閑話 姫王子の焦り
「お昼はゴメンね。緊急事態だったから」
目の前で手を合わせるのは親友の美鈴。
現在は金曜日の放課後。僕と美鈴は一緒に帰っていた。一緒といっても家の方角が違うので途中で別れるのだが。
美鈴が謝っているのは昼休みの一件だ。
僕が神原君にすべてを打ち明けようとした時、美鈴が入ってきた。見計らったようなタイミングで入ってきたのだから、恐らくは教室の外でジッと様子を見ていたのだろう。
「別に怒ってないよ。大した話はしてなかったから」
「ホントに?」
「ホントさ。あのまま話していたら授業に遅れていた。感謝するよ」
これは事実だ。
実際、教室に戻ってすぐに先生がやってきた。先生は厳しい人で、少しでも遅れたら怒られただろう。怒った男の人が苦手な僕としては助かったとも言える。
「良かった。あれから翼ちゃん静かになったから、怒ってるのかなって心配だったんだよ」
「考え事をしていただけさ」
それからいつものように他愛のない話をしながら美鈴と別れる場所に到着した。
「あっ、明日はお出かけするから昼間に連絡貰っても返事できないかも」
「わかった。出かける時は気を付けて」
「ありがとう。それじゃ、またね」
美鈴と別れ、僕は家に向かって歩いた。
歩いているとあちこちから視線を感じる。高校生になってから見られる機会も増えたが、今となっては気にならない。女性からの好意的な視線にもすっかり慣れた。
「ただいま」
帰宅した僕は部屋に向かう。愛用のぬいぐるみを抱き、ベッドに転がった。
今日の出来事を頭に浮かべる。
「……我ながら焦ってるよな」
自分でもわかっている。まだ神原君とそこまで深い関係じゃないのに、全部を言ってしまいそうになった。
でも、焦るのは仕方ない。
原因は他でもない。宵闇月姫の存在だ。
ちょっと前までは面識がなかった相手。正直、自分とは別の世界で生きているから絶対に交わらないと思っていた相手でもある。
彼女は去年から目立っていた。入学直後から圧倒的な人気だったし、僕自身もその女性らしい姿に憧れを抱いたものだ。ところどころ美鈴に似ているが、どこか神秘的な雰囲気を漂わせていた彼女は誰の目から見ても別格だった。
姫の中の姫である彼女がまさか神原君と幼馴染で、しかも神原君に好意を抱いているなんて想像もしていなかった。
手作りのお弁当を持ってきた辺りで完全に焦り、気付くと彼女を呼び出して宣戦布告みたいなことをしていた。
神原君のお金で服を買ったとか嘘ではないけど、勘違いさせる発言をしてしまったのは焦りからだ。まあ、実際には神原君の投げ銭で購入した服があるという意味だけど、我ながらマウントの取り方が子供すぎる。
球技大会では勝利した時は嬉しかったけど、勝ったところで神原君が手に入るわけじゃない。
「しかし、ライバルが多すぎるよ」
正直、ライバルなんていないと思っていた。だから余裕もあったし、すぐに行動しなくても大丈夫だと考えていた。
実際には大違いだ。
月姫だけじゃない。幸奈も間違いなく神原君狙いだし、氷川さんの妹も好意を寄せているのがわかる。
ただでさえ男っぽい僕は自分に自信がない。だから少しずつ魅力を知ってもらおうと長期戦を覚悟していた。不死鳥フェニであることは言わず、友達として仲良くなり、その上で自分の正体を告げようと思っていたのに――
このままじゃいけない。遠慮して遠くで見ているだけだと僕は負ける。
だが、相手が強敵という点以外にも問題はある。僕の動きを妨害しようとしている者がいる。
生徒会長の氷川さんと、親友でもある美鈴だ。彼女たちは月姫の味方をしている。特に美鈴のほうは明確に邪魔をしている。
僕が神原君に対して好意を抱いているのに気付いているのだろう。
美鈴の気持ちを知っているだけに何とも言い難い。僕としては親友である美鈴とケンカしたくない。友達を失うのが怖かった。我ながら臆病者だ。
唯一わからないのは氷川さんだ。どうして彼女が月姫の味方をするのかいくら考えても答えが出なかった。
……って、他のこと気にしてる余裕はないか。ホントにどうしよっかな。
このままいけば神原君は月姫と恋人になる。時間の問題だろう。それを阻止する方法はやはり、僕が不死鳥フェニであることをカミングアウトする以外に思い浮かばない。この結論が焦っているのか、それとも正しいのか。
もやもやした気持ちを振り払えないまま、その日も家でごろごろしていた。
◇
翌日の土曜日。
地元から離れたショッピングモールに来ていた。
ここには僕好みの可愛い物が売っている店がある。地元にもそういうショップはあるけど、誰かに見られるとキャラが崩れてしまう。ネットで買ってもいいけどたまには自分の目で見たい。
買い物は気晴らしにもなるからね。
しばし見て回っていると、多くの男性客がざわついているのに気付いた。
彼等の視線はある集団に向いている。
「……えっ、神原君?」
集団のほうを見ると、中央に神原君がいた。
ジッと見ていると、神原君の背後からこそっと逃げるように動き出したのは神原君の妹だ。逃げようとする彼女を追うような形でイケメンが動き出した。
あれは確か山田君だよね。
神原君のクラスが優勝したあの球技大会は当然僕も見ていた。見事なパスをした神原君は最高だったが、山田君はパスを貰ってゴールを決めた男子だ。
クラスの女子がイケメンと騒いでいたので名前も覚えた。彼が神原君と友達ってことも知っている。
神原君の妹とはどういう関係なんだ?
恋人という感じにも見えなかった。神原君の妹は明らかに嫌そうな顔をしていたし。
そっちも気になったが、やはり気になるのは神原君だ。
神原君は周囲を完全に包囲されていた。包囲しているのは僕もよく知っている女子だった。月姫に氷川さん、それに美鈴だ。
包囲ではないが、神原君の腕には氷川さんの妹がしがみついていた。その姿に若干イラっとしてしまった。
「ゆう君、これはどういうことなのかな?」
月姫が問い詰める。端整な顔には苛立ちがはっきりと浮かぶ。
「この裏切り者。命が欲しくないのかしら?」
氷川さんはゴミを見るような目をしていた。僕が唯一苦手とする最強の女性だが、特に今の彼女には絶対近づきたくない。
「想定外の状況だよ。これは困っちゃうね、佑真君」
美鈴は普段と変わらないが、親友の僕にはわかる。あれは笑みを必死で抑えている。神原君が苦境に立たされているのが嬉しいのだろう。
「先輩は悪くない。花音と仲良くデートしてただけ」
そう言って神原君の腕を引っ張っているのは氷川さんの妹。
デート?
状況から察すると、神原君と氷川さんの妹がデートしていた。そこに美鈴たちが接触したというところだろう。
氷川さんの妹か。彼女も神原君を狙っているのは明らかだけど、休日にデートするってことは月姫よりも強敵かもしれないな。
ただ、引っかかる点がある。偶然遭遇したとは想像しがたいのだ。月姫たちは二人のデートを知っていたのかもしれない。それに、神原君の妹がいたのも気になる。
「ゆう君、きっちり説明してくれるよね」
「さっさと花音ちゃんから離れなさい!」
「佑真君はホントに隅に置けないよね」
「先輩は花音とデートを続けるから」
美少女が神原君を包囲している。
それだけじゃない。モテモテの神原君に嫉妬の感情を抱く男性陣が恨めしそうに見ている。殺意が渦巻いていた。
このカオスな状況をひと言で表すのなら――
『修羅場』
他に言いようがなかった。今にも争いに発展しそうだ。
でも、確実に言えることがある。それは神原君が困っているということ。
「答えてくれるかな、ゆう君」
月姫の顔から完全に余裕が消え、焦った表情になっていた。
……何だ、焦っているのは僕だけじゃなかったんだ。
少なくともその場にいる面々は美鈴以外全員が焦っている様子だ。僕がここに参戦すれば美鈴も焦るだろう。
この先の展開を予想し、僕は迷わず修羅場に参戦した。
「楽しそうだね、僕も混ぜてくれないかな」




