になっていた。実はそれが全部勘違いだと判明したのはつい最近のことだ。
勇気を出して聞けばよかった。
この台詞は俺も同じだ。あのイケメン先輩と交際しているのか聞けばそもそも月姫を諦めることはなかった。
「高校に入学した後、ゆう君と土屋さんは距離があるように見えた」
「実際に距離があったからな」
土屋のことも諦めたから距離はあった。昔の調子で仲良くしてると俺のメンタルが壊れそうだったから距離を開けた。
「別れたのかと思った。でも、怖くて聞けなかった。まだ付き合ってるって言われたらショックを受けちゃうから。トドメを刺されるのが怖くて確信が持てるまで様子を見てたの。いつか別れたのが確定したら私が慰めようと狙ってたの」
全然気づかなかった。
高校に入学してからの俺は他人に無関心っていうか、趣味の世界に生きていたからな。
「転機があったのはちょっと前。会話が聞こえてきたの。ゆう君と土屋さんがただの友達だって。それから土屋さんと話をして、勘違いに気付いたの」
「……そうだったのか」
頭に浮かぶのは階段で月姫を見かけた時だ。恐らくはあの時だろう。その直後くらいから月姫が積極してきたので間違いない。
「勘違いだとわかってから私は今までのことを反省して、猛アタックを仕掛けてみたの。でね、本当はあのデートで告白しようって思ってたんだ。けど、途中で風間さんに告白されちゃって台無し。おまけに体調不良も重なってこのザマだよ」
そうして、自虐めいた笑みを浮かべる。
俺は月姫のことを全然知らなかった。ずっと俺を見ていたことも、土屋に寄せようとしていたことも。
どう声を掛けていいか迷っていると、月姫が俺の肩を叩いた。顔を向けると、妙にすっきりした顔の月姫がいた。
「寝てる間に反省したの。自分の根性無しのところとか、あれこれ無駄に考えるところとか、回りくどい方法を使おうとしたこと全部」
回りくどい方法ってのが気になったが、とりあえず相槌を打つ。
「風間さんの告白はダメージ受けたけど、今では感謝してるんだ。ライバルがいたからこそ勇気が貰えた。あのデートで告白するって決めてたけど、私にその勇気が本当にあったのかもわからない」
月姫は小さく息を吸った。
「散々拗らせちゃったけど、ここで言うからしっかり聞いてね」
「……ああ」
「好きだよ、ゆう君」
月姫が俺の手を握る。その手は汗で濡れ、随分な力がこもっていた。
いや、違うな。汗で手が濡れていたのは俺も同じだ。
「馬鹿みたいに回り道して、無駄な時間も過ごしちゃった。でも、ようやく言えた。ずっと好きだった、ずっと好きだったから」
「……月姫」
つぶやくように俺が名前を呼ぶと、手が離れた。
何て言えばいいのか。
告白されるだろうことは何となく空気でわかっていた。でも、ここでどう反応したらいいのか迷った。軽はずみな発言はできない。
「え、えっと……返事は文化祭の時にお願い」
それだけ言うと、月姫は俺の返事も聞かずにベッドに寝転び布団を被った。勢いよく布団を被ったものだから頭まで完全に隠れた。
「じゃあ、体調悪くならないようにもう寝るから。お見舞いありがとね」
遠まわしに出ていけと言っているのだろうと理解した。
なけなしの勇気を振り絞ったのがよくわかる。布団の上からでも月姫の体が小刻みに震えているのがわかった。
「……ありがとな。返事は文化祭でするよ」
そう言って俺は部屋を後にした。
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