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統麟会談③ 信長の要請

「正吉郎、先の『大井川の戦い』で我ら織田は武田に敗れた。誠に口惜しいが、信玄の策に見事にしてやられたのだ」


ギリっという歯軋りの音が部屋に響き渡る。プライドの高い信長にとって、武田に負けるということは到底許せることではなかったのだろう。


六家による会談が無事終了した後、竹中、浅井、蒲生の各家は各々の領地へと戻っていったのだが、信長と輝虎から「折り入って話がある」と声を掛けられ、今日中に尾張に戻る予定の信長から先に、別室で2人だけで会談をすることになった。


織田と武田との戦については俺も順蔵から逐一状況報告を受けていたが、信長は大井川での敗戦後の籠城戦でどうにか高天神城を死守し、武田軍は奪い取った大井川の西岸に守備兵を残して撤退し、今はこの秋にも予想される再戦に向けた中休みといった状況だ。


信玄本人も甲斐に戻ったため、信長は今回の統麟会談に間に合わせるために、家臣にした九鬼家の船で海路で急ぎ尾張に戻り、統麟城へやって来たのだと語った。


「三郎殿、それは仕方ないでしょう。武田信玄は手強い敵である故、僅かな油断や隙も見逃す男ではありませぬ」


「分かっておる。『次は必ず勝つ!』と言いたいところだが、相手があの信玄だと正直そうも言い切れぬ。武田の騎馬軍団は脅威である上、信玄は何をやってくるか読めぬ男だ」


信長が珍しく弱音に近い言葉を発した。それに俺は眉をひそめながらも、口を挟むことはなく次の言葉を待った。


「そこでだ、正吉郎。次の戦でも苦戦が続くような場合には、我に援軍を差し向けてはくれぬか?」


驚いた。傲岸不遜とも言うべき信長が、ほんの僅かではあるが、俺に頭を下げて援軍を頼んで来たのだ。いつもなら威圧感満載で他者に頭を下げることなど考えられない。もしかすると信長にとっては生まれて初めての恥辱かもしれないな。


俺は瞑目して恥を忍んだ信長の行動に感銘を覚えながら、しっかりと目を見据えて告げる。


「もちろん、相互軍事支援の同盟を結んだ我らは『蓮華の誓い』を交わした義兄弟です故、援軍を送るのは全く構いませぬ。ですが、一つだけ条件がございまする」


「条件、とな。申してみよ」


信長は至極当然といった面持ちで告げる。俺はそれを見て一度頷くと、徐に口を開いた。


「ご存知のとおり、寺倉家は伊勢国を大方制圧しましたが、唯一桑名郡だけは長島や桑名を厄介な一向宗どもが占領しており、未だ制圧できておりませぬ。一向門徒は放置すれば、いずれは加賀のように一向一揆を起こすのは必定である故、伊勢国の平定を目指す我らにとって絶対に討ち滅ぼさねばならない敵です。三郎殿にとっても長島は尾張に接する故、放置はできないとお思いかと存じまする。そこで、いずれ我らが長島を征伐する際には織田家からも援軍を出していただきたいのです」


「ふむ、それくらいは構わぬ。むしろ長島を潰せるのならば願ったり叶ったりだ。では、俺はすぐに遠江に戻らなければならぬ故、秋の収穫後はよろしく頼むぞ、正吉郎」


信長はすぐさま遠江にとんぼ返りという訳か。なかなか厳しい状況に立たされているようだな。


織田家にとっても長島は目と鼻の先に位置している。それ故に、尾張の領地に隣接して長島一向一揆のような“不穏分子”がいることは決して好ましいこととは言えなかったのである。史実で信長と長島一向一揆の抗争は、信長が伊勢に勢力を広げ始めてからのことであったが、こうして寺倉家と織田家が同盟を組んでいる今、両家に囲まれる長島はまさに自分の庭先にある"火薬庫"のような存在であるのだ。


長島一向一揆もこの状況を面白く思うはずもなく、俺が北畠を下して桑名郡を除く伊勢を平定した後は、次は自分たちが狙われる番だと悟ったのか、桑名という伊勢屈指の商業都市を牛耳っていることによる潤沢な経済力を以って、浪人や破落戸を金で雇うなど大規模な募兵を進めているようだ。


俺は日ノ本を平定するためならば、どんな労力も惜しまない覚悟だ。したがって、長島一向一揆との対決も当然避けるつもりもないが、長島の輪中地帯を相手にした戦では、寺倉家の独力だけでは史実のように長期化したり、味方に大きな損害が出る恐れが大きい。


そうならないためにも俺は信長への援軍派遣の対価として、同じく援軍の派遣を取り付けたのだ。


「それと今日の六家会談、よくぞ上手くまとめたな。上杉を味方に引き入れた正吉郎の慧眼には驚くほかはない。俺はあの地球儀とやらを見て、斯様な狭い国の中で永きに渡って争い続けるなど愚かでしかないと確信したぞ」


信長が人のことを手放しに褒めることなど、滅多にないことだ。それに流石は信長と言うべきか、外国の脅威は理解していたようだった。戦国の風雲児と呼ばれるだけある。


「私が望むは日ノ本の安寧です。たとえ日ノ本の平定を成したとしても、外つ国(とつくに)の脅威に晒されることになれば真の安寧は永遠に訪れることはありませぬ」


「であるか。六家が協力すれば日ノ本の平定もすぐに成し遂げられるであろう」


俺の言葉に信長は白い歯を剥き出しにしながら笑った。無邪気と呼ぶには失礼かもしれないが、その笑顔には人を魅了する不思議な力が感じられた。やはり戦国一のカリスマたる信長だな。信長の笑顔は俺にとっても忘れられないものとして焼印のように頭の中に沁みついた。


「では、俺はそろそろ行くとしよう。遠江では未だ予断の許さぬ状況が続いておるからな。日ノ本平定の第一歩として、まずは武田信玄を討ち滅ぼしてくれよう!」


「御武運を祈っておりまする」


俺は心からの言葉を投げかけた。信長は俺に背を向けると、顔の横まで手をヒラヒラと掲げて返事をした。


そして信長は、言葉どおり今日の内に統麟城を出立し、遠江への帰途に発ったのだった。


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