第23話 姫君との昼食
失敗するかもしれないと考えていた自分が恥ずかしい。
女の子の気持ちを知っているのは女の子ってわけだ。嫁を信じて正解だった。一瞬でも疑ってしまったのは反省すべき案件だな。
しかし、女の子にはこういう声の掛け方をするのが正解だったのか。
ナンパとか話には聞くが、実際にはどうやって誘っているのか気になっていた。チャラ男連中はこういった感じで誘っていたのか。今後の勉強にはならないだろうが、覚えておくとしよう。
さて、時間は流れて昼休み。
俺達は約束通り、空き教室に集まっていた。
「……」
「……」
「……」
教室内には地獄のような空気が流れていた。誰も喋らず、黙々と食事をしている。その居心地の悪さといったら両親がケンカ中の食卓と同レベルだ。
「ねえ、この状況なに?」
小声で彩音が話しかけて来た。
「何でこんなところで三人でお弁当しなくちゃいけないの?」
「おまえが強制した姫攻略のせいだろ」
「じゃあ、攻略の続きは?」
続きとかない。
ノンノンのアドバイスに従ったわけだが、誘う方法ばかり聞いていたのでその後の展開についてはアドバイスを求めなかった。これは俺の落ち度である。
いや、嫁に頼ってばっかりは良くない。ここからは自分でやるしかない。
俺と氷川花音に接点も共通の話題もない以上、この集まりで重要なのは彩音の存在だ。こいつを上手く使うしかない。
「なあ、一つ質問だ。氷川花音を蹴落とすように言っていたが、おまえと彼女が仲良くなるルートは存在するか?」
「っ、ちょっと待って」
彩音はしばし考えてから。
「存在するかもね。悔しいけど、あいつは人気あるしね。可愛い子は群れていたほうがいいの。美少女同士が仲良くしてるのは見た目も華やかで印象良いし、周囲からの注目度も自然とアップするから」
姫が集まれば華やかなのは周知の事実だ。
ただ、打算ありきとか嫌なフレンドだな。友情の形は人それぞれだから別にいいけどさ。
「それ聞いてどうするの?」
「おまえと氷川妹を仲良くさせて、それを起点として――」
と、言いかけたところで。
「……二人は兄妹?」
つぶやくような質問だった。
「う、うん。あたしとお兄ちゃんは仲良しの兄妹なんだ!」
質問に彩音が満面の笑みで答えた。
へっ?
俺とこいつが仲良し兄妹だって?
記憶が確かなら俺は現在進行形で脅迫されていたはずだ。それに、家では嫌悪感丸出しの表情で罵倒するのが日常だった気がする。
訂正しようとしたら、彩音が俺の腕を握った。
「とっても仲良し兄妹なんだからっ。だよね?」
ウインクしながら俺の腕を抓りやがった。痛みでビクっとなったが、どうにか耐えた。
意図は伝わった。
ここは仲良し兄妹にしておいたほうが都合が良いんだろう。兄と仲が悪いと知られたらマイナス評価ってわけだ。
こいつの思惑通りに動くのは癪だが、仲が悪い兄妹と食事するとか相手目線だと拷問でしかない。氷川妹のためにもここは嘘を通そう。
「俺達は仲良し兄妹だぞっ!」
「そうそう、あたし達は大の仲良し兄妹だから!」
笑顔で言うと、氷川妹はジッと俺の顔を見た。
「……先輩の名前を知りたい」
「俺の?」
聞き返すと、氷川花音はこくりと頷いた。
「自己紹介してなかったな。二年の神原佑真だ」
「神原佑真先輩。覚えた」
それだけ言うと、今度は視線を彩音のほうに移した。
猫を被った彩音の少しばかり迷ったような視線と、相手を値踏みするような氷川花音の視線がぶつかり合う。
数秒ほどした後、氷川妹が口を開いた。
「……ここの制服は可愛い」
「そ、そうだね。あたしも可愛いと思う」
「気が合う」
彩音はここが好機だと感じたのか、笑顔になった。
「凄く可愛いよね。あたしもこの制服目当てだったところあるかも」
「理解できる」
「設備も最高だよね。食堂も超美味しいし」
「まだ食べたことない」
「えっ、そうなの? だったら今度一緒に行こうよ!」
「……行く」
その会話がきっかけとなり、張りつめていた空気が弛緩していく。
彩音が主導権を握る形で会話が展開されていく。
俺の存在を忘れ、二人の話は盛り上がっていた。会話の内容は世間話というか、当たり障りのないものだったが徐々に関係が深まっているのはわかった。
「……?」
氷川妹は会話の途中でちらちらと俺のほうを見た。
何事かと思ったが、すぐに彩音のほうに向きなおって会話を続けた。
この視線はあれか、俺の存在が邪魔って意味だったりするかもな。
冷静になって考えればおかしいじゃないか。嫁からアドバイスを貰ったとはいえ、イケメンでもない俺の誘いに乗ってきたのは不自然だ。忘れていたが、誘った時に迷っていた氷川妹が誘いに乗ってきたのは彩音を誘ってからだ。大体、こいつは俺の名前すら知らなかった。
……彩音と仲良くなりたかったのか?
ありえるな。
猫を被っている彩音は人当たりがいいマスコット的な少女であり、本人の話によれば友達も大勢いるらしい。本性さえ隠せば友達が多くて可愛い女子高生である。友達になりたいと考える奴はいるだろうな。投票では姫を逃したが、7位という順位は十分に人気者と呼べる。
それに対して氷川妹は友達がいないらしい。誘った時の様子からしたら友達どころか話し相手すらいなかったように映る。
氷のような対応と聞いていたが、実はただコミュニケーション能力が低かったのではないだろうか。友達になりたかったけど、きっかけがなかった。
俺の提案に乗ってきたのは彩音が一緒だったからと推理してみた。
真偽は定かではないが、ここはあまりでしゃばらず成り行きを見守ろう。
目の前できゃっきゃうふふと盛り上がる二人を眺めていた。しばらくすると、彩音が飲み物を買いに行くと言って席を立った。
「……」
「……」
二人きりになると、再びの沈黙。
数秒ほどした後、息を呑みこむ音と共に氷川妹が俺のほうを見た。
「どうした、氷川――」
「花音」
「えっ?」
「苗字だとお姉ちゃんと被っちゃうから。そ、それと……花音は後輩だから呼び捨てして欲しい」
「ああ、確かにそうだな」
さすがに氷川妹と呼ぶのはおかしいというか、名前で呼ばないのは失礼だよな。姉と被るという指摘も真っ当なものだ。
「了解した。それで、どうした?」
「……今日はありがと」
「え、あの」
「誘ってもらえて嬉しかった、です」
そう言って花音は照れたように顔を伏せた。人形のような印象だったが、顔を赤らめるその様は年相応の少女に映った。人間味のあるこの顔を全校生徒が見れば1位も夢じゃないだろうな。
ただ、この言葉から察するに俺の仮説は当たっていたらしい。彩音と仲良くなる場を作ったことに対する感謝だろう。
「……先輩はどうして花音を誘ってくれたの?」
「そ、それはだな」
攻略のために仕方なく、というわけにはいかないよな。誘った理由を全然考えていなかった。ここは「おまえが可愛いからだよ」とかチャラ男みたいな発言をするべきだろうか。
迷っていると。
「やっぱり何でもない。今のでわかったから」
何がわかったんだ?
俺には意味不明だが、納得してくれたのならそれでいい。
ともかく、俺達が仲の良い兄妹と勘違いしてくれているのならこれを取っ掛かりにしよう。余計なことはせず良い兄貴ムーブに徹しよう。
「今後も妹と仲良くしてやってくれ、花音」
「……了解」
その後、飲み物を購入して戻ってきた彩音と会話を再開した。二人はかなり打ち解けたようで、会話も弾んでいたように見えた。
氷の姫君との昼食はこうして無事に終わった。
俺個人が花音と距離を詰められたのかといえば微妙だが、少なくとも彩音とは大分仲良くなっていた。当初の予定とは大分違うけど、これはこれでアリだろう。彩音の奴もかなり楽しそうだったしな。




