閑話 女王の独り言
「……ひとまず、これで終わりね」
神原佑真と同盟を結成した後、去っていく彼の背中を見ながらつぶやいた。
まさか学園で同志と出会えるとは思わなかった。しかもお互いの妹同士が友人になるという奇跡が発生した。花音ちゃんも彼は妹と仲良しだと言っていたし、心配ないでしょう。
正直、彼と花音ちゃんが楽しそうに喋っている姿を目撃した時はこうなるとは思わなかった。人生は本当に不思議なものね。
深く息を吐きながら、これまでの生活を思い浮かべた。
わたくしが花音ちゃんに心を奪われたのは物心がついた直後だった。歳の近い姉妹はケンカばかりすると聞くが、我が家ではそういうことは一切なかった。近所でも有名な仲良し姉妹として名が通っていた。
人形のように可愛い顔立ち。ちょっと口下手だけど家族の前では明るくて、怖い人が近づいて来るとわたくしの後ろに隠れる花音ちゃんが可愛くて仕方なかった。
でも、ベタベタし過ぎるのは嫌われる。
わたくしは尊敬できる素晴らしい姉を目指した。必死で勉強し、運動も頑張った。憧れの姉でいるために出来るかぎり努力してきた。
シスコンだとバレないようにスキンシップは適度なところでガマンした。花音ちゃんにはシスコンと気付かれていないはずだ。
姫ヶ咲学園に入学すると生徒会に入った。
理由は無論、一年後に入学してくる花音ちゃんに素敵なお姉ちゃんの姿を見せることだ。そのために頑張って活動した。素行不良の生徒に説教したり、規律を守らない生徒がいれば細かく注意した。
ただ、わたくしはやり過ぎてしまったらしい。いつの間にか周囲から怖がられる存在となっていた。
それでも別に良かった。むしろそっちのほうが変な男が寄って来ないから助かったくらい。
一年が経過すると、予定通り花音ちゃんが入学してきた。
わたくしは生徒会長に立候補し、無事に就任した。花音ちゃんからの「凄いね、お姉ちゃん。おめでとう」は未だに頭の中で無限再生できる。
新聞部が行っている選挙で選ばれる”姫”にはまるで興味はなかったけれど、わたくしは自分を支持すると言ってくれた人に妹のことを話した。自慢の妹が姫に選ばれたときは密かにガッツポーズをした。1位じゃなかったのは不満だったけれど。
高校生活も二人で仲良く過ごそう。
そう思っていた二学期のある日、事件が発生した。
見知らぬ男が花音ちゃんと楽しそうに話していたのだ。
普段の花音ちゃんは男に対して興味を持たず、声を掛けられても無視する。しかしその男とは楽し気に喋っていた。おまけに去り際に男の手を取った。
大事件だった。相手の男が同じ学年の男子だと気付いたわたくしは即刻排除しようと行動した。
けれど、それは大きな誤解だった。
彼は花音ちゃんの友達の兄で、わたくしと同じく妹を可愛がるシスコンだった。
「……あのカップリングは本当に良いわね」
妹属性しかないはずの花音ちゃんよりも小柄な女の子。妹属性しかないはずの花音ちゃんがお姉さんに見えた。新しい世界が垣間見えた気がした。
神が与えた奇跡のカップリングね。
もし、あの子が家に遊びに来たらどうしよう。花音ちゃんと一緒になってわたくしに抱きついてきたらどうなるだろう。
「ぐへへ……っと、そろそろ帰らないと」
口元から垂れそうになる涎を拭い、わたくしも歩き出す。
あら?
わたくしの目に止まったのは校門で会話している三人の姿だった。花音ちゃんと神原兄妹だ。
神原佑真の気持ちを知るまではイラっとしたその光景も、今なら――
「えっ!?」
自分の目を疑った。
常日頃から花音ちゃんを見ているわたくしは一瞬で気付いた。気付いてしまった。花音ちゃんがあの男に惚れていると。少なくとも強い好意を抱いていると。
神原佑真は仲間じゃなかった。わたくしの敵だ。
早くも同盟が終わったと握りこぶしに力を入れたが、更なる衝撃がわたくしを襲った。
神原佑真のほうはその気がなかった。
これまで多くの男性に好意を寄せられてきた経験から、男性の目つきや視線、雰囲気で好意を抱いているのか否かを判断できるようになっていた。
あの男は花音ちゃんに惚れていない。
天使に好意を抱かないとかホントに男なの?
……そうだった。あいつはシスコンだったわね。
理由がわかるとすっきりした。妹が一番のあの男からしたら、花音ちゃんはあくまでも妹の友達という位置づけでしかない。
これは難しい状況になったわね。
無理に引きはがせば花音ちゃんに嫌われちゃうし、あの奇跡のカップリングがわたくしのせいで解散とかありえない。
この状況を打破するため、頭をフル回転させた。
◇
翌日の昼休み。わたくしは考え事をしながら廊下を歩いていた。
神原佑真を敵認定したまではいいが、それ以上の行動はできなかった。
あの男を潰すつもりで調べてみたが、友達が少なく人との関わりがほぼなかった。性格はまじめで、欠席も遅刻も早退もないから素行に関して突くポイントがない。成績のほうも結構高いことがわかった。
一応、妹の神原彩音さんも調べてみた。彼女は非常に評判が良かった。
誰に対しても平等で優しく、いつも笑顔で場の雰囲気を良くしてくれるマスコット的存在。たまにドジなところもあるが、致命的なミスはしていない。
幼いけれど顔立ちは整っており、性格面が高く評価されている。近いうちにあの選挙で姫に選ばれるという噂も流れている。
わたくしの予想になるけど、ミスはわざと行っている可能性が高い。
恐らく彼女は計算高いタイプだ。よく観察すると行動一つ一つにあざとさがある。愚鈍な男子には気付けないだろうし、女子の中でも相当鋭くないとわからないでしょうね。無論、わたくしの可愛い天使は気付いていない。
腹黒系ロリっ子と天使のカップリングとか最高じゃない。
あの手のタイプは自分のメリットになる行動をする傾向にある。花音ちゃんは選挙で姫に選ばれるくらい人気があるし、計算高い彼女なら花音ちゃんを邪険にはしないはずだ。
「花音ちゃん、今日はどこで食べる?」
「……教室」
「えぇ、食堂行こうよ」
「行きたいの?」
「うん、行きたい」
「彩音ちゃんは仕方ないね。じゃ、行こう」
廊下を歩いていたらたまたま聞こえてきたやり取りに心が安らぐ。
このカップリングは尊い。あまりにも尊い。
他の子が相手だと花音ちゃんのお姉ちゃんムーブとか見れない。わたくしだけでなく、二人のやり取りを花音ちゃんのクラスメイトも温かい目で見守っている。
やっぱり無理に引き裂く必要はないわね。あの男だけをどうにかすればいいわ。
ただ、花音ちゃんが惚れているのであれば無理に遠ざけたらわたくしの評価が下がる。それは避けなければならないわね。
どうするべきかしらね。
一番簡単なのはあの男が彼女を作ることだ。
落ち込んでいる花音ちゃんを見るのは心苦しいけど、それはそれでレアな光景だと脳内の画像フォルダに残しておける。
問題は神原佑真を落とす女がいない点。
顔も成績も普通で、これといって目立たないあの男を好きになる女子は少ない。最近は不知火翼さんと喋る男子として話題になったが、その理由も彼女が親友とケンカしていたのを仲裁したからという。
……あいつはシスコンなわけだし、放っておいても大丈夫?
いいえ、それは楽観しすぎね。シスコンとはいえ、花音ちゃんの可愛さに気付いてガマンできなくなる可能性は十分ある。
いっそのこと、わたくしが彼女になる?
ないない。大体、わたくしがシスコンだと知っているから告白しても嘘だと思うはず。それ以前にわたくしの彼氏が冴えないシスコン野郎とか絶対にありえない。
それに、花音ちゃんは意外と諦めが悪いのよね。あの男が彼女を作るといっても、花音ちゃんが諦められるレベルの女が必要ね。
花音ちゃんが諦められるのは姫と呼ばれる女くらいだけど、完全に花音ちゃんが諦められそう相手となれば心当たりは一人しかいない。
総選挙でトップに君臨する、名実ともに学園の頂点であるあの女が相手なら諦めもつくはず。まあ、あの女が冴えないあの男に興味を抱くとは思えないけれど。
頭を悩ませながら歩いていると、視界の先に見知った二人の女子生徒が映った。
二人は喋りながら空き教室の中に入っていく。
わたくしは何気なく空き教室に近づいた。
一人は土屋美鈴さん。とても有名な人なのでよく知っている。女性らしい部分が非常に豊満で、男子生徒から人気のある女子生徒。
そして、もう一人はわたくしが最も敵視しているあの女。
何を話しているのかしら?
お行儀が悪いとわかりつつも、聞き耳を立ててしまった。
「……」
「……」
そこで耳にしたのは信じがたい話だった。
わたくしはこみ上げる感情を抑えきれず、教室の中に入っていく。
「話は聞かせてもらったわ。少しいいかしら?」
警戒する二人に弁明する。
「いいえ、違うの。わたくしはあなた達に協力したいのよ。盗み聞きしたことを謝罪するのが先というのなら謝罪から入ります」
わたくし達は話し合った。
……
…………
そして、ある目的のために手を取り合った。全員の思惑が合致し、ここに史上初となる”ビッグ3同盟”が誕生した。
「まさかこうなるとはね」
思いがけない展開になった。わたくしは口元に笑みを浮かべ、ゆっくりと歩き出した。




