第30話 最後の姫と中間テスト
「じゃ、早速だけど聞かせてもらおうかな」
十月最初の定期報告。
夕飯を食うなり、彩音が部屋に入ってきた。いつもの時間より早いので余程聞きたいことがあったのだろう。
彩音は机の上に置いてあった俺のお菓子を強奪すると、ベッドの上で食い出した。注意しても意味ないので何も言わない。てか、さっきまで夕飯を食ってたはずなのによく食べられるな。
「聞くってなにを?」
「女王様の件に決まってるでしょ」
「……」
「生徒会の仕事を手伝ったって噂が流れてるけど、あの雰囲気だと違うでしょ。大体、生徒会の仕事に関係ない兄貴が呼ばれるはずないし」
そりゃそうだな。生徒会と俺は完全に無関係だ。
彩音は俺と氷川がまるっきり接点がなかったと知っている。他の生徒は誤魔化せるかもしれないが、生徒会の手伝いのために俺を呼び出すってのはおかしい。しかも呼び出した場所が校舎裏だし。
ここは素直に話したほうがいいだろう。
「俺と花音が喋っていたのが気になったらしい」
「どゆこと?」
「ほら、前にコンビニに向かう時おまえと花音に会っただろ。実は氷川がその現場を見てたらしいんだ。で、花音と喋る俺の存在が気になったらしい。花音は今まで男子とあんまり喋らなかったみたいだし」
彩音が苦々しい顔になる。
「……過保護すぎでしょ」
「全くだ」
「花音の奴もぼやいてたわ。女王様ってとっても過保護で、出かける時はいちいち連絡しないといけないって。連絡を忘れるとすぐに追いかけて来るって」
完全に過保護のレベルを超えてるな。
呆れ顔だった彩音だが、俺の顔を見ると少し納得した表情になった。
「けど、よく考えればおかしくはないか。可愛い妹に兄貴みたいな気持ち悪い奴が近づいたわけだし、姉としては警戒するわね」
「……俺を犯罪者みたいに言うな」
「別に犯罪者じゃないけど、あの長文投げ銭を見たあたしとしては女王様の気持ちも理解できるわ。あたしだって同じ理由で花音に近づいてほしくないし」
「ぐっ」
それは言われると何も言い返せないな。
「で、しっかり弁明したの?」
「もちろんだ。おまえの友達だから軽く挨拶したと言っておいた。挨拶をしないほうが失礼だと力説したらちゃんとわかってくれたよ」
「兄貴にしては機転利くじゃん」
「大切な妹を攻略対象にしていた、って素直には言えないだろ。それを知られたらおまえも困るだろ」
俺がそう言うと、彩音は「そうね」とつぶやいて頷いた。
姫攻略のことが露呈したら氷川はキレる。シスコンのあいつが妹を攻略対象にしていたと知ったらどう暴れるかわからない。俺だけでなく、彩音だって無事には済まないだろう。
「一応聞いてあげるけど、女王様はどうなの」
「どうって?」
「攻略」
氷川亜里沙の攻略だと?
不可能に決まってるだろ。あいつは攻略対象どころか単なる要注意人物だ。流れでおかしな同盟を結成してしまったが、可能なら近づきたくない。
「絶対不可能だ!」
断言する。
「そうだよね。さすがに女王様は無茶か」
「無理だ。絶対無理」
「……わかった。相手が相手だからしょうがないね。元々ここは無理だって思ってたし、今となっては親友になった花音のお姉ちゃんだからね。こんな気持ち悪い兄貴と付き合ってほしくないし」
どこまでも失礼な奴だ。
あんなシスコンはこっちからお断りだ。あいつがどうしようもないシスコン女だとバラしてやりたい気分になる。
だが、残念ながらそれは出来ない。
氷川がシスコンなのは事実だが、何故か俺もシスコンになっている。あのおかしな同盟の件が表に出れば俺の評判はガタ落ちだ。
それに対して氷川のほうはどうだろう。多少はダメージが残るかもしれないが、妹思いの素敵な姉みたいな感じで評価が落ち着く可能性だってある。
まっ、俺が言い触らしたところで誰も信じないけど。
「十月になったんだし、ここまでの進捗具合をまとめてみましょう」
「いいぞ」
「妖精とは友達になったけど特に進展なし。女神と姫王子はケンカの仲裁したから好印象は与えているけど攻略は難しい。花音に関してはあたしがストップさせて、女王様は絶対に不可能だから手を出さない。聖女はまだ接触なし。これで合ってる?」
正解だ。
姫のうち五人と接触した。友達やら知り合いにはなったが、残念ながらそれ以上の関係にはなっていない。
こうして並べてみると攻略は出来ていないが、我ながら上出来じゃね?
女との接触がほぼなかった俺が短期間にこれだけの姫と接点を持った。自分で自分を褒めてやりたいよ。
「二学期の総選挙は十二月の中旬だったよね?」
「そうだ。期末テストが終わってから投票が開始される」
俺に残された時間はそう多くない。
二学期は球技大会やら文化祭など行事は多い。直近では中間テストもあるし、総選挙前には期末テストもある。行事はチャンスかもしれないが、そこを活かせる自信はない。
「行けそうなの?」
「……」
最初から自信はなかった。でも、やるしかない。
「無理でもやるしかないだろ。おまえが姫を諦めてくれれば簡単だけどな」
「嫌に決まってるでしょ」
「だろうな」
こいつが諦めてくれるはずないか。
「問題は最後の姫だけど、あの人はどうするの?」
脳裏にちらつくのはあいつが楽しそうにイケメンとショッピングをしていた光景。どうしてもあの時の楽しそうな顔が浮かんでくる。
「そ、その前に中間テストがあるぞっ!」
耐えられなった俺は話題を変えた。
「……嫌なこと思い出させないでよ」
姫ヶ咲では来週から中間テストが行われる。
彩音の奴は勉強が苦手だったりする。姫ヶ咲に通うため必死に勉強したが、こいつはそこまで成績優秀ってわけじゃない。
「おまえ、花音と友達になって浮かれてただろ。勉強はしてるのか?」
「うっ」
「その顔だとしてないみたいだな。小遣い減らされても知らねえぞ」
「ば、バイトするし!」
「テストの点数悪かったらバイトも禁止されるかもしれんぞ。大体、赤点取ったら姫の座だってあぶねえだろ。今の姫で赤点取るような奴はいないぞ」
彩音はお菓子を食べる手を止めた。
高校生なので容姿が評価に直結するが、成績を重視する生徒だっている。姫は学園の名物でもあるし、学園の象徴が馬鹿なのは嫌という意見はもっともだ。
「確かにそうね。勉強疎かにしてたかも」
「頭良ければ評価も上がるだろ。実際、氷川もあいつも成績優秀だし」
「しょうがない。嫌だけど勉強するか」
彩音はため息を吐くと、とぼとぼ自分の部屋に戻っていった。
……単純な奴だな。
そう嘲笑いながらも、実は俺も成績の低下を気にしていたりするので勉強を開始した。
◇
憂鬱な月曜日の朝。
いつものように起床し、用意してあったパンを食ってから家を出た。今日は快晴だ。抜けるような青空が広がっていた。
「……」
「……」
家を出て一歩目で俺は停止していた。
その状況が理解できず、固まってしまった。
「おはよ、ゆう君」
笑顔で声を掛けてきたのは疎遠になってしまった幼馴染の聖女だった。