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第22話 氷の姫君の攻略法

 ノンノンからアドバイスを貰った翌日の朝。


 俺は下級生のクラスに向かって歩き出した。歩きながら頭の中で経験豊富な嫁のアドバイスを思い出す。


『女の子はサプライズが大好きな生き物だから、まずはインパクトが大事。その為の手段を伝授するから、ダーリンは必ず言われた通りにするべし』


 ノンノンが教えてくれた方法。それは登校してすぐに対象の教室を訪れて「おはよう、子猫ちゃん」と本人に向かって言うことだ。この際、通常よりもイケボを出すと成功率がアップするらしい。


「……」

 

 先に断っておくが、この方法が無謀でアホらしいと俺自身もわかっている。


 しかしだ、女性心理ってのは男には難しい。


 例えば、男目線ではチャラ男とか絶対モテるように見えない。あいつ等は誠実さの欠片もないし、頭も悪そうでモテる要素が見当たらない。すぐにナンパするし、他人の彼女を寝取るようなロクでもない野郎だ。


 だが、女性からしたら魅力的に映るらしい。実際にチャラ男は女をとっかえひっかえしているのがその証拠である。


 イケメンなら誰でもいいのかもしれないが、とにかく男と女では感じ方に差があるのだ。


 だからこそ、ノンノンのアドバイスも当たるかもしれない。


 壁ドンとか顎クイといった俺には魅力がちっとも理解できない行為が女の子をキュンキュンさせるらしい。初対面で「おはよう、子猫ちゃん」と言われてときめくのが乙女という生き物なのかもしれない。


 今さらビビっても仕方ない。ネトゲの嫁を信じると決めたのだから。


 よし、行くぜ。

 

 目的の教室に到着し、覚悟の一歩を踏みだす。


「っ、お兄ちゃん!?」


 教室の中に足を踏み入れた瞬間、彩音が小走りで近づいて来た。


 こいつは学校では猫を被っている。家とは完全に別人であり、学校では俺を「お兄ちゃん」と呼びやがる。ここ数年、家でその呼ばれ方をしていない。


「おう、彩音」

「どうしたの?」

「少し用事があってな。そこを通してくれ」

「用事ってなにかな?」


 彩音はどかない。このクラスに近づくな、と目で訴えている。俺を教室内に入れないようにきっちりとブロックしやがった。


 こいつの考えは手に取るようにわかる。


 俺が兄だとクラスメイトに知られたくないのだろう。兄がいるって情報は仲直り騒動の時に知らせただろうが、顔は知られていない。兄がフツメンという情報は姫を目指している彩音にとってはマイナスだろう。


 普段なら圧に負けて逃げるところだが、生憎と今日の俺は一味違う。


「悪いな、妹よ。通してもらうぞ」

「えっ――」


 強引に彩音を押しのけて教室に入る。 


 向かうのは目的の少女が座る席。


 近くには誰もいない。窓際最後列に座るその少女はつまらなそうに外を眺めていた。表情からは何を考えているのかさっぱりわからない。


 姫ヶ咲学園総選挙第2位・氷川花音ひかわかのん


 姉から”氷の姫君”という二つ名を受け継いだ一年生で唯一の姫。我が妹が勝手にライバル視している相手。


 俺にとっては遠目から見かけたことがある程度の関係しかない少女だ。ここまで接近するのは初めてだ。


 見た目は可愛い。文句なく可愛い。


 姉である氷川亜里沙と同じく精巧なビスクドールのような整った顔立ちだが、姉と比べると少しばかり幼い。身長もどちらかといえば小柄だろう。胸元の成長具合に関しては我が妹と同じく可哀想なレベルだ。まあ、胸元に関しては姉のほうと大差ないけどな。

 

 彼女の最大の特徴は髪型だ。


 前髪が長めのショートボブで、片目を隠している。別にケガをしているわけではなく、ファッションらしい。ミステリアスな感じが素敵だと中々にウケがいい。個人的には某アニメの人気ヒロインにしか見えなかったりする。


「おい、見てみろよ。先輩みたいだぞ」

「姫君にチャレンジか?」

「この時期にチャレンジする割には普通の人だな」


 氷川花音に声を掛けようとしているのを察したのか、下級生がざわつく。


 氷川姉妹は難攻不落だ。


 これは姫ヶ咲に通っている生徒にとって常識中の常識である。特に妹のほうは姉以上に誰とも喋らない。いつも退屈そうに窓から外を眺めている。その姿も深窓の令嬢っぽいと高評価なわけだが。


「あれ、神原さんも近くにいるぞ」

「兄妹みたいな話が聞こえてきたけど」

「じゃあ、あの人が姫王子様の?」


 背後に気配を感じたので振り返ってみると、彩音が真後ろに立っていた。殺意が混じったような笑みを浮かべていた。


 臆するな。行くぞ。


「おはよう、子猫ちゃん」

「っ!?」


 窓の外を見ていた氷川花音がビクッと震え、こっちに向きなおった。


 俺の顔を見ると、何度も目をぱちくりさせた。


「ちょっ、ちょっとお兄ちゃん!」


 彩音が俺を引っ張る。力任せに引きずられる。


「あんたアホなの?」

「アホじゃねえよ。おまえが言うから攻略しにきたんだろ」

「だとしたらマジモンのアホじゃん。そんな声の掛け方して普通に会話できるわけないでしょ。常識的に考えなさいよ。暑さで頭おかしくなってるじゃん」


 おまえの頭は昔からおかしいけどな。


「いつの時代の口説き文句よ。いや、どの時代でも『子猫ちゃん』はないでしょ。気持ち悪いを通り越してキモイの領域に達してるよ」


 同じ意味じゃね?


「家ならともかく、学校でやるとか信じらんない。マジでありえないんだけど。もういいから早くこの場から消えて。あたしの人気が落ちるじゃん」

「……無理だ」

「はぁ?」

「黙ってみていろ。これが氷の姫君の攻略法だ」


 この程度ではめげない。


 ノンノンからのアドバイスを思い浮かべる。


『インパクトある挨拶で相手が混乱してるところでお昼に誘うの。これで相手はイチコロだから。あっ、ここでポイントだけどもし上手く誘い出せたら二人きりは絶対ダメだから。絶対に他の人も誘うべし。二人きりだと警戒されちゃうから』


 恋愛強者によるとこれでイチコロらしい。


 再び氷川花音の前に戻る。


 案の定、彼女は酷く混乱している様子だった。表情に出ていないのでわかりにくいが、さっきから目が泳いでいた。


「驚かせちゃったよな」

「……」

「良かったら昼飯でもどうかな?」

「…………」

「さすがに二人きりだと問題もあるだろう。だから、ここにいる妹の彩音も一緒にどうだろう」


 最高級の笑顔を浮かべ、最大限のイケボを出した。


 呆然としていた氷川花音はハッとしたように俺を見る。そして、隣でテンパっている彩音の姿に目を向ける。


 何度か交互に見た後で、何かに気付いたように目を見開いて。

 

「……ウェルカム」


 グッと親指を立てた。


「えっ、マジで?」


 隣では猫を被るのも忘れ、彩音が口を半開きにしていた。


 正直、驚いているのは俺のほうも一緒だったりする。信じるとは言ったが、この方法で上手く行くはずないと頭のどこかで考えていた。


 俺の嫁は天才だったらしい。

読んでいただきありがとうございます。

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