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薄幸の魔導師オメガが冒険者になったら、最強勇者の子供を授かりました  作者: 碧木二三
第三章 最強勇者と魔導師オメガの俺が番になるまでの話

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     ➕ ➕ ➕



 イコは、レオスの存在を知ったとき、このさき俺のことをどう呼ぶべきなのかと悩んでいた。

 しかし、今更「母さん」と呼ぶのもしっくり来ず(呼ばれる俺も同様だ)、結局はこれまで通りに「父さん」と呼ぶので落ち着いたようだ。

 そうなると、レオスのことは一体なんと呼ぶのだろうかと思っていたが、イコは今夜、初対面の彼を「父上」と呼んだ。やや貴族的な響きではあるが、まあ別に悪くない。レオスにしても満更でもない様子だった。

 

 ──ああ、それにしても。

 家族三人が、初めて揃って同じ屋根の下に集ったという、その実感がもたらす高揚感──いや、幸福感といっていいかもしれない──といったら……。

 それは、これまでの人生において俺が一度も味わったことがないものだった。


 ただ、今までにもそんな機会があるにはあったのだ。

 一度目はもちろん、イコを産んだときだ。

 あのときは、俺の産道が狭いために(俺に限らず男のオメガにはよく見られる傾向だ)自然分娩は諦め、腹部を切開する方法が採られた。それによって赤ん坊は無事に取り上げられたのだが、母体……つまり俺の体の方は一時、命の危険に晒された。

 ……あまり掘り返したいことでもないので、さらっと言ってしまうが、要は胎内にできた傷が元で、異常に出血したのである。その場に治癒魔法が使える医師たちがいなければ、今の医術だけでは手の施しようがなかったと、パットからは後に大泣きされながら言われた。

 俺はといえば、切開前の麻酔から術後に容態が安定するまでの間、意識を失っていたので全く何も覚えていない。ただ、予定よりも早くに始まった陣痛が、かなり強かったことばかりが記憶に残っている……。

 まあそんなわけで、産後しばらく経つまで、俺は我が子の誕生の歓びに浸る余裕は到底持てなかった。


 二度目は当然、十四年ぶりにレオスと再会できたときだったが、彼の中に俺に関する記憶が全くないことも、同時に知らされた。

 どうにも俺は、運命的に大きな幸いが訪れるときには、必ず何かしらの不幸が混ざり合ってやってくるという『落ち』が定番化しているような気もするのだが、はてさて、今回は……。




 兄の部屋を出てから、俺はレオスと一緒にイコを強く抱き締めて言った。


「さあ、今日はもう遅い。ゆっくり話すのは明日にして、そろそろ寝ないとな」

「ああ、そうだな。イコ、明日は俺に、島のことをたくさん教えてくれ」


 生まれて初めて、父親から頭を撫でられながら「おやすみ」と言われたイコは、ほんのちょっとの間、含羞(はにか)むようにもじもじとしていたが。


「あ、あの……。今夜は父上と一緒の部屋で寝てはいけませんか?」

「それはもちろん構わないが……、いいのか?」


 可愛い息子のおねだりに、レオスは相好(そうごう)を崩した。


「はい、もちろん!」


 すると、まだ俺たちの近くにいた執事が、「少々お待ちくださいませ。すぐにお部屋を用意させます」と言って、そばにいたメイドに指示を出した。

 いつからか、イコがこの屋敷に泊まるときは、昔の俺の部屋を使うようになったのだが、レオスと一緒に泊まるのなら、ベッドが一つしかないあの部屋では少々手狭なのは確かだ。

 夜更けに仕事を増やして申し訳なかったが、二人のために別の部屋を用意してもらうことになった。


「ところで、リーファス様は如何なさいますか?」

「ああ、俺はイコが使っていた部屋で寝ることにする。元は自分の部屋だったから、案内も必要ない」

「かしこまりました」


 俺と執事のやりとりを聞いていたイコが、少し不思議そうな顔をした。

 俺も一緒にと思っていたのだろうが、さすがにレオスは理解してくれていた。目を細め、申し訳なさそうに微笑まれる。

 気にするな、と俺は頷いた。一応、抑制剤は飲んでいるが、ごく弱い症状であるにせよ、ヒートを起こしかけている身で、彼らと同じ部屋で寝起きをするわけにはいかない。

 今や夫婦同然であるレオスだけだったならまだしも……、しかし、俺たちが番として同衾するにあたり、実はまだレオスには話していない問題もある。


 ──もしもレオスに、項を噛んでもらって『番』になれたとしても。


 出産時についた傷のせいで、以前のような完全なヒートは、もう二度と起こらないかもしれないこと。


(なるほど……、今回もしっかり『落ち』はあったな)


 ──とはいえ、だ。

 以前の事柄に比べると、間違いなく今回は、幸せの比重の方が遥かに大きい。

 そう思いながら、再びそれぞれとの抱擁を交わす。


「おやすみ、トワ」

「おやすみ、レオ」

「おやすみなさい、父さん」

「ああ、おやすみ、イコ。夜更かしは駄目だぞ」

「うん、わかってる……」


 執事の後について、新たに用意された部屋に向かう二人の後ろ姿を見つめながら、俺はそっと小さなため息をついた。



     ➕ ➕ ➕



 翌朝。

 案の定、目覚めはあまりよろしくなかった。

 場所もよくなかったのか。俺が十代の半ばまでを過ごしたこの部屋には、両親に愛されなかった若かりし頃の懊悩が、澱のようにそこかしこに沈んで積もっているままなのかもしれない。

 心身ともにかなり疲れているはずなのに、なかなか寝付かれなかった。まんじりともせずに、島のことや、この先の色々なことを考えているうちに夜明けを迎える。

 その後、ほんのわずかだけ眠り、いつもの時間に起床した。

 ベッドから降りてカーテンを引き開けたタイミングで、ノックの音が響く。

 部屋付きのメイドが来るにしては、少し早い時間だ。誰だろうと思いながら返事をすると、入ってきたのはレオスだった。


「おはよう。よく眠れたか……って、いや、そうじゃないみたいだな」


 俺の顔を見て、レオスは眉間を寄せた。そんなにひどい顔をしているのだろうか。


「……おはよう。イコは?」

「まだ寝ている。昨夜は少し遅くまで話をしてしまったしな」

「そうか」


 ──それはさぞかし、楽しかっただろうな。


 昨夜見た、掛け値なしに嬉しそうだったイコの顔を思い出して、俺は微笑む。

 そしてレオスがいるのも構わず、洗面台で顔を洗い、寝巻きから普段着のローブに着替え、鏡付きのコンソールテーブルの前で髪を結った。

 その後ろに、レオスが立った。鏡越しにじっと見つめられる。


「……何だ?」

「本当に顔色がよくない。大丈夫か?」

「俺の顔色がいいことなど、まずないが?」

「……それが本当のことなのか、それとも冗談で言ってるのか。俺にはよくわからないんだが」


 若干、自虐の響きのこもる声で呟かれ、俺はハッとして振り向いた。つい、身近な誰かに言われたときと同じように皮肉な返し方をしてしまった。


「本当にいつも悪いんだ。だから、あまり心配しないでほしい」

「いや、それはそれで心配だがな」


 貧血気味か? と、レオスは苦笑交じりに言って、俺の頬を両手ですくうように持ち上げた。


「レオ……?」

「もうじき、ヒートだな」

「え?」

「昨日よりも、匂いが少し強くなってる……。トワの発情臭(フェロモン)は、誰のものよりも甘くていい匂いだ」


 間近で、軍神の彫像のように男らしく整った顔が囁くように告げる。

 俺は、反射的に片眉を上げて言った。


「誰のものより、も?」

「これでも一応、アルファだからな。オメガのフェロモンには人一倍、敏感に出来ている」


 だがこうして触れて、奥底まで暴きたくなるのは()だけだ、と甘く甘く囁かれ。

 朝一番に聞く口説き文句にしては物騒だな、と思いはしても、嬉しくないわけがなかった。

 こうして目を合わせるだけで、「愛してる」と囁きたくなるぐらいには……。

 口づけを交わすべく、互いに顔を寄せあったとき、ふいに扉がノックされた。


「父さん? 父上もいますか? イヴ伯父さんが、これから食堂で一緒に朝食をどうかって」


 ──明るく響き渡るイコの声に、俺たちは、はたと顔を見合わせ……。

 同時にふふふっ、と笑い声を漏らした。




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