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六芒星が頂に~星天に掲げよ! 二つ剣ノ銀杏紋~  作者: 嶋森航
覇権交代と魑魅魍魎の蠢動

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堺の戦い⑦ 三雲家との因縁

柳生宗厳が寺倉家への仕官を決めた後、会合衆から引き渡された畠山家臣の捕虜たちで畠山に帰参することを選んだ遊佐高清ら3人は、畠山政頼の首を大事そうに抱えて紀伊へと帰っていった。


そして翌日、俺は急遽呼び出した南摂津の代官である和田惟政と共に、後回しとしていた松永家臣のもう1名の処遇に関して事前に相談を行っていた。


その1名とは松永久秀配下の素破の頭であり、さらには配下の素破10名がいた。他の畠山家臣は寺倉家に仕えるか、畠山に戻るかを自由に選ばせたが、素破は違う。解放すれば何をされるかわからない。俺を暗殺しようと試みる者が現れたり、畠山に通じて寺倉家の情報が筒抜けになる恐れもあるのだ。そういった観点から俺は素破たちの処遇に困っていた。


そこで素破の扱いに長け、寺倉家の甲賀衆を率いる役目に就いている和田惟政と共に素破たちの処遇を相談することにしたのであるが、陰から素破たちの顔を見た惟政が驚いたように俺に告げる。


「典厩様。あの素破たちの何人かは見覚えがありまする。おそらくは三雲城を落ち延びた甲賀の者たちかと存じまする」


「何と、そうか。ならば和田弾正忠の下の甲賀衆に迎え入れることができそうだな」


「はっ、左様ですな。ですが、厄介なことに、あの素破の頭は三雲対馬守の三男にございまする」


そう言うと、惟政が同席していた蒲生宗智に気まずそうに目を向ける。三雲対馬守は「六角六宿老」の一角であり、かつては甲賀衆を率いていたが、「三雲城の戦い」で蒲生軍の前に壮絶な死を遂げたと聞き及んでいる。


「なるほど、そういうことか。あの素破の頭にとって、宗智殿は父親の仇という訳だな。さて、どうしたものか……」


「典厩殿。儂にお気遣いは無用にございます。この乱世においては肉親の仇として恨みを買うのは覚悟の上にございますれば、三雲対馬守の三男から刺されて死ぬことになろうとも、それは戦国の世の習いにて、やむを得ぬ仕儀にございまする」


宗智が平然とした態度で告げる。


「いやいや、宗智殿。私は家中で刃傷沙汰など起こしたくはないし、左様なことになれば蒲生山城守(忠秀)に会わせる顔がない。人の恨みは根が深い感情故、すぐに和解するのは難しいであろうが、やはりその三雲対馬守の三男を説得し、少しでも恨みを解きほぐすしかあるまい」


「「左様ですな」」


こうして素破たちの処遇に関する事前の相談を終えると、俺は素破たちとの会見の場に移動したのであった。




◇◇◇





俺の前には丸腰の素破の頭と素破たち10名が、捕縛されて身動きの取れない体勢で跪いている。念のため俺の横には滝川慶次郎と冨田勢源にも護衛に就いてもらっている。


「さて、始めにお主たちに申しておこう。お主らは素破という特殊な存在故、無罪放免で松永弾正忠の元に帰す訳には行かぬ。だが、お主らが望めば、松永家にいた時の倍の禄の待遇で、寺倉家の甲賀衆に迎え入れよう。寺倉家ではこの和田弾正忠が寺倉家を頼ってきた甲賀衆を率いておる。和田弾正忠は甲賀出身である故、お主たちの中にも存じている者もおろう? 寺倉家では六角家と同じく、素破だからといって差別するようなことはないし、功績は武士と同じく正当に評価すると約束しよう。どうだ、寺倉家に仕えてみぬか?」


俺の言葉に松永久秀の配下だった素破たちの目が変わった。この時代の素破は世間では下賤な身分として捉えられており、日陰の存在故に名誉も得られなければ、十分な報酬や待遇を得ることも叶わぬ存在だったのだ。寺倉家に仕えれば厚遇されるとなれば、拒否する理由などないのは当然だ。


「寺倉家に仕える意志がある者は頭を下げよ」


和田惟政の一声に、素破たちは一斉に額を地面に擦りつけて、寺倉家に仕える意志を示した。そこまでしなくてもいいのだが。


しかし、その中に一人だけ頭を下げようとはしない男がいた。予想通りだ。俺はわざと怪訝そうな態度でその男に声を掛ける。


「お主、名前は何と申す?」


「某は三雲三郎左衛門総持と申す」


「ほぅ、三雲とな?」


俺は宗智に一瞬目を向けた。俺が「なぜ三雲の人間がここに?」と訊ねようとする前に、その男から答えが返ってくる。


「某は三雲対馬守の三男にございまする。過日の『三雲城の戦い』で、そこにおわす男に父や家臣たちを殺され、所領を追われてから、兄上達と共に各地を流浪しており申したが、旅の途中で兄上達とは別れ、独りで松永弾正忠様に仕えており申した」


やはり父・三雲定持を殺された恨みはかなり強いようだな。頭を下げようとしないのも無理はない。それはそうと、三雲定持は息子たちを落城前に逃したのか。兄弟たちが別れたのは、御家を断絶させないように別々の家に仕官してリスクを回避したのだろうな。


「貴殿はやはり宗智殿を恨んでいるのだな。まぁ、それは仕方なかろう。三郎左衛門殿、貴殿と少し話をしたい。佐平次よ。他の素破たちを解放してやってくれ。弾正忠、後は頼んだぞ」


「「はっ、承知いたしました」」


俺は近習の小川蹊祐に他の素破たちの縄を解くよう指示すると、他の素破たちは感激に目を潤ませていた。後は和田惟政に任せておけば問題ないだろう。


惟政が素破たちを連れて退出し、護衛の滝川慶次郎と冨田勢源にも席を外してもらうと、残るのは俺と宗智、総持の3人のみとなり、静寂がこの場を包んだ後、徐に蒲生宗智が口を開いた。


「……あの『三雲城の戦い』は蒲生家が南近江を制圧し、日ノ本の平定を目指す"六雄"の列に加わるためには必要な戦いであった。儂は今でも間違ったことをしたとは思うてはおらぬ故、後悔もしてはおらぬ。……三雲三郎左衛門殿、六角六宿老の仲間であったそなたの父、三雲対馬守を死なせたのは、誠に残念であったと思う。だが、勝敗は兵家の常と申す。ここで儂が貴殿に謝れば貴殿の気は少しは晴れるかもしれぬ。だが、一方でそれは最後まで武士として堂々と戦った三雲対馬守の誇りを汚すことになる。故に、儂は貴殿に謝ることはできぬのだ」


「くっ、何を申すか! よくも父上を……」


宗智の非情とも取れる言葉に、三雲総持は憤然とした態度を見せるが、宗智の言葉の意味を理解したのだろう。尊敬する亡き父を侮辱する訳にも行かず、恨みの言葉を飲み込んで必死に怒りを堪えているように見えた。


「なぁ、三雲三郎左衛門よ。私も貴殿の気持ちは良く分かる。なぜなら俺も父親を殺された身の上だからだ」


俺がそう言うと、総持はハッとした表情になった。寺倉家は日の出の勢いで弱小国人から急成長し、巷では数々の武勇伝が華々しく褒め称えられているが、影の部分は忘れられ、人の目は向かないものだ。総持も俺が父を失くした身であることをすっかり失念していたようだった。


総持は六角六宿老の家柄である三雲家の人間である。当然ながら六角承禎が浅井巖應に命じて俺の父を謀殺させた事実も三雲対馬守を通じて知っているようだ。


「……申し訳ございませぬ。まるで父親を殺された人間は自分だけしかいないかのように……。人を恨んで憎む心で闇に捉われ、少々自分を見失っていたようにございまする。3年前に父を失って以来、某は父を失った苦しみを胸に、自らを呪いに掛けるように仇討ちを期して日々を過ごしておりました。ですが、この乱世において勝敗は兵家の常にございますれば、蒲生殿を責めるなど言語道断。お門違いにございまする。父を失って蒲生家を仇と定めていた己の未熟さに恥じ入るばかりにございまする。蒲生殿、誠に申し訳ございませぬ」


総持は誠実な性格で聡明なのだろう。自分が怨恨に捉われていた過ちに気づくと、宗智に深々と頭を下げて謝罪した。


「いやいや、謝ることはないぞ。だが、人は過去に捉われてばかりいては闇に落ちてしまう。未来を見て歩むべきなのじゃ。きっと三雲対馬守殿も草葉の陰で貴殿を見守っているはずじゃ」


「う、ううっ。……はい」


総持は涙声で答える。


「宗智殿。そう言えば、もうすぐ今月末は三雲対馬守殿の命日のはずだな。今度、三雲家の菩提寺に三雲対馬守殿の墓参りに参ろうか?」


「左様でございますな。儂も久しぶりに三雲対馬守殿と語り合ってみたいと存じまする」


「か、かたじけなく存じまする。父上も喜ぶかと存じまする」


総持は嬉しそうに俺に礼を言うと、先ほど素破たちがしたように額を地面に擦りつけた。


「この三雲三郎左衛門総持、寺倉左馬頭様に忠誠をお誓い申し上げまする。如何様にでもお使いくだされ」


「うむ。仕えてくれるか。では、よろしく頼んだぞ」


こうして、三雲三郎左衛門総持が寺倉家の家臣となったのである。

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