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閑話 女神の決断

「またね、翼ちゃん」

「ああ、帰り道には気を付けて」


 いつもの場所で翼ちゃんと別れ、家に向かって足を進める。


 今日は色々なことがあった。


 佑真君と氷川さんの妹である花音さんがデートするかもしれないという情報が入り、少し離れた場所にあるショッピングモールに向かった。


 わたしが行く必要はなかったけど、暇だったから付いていった。

 

 情報通り、佑真君は花音さんとデートしていた。あの二人は迷わず突入した。追い詰められて震える佑真君を可哀想に思いながらも、憎らしい気持ちが少なからずあったのでちょっぴり気分が良かった。


 しかし、翼ちゃんの登場でわたしの感情はぐちゃぐちゃになった。


 場所を移動して、話し合いという名の尋問が始まった。結局、彩音ちゃん絡みのダブルデートであり、特別な関係ではなかったと判明した。


「……最後の場面は思い出したくないかな」


 尋問の終わりに宵闇さんが明日のデートを匂わせる発言をした。そこまではいい。あれは翼ちゃんと花音さんに対する牽制だから。


 わたしはこの情報を聞かされた二人が素直に負けを認めると思っていた。

 

 でも、反応は予想外のものだった。


 デートの詳細な情報を知りたがって翼ちゃんと花音さんが大騒ぎしたのだ。男子の動きを気にして狼狽える翼ちゃんの姿は正直見たくなかった。どうにかしてデートの妨害をしようと必死になるその姿は完全に恋する乙女だった。

 

 翼ちゃんは本気だ。


 最初は単なる気まぐれだと思った。すぐに興味がなくなり、いつもの彼女に戻ってくれると信じていた。でも違った。時間が経つごとに翼ちゃんの中で佑真君が大きくなっている。


 凛々しい王子様の顔がここ最近はお姫様に近づいていた。

 

「あなたを信じていいんだよね、宵闇さん?」


 同盟を結成したあの日の判断は間違っていない。今でもそう信じてる。


 宵闇月姫――


 中学時代から別次元の美少女だった。誰もが振り返る美貌の持ち主で、胸ばかり成長したわたしと違ってスタイルも抜群。告白された回数は想像すらできない。圧倒的な光を放つその姿は、闇夜に輝く月そのもの。


 彼女はずっと佑真君が好きだったけど、わたしと佑真君が付き合っていると勘違いして今まで距離を離していた。


 誤解が解けると同時に猛アタックが始まった。


 何年も我慢していた宵闇さんの気持ちは爆発し、佑真君に襲い掛かった。あっという間に佑真君の隣をゲットした。だから、すぐにでも恋人になると思った。


 実際にはそうならなかった。


 友達以上なのは確かだけど、まだ付き合っていない。宵闇さんのほうから告白すれば恋人になれそうだけど、本人は手ごたえを感じないと言っていた。

 

 ……佑真君っておかしい人なの?


 あれだけ好き好きオーラを出して迫る美少女幼馴染に屈しないとかありえないよね。


 考えられるとしたら、他に好きな人がいる。


 ただ、その好きな人が誰なのかはさっぱりわからない。宵闇さんでもないし、花音さんでもない。わたしとしては複雑だけど、翼ちゃんでもない。


「案外ゲームのキャラとか、Vtuberに恋してたりしてね」


 最近そういう人が多いって聞くけど、さすがにありえないよね。


 とはいえ、争奪戦は宵闇さんが頭一つ抜けているのも間違いない。デートの約束をしているし、家族ぐるみで仲良しな幼馴染だしね。


 本来なら翼ちゃんは負けを認めているはずだ。


 ……これだけ劣勢なのに諦めない理由はなに?

 

 しかもただ諦めきれないって感じではない。まだ切り札を隠してるような気がしてならない。それを使えば一発逆転できると本気で思っている。あの日、わたしが妨害した時に何かを言おうとしていた。きっとそれだ。


 切り札の中身が気になる。


「あれ、土屋さん?」


 考え事をしながら歩いていたら声を掛けられた。


「幸奈ちゃん」


 立っていたのは去年のクラスメイトであり、友達の風間幸奈ちゃんだった。見たところ買い物帰りみたいだ。


 そういえば、幸奈ちゃんも佑真君に好意を寄せていたっけ。


 改めて考えると佑真君って凄いな。宵闇さんに花音さん、翼ちゃんに幸奈ちゃんだ。モテすぎでしょ。しかも全員トップクラスの美少女ばかり。


 驚くけど、ある意味では納得かな。


 顔立ちは普通だけど、性格はとても好ましい。わたしにとっては恩人でもある。翼ちゃんと仲良くできたのも、告白からギクシャクした関係を仲直りできたのも彼のおかげだ。感謝の気持ちは今でも忘れていない。


 まあ、感謝すると同時に翼ちゃんの心を奪った憎い相手でもあるけどね。


「お買い物の帰り?」

「お母さんに頼まれてちょっとね。土屋さんもどこかに出かけてたの?」

  

 この時、わたしはある不安に襲われた。


 宵闇さんを信じてはいるけど、もし失敗したどうしよう。


 攻略が長引けば翼ちゃんの魅力に佑真君が気付く可能性もある。だったらここは確率を上げておいたほうがいいかもしれない。


「実はね――」


 今日の出来事を簡単に話した。


 事前に情報を入手していたとかマイナスな発言はしない。あくまでもわたしたちが遊んでいたら、偶然ダブルデート中の佑真君たちに出会ったという話にした。


「そんなことがあったんだ」


 予想通り、幸奈ちゃんは自分だけが後れを取ったのが不満そうだ。


「しかも佑真君ね、明日は宵闇さんとデートするみたいだよ」

「えっ」

 

 さすがにこれはショックだったみたい。


「一応聞くけど、どこでデートするの?」

「さあ、教えてくれなかったんだ」


 宵闇さんは鉄壁で、デートの場所についてはわたしにも教えてくれなかった。


「でも、幸奈ちゃんにとっておきの情報があるの」

「情報?」

「彩音ちゃんのこと」

「それって神原君の妹さんだよね」

「うん。中学の後輩だったんだ。実は彩音ちゃんね、姫になりたいんだって。ほら、新聞部の主催してる総選挙の」


 彩音ちゃんが姫の称号に強い興味を持っている情報をあえて流した。


 その瞬間、幸奈ちゃんの目がぎらりと光ったのを見逃さなかった。


「へえ、姫の称号狙いだったのか。確かに特別な感じはあるよね。選ばれた時は私もビックリしたな。自分でいいのかなって」


 姫の称号に憧れてる子が多いのは知っている。もっとも、わたし的には全然興味がない。むしろ邪魔なくらい。やらしい男子にじろじろ見られるのは気分が悪いし。


「佑真君ね。妹のダブルデートにわざわざ付いて来るくらい溺愛してるんだ。この意味、幸奈ちゃんならわかるよね?」

「つまり、神原君を落とす一番の近道は――」

「彩音ちゃんを味方にすることだね」


 正直、佑真君の気持ちとか行動原理はわからない。けれど、これは確実のはず。


 今日の話を聞いて確信した。佑真君は彩音ちゃんに甘い。シスコンと呼ばれてもおかしくはないレベルだ。


 だって、いくら妹が心配だからってデートに付いていく?


 花音さんから誘われたとしても普通におかしいでしょ。


 多分、佑真君を攻略する鍵を握っているのは彩音ちゃんだ。


「貴重な情報だけど、土屋さんはそれでいいの?」


 幸奈ちゃんは疑わしそうにわたしを見る。


「どういう意味かな?」

「宵闇さんの味方なんでしょ」

「わたしはいつも頑張る女の子の味方だよ。幸奈ちゃんが佑真君狙いだってわかってるからね。友達の応援もしたいなって」


 しばし、わたしと幸奈ちゃんは視線をぶつけ合う。


「まあいいや。実は私ね、本気で神原君を狙うつもりなんだ。後悔するのが嫌だから、なりふり構わずぶつかってみるつもり」

「……そっか。頑張ってね」

「ありがと」


 幸奈ちゃんが歩き出した。


 その背中は堂々としていた。去年までの彼女とは、いや違う。ちょっと前までの幸奈ちゃんとは別人に見えた。


「宵闇さんも凄いけど、本気の幸奈ちゃんも凄そうだね」


 頼もしく思う。


 あの二人に全力でアタックされれば普通の男子はあっさり陥落するはずだ。いくら佑真君でも耐え切れないかもしれない。

 

 ただ、懸念点があるとすれば翼ちゃんの切り札。


 心当たりは全くないけど、多分大丈夫だよね。


 男子が苦手で、これまで男子と仲良くしてこなかった翼ちゃんだ。いくら切り札があってもこの二人には勝てないだろう。


「負けちゃったら落ち込むよね」


 失恋して傷ついた翼ちゃんの姿を見るのは辛い。


 佑真君と付き合ってお姫様になる翼ちゃんは見たくないけど、佑真君にフラれて落ち込む姿も見たくない。


 でも、決断しないと。


 惚れちゃった以上は仕方ない。だったら後は選択するだけ。どっちの姿が見たくないのか。どの姿の翼ちゃんが一番見たくないのか。


「……付き合ってるところが見たくない!」


 わたしは決断した。考えたけど、割とあっさり決まった。


 むしろこれはチャンスかもしれない。佑真君にフラれたところを慰めよう。そうしたらわたしにもチャンスが巡って来るかもしれない。


 よし、これからも全力で宵闇さんと幸奈ちゃんを応援する。そして、嫌われない程度に全力で妨害を続けよう。


 迷いを吹っ切るように家に向かって強く足を踏み出した。

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