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るい's Journey!  作者: コリドラスA
第一章『咒紋府』
12/19

第拾壹節『山賊』 Der elfte Abschnitt : “Räuber”

天環暦2109年07月15日。


 護衛が付いたのは、フェルゼンハント州を出てからである。次の州に向かう峠道は、()の辺りで最も評判の悪い街道であった。宿場の亭主が、出立の朝にわざわざるい(・・)を呼び止めて忠告してきたほどである。

()の先の峠は、()の三年で二十件は出ておりますで。荷を積んだ馬車は、必ず兵を雇いなさいまし」

「州の兵は、出ておらぬのか」

「出ておりますが、峠を越えたらもう隣の州でしてな。追っ手が来ぬのですわ」

 どこの世界でも同じことをやる、とるい(・・)は思った。州境である。管轄の境目に犯罪が集まるのは、書類の流れが途切れるからである。書類の流れが途切れるところには、必ず人が住み着く。雇ったのは四人であった。町の斡旋所で紹介された、地元の兵崩れである。隊長格の男はゲロルト“Gerolt”と名乗った。四十半ば、日焼けした顔に古い傷があり、口数は少ないが、荷馬車の積み方に一つ一つ注文を付けてきた。

帝國伯令嬢(ライヒスグレフィン)()の箱は、後ろにお積みなさい」

「これは測定器具だ。壊れると困る」

「壊れて困るものは、後ろでございます。前は真っ先に狙われますで」

「……なるほど」

 るい(・・)は素直に積み替えた。ゲロルトは僅かに目を細めたが、何も言わなかった。


          *


 峠は、深い針葉樹の森を抜けてゆく。道は狭く、両側から木が迫り、日が差さぬ。馬車の車輪が石を噛むたび、荷が跳ねる。昼を過ぎた頃、ゲロルトが手を挙げた。

「止めなされ」

 御者が手綱を引く。

「……どうした」

「鳥が居りませんな」

 言われてるい(・・)は耳を澄ませた。確かに、静かである。朝からずっと鳴いていた鳥の声が、いつの間にか無い。

「エルメンガルト、馬車の中に。コンラート、お前もだ」

帝國伯令嬢(ライヒスグレフィン)はいかがなさいます」

「私は外に居る」

「なりません」

咒紋司(ツァウバマイスター)が中に隠れて、どうする」

 言いながら、るい(・・)は内心で舌打ちしていた。

『……組めるのは、灯火が精一杯だぞ』

 この土地の咒氣は薄い。二十日以上かけて東部の奥まで来ている。都であれば十人の賊など『念動』一つで転がせるが、此処(ここ)では石一つ持ち上げるのがやっとであった。できることは、『透視』だけである。るい(・・)は目を閉じ、僅かに残る咒力を絞って、周囲に流した。薄い…ひどく薄い。都であれば町一つを覆えた範囲が、此処(ここ)では馬車の周り十数歩しか届かぬ。それでも、届いた。右手の斜面、木の陰に、三つ(・・)。左手の岩の後ろに、二つ(・・)。道の先、倒木の向こうに、四つ(・・)。そして──倒木の向こうの一つに、額の光があった(・・・・・・・)

『……咒晶石(ツァウバシュタイン)

 賊に咒紋使いが混じっている、食いっぱぐれた騎士崩れか。

「ゲロルト」

「はい」

「右の斜面に三人、左の岩陰に二人、道の先の倒木に四人。合わせて九人」

 ゲロルトの手が、剣の柄で止まった。

「……何故、判ります」

「咒紋だ」

「……ああ」

 男は納得したような、していないような顔をして、部下に手で合図した。

「それと、倒木の一人が咒紋使い(ツァウベラー)だ。額に石が有る」

「……()れは、厄介(やっかい)にございますな」

「使える紋は、精々二つか三つだろう。この土地では()れも碌に効かぬ」

帝國伯令嬢(ライヒスグレフィン)は、いかがです」

「……私も、碌に効かん」

 ゲロルトは、初めて僅かに笑った。

「では、五分でございますな」


          *


 賊は、名乗りもしなかった。倒木の向こうから四人が出て、右の斜面から三人が転がり降り、左の岩陰から二人が回り込んだ。挟撃である…手際は良い。何度もやっているのだろう。武器は雑多であった。錆びた剣が二本、槍が一本、鉈が三本、残りは棍棒である。ゲロルトの四人が、馬車の前に並んだ。賊の頭らしい大男が、鉈を肩に担いで言った。

「荷を置いて、失せろ。女は置いてけ」

 実に判りやすい台詞であった。そして、倒木の上に立っている痩せた男が、両手を持ち上げた。額に、くすんだ緑の石がある。るい(・・)咒眼(ツァウバアウゲン)に、紋が浮かび始めるのが()えた。

『……『閃光』か』

 目を(くら)ませる紋である。熾系(ししけい)の基礎。この土地でも、それくらいは組める。組み上がるまで、三呼吸ほど。ゲロルトが剣を抜いた。四人が構えた…賊が動く…そして…るい(・・)は、走った。


          *


 誰も、それを見ていなかった。正確に言えば、見てはいた(・・・・・)。だが、認識が追いつかなかった。賊も、護衛も、全員の意識が正面の衝突に向いていた。剣が交わり、鉈が振られ、怒号が上がる。()の間隙を、荷馬車の脇から一つの影が抜けた。音が、しなかった…鼎流の歩法である…踵から着かぬ。膝を抜き、腰を落とし、重心を前に倒して、倒れる勢いを足で受ける。走るのではなく、落ち続ける(・・・・・)のだ。地面を蹴らぬから、音が出ぬ。二十余年、毎日やってきた動きであった。

 あの汚いジジイに叩き込まれ、逃げられず、雨の日も雪の日も定期テストの前日も、公園の土の上でひたすら繰り返した歩法である。ルイーゼの体で再現するのに、二月かかった。それが今、動いた。倒木までの距離、およそ二十歩。るい(・・)()れを詰める間に、痩せた男は紋を組み終えていなかった。


          *


 男が気付いたのは、るい(・・)が倒木に足を掛けた時である。視界の下から、いきなり人が現れた。そういう風に見えたはずだ。彼は、組みかけの紋をどうすべきか一瞬迷った。()の一瞬が、全てであった。るい(・・)は右手を伸ばし、人差し指と中指を揃えて、男の左目に突き入れた。柔らかい。ぬるりとした感触が、指先を包んだ。男が悲鳴を上げるより早く、るい(・・)は左手で男の襟を掴み、体重を前に倒しながら、右足を男の股間に叩き込んだ。肉が潰れる感触が、脛を通して伝わった。男の体が、く、と折れる。るい(・・)は襟を掴んだまま、体を回した。

 力では投げぬ。折れた男の体は既に前に倒れかけている。()の勢いに、自分の回転を足すだけである。相手の体重と、相手が自分で作った加速度を、そのまま地面に導く。男は、倒木の向こうの岩に、後頭部から落ちた。鈍い音が、一つ…動かなくなった…所要、二呼吸。


          *


 賊の頭が、振り返った。自分たちの咒紋使いが倒れているのを見て、そして()の傍に、十五の少女が立っているのを見た。

「……てめえ」

 男は鉈を担ぎ直し、るい(・・)に向かってきた。大きい。るい(・・)の頭二つ分は高く、腕は太い。るい(・・)は、下がらなかった。下がれば間合いが空く。間合いが空けば、鉈の距離になる。鉈の距離は、向こうの距離である。ゆえに、前に(・・)。男が鉈を振り上げた瞬間、るい(・・)は既に懐に入っていた。振り上げるという動作は、()の一瞬、胴を空ける。るい(・・)は右掌を、男の鳩尾(みぞおち)に当てた。打つのではない…当てるのである。

 鼎流の浸透勁(しんとうけい)。掌が触れた後に、体の内から力を送り込む技である。表を叩くのではなく、表を通り越して奥に届かせる。表面には痕も残らぬのに、内側だけが潰れる。あの汚いジジイは、これを挨拶代わりに使った。公園に来た塁の腹に、何の前触れもなく掌を当てる。それだけで塁は膝から落ち、()のまま半日、まともに立てなくなった。起き上がれずにいる弟子を見下ろして、ジジイは煙草を吸っていた。二十余年、追い続けた技である。そして二十余年、二回に一回しか出なか(・・・・・・・・・・)った(・・)。今日は、外れた方であった。

 力が、掌の面で散った。感触で判る。腹の表を押しただけである。男は「ぐ」と呻いたが、それだけであった。効いていない。

『……ちっ』

 るい(・・)は、迷わなかった。外れた時の手は、決まっている。()れも二十余年、繰り返してきた。散った掌をそのまま滑らせ、左掌を男の肘の内側に当て、右手で手首を掴む。そして自分の体を沈めながら、(ひね)った。肘の関節は、内側にしか曲がらぬ。外に捻れば、()れは折れる。嫌な音がした。男が絶叫し、鉈を落とす。るい(・・)は落ちる鉈を見もせず、掴んだ手首を引きながら、男の膝の裏に自分の足を差し込んだ。巨体が、宙に浮いた。()の重さは、るい(・・)には全く不要であった。男は自分の勢いで前に出ており、支えを失えば、自分で落ちる。

 地面が鳴った。るい(・・)は倒れた男の髪を掴み、頭を持ち上げ、そして地面に叩きつけた。一度…二度。三度目で、静かになった。


          *


 残りの七人は、逃げた。全員である。ゲロルトの部下が二人斬られていたが、いずれも浅手であった。護衛たちは追わなかった。追う理由が無い…森が、静かになった。るい(・・)は、倒れた頭の傍に立っていた。男は死んでいない…呼吸はある。頭が割れて血が出ているが、頭皮の傷は派手に出るものである。恐らく助かる。倒木の向こうの咒紋使いも、生きている。片目は潰れたが、命に別狀は無かろう。るい(・・)は、掌を見た。右手の人差し指と中指に、何か(・・)が付いている。拭った。拭っても、感触は消えなかった。

『……』

 血を見るのは、初めてではない。鼎流の稽古に、規則というものは無かった。防具も無く、審判も無く、始めも終わりも師匠の気分で決まった。何処(どこ)から手配してくるのか判らぬ相手と組まされ、公園の土の上で殴り合った。金が賭かっていたこともある。少なくとも師匠の懐には、稽古の後に何かが入っていた。塁は、相手の指を折ったことがある。歯を飛ばしたこともある。こちらも肋を三度やられたし、鼻は二度折れた。救急箱などという気の利いたものは無く、師匠は「動けるなら続けろ」としか言わなかった。動けなくなった時は、水を掛けられた。

 あのジジイは、人の生きる道だの、武の精神だのを、ただの一度も口にしなかった。教えたのは、壊し方だけ(・・・・・)であった。だから、血には慣れている。慣れていないのは、指の方であった(・・・・・・・)。目に指を入れたことは、無い。型にはある。あの動きは、目を突くための動きである。師匠も繰り返しやらせた。だが、()の一つだけは、相手に当てさせなかった。組手で目に手が伸びれば、師匠は必ず割って入った。割って入って、塁を殴った。理由は言わなかった。

 言わなかったが、寸止めするだけの分別(・・・・・・・・・・)()、あの汚いジジイにも有ったのだ。そして今日、るい(・・)は止めなかった。止める理由が、無かったからである。考えて止めなかったのではない。考えなかった(・・・・・・)。指が勝手に目に行き、足が勝手に上がり、手が勝手に髪を掴んだ。三度目で相手が静かになったから、手が止まった。数えてもいなかった。全て、体がやった(・・・・・)。二十余年、毎日型を演じた。空を相手に、何万回も。()の何万回が、今日、初めて肉に当たっただけである。

 そして、浸透勁(しんとうけい)は外れた。二十余年で二回に一回。この確率は、体が変わっても変わらなかったらしい。もっとも、()れも道理である。あの技は、力の大きさで決まるものではない。掌が触れた後の、ごく短い間に、全身の連なりを一本に揃えられるかどうかで決まる。揃えば通り、僅かでもずれれば散る。揃えられぬのは、塁の未熟であって、体の問題ではなかった。だから今回も、揃わなかった。

『……あのジジイ』

 るい(・・)は、掌を見つめたまま、(しばら)く動かなかった。

『……殺し方は教えたが、』

 風が吹き、木がざわめいた。

『……殺さない理由は、教えなかったな』


          *


 ゲロルトが、近付いてきた。男は倒れた賊の頭を一瞥し、それから倒木の向こうの咒紋使いを見に行き、戻ってきた。そして、るい(・・)の前に立った。

「……お怪我は」

「無い」

()れは、何よりで」

 男は、しばらく黙っていた。言葉を選んでいるようであった。

「……帝國伯令嬢(ライヒスグレフィン)

「うむ」

「差し出がましいことを申し上げます」

 どこかで聞いた前置きであった。

組討術(リンゲン)を、どちらで習われました」

 るい(・・)は、顔を上げた。

「……知っているのか」

「兵は皆、習います。剣が折れた時のためでございますで」

 ゲロルトは、自分の肘を軽く叩いた。

「肘を極めて投げるのは、リンゲンにございます。教本にも図がございます。……髪を掴んで頭を打つのも、目を突くのも、金的を蹴るのも、全部ございます。礼法なき組討(・・・・・・)、と呼びます。決闘では使いませんが、戦では使いますで」

「……そうか」

 るい(・・)は、少し肩の力を抜いた。新しい技を見せたのではなかった。この世界にも、同じものがあるのだ。

「では、何を()いておるのだ」

「二つございます」

 ゲロルトは、指を二本立てた。

「一つ。あの間合いの詰め方(・・・・・・・・・)は、リンゲンにございません」

「……」

「リンゲンは、組み合ってから始まります。剣も、剣の届く間合いから始まります。……二十歩を、音も立てずに詰める技は、教本にございません。()れは、組討術ではございませ(・・・・・・・・・・)()

「……」

「二つ」

 男は、僅かに声を落とした。

咒紋司(ツァウバマイスター)樣が、リンゲンをお使いになるのを、儂は初めて見ました」


          *


 その晩、峠を降りた宿場で、るい(・・)は湯を貰って手を洗った。三度洗った。部屋に戻ると、エルメンガルトが待っていた。女中頭は、るい(・・)の顔を見るなり、深く息を吸い、そして──何も言わずに、寝台を整え始めた。

「……エルメンガルト」

「はい」

「言いたいことがあるだろう」

「ございます」

「言え」

「……明日に致します」

 女中頭は、寝台の上掛けを丁寧に伸ばした。

「本日は、お休みくださいませ」

 るい(・・)は、寝台に腰を下ろした。

「……エルメンガルト」

「はい」

「人を、二人壊した」

「はい」

「死んではおらん。だが、片方は目が潰れた。もう片方は肘が折れて、頭も割れた」

「はい」

「……」

帝國伯令嬢(ライヒスグレフィン)

 エルメンガルトは、上掛けから手を離し、るい(・・)の方を向いた。そして、眼鏡の位置を直した。

「私共は、九人に囲まれておりました。荷は測定器具と、六月分の記録と、写しの綴りにございます。私は四十七になりますが、()れでも女にございます。……あの場で何が起こり得たかは、帝國伯令嬢(ライヒスグレフィン)よりも、私の方が具体的に存じております」

「……」

()のお手を、私は責めません」

 女中頭は、寝台の脇に薬湯の椀を置いた。

「ただ、」

「うむ」

「……三度も洗われるほどでしたら、次は、他の手があったか(・・・・・・・・)をお考えくださいませ。()れが、私の申し上げたいことにございます」

 るい(・・)は、しばらく黙っていた。

「……無かった」

「はい」

「今日は、無かった」

「はい」

「だが、考える」

 言ってから、るい(・・)はふと思った。考えろ、と言った者は、これまで一人も居なかった。あのジジイは、考えるなと言った。考えている間に死ぬぞ、と。実際、考えている間に幾度も殴られた。だから考えなくなった。考えなくなって、上達した。二十余年掛けて、体は考えぬようになった。今日、()れが正しく働いた。

『……働いてしまった、か』

「……エルメンガルト」

「はい」

「お前の言うことは、正しい」

「恐れ入ります」

「だが、()れを考えるのは、今しかない(・・・・・)()の場では、間に合わん」

「……」

「今のうちに考えておかねば、体は次も同じことをやる」

 女中頭は、しばらく主人の顔を見ていた。それから、深く一礼した。

「……では、今、お考えくださいませ」


          *


 同じ頃、宿の一階で、ゲロルトは紙を一枚買っていた。中物である。彼にとっては安い買い物ではない。傭兵の斡旋所には、雇用の完了を報告する決まりがある。誰を護衛し、どこからどこまで、何があったか。書かねば、次の仕事が回ってこぬ。彼は宿の帳場で筆を借り、慣れぬ手つきで書き始めた。字は下手であった。

 フェルゼンハント州境の峠にて、賊九名の襲撃を受く。

 護衛四名、負傷二名、いずれも軽傷。

 賊、二名を制圧、七名逃走。

 荷、損害なし。

 ここまで書いて、ゲロルトは筆を止めた。制圧した二名を、誰が制圧したかを書かねばならぬ。護衛が制圧したのであれば、それは護衛の手柄である。書けば斡旋所での評価が上がり、次の仕事の値が上がる。だが、事実は違う。男は、しばらく天井を見ていた。そして、正直に書いた。

 制圧はいずれも、雇主たるシュタインエック帝國伯令嬢(ライヒスグレフィン)の手による。

 護衛は関与せず。

 書いて、また止まった。「制圧」の一語では、足りぬと思ったのである。斡旋所の親方は、この報告を読んで、必ずこう訊くはずだ。──咒紋司(ツァウバマイスター)樣が、何をどう制圧なさったのか、と。ゲロルトは、二十年、兵をやってきた男である。彼は、見たままを書いた。

 令嬢は咒紋を用いず、徒手(としゅ)にて制圧せり。

 間合いの詰め方、音を立てず。二十歩を三呼吸に満たず。

 技は組討術(リンゲン)に似たるも、リンゲンにあらず。

 目突き、金的、肘極め、投げ、いずれも躊躇(ためら)いなし。

 ここで、ゲロルトはもう一つ思い出した。賊の頭に組み付く直前、令嬢は掌を相手の腹に当てていた。打つ動作ではなかったし、押したようにしか見えなかったし、頭は呻いたが、倒れはしなかった。あれが何であったのか、彼には判らぬ。打撃としては、まるでなっていない。だが、なっていない打撃をわざわざ入れる者もおるまい。彼は、判らぬものは判らぬままに書いた。二十年、そうしてきた。

 なお、投げに先立ち、掌を腹に当つる動作あり。

 打撃と見えず。効果なきに見ゆ。

 ただし、何か()さんとしたるものと思わる。

 最後に、彼は一行足した。これは事実の報告ではない。彼の所見である。書くべきかどうか、しばらく迷った。だが、書いた。

 所見。あれは傭兵の手にござ(・・・・・・・・・・)います(・・・)

 紙を折り、翌朝、宿場の飛脚に託した。斡旋所の親方は、この報告を読み、感心し、そして酒の席で話した。傭兵の斡旋所には、州兵の下士官も出入りする。下士官は、州兵の詰所で話した。州兵の詰所には、州咒紋所の書記が書類を届けに来る。紙は高い。ゆえに、この話は書類にはならなかった。ならなかったが、口は、紙より速い。


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