第12話 ダブル修羅場デート 前編
土曜日を迎えた。
人生初のデートだが、俺の心は落ち着いていた。今回は単なるオマケだ。主役じゃないので気分は楽なものだった。緊張とか一切ないし、服だって普段と変わらない。特別気合いを入れたりはしていない。
待ち合わせ場所には俺が一番乗りだった。彩音の奴は花音を迎えに行くといって朝に出発している。
しばし待っていると、彩音と花音がお喋りしながら現れた。
「あれ、兄貴のほうが早かったんだ」
「おはようです、先輩」
「おはよう。俺もさっき来たところだ」
挨拶を返しながら服装を見る。彩音の服装は中々におしゃれだった。
色はブラウンで、ロリータ系ワンピース。幼い顔立ちとマッチしたその姿は童話に出て来る女の子のようだった。フリルは少ないので地雷感よりは可愛らしさが勝っている印象を受ける。
中身は全然可愛らしくないが、自分を可愛く見せる術を心得てやがるな。
「ほら、あたしはいいから花音の服を褒めなさい」
視線を隣に向けると、私服の花音が立っている。
えらく気合いが入っていた。
ショーパンに白のブラウス。ブラウスの上からチェックのカーディガンを羽織るというファッションだ。注目ポイントは萌え袖だろう。
「オタクは萌え袖に弱いからね。あたしが見立てたこの服はどうよ?」
完全に俺の好みがバレてやがる。
見透かされているようでイラっとしたが、確かに好きだ。しかも花音の髪型は某人気アニメのキャラのように片目が隠れているショートボブなので、まるでアニメキャラが出てきたみたいでグッときた。
顔に出したら彩音に「気持ち悪い」と罵られそうなので必死で我慢する。
「よ、良く似合ってるぞ!」
「……ありがと、先輩」
花音は顔を赤く染めてもじもじした。
初心な反応もまた良かった。あまり褒められた経験がないのだろう。あのシスコン姉がいる以上は男が近づかないので当然か。
今回のダブルデートの件で氷川に刺されないよう気を付けないとな。花音は上手く誤魔化してくれただろうか。
「で、あの人はどこ?」
「山田ならまだ来てないぞ」
「はぁ、女を待たせるとかありえないんだけど」
彩音は不満そうだ。
「花音もそう思うでしょ?」
猫を被っているのがバレたからか、花音の前では素を出すようになったらしい。
「時間前に来てくれる先輩とは大違い」
待たされるのが嫌なのか、花音が同調した。
「まっ、兄貴は別の意味でいろいろと許せないけどね」
「そうなの?」
「そうなの。家での兄貴は酷いんだから」
「……今度詳しく聞きたい。お泊り会する」
「いいわよ。兄貴のダメなところから話すのに何日も必要だけど」
こっちもおまえの悪口なら何日でもいけるよ。どうでもいいが、長文投げ銭の件については伏せてくれよ。
数分ほど雑談していると、走って山田がやってきた。
「すまない。楽しみすぎて昨日は寝れなかったんだ!」
別に遅刻したわけでもないのに初手から謝り倒した。俺は別に気にしていなかったが、彩音はめちゃくちゃ不満そうだ。
しかし、決して表には出さずあっという間に猫を被った。
「気にしてないですよ。けど、楽しみで眠れないなんて可愛いところありますね」
その発言で山田はホッとしたように安堵の息を吐いた。
安心するな、山田よ。どうせ早く来ても遅れてきてもおまえはフラれるんだ。運命は変わらないからな。
しかし俺と違って気遣いが出来る山田は二人の女子の服装を真っ先に褒めた。この辺りはさすがにモテ男というべきだろうか。
「で、今日はどうするんだ?」
「ちゃんと考えてきたから安心してくれ」
山田はデートプランを語った。
まずは水族館に行って、その後はショッピングモールをブラブラする計画のようだ。でもって、最後はショッピングモール内にあるカラオケで終わり。
「良いプランですね」
「中々のプラン」
彩音と花音の反応も悪くない。
「デートするのは初めてって言ってたけど、ネットで調べたのか?」
「いや、経験豊富な友人に聞いたんだ」
俺ならネットで嘘かホントか不明な知識を拾うだけなのに、友達の多い陽キャは違うな。
「水族館は魚をネタに話が弾むし、適度に人がいるから警戒されなくて良い場所らしい。時間もそれほど必要としないから最初のデートではオススメと言われたよ」
デートといえば映画館とか遊園地しか浮かばなかったが、水族館はかなりいいスポットらしいな。
無事に合流したので早速出発する。
水族館に到着すると、山田の予想通り彩音と花音のテンションが目に見えて上昇した。あちこちの魚を見ては興奮している。
ただ、正直いってデート感はなかった。
というのも、花音と彩音が二人で楽しんでいるのだ。仲良く手を引っ張ったりして夢中の様子だ。
「この子も可愛いね」
「うん。凄く可愛い」
俺と山田は後ろからそれを眺めている。
ダブルデートってよりは保護者気分だな。小柄な二人なので余計にそう感じる。恋人ってよりは妹と来ている感じがしたね。実際に片方は妹なわけだが。
水族館は俺も楽しめた。
「神原、これを見てみろ」
「こいつが噂のチンアナゴか。初めて生で見たぞ」
「噂以上に可愛いな」
「そうだな」
何だか俺と山田がカップルみたいな会話になってしまったが、まあいいだろう。
最後までダブルデート感はなかったが、楽しかったので水族館を選択したのは正解といっていいだろう。
◇
楽しい水族館デートが終わり、近くにあるショッピングモールに到着した。
これまた好感触だった。彩音と花音のテンションが更に上がっている。買い物をするという行為が女性にとって特別だと改めて実感するね。
「ショッピングモールデートはどういう効果があるんだ?」
「お互いの趣味や好みを知ることができるらしい」
「ほほう」
「食事もできるし、遊べる場所も多い。買い物だけだと退屈になりがちだが、様々な施設があるので誰でも楽しめると聞いた。初デートには最適な場所だ」
なるほど、これまたしっかりと考えているな。
山田はきっちりと彩音を楽しませようとしている。良い男だ。つくづく彩音には勿体ないね。
近くにある店で軽くご飯を食べ、ショッピングモールをぶらつく。
途中、ゲームセンターがあったので立ち寄った。クレーンゲームをしたり、レースゲームをしたり、プリクラを撮ったりと盛り上がった。
出発前は不満げだった彩音と花音も今ではすっかり上機嫌だ。
「楽しいね、先輩」
「そうだな」
「ど、どうせならデートっぽくしたいっ」
そう言った花音が俺の腕を掴む。
あれ、雰囲気に流されてるのか?
しかしまあ、悪い気はしなかった。可愛い女の子にボディタッチされて喜ばない男とか普通いない。俺のテンションは自然と上がって――
「……?」
その時、周囲の客がざわついた。
ざわめきは更に拡大していく。
えらい騒ぎだな。何かあったのか?
「アイドルグループか?」
「モデルだろ」
「レベル高すぎだな」
周囲の声に聞くかぎり、アイドル級に可愛い子が歩いているらしい。それも一人じゃなくて複数人いる感じだ。
騒ぎは徐々に大きくなっていく。騒動の主はこっちに近づいているらしい。
一体何者だ?
本物のアイドルでも来てるのか?
「……」
騒動の中心たる三人組を見て、納得と共に変な汗が流れた。
中央には幼い頃からよく知っている幼馴染の美少女がいて、右隣には人生二度目の恋をした美少女がいる。そして左隣には学園で最も恐れられている美女がいた。
姿を確認した途端、掴まれていた俺の腕に花音がぎゅっとしがみついた。
三人は固まる俺と花音の前に立つと、足を止めた。
月姫が一歩前に出る。
「ゆう君、これはどういうことなのかな?」
月姫はにこりと笑う。幼い頃から知るその顔は完全にブチ切れている時の顔だった。笑顔で圧をかける姿には底知れぬ恐怖がある。
「この裏切り者。命が欲しくないのかしら?」
完全に激怒した氷川は今にも俺の首を絞めそうな目をしていた。
「想定外の状況だよ。これは困っちゃうね、佑真君」
土屋は困ったような表情をしていた。俺を心配してくれているであろう表情は、やはり女神と呼ばれるべき者のそれだ。
まずい、弁明しないと。
ダブルデートであり、俺と花音は単なるオマケだ。
「先輩は悪くない。花音と仲良くデートしてただけ」
えっ、違うよね。これってダブルデートじゃん。俺たちってオマケじゃん。
と、思って辺りを見回してみるといつの間にか彩音と山田が消えていた。あいつ等、どこに行きやがったんだよ。
「ゆう君、きっちり説明してくれるよね」
「さっさと花音ちゃんから離れなさい!」
「佑真君はホントに隅に置けないよね」
「先輩は花音とデートを続けるから」
ど、どうする。
何故、修羅場みたいな状況になっているんだ。気付けば周囲にいる客からは白い目で見られている。不良っぽい男は俺にとんでもない殺意を向けていた。
いやいや、このイベントは我が妹と山の王子が主役のはずだろ。脇役であるはずの俺がどうしてこんな目に遭うんだよ。
ガクガク震えていると、更に混乱を広げる人物が登場した。
「楽しそうだね、僕も混ぜてくれないかな」
弾むような声と共に、変なのが混ざってきた。




