第11話 ニコニコ女神と変な姫王子
あっという間に時間は流れ、金曜日になった。
明日はダブルデートの日だ。
俺はといえば、これといって特別な準備はしていない。デートという名目だが、ただ付いていくだけの同行者だ。俺と同じく付いていくだけの花音も大して準備はしていないだろう。多分。
ちなみに、彩音の奴も全然準備してない。デートプランは山田に任せたといっていた。一応、地元から少し離れたところをリクエストしたようだが。
今日まで特に何も起こらなかった。
情報は漏れていない。月姫と氷川に疑われているような気もしたが、気のせいだったらしく何のアクションもない。制裁発言にはビクビクしたものの、今のところ平和な時間が流れている。
気になるのは学園以外のところだ。
推しであるVtuberの不死鳥フェニは最近元気がないのだ。また、ネトゲの嫁であるノンノンもこのところログイン頻度が低い。彼女たちにも事情があるのだろうが、少しばかり気になっている。
「あっ、佑真君だ」
現在時刻は昼休みの後半。
教室に戻ろうとしたところで、声を掛けられた。
「聞いたよ、佑真君も隅に置けないよね」
ニコニコしながら学園の女神、土屋美鈴が近づいてきた。
「隅に置けないって何だよ」
「とぼけないでよ。デートするんでしょ?」
「っ」
想定外の相手から想定外の言葉が放たれ、平和ボケしていた俺の頭は一気に目覚めた。
どこで知られた?
細心の注意を払っていたつもりだ。学園内ではその話題をしなかったのに。
情報が洩れていたら最悪だ。山田と彩音がデートする話が他の奴に知られるのはまずい。ダブルデートにした意味がなくなる。
「宵闇さんと順調そうで羨ましいよ」
えっ、月姫?
「幼馴染は勝ちヒロインだから当然だよね。佑真君と宵闇さんの友達として成功することを祈っているからね。頑張ってよ」
俺は首を傾げる。
「えっと……俺と月姫がデートするのか?」
「あれ、日曜日にお出かけするんでしょ」
あれか、日曜日の買い物の件か。
単なる荷物持ちの感覚でいたし、前日にある厄介なイベントのせいで意識が向かなかった。そういえば日曜日は月姫と出かける予定になっていたな。
どうして土屋がその件を知っているのか気になったが、最近は月姫と仲良くしてるみたいだから本人から聞いたんだろう。
……あれってデートなのか?
昼飯を奢る代わりに荷物を持つという、ある種の仕事感覚だったが。
「もしかして、デートの認識なかったとか?」
「残念ながら」
「二人きりでお出かけしたら普通にデートでしょ。そこは気付こうよ。女の子が休みの日に遊びに誘ったんだからさ」
そう言われてもピンと来なかった。
俺と月姫は幼馴染だし、小学生の頃は何度も一緒に出かけている。今回の誘いにどういう意図があるのか不明だ。子供の頃の延長のつもりだったら恥をかく。
「自信持ってよ。最近の佑真君はノッてるんだからさ」
「俺ってノッてるのか?」
「球技大会で一躍有名になったからね。良い意味で」
こっちとしては悪夢のような出来事だったわけだが。
「あちこちで聞くよ。最後のパスは凄かったって」
「ゴール決めた山田のほうが凄いだろ」
「そりゃまあ、確かにゴールを決めた山田君のインパクトのほうが強いけど」
当たり前の話だが、決勝点を決めた山田の人気はうなぎのぼりだ。元々イケメンだったこともあり、山の王子人気は過熱している。俺の評価が多少なりとも上がったのはその王子様がパスを褒めちぎったからだ。
「でも、神原君の人気も間違いなくアップしてるよ」
俺が人気者ね。女子に黄色い声援を貰う姿はまるで想像できないけど。
土屋とそんな会話をしていると。
「――会話の途中にすまない。ちょっといいかな」
俺と土屋の間にスッとある人物が割って入ってきた。
「不知火?」
「翼ちゃん?」
それは学園の誇る姫王子である不知火翼だった。相変わらずイケメン女子の不知火は俺を真っすぐに見つめる。
「神原君、君と少し話がしたいんだ」
「じゃあ、わたしも一緒に――」
「悪いけど、美鈴は遠慮してほしい」
「えっ」
土屋は信じられないという顔をしていた。
俺がそのやりとりを見て困惑していると、不知火は小声で。
「例の件で話があるんだ」
そう言った。
例の件といえばアレしかない。俺と不知火はVtuberを愛する同志である。
同志と判明してからはたまにVtuberについて話をしている。といっても、校内では土屋を始めとした女子陣が不知火を取り囲むので立ち話程度しかできなかったが。
わざわざ話があると誘ってきたってことは深い話かもしれないな。
「了解だ。空き教室に行こう」
◇
俺たちは場所を空き教室に移した。
イスに座ると、しばし沈黙があった。不知火は落ち着かない様子できょろきょろと辺りを見回す。
明らかに誰もいないけど、神経質になってるのか?
とはいえ、相手は同じ趣味を持つ同志だ。ここはゆっくり待とう。
数十秒か数分だったろうか。不知火は覚悟を決めたように一つ息を吐き、口を開いた。
「大事な話があるんだ」
「改まってどうした」
「僕の秘密についてだよ」
「……秘密?」
不知火の秘密はVtuberが大好きって話だろ。確かに聞いた時はビックリしたが、今さら秘密って言われてもな。
「っ、もしかしてVtuberが好きって誰かにバレたとか」
「えっ?」
「言っておくが俺のせいじゃないぞっ。俺は同志を売るようなマネはしない。その点だけは断固として言わせてもらう」
「違うよ。誰もにもバレてはいないから!」
別の用事らしい。あらぬ疑いを掛けられたのかとヒヤヒヤした。
「あれ、でも例の件って言ってたからVtuber関連だよな?」
「そうだよ。正直、月姫の登場で色々と焦っているんだ」
どうしてそこで月姫が出てきたんだ。
「本当はまだ言うつもりはなかったんだけど、このまま指を咥えているわけにはいかない。だから、僕は素直に全部打ち明けようと思っている。例えその結果が悪い方向に物事が進もうともね。ジッとしていても事態は好転しないってわかったから」
真剣な表情をしてそんなことを言い出した。
これは一体どういうイベントだ?
突然の出来事に俺は意味がわからず狼狽した。
不知火が何かしらの秘密を俺にカミングアウトしようとしているのはわかる。それはわかるのだが、心当たりがない。
しかし、不知火のカミングアウトが今の状況をガラッと変えるような”ナニカ”だと直感で理解した。
「僕は――」
「翼ちゃん!」
今にも言いかけようとした時、教室に土屋が入ってきた。
「っ、美鈴?」
「ほらほら、もうチャイム鳴るから教室に戻ろっ」
直後、本当にチャイムが鳴った。
まだ時間が余っていると思っていたが、不知火が心の準備をしている時に予想以上の時間を使っていたらしい。
「というわけで、じゃあね。佑真君」
土屋は不知火の手を引っ張ると、強引に押していく。
「す、すまないっ。この話はまた今度ということで!」
「いいから戻ろうよ。授業に遅れたら怒られちゃうから!」
二人は教室から消えていった。
……気になるじゃねえか。何だったんだよ。変な奴だな。
俺も部屋から出ようとしたら、土屋が一人で戻ってきた。その顔は笑顔だったが、さっきまでのとはニコニコのニュアンスが違った。
「ねえ、佑真君は言ってくれたよね、わたしの恋を応援してくれるって」
「え、あっ、そりゃもちろんだ」
「だったら気を付けてよね。今の雰囲気って告白みたいだったから」
告白?
「ないだろ。不知火が俺に興味あるようには見えないぞ」
何故急にこんなことを言い出すのだろうか。
そう思ったのだが、なるほど誤解される理由はある。不知火と仲のいい男子は俺くらいだ。
理由はVtuber繋がりなのだが、土屋はこの趣味を知らない。だから不知火が俺に興味を持っていると誤解しているんだな。
いずれ不知火がカミングアウトするかもしれないが、ここは黙っておこう。同志を売るわけにはいかないし。
「……宵闇さんが苦戦するわけだわ」
「月姫が?」
「ううん、何でもない。とにかくダメだからね」
土屋はそう言って教室から出ていった。
廊下で声を掛けられ、何も聞かされないまま怒られる形で終わってしまった。解せぬ。
余談だが、次の授業に遅れて更に怒られた。やはり解せぬ。




