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第22話 嫁の告白と合掌

 余計なことを言ってくれたな。


 突如として放り込まれた「夫婦」という爆弾に動きを停止した氷川だったが、程なくして動き出した。


「花音ちゃん、夫婦ってどういう意味かしら?」

「そのまま。先輩と花音は結婚してる」

「……」


 壊れたロボットのように首を回転させ、氷川が俺を見る。今にも犯罪に走りそうな血走った目は止めてくれ。


「落ちつけっ。ゲーム内の話だぞ」

「……」

「さっきも言ったが、俺は相手が花音だと知らなかったんだ。大体、出会った頃の花音は中学生だ。俺とは面識がなかった。花音を狙っていたとか変な誤解だけはしてくれるなよ」


 出会った当時の花音は高校生ですらなかった。通っている中学も違うし、家だって離れているので俺とは一切面識がない。


「それと、ネットとリアルは違うからな。ゲーム内で結婚したところで別に花音といかがわしい行為をしたわけじゃない。そこら辺は理解してくれよ」


 氷川のシスコン具合だとゲーム内の結婚すら許さなそうだが、さすがに花音がいるこの場で激怒はしないだろう。一応は面倒見がいい姉で通しているみたいだし。


 俺の言葉を、氷川は何とも言えない表情で呑みこんだ。


「……いいわ、わかった」


 一応は納得してくれたみたいだ。


「そもそも、結婚といっても恋愛的な側面はなかったからな」

「どういう意味?」

「スキル目的だよ。そのゲームでは結婚したら特別なスキルが使えるんだ。普段からゲームをしていない氷川には難しいかもしれないが、夫婦だけが使える特別な技みたいなものがある。それ目的の結婚だからな」


 あくまでも楽しくゲームをプレイするためにした結婚だと強調しておく。


「花音ちゃん、この話は本当?」

「確かに最初はスキル目的で結婚したし、先輩の正体を知らなかった」

「本当に?」

「本当」

「……そうなのね」


 花音に確認し、ようやく氷川は理解を示してくれた。


 ひとまずは窮地を脱したな。


「話はわかったけど、一つ疑問があるわ」

「なに?」

「花音ちゃんはどうして相手が神原佑真だと気付いたのかしら。彼は気付かなかったみたいだけど」


 そこは俺も気になっていた点だ。


 不知火はスマホのアイコンと名前でバレたが、花音にはスマホを見られていない。どこで俺と繋がったのだろう。

 

「正体に気付いたのは、花音を口説いた時だった。普通ではありえない口説き文句だから確信した」


 ありえない?


 俺が首を捻っていると。


「あれはダーリン……先輩に失恋してほしかったから適当に言ったの。まさか口説く相手が花音だとは思わなかったから。自分でも信じられなかったけど、あの口説き文句を相談の翌日に使用したのは世界でも一人だけだと思う」


 申し訳なさそうに花音が言う。


 俺の感覚は間違っていなかったのか。どう考えても「おはよう、子猫ちゃん」はおかしいよな。そりゃ俺も変だとは思っていたさ。


 あの発言で確定したわけだ。疑いながらも実際に言っちまうアホは世界でも俺くらいだろうな。


「あっ、それから前に話した花音の外見も全部嘘。身バレが怖かったから適当に言ったの。ゴメンなさい」

「別に謝る必要はない。身バレに繋がる情報を隠すのは当然だ」

「怒ってない?」

「怒ってないぞ。自己防衛が出来て偉いと思ってる。相手が女とわかった瞬間に出会おうとする奴もいる。だから、ゲーム内では自分の性別を隠してる奴も多いしな」


 ノンノンを嫌いなるとかありえないが、恋愛経験豊富な金髪ギャルとかあまり好みじゃない。そういった意味じゃ花音がノンノンで良かった。

 

 ……しかし、花音が俺の嫁か。


 今更ながらこの目隠れ美少女が嫁とか信じられない気持ちだ。今までにセクハラチャットとかしてないよな?


 過去の自分のチャットを気にしていると、黙って話を聞いていた氷川が口を開いた。


「つまり、元々二人はゲームの中で夫婦だった。どちらも相手の正体は知らなかった。しかしある日、神原佑真は花音ちゃんを口説くために行動した。その時のやり取りの中で花音ちゃんが神原佑真の正体に気付いた。そういうわけね?」


 氷川が並べる言葉に頷く。


 こうして考えると奇跡的な確率だ。


「……ちょっと待って」

 

 奇跡に感心していると、氷川は怒りに震える声で言った。


「神原佑真、あなたは花音ちゃんを口説こうとしたの?」

「っ」


 一番突っ込んで欲しくなかったポイントに食いついてきやがった。

 

 これに関しては言い訳がある。あれは彩音から指示されて仕方なくだったと。


 けど、言えない。姫攻略のことを氷川に言うわけにはいかない。愛する妹を攻略しようとしていた、と知ったらブチ切れるに決まっているから。


「妹同士が仲良しだから接点を持った、という風に聞いていたのだけれど」

「それは間違いないぞっ。実際、二人が仲良しなのは知ってるだろ」

「なら、口説いた時っていうのは?」


 まずい、何の言い訳も出てこない。

 

 再び窮地に立たされた俺だったが、花音は間に入った。


「お姉ちゃん、その話はしなくていいから」

「花音ちゃん?」

「今日は先輩に大事な話があるからここに呼んだの。そろそろ本題に入らないと、他に人が来たら嫌だから」


 花音が決心を固めた表情で俺の前に立つ。


 その顔と目には覚えがある。つい先日、不知火が想いを告げてくれた時と同じ表情なのだから。


「あの、花音ちゃん――」

「大事な話をするから、お姉ちゃんは黙ってて!」


 強い口調に驚いたのか、氷川はショックでたじろいだ。


「先輩に聞いてほしい、もう気付いてると思うけど、しっかり言うから」

「お、おう」


 花音は小さく息を吸う。


「ゲームでも現実でも……花音は先輩が好きっ!」


 ガタッ、と人間が引っくり返ったような大きな音がした。無論、音の出どころは俺ではない。


「素直に言うと、最初はそうでもなかった。けど、一緒にいる内にどんどん惹かれていった。顔も名前も知らなかったけど、花音はその……先輩を好きになってた。本当の旦那だと思ってた」


 今度は「ぐぎぃぃ」と歯ぎしりしながら悶絶したような声が聞こえる。当然、声の出どころは俺ではない。


「リアルの先輩もいい感じだった。見た目は普通だけど、一緒にいると落ち着くし、デートしてて凄い楽しかった。花音は『この人だ』って思った」


 花音は顔を赤くして。


「だから……現実でも花音の旦那になってほしい!」


 ネトゲの嫁から告白された。というか、プロポーズされた。


 直後、隣から「ぐぎゃあああああああああああああああ」という獣の断末魔みたいおな声と共に崩れ落ちる音がしたそっちを向くと非常にまずいことになりそうなので止めておいた。


 さて、本来ならこの情熱的な告白に対してすぐに返事をするべき場面だ。


 しかし今の俺は告白の返事を二つ保留している。それに、まだ心が決まっていない。


「俺は――」

「事情はわかってる。花音だけ返事を貰ったら他の先輩たちに怒られる」


 そういえば、ノンノンには昨日話していたな。


「……助かるよ」

「返事をするのはいつの予定?」

「文化祭だ」

「じゃあ、花音もそれでお願い」

「いいのか?」

「どうせなら一緒の時に聞きたい」


 一緒の時か。それはそれで色々と怖いが。


「わかった。そうするよ」

「うん」


 花音は顔を赤くして小さく頷いた。


「先輩……今日は来てくれてありがと。緊張したけど、言ってよかった」

「お、おう」


 満足したように微笑みかける花音の笑顔は、外見が全然違うのに金髪エルフのノンノンと重なってドキッとした。


 やっぱ俺の嫁は最高に可愛いな。


 これは真剣に考えないと。


 ……

 …………


 って、一段落ついたみたいな感じになってるけど、これで終わりってわけには行かないよな。


 一連のやり取りを終えたわけだが、このまま無事に済むとは思っていない。何故なら俺の隣には奴がいるのだ。


 どんな反応をする?


 怒り狂って俺の首を絞めるか、あるいは机でも持ち上げて頭をぶっ叩こうとするか、それとも窓から突き落とそうと体当たりしてくるのか。可能性はどれもある。花音も止めるのに付き合ってくれるだろうけど、せめて急所は守らないとな。


 覚悟を決め、恐る恐る隣を見た。


「……」


 想像以上にダメージが大きかったらしい。


 女王陛下は姫君が振るった言葉の刃に斬り刻まれ、変わり果てた姿になっていた。イスという名の玉座から崩れ落ちて放心状態になったその姿は、反乱によって命を奪われた女王様のようだった。合掌。

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