危機一髪
仕事が終わって、王太子殿下の執務室に向かって歩いていた。侍女が退室して行くのが遠くに見えた。
部屋の前に着いて、いつもの挨拶をする。
「お疲れ様です。アンジェリーナ・ハルトンです。クロード・ハルトンに取次ぎ願います」
執務室の前に待機している近衛騎士が、可笑しな事を言う。
「殿下より誰も取次ぐなとの御命令です」
私が迎えに来るのを知っているから、そんな命令をこの時間に言うはずがない。だって、クロード様は私の転移魔法で一緒に転移通勤してるのだ。遅くなるなら、事前に伝令がくる。
「夫に帰宅について伺いたいのですが」
「ハルトン伯爵閣下には、夫人が来たと後程お伝えしておきます」
は?夫人?ハルトン伯爵は私だ。クロード様は、側近として法服貴族の爵位で呼ぶなら子爵だ。近衛騎士が間違うなんてありえない。むしろ、王宮にいる国内貴族がハルトン伯爵が私だと知らないわけがない。
私は素早く拘束ロープで、執務室前にいた近衛騎士二名を捕縛した。
索敵魔法を展開し周囲を警戒しながら、私は大きくノックをして返事を待たずに執務室に入る。
アルフォンス殿下とクロード様、カルロス様が席に座ったままで、ウィリアム様とルーカス様が席を立った状態で、ぽかんとこちらを見ていた。
こんな不作法なことしたことないから、そらびっくりするよね。
「皆様、異常ありませんか?」
「特に問題はないが、アンジェリーナ、どうした?」
困惑しているアルフォンス殿下に答える前に、カルロス様が持っているティーカップが目に入る。湯気がでて、まだ熱そうだ。さっき、侍女を見たのを思い出す。
「皆様、お茶を飲みましたか?」
全員が不思議そうに私を見ながら、首を横に振る。まだ飲んでなかったようだ。
カルロス様は、異変を感じとったのかティーカップを置いた。
「アルフォンス殿下、近衛騎士に誰も取次ぐなと命令されましたか?」
私の質問を聞いた、アルフォンス殿下とルーカス様の顔色が変わる。
「いいや、私はそんな命令を下していない」
「ルーカス様、先程、部屋の前にいた近衛騎士二名を捕縛しました。顔を確認していただけますか」
「わかった」
ルーカス様が私の横を通り、近衛騎士の確認に向かう。
「侍女や侍従はどこに?」
「先程、お茶を入れた侍女は退室した。侍従は呼び出しがあって、半刻程前に出て行った」
「わかりました。お茶の確認をいたします」
調べたところ、お茶には睡眠薬が仕込んであった。しかも、全員分。
毒じゃないなら、何が目的だ?誘拐?
「奴等は近衛騎士ではない。知らない顔だ」
「そうですか。ルーカス様、応援がくるまで扉前の護衛をお願いできますか」
私は、各所に伝達魔法を飛ばす。
現在進行系で襲撃されてる場所があるかもしれない。
『魔術師団、副師団長補佐アンジェリーナ・ハルトンより緊急連絡。王太子殿下の執務室前で、近衛騎士に扮した侵入者を二名捕縛。扉前待機の近衛騎士二名が行方不明。執務室から直前に去った侍女が入れたお茶に、睡眠薬の混入を確認。侵入者の仲間の可能性あり。至急、応援と敷地内警戒を願います』
さて、残業確定だ。帰れないことを覚悟しよう。




