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定期評定と滑り板

伊賀国・玲鵬城。


2月3日、今日は定期評定の日である。寺倉家は毎月3回、3日、13日、23日の「3」の付く日に定期評定を行っており、今日は2月最初の評定が行われる。


他家ではどうかは知らないが、寺倉家では評定には「寺倉六芒星」と呼ばれる譜代の重臣と、「寺倉六奉行」と呼ばれる奉行衆、そして「将星」と呼ばれる重臣や代官、城代たちが大広間に参集し、内政・重要な訴訟案件・外交・戦争関連など様々な議題に関して、担当する職分に関係なく、忌憚なく自由に発言することが認められている。


ただし、伊勢や伊賀、志摩は遠方であり、統驎城に往復するだけで10日以上を要してしまうため、議題に応じて参加が必要な場合にのみ呼ぶことにしている。


そして、今回は玲鵬城で開催する初めての評定であり、当然伊賀代官である沼上源三も参加していた。


あらかた議題が片付いたところで、俺は源三に声を掛けた。


「源三。玲鵬城の短期間の築城は誠に良くやった。苦労を掛けたな。礼を申すぞ」


「ははっ、ありがたき幸せにございまする」


「ところで、伊賀の優先課題として、木津川や名張川の堰造り、伊賀街道の拡張整備を申し渡していたが、現状はどうだ?」


「はっ。まず堰については木津川の堰を優先し、沼上から移住した民が中心となって築いており、もう今月中には完成する見込みでございますので、春には雪解け水で堰に水が溜まり始めるかと存じまする。完成すれば次は名張川の堰に取り掛かりまする。そして、伊賀街道は雪が積もる前に、玲鵬城から東に1里の山までの道を真っ直ぐ幅広くし終えましてございまする。以降は雪解け後に再開いたしまする」


「ふむ、そうか。順調に進んでいるようだな。では内政面で、ジャガイモの栽培と焼酎、炭団の生産、それと伊賀焼の状況はどうだ?」


「はっ。既にジャガイモは伊賀の平野部の川沿いの田んぼ以外、山の斜面も含めて国中の至る所で栽培されており、今や領民は米よりもジャガイモを主食としておるほどでございまする。したがって、焼酎や炭団の生産も順調に進んでおりまする。伊賀焼はご提案いただいた狸の置物や茶器が京や堺で評判になり始めておるようでして、職人たちは喜んで作っておりまする」


「そうか、狸の置物が評判か。「他を抜く」という縁起を担いだ物だったのだが、それは良かった」


実は源三からは定期的に文で状況報告は届いているのだが、元は下層民だった源三に対して表立っての批判はないものの、評定の場で他の重臣の前で披露させることによって、内心では未だに隔意や嫉妬心を抱いている者たちに源三の統治能力を示して、認識を改めさせようと狙ったのだ。


前世の記憶で、上司は部下を褒める時は人前で褒め、叱る時は2人だけの場で叱るべしという教訓を聞いた覚えがある。だから俺は人前で源三の功績を褒めてみせたのである。


勘のいい源三だから俺の意図を察知したのだろう。既に報告した内容を訊ねられたのにも関わらず、怪訝な顔を見せずに堂々と説明している。


「ところで、源三。先日、伊吹山で採れた薬草を伊賀の温泉に入れて入ったのだが、あれは良いぞ。伊吹山の麓の温泉と同じく、伊賀でも宿屋や飯屋を温泉の周りに設けて、薬草風呂で温泉保養地を作ると良いぞ」


「ははっ。確かに薬草風呂は良いですな。承知いたしました」


「うむ。それとな。伊賀の山には太い竹がかなり生えておるな。竹は筍は採れるし、竹細工や竹炭、手押しの水汲み機にも使える有用な木材だが、他にも地面に広く根を張って生長が早いという特徴がある。そこで、若い竹を根ごと間引いて、川の堤防に移植するのだ。九郎左衛門尉。揖斐川の堤防には何か植わっておるか?」


「いえ、特に何も植わってはおりませぬ」


「そうか。では、まず最優先で揖斐川の堤防に竹を植えよ。竹の根が堤防の土を固めて、大雨でも堤防が決壊しにくくなるであろう」


「なるほど、左様でございまするか。では大垣に戻り次第、すぐに取り掛かりまする」


「うむ。まずは揖斐川が優先だが、その後は他の川の堤防でも竹を植えるが良いぞ。それとな、実はな。竹である物を作ってみたのだ」


そう言うと、俺は小川蹊祐に命じて、竹でできた2枚の板を手元に持って来させた。


「これはな。雪の上を歩く際に藁で編んだ深靴の下に履くもので、『滑り板』と言う。今は『かんじき』を履いて歩いておるが、これを履くと足が雪に沈まず、速く進むことができるし、下り坂では滑り降りることができる優れものだ」


統麟城のある北近江ほどではないが、伊賀も山に囲まれた地形で寒いことに変わりはなく、今はかなりの雪が積もっている。そこで思いついたのが雪滑り、すなわちスキーだ。


「竹スキー」は日本にスキーが輸入された後、それを見た日本人が竹でスキー板を作ったのが始まりで、昭和の前半までは雪国では子供が通学用に使うなど、ごく一般的なものであった。スキーを日本版に呼称すると即ち『滑り板』だ。


竹はよくしなって折れにくいという弾力性と強靱性があり、竹の表面には蝋が塗られたようにツルツルして滑り板には格好の素材だ。縦に割って先の方を火で炙れば曲がるので、節で膨らんだ部分を削って、足を乗せる台を付けさえすれば、子供でも簡単に手作りすることができるのだ。ストックも細い竹を使えば事足りる。


「『滑り板』でございますか? では、これを使えば、冬の雪中行軍に役立ちますな」


さすがは光秀だ。すぐにこの「滑り板」の利用価値を見抜いたな。そう、俺は雪中での行軍も念頭に置いて「滑り板」を製作したのだ。決して遊び目的だけではないのだ。


「そのとおりだ。それだけではないぞ。この『滑り板』の上に箱台を載せれば『ソリ』という運搬道具になる。縄を付けて狼に牽かせれば『狼ソリ』になるのだ」


「なるほど。雪中での兵糧輸送にかなり役立ちますな」


そのソリを引っ張るのが沼上源三率いる狼部隊である。犬ゾリならぬ「狼ソリ」だ。雪に足を取られる人間とは違い、狼は雪であっても軽やかに動くことができる。重い荷物をソリで運ばせれば雪中の行軍速度は格段に上昇するだろう。


「もちろん山の斜面であれば狼に牽かせなくとも、自然と滑り降りるから遊び道具にもなるだろうな。源三、この滑り板作りやソリ作りを伊賀の領民の冬の間の仕事にさせてはどうかな。簡単に作ることができるため、雪に埋もれて外で働けない間は家の中でこれらを作ればいい稼ぎになるであろう。どうだ?」


「はっ、おっしゃる通りでございまする。冬以外の時期でも老人や女子供の仕事にもなるかと存じまする」


「そうだな。では、後は任せたぞ」


「ははっ」


そう言って評定を終えた後、俺は百聞は一見に如かずということで、城内の庭で「滑り板」を履いた。そして、重臣たちに雪滑りを実際に見せてみると、興味深そうに見ていた重臣たちは皆、「私にも使わせてくだされ」と次々に申し出て来て、まるで遊び道具を得た子供のように使ってみるのだった。




◇◇◇




「ちちうえ! キャッ、キャッ!」


評定の2日後、ソリの試作品を手に入れた俺は、玲鵬城の建つ低い丘の坂に市と蔵秀丸を連れ出すと、怖がって尻込みする市は諦めて、蔵秀丸を膝の上に乗せてしっかり抱きかかえると、ソリで雪の坂を滑り降りて遊んだ。


やはり蔵秀丸は男の子だな。きっと現代の滑り台かジェットコースターと同じようなスリルがあって楽しいのだろう。まだ満2歳の幼児なのに大変なお気に入りのようで、さっきから何度も「ちちうえ、ショリ、ショリ」とせがまれては繰り返し滑っている。


蔵秀丸が喜んでいる様子を見た後に市を再度誘ってみるが、やはり怖さが先に立つようで、顔をブルブル振って頑なに拒否していた。まあ、市は箱入り娘だったから仕方ないか。また今度、もっと傾斜が緩やかな斜面で誘ってみることにしよう。


こうして、俺は即席のゲレンデでソリや竹スキーで滑って遊んで、束の間の家族サービスで家族と憩いのひと時を楽しんだのであった。


すると翌日以降、俺が蔵秀丸とソリを滑って遊んだ情報が家中に広まったらしく、重臣たちが子供を連れてソリや滑り板を持って集まってくるようになった。


どうやら自分の息子が運良く俺の目に留まれば、俺の小姓や蔵秀丸の側仕えになれるチャンスだとでも考えたのだろう。いつの世も親は子供の立身出世を望むものなのだな。だが、まだ満2歳の蔵秀丸には側仕えはさすがに早すぎると思うがな。


だが、そう思いつつも、藤堂虎高が連れていた子供にふと目が留まった。


「虎高。その子はお主の子か? 大きな上背だな。歳は幾つだ?」


「はっ、左様にございまする。名は与吉と申しまして背丈は大きいのですが、まだ10歳にございまする」


藤堂与吉って、あの藤堂高虎か! 史実では確か190cmとも言われるほどの大男だったはずだが、これは掘り出し物だな。


「なかなか利発そうな目をしておるな。気に入った。虎高よ。与吉を私の小姓に召し抱えたいのだが、どうだ?」


「ははっ。ありがたき幸せにございまする。与吉、寺倉伊賀守様にご挨拶せよ」


「藤堂与吉にございまする。寺倉伊賀守様。何卒よろしくお願いいたしまする」


「うむ。10歳の童とは思えぬ口上だな。では与吉。これから小姓を務めてもらおう。期待しておるぞ」


「「ははっ」」


こうして、俺は将来の名将、藤堂高虎となる藤堂与吉を手に入れたのであった。

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