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六芒星が頂に~星天に掲げよ! 二つ剣ノ銀杏紋~  作者: 嶋森航
祇園精舎の鎮魂の鐘

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石山合戦⑥ 諸行無常の飢え殺し

摂津国・津守村。


7月1日の朝、植田順蔵から石山本願寺の新たな情報がもたらされた。


「左馬頭様、どうやら石山本願寺は雨の日に打って出るつもりのようにございまする」


石山本願寺は一向門徒が居を構える寺内町を囲った惣構の堅城である。51もの支城を攻略し、石山本願寺を完全包囲した寺倉軍であったが、四方を川に囲まれた上町台地の最も北側に位置する石山本願寺は大鉄砲の射程圏外だった。


そのため、無理な力攻めで兵の損耗を避けるため、陸と海上を封鎖して兵糧攻めを行い、打って出てくるのを待つ持久戦法を取っていた寺倉軍だったが、これまで一向にその気配は見えなかった。


顕如は寺倉軍の兵糧が尽きて撤退するまで籠城する覚悟だろうと、正吉郎は察していた。しかし、昨日の「木津川口の戦い」の結果、顕如が頼りにしていた毛利水軍の補給を阻止したことにより、状況は大きく変化したのだった。


「ほぅ、雨の日に打って出てくるだと? 十兵衛、どう思う?」


「はっ、昨日の毛利水軍の敗北が知れ渡って、門徒どもの士気が下がるのを恐れて、鉄砲の使えぬ雨の日に攻めようという狙いかと存じまする」


明智光秀が敵の意図を見抜いて答える。


「うむ。だが、それだけではないな。本当の狙いは"口減らし"だろう。我が軍の兵を減らして門徒どもの士気を高め、同時に"口減らし"して兵糧を長持ちさせるという一石二鳥の策だろうな」


「……なるほど、御仏に仕える者とは思えぬ冷酷非道な策ですな」


「元よりあいつらは御仏に仕えてなどおらぬ。仏の教えと称して信者を騙しておるだけの我欲の亡者どもだ。……ならば、わざわざ亡者の策に付き合って、我が軍の兵を無駄に失うのは馬鹿らしいな。顕如が"口減らし"したいのならば、合力してやろうではないか。順蔵、明朝の天気はどうだ?」


「はっ、明日は晴れかと存じまする」


「そうか、天は我らに味方したようだな。ならば、明朝の朝餉の炊飯の煙が上がる頃に、寺内町に大鉄砲を討ち込め。石山本願寺に届かなくとも構わぬ。砲撃により寺内町を壊滅させ、火事を起こさせるのだ。顕如には"口減らし"した私に感謝してもらいたいものだな。ふっふっふ」


昨年、正吉郎は南摂津を制圧した後に、寺領の東から南を取り囲むように運河を掘り巡らせる工事を指示した。今は工事途中であったが、まだ運河が掘られていない場所からであれば大鉄砲で寺内町を砲撃することができたのだ。


しかし、その運河の掘られていない場所は包囲の「弱点」でもあり、当然のように石山本願寺の僧兵が待ち構えていた。そして、一向門徒とは言えども一般市民が多数住んでいる寺内町を砲撃するのは、正吉郎も躊躇っていたのだった。


だが、顕如が"口減らし"のために攻めてくるのならば話は別である。無用な情けは己の首を絞めると正吉郎は自戒し、心を鬼にして射程圏内にある寺内町を大鉄砲で砲撃する命令を下したのである。


「確かにそれは妙案ですな」


「それだけではないぞ。寺内町が壊滅した後、どうなると思う? これからは暑い夏だ。一月後が楽しみだな。ふっふっふ」


正吉郎は一月後を予想し、ほくそ笑むのだった。




◇◇◇




摂津国・石山本願寺。


翌7月2日の朝、寺内町から幾筋もの朝餉の炊飯の煙が上がり始めると、寺倉軍は大鉄砲で寺内町に砲撃を敢行した。


既に大半の門徒は起きている時間だが、朝餉を食べるために家の中におり、朝の突然の轟音に門徒たちは慌てふためいた。大鉄砲の砲撃に家諸共押し潰された門徒も多かったが、さらに朝餉の炊飯のための竈の火が燃え広がり、寺内町のあちこちで火事が起こると、寺内町はたちまち火の海と化した。運良く砲撃から難を逃れたものの、何が起きたのか分からず混乱した門徒たちは、救けを求めて安全地帯の石山本願寺へと殺到したのだった。


「顕如様、寺倉軍が突如、大鉄砲で寺内町を砲撃し、朝餉の時間のため火事が燃え広がったようにございまする」


「ぐぬぬ……、悪辣非道な寺倉め! 逃げてきた門徒は境内に収容せよ。それと、石山御坊に火が移らぬように、火事の手前の家を打ち壊して延焼を食い止めよ!」


「ははっ」


顕如の指示により石山本願寺は避難した門徒を収容した結果、避難所と化した境内は門徒たちで溢れ返った。


翌日、火災は雨で鎮火し、結局、3万もの門徒の内、砲撃や火災により1万余の門徒が命を落とした。石山本願寺の僧侶は避難した門徒たちに町の復興を指示し、砲撃と火災によって家を失い、憔悴した門徒たちは町に戻っていった。


しかし、2日後の晴れた朝に再び砲撃があると、門徒たちは再び石山本願寺に避難した。そして、避難した門徒はいつまた砲撃があるか分からない寺内町に戻るのを拒否したのだ。その結果、石山本願寺は2万近い門徒を長期間受け入れる事態となったのである。


結果的に顕如の望みどおり1万もの門徒が"口減らし"されたが、砲撃と火災により寺内町にあった米蔵の多くが失われた結果、"口減らし"以上に食料不足となり、石山本願寺に備蓄された兵糧はみるみる間に消費され、食料不足が深刻化する事態に陥ったのである。


そして、僅か10日で境内に掘られた100以上の即席の便所の処理能力はパンクし、あちこちに糞尿が散乱し、強い悪臭を発するようになった。それを知った石山本願寺の僧侶は、慌てて寺内町の潰れた家屋の一角に糞尿を投棄させた。


しかし、寺内町の潰れた家屋の下には放置されたままの死体が夏の灼熱によって腐敗し始めており、そこへ糞尿を投棄させたことがさらに菌の増殖に拍車を掛けた。暑い夏に劣悪な衛生環境となれば、疫病が発生するのは当然である。


7月下旬、境内にひしめく門徒はたちまち疫病に罹患し、それに歯止めを掛けるのはもはや不可能だった。そして、疫病が一部の僧兵にも広まり始めると、門徒たちに配られる食料がついに途絶した。


それは「どうせ疫病で死ぬ門徒に貴重な食料を配る必要はない」という下間頼廉の非情な判断だった。その結果、8月に入ると疫病で命を落とした門徒の人肉を喰らって飢えを凌ぐ門徒が現れ、正に"餓鬼地獄"と呼ぶべき凄惨な光景を映し出すに至った。


8月6日、顕如を始めとする石山本願寺の高僧が備蓄した米を食べ続けているとの噂が、"どこからか"真しやかに流れると、門徒たちは飢餓によって洗脳から覚醒し、ついには石山本願寺の中で僧侶や僧兵たちに襲い掛かって暴動を起こした。洗脳によって強固な結束を誇っていた石山本願寺は、飢餓によって砂上の楼閣が如く内部崩壊に陥ったのである。


8月9日、暴動が一向に沈静化しないのを悟った顕如は、史実と同様に朝廷を頼り、自らの保身を条件として寺倉軍との和議を図った。




◇◇◇




摂津国・津守村。


8月11日、武家伝奏の勧修寺晴豊が朝廷から使者として津守村の本陣の正吉郎を訪ねた。


「左馬頭殿。この辺りで石山本願寺と和睦されては如何でおじゃるかな? 主上も大層ご案じなされておじゃりまするぞ」


「帝にご心痛を掛けて誠に申し訳なく存じまする。しかし、加賀や長島の一向一揆を主導した一向宗の法主・顕如を助命すれば、日ノ本の将来に禍根を残すのは明白でありまする。故に、たとえ勅命が下ろうとも此度は和睦に応じる訳には参りませぬ。左様にお伝えくだされ」


朝廷が和睦を打診するも正吉郎が顕如を許すはずもなく、断固として朝廷の和睦斡旋を拒絶したのである。




◇◇◇





京・御所。


急いで京に戻った勧修寺晴豊が帝に正吉郎の和睦拒否を報告すると、これまで忠臣として長く朝廷に尽くしてきた正吉郎だっただけに、帝(正親町天皇)や関白・近衛前久は予想外の事態に驚いた。


「加賀や長島の一向一揆を主導した顕如を助命すれば、日ノ本の将来に禍根を残す、か……。さもあらんの」


「はっ、左馬頭殿には天下泰平を期待するでおじゃります故、ここで和睦の勅命を出して拒まれれば、朝廷と"六雄"との間に罅が入りかねないかと……」


「うむ、和睦交渉からは手を引くでおじゃる。左様に伝えよ」


「畏まりましておじゃります」


泰平の世を望む朝廷が、"六雄"筆頭の正吉郎との信頼関係と、一向一揆の主導者・顕如の助命のどちらを選ぶかは自明の理であった。



◇◇◇




摂津国・石山本願寺。


8月15日の朝。朝廷から和睦交渉の断念を受けて、寺倉軍は石山本願寺に一斉攻撃を仕掛けた。


飢餓や疫病により戦う体力も戦意も残っていない門徒や僧兵は次々と根切りにされ、騒然とした石山本願寺の奥の院で、下間頼廉が顕如の居室に駆け込んだ。


「顕如様、もはや逃げるしかありませぬ! 拙僧が盾になりまする故、どうか北の淀川から舟で、うがっ!」


「ら、頼廉、如何したのだ!? ぐわっ!」


力なく倒れた二人の背中には猛毒を塗られた棒手裏剣が突き刺さっていた。


「お前たちだけは逃がす訳には行くか。"死ねば極楽"なんだろ? 感謝しろよ」


そう言って現れたのは根津甚八郎だった。甚八郎は、顕如と頼廉の首を斬り落とすと音もなく姿を消した。


石山本願寺の戦いはもはや一方的な虐殺であったため、戦いは僅か半日で終わり、一向宗の本山・石山本願寺は顕如の死と共に滅亡したのであった。

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