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不死鳥は何度でも這い上がる 〜戦国最弱の愛され国衆・小田氏治のサバイバル〜  作者: 水川仁


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第1話 十四歳の当主

天文十七年(一五四八年)秋。


常陸国・小田城。


筑波山を望むその城には、重苦しい沈黙が流れていた。


城主・小田政治が病没したのである。


城内では家臣たちが声を潜め、行き交う足音だけが冷えた廊下に響いていた。


戦国乱世。


一人の当主の死は、一つの家の命運を左右する。


まして小田家は、源氏の名門・八田氏の流れをくむ名族とはいえ、四方を強敵に囲まれていた。


北には結城氏。


西には宇都宮氏。


南には江戸氏。


そして東では、勢力を伸ばした佐竹氏が牙を研いでいる。


誰もが思っていた。


――小田家は終わる。


その日の夕刻。


本丸の評定の間に、重臣たちが顔を揃えた。


誰も口を開かない。


やがて襖が静かに開く。


一人の少年が姿を現した。


まだ幼さの残る顔。


細い肩。


だが、その瞳だけは驚くほど真っすぐだった。


小田氏治。


十四歳。


今日、この瞬間から小田家の当主となる少年である。


重臣たちは一斉に平伏した。


「これより、小田家は氏治様をお支え申し上げます。」


氏治はゆっくりと皆を見回した。


その顔には、不安も恐れも浮かんでいない。


いや、正しくは――恐れを表に出していなかった。


十四歳の少年が恐れぬはずがない。


父を失ったばかりなのだ。


それでも当主は、家臣の前で弱さを見せてはならない。


父・政治から最後に教えられたことだった。


「皆。」


静かな声が広間に響く。


「これまで通り、小田家を頼む。」


たった一言。


だが、その一言に重臣たちは思わず顔を上げた。


幼い声ではあった。


しかし、その響きには不思議な落ち着きがあった。



その頃。


小田城から北西へ数十里。


結城城では、一通の早馬が到着していた。


「申し上げます。


小田政治、病没。」


報せを聞いた当主・結城政勝は、静かに笑った。


「ほう。」


「跡継ぎは。」


「十四歳の嫡男・氏治にございます。」


広間にいた家臣たちから失笑が漏れた。


「十四歳。」


「子供ではないか。」


「小田も終わったな。」


誰もがそう思った。


乱世とは弱きを食らう時代である。


少年当主など、格好の獲物だった。


政勝は地図を広げる。


筑波山。


霞ヶ浦。


肥沃な平野。


小田領は決して広くはない。


だが交通の要衝であり、豊かな穀倉地帯でもあった。


「兵を集めよ。」


政勝は迷わなかった。


「冬が来る前に、小田をいただく。」



その報は数日後、小田城にも届いた。


重臣たちの顔色が変わる。


「殿。」


「結城勢が動きました。」


広間がざわめいた。


「まだ兵が整っておりませぬ。」


「籠城すべきです。」


「和議を――」


口々に意見が飛ぶ。


その中心で、氏治は静かに地図を見つめていた。


やがて顔を上げる。


「戦う。」


重臣たちは息を呑んだ。


「殿。」


「しかし初陣でございますぞ。」


「だからだ。」


氏治は静かに言った。


「わしが城の中へ隠れておれば、兵はどう思うべか。」


誰も答えられない。


「当主が逃げれば、家も逃げる。」


「ならば。」


「最初だけは前さ出る。」


広間は静まり返った。


老臣の一人が目を閉じる。


その姿に、亡き政治の面影を見た。


若さゆえの無謀なのか。


それとも、当主としての覚悟なのか。


もう誰にも分からなかった。



翌朝。


まだ霧が残る城門がゆっくりと開いた。


氏治は父から譲り受けた具足を身に着ける。


少しだけ大きい。


肩当ても兜も、まだ身体に馴染まない。


家臣が兜の緒を結ぶ。


「殿。」


「ご武運を。」


氏治は小さく頷いた。


馬に跨る。


城門の外には、数百の兵が整列していた。


皆、不安そうな顔をしている。


それも当然だった。


率いるのは十四歳の少年なのだから。


氏治は兵たちを見回した。


大声ではなかった。


しかし、不思議と全員の耳に届いた。


「勝とうとは言わねぇ。」


兵たちが顔を上げる。


「皆で、生きて帰んべ。」


その一言に、兵たちは目を見開いた。


戦へ出る前に「武功を立てよ」と叫ぶ大名は数多い。


だが、「生きて帰ろう」と言った当主を、彼らは知らなかった。


やがて、一人の老兵が槍を掲げた。


「おおっ!」


それに続いて声が上がる。


「殿について参る!」


「小田家のために!」


歓声は次第に大きくなり、城下へ響き渡った。


氏治は小さく笑う。


まだ何も始まってはいない。


勝ってもいない。


負けてもいない。


だが、この日。


十四歳の少年は、確かに一人の当主となった。


この初陣で彼は敗れる。


その後も幾度となく城を失う。


歴史は彼を「戦国最弱」と呼ぶだろう。


しかし、その誰も知らなかった。


この少年が、九度倒れて九度立ち上がり、戦国最後まで生き抜く「不死鳥」と呼ばれる男になることを。

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